第4章:移動カフェの「理想の一杯」殺人事件
◆◇◆
あ……突然すみません。西尾くんの話の途中に割り込んでしまいましたね。北原です。
でも……わたしも、自分のお話をみんなに聞いてほしいんです。あ、それとも「読んでほしい」の方が正しいかしら。
とはいえ、わたしは西尾くんほど話が上手な語り手ではありません。でも頑張りますね。そうそう、頑張ることは良いことです。
わたしのちょっとしたお話。あの時計台の広場にあったコーヒー屋台で出会った、「追憶と想起のコーヒー」についての話です。
◆◇◆
夏は変わらず続いていく。人の人生もまた同じだ。朝の情報番組で、綺麗なアナウンサーの人がそう言っていた。わたしにとって、ニュースを聞くことは頭のリフレッシュだ。外に出る前に周りのことを知っておくと、頭がより刺激されるような気がする。
今は朝の時間。わたしは起きて食堂に降りてきた。お母さんはいつも誰よりも早く起きている。お父さんですら朝寝坊なのに。
「おはようございます」
「あら……キュウちゃん、今日は起きるのが遅かったのね」
お母さんが朝食の準備をしながら言った。
「キュウちゃん、また夜遅くまで本を読んでたんだろう」とお父さんが付け加える。
「ふふ……昨日はつい夢中になっちゃって、七冊も読んじゃいました」
「頑張りすぎだよ」
「父さんも分かってるよ、たくさん本を読んでいい学校に行きたい気持ちは。でも、たまには休んだ方がいいと思うぞ」
「休む、ですか?」
わたしは少しの間、言葉に詰まった。というのも、わたしにとって、生徒としての務めを最善に果たすことこそが、両親への恩返しだと思っているからだ。だからわたしは人一倍努力して、お父さんとお母さんに胸を張って喜んでもらえるようにしてきた。だから、「休め」というお父さんの言葉が、正直よく理解できなかった。
「そうね、お母さんもお父さんと同じ意見よ……勉強熱心なのはいいけれど、休まないと人生の色や経験が足りなくなっちゃうもの」
お母さんがすぐに疑問に答えるように言った。そうなのかな。少し聞いたことはある。休んで色んなことに時間を使うと、気分が晴れるって……でも、本ばかり読んでいるわたしには、そんなの関係ないと思っていた。
「いただきます」
今日の朝ごはんは、目玉焼きとベーコンたっぷり、トーストとコーヒー(わたしはホットココア)。
「本以外に何もない」と言ったけれど、それは小学三年生になったばかりの頃だけの話だ。それ以前のわたしは、生徒たるもの勉強を極めるべきだと頭ごなしに信じていた。でも、基礎科目の小テストで、西尾くんに追い抜かれて、クラス一位の座を奪われてしまった。
彼は物静かで、大人びた雰囲気の人だ。わたしと同じで本が好き。ただ、彼が読むのは小説ばかり。授業中でさえ小説ばかり読んでいて、しょっちゅうスマホと小説を没収されている。それなのに、そんな普通の人が、勉強一筋だったわたしを追い抜いてしまった。
最初は悔しかった。でも、ほとんど毎回追い抜かれるうちに、彼のことが気になり始めた。
わたしはずっと彼を観察していた。なんて言えばいいかしら、普段の彼は女の子たちにあちこち声をかけて回っていて、遊び人っぽい性格で、口も上手くて。おまけに、わたしのことをこっそり口説こうとしてきたこともあった。それでわたしは、無邪気で純粋な女の子のふりをしてみたら、本人はそれをそのまま信じ込んでしまった。
正直、わたしも薄々気づいていた。彼がわたしのことをひそかに好きだということに。でも今のわたしは、まだ恋人がどうとかいうことに向き合う準備ができていなかった。それからしばらくして、前の学級委員長が急に転校することになって、わたしが女子の学級委員長に任命された。もちろん、彼のことをちょっと気にしていたわたしは、彼のそばにいたくて、男子の学級委員長に彼を推薦した。
「そうだそうだ、じゃあ今日は友達と遊びに行ってみたらどうだ」
「遊び、ですか?」
「どうって言うかな、昨日のは遊びというより学校の活動みたいなものだっただろう。それに休みにもなるし」
お母さんがそう言うと、お父さんも頷いた。遊びに行く、って言われても……
「行けなくはないですけど……お友達も昨日の遊び場でみんな疲れてると思うんです。今日はみんな寝坊してるんじゃないかしら」
「そうか……じゃあ彼氏でも誘ってみたら? どう?」
「え!? か……彼氏、ですか?」
「あの子だよ……カノン君の息子さん……確か、西尾くんだったかな?」
「お友達です!!!! お友達ですから!!!」
お父さんまで、笑わないでよ!!
「なんてこった、母さん。うちの娘もいよいよ大人の女になったんだなあ……」
「思春期って恋してばっかりよねえ」
「きゃあああああ やめてくださいって! お友達ですからぁぁぁぁ!」
「ちょっと待ってください!!! お父さんは反対する側でしょう、便乗しないでくださいよ!!!」
「何言ってるんだ……父さんはすごく気になるんだぞ、娘の心を盗んだそのお兄ちゃんが誰なのか。でもカノンさんのところの息子なら、父さんは喜んで娘をあげるぞ」
「話が飛びすぎです……わたしまだ小学三年生ですよ!!!」
「年齢なんてただの数字だろ……父さんと母さんだって二十歳で結婚したんだから」
「もう、頭が痛いわ……」
今日もまた、両親とこうしてじゃれ合う一日。会社でいつも重圧を感じながら働いているお父さんが、こうして時間を割いてわたしと遊んでくれる。とても嬉しい。
「お父さん……もう八時ですよ。急がないと怒られちゃいます」
「おっ、本当だ。じゃあ行ってくるよ」
お父さんは残りのコーヒーを一気に飲み干すと、お母さんに軽くキスをして、それから毎日恒例の親指を立てるサインをわたしにくれた。
お父さんが出かけると、わたしもちょうど食べ終わっていたので、少し本でも読もうかと思った。
「お母さん……今日はどこかに出かける予定ある?」
「ううん……今日は特に用事ないわ」
「分かった……じゃあ、ちょっと部屋に行ってくるね」
「本を読みすぎないでね。彼氏さんとお電話でもしなさいよ」
「お友達ですってばぁぁぁ、もうっ」
ほんとうに、この人は恋愛のことしか頭にないんだから。
わたしは部屋に入り、部屋着に着替えてから、いつものように本を持ってきて読み始めた。
今日は教科書以外のものを読んでみようかな。そうだ……初級の外国語の本にしよう。
西尾くんはよく、わたしのことを天才だってもてはやすけれど、実際のところ、わたしは彼みたいに何でも得意なわけじゃない。苦手な科目もあるし、特に外国語と国語は、本当にからっきしダメなのだ。
その反対に、西尾くんはこういうことがすごく好き。たぶん、彼はわたしにないものを持っているんだと思う。
ああ……彼の話をしていたら、なんだか会いたくなってきた……じゃなくて、集中力がなくなってきちゃった。
うーん……このまま読んでも頭に入らないだろうな。やめよう……何をしようかな。
そのとき……わたしのスマホが鳴った。電話をかけてきたのは……西尾くん!!!
わあっ!!!! 何これ!!!! これってドッキリ番組か何か? そうなの? 違うの!!!
待って……どうして彼が電話をかけてきたんだろう。わたしのことを思い出してくれたのかな! それとも、毎日の愛の告白とか!? ああ、だめ、わたしの心臓、跳ねるのやめて!!
いや……ばかみたい、わたし。何か用事があって電話してきただけかもしれないのに。何を今から一人で妄想してるのよ。彼に失礼だわ。
考えてみてよ。もし彼がネガティブな反応を返してきたら、どうなると思う……?
よし、ここは澄ました感じを装わなきゃ。わたしは一度咳払いをしてから、電話に出た。
「もしもし……北原です」
わっ、彼から話しかけてきた。
「僕だよ、北原さん」
声、かっこよすぎ。神様。
「何かご用ですか……珍しいですね、こうして電話をくださるなんて」
北原の演技力、オスカー賞ものだわ。
「今日、暇ですか?」
「うーん……今日は本を読んでたんです。でも今はもう読みたくなくて。西尾くん、いいタイミングでしたね」
このタイミング、ちゃんと甘えなくちゃ。男の子の心をつかむ方法その一。みんなも使ってみてね。
それにしても、今日は何の用事かしら。勉強会の招集とか?
「遊びに行きませんか」
お母さぁん、わたしに彼氏ができましたぁ。
本当なの!? 男の子から遊びに誘われた!! すごい、今日は運がいいなあ。
「行きます」
電話を切ったあと、わたしはすぐに階段を駆け下りてお母さんのところへ行った。
「お母さん!!! 助けて、彼が遊びに誘ってくれたの」
◆◇◆
そして今、わたしは時計台の広場に立っている。わたしたちの待ち合わせ場所だ。
今日は特別な日だから、お母さんに可愛い服を用意してもらった。
半袖の上着に、レースのミニスカート、白いハイソックス、黒い革靴。それにお気に入りのバッグ。
これなら、彼も気に入ってくれるかな。
でも……わたし、来るのが早すぎたみたい。緊張しすぎて時間を忘れちゃってた。今、九時。約束は十時。
早く来すぎちゃった。まあいいか、わたしのそそっかしさのせいね。
そのとき……看板が目に入った。
看板と言っても、普通のものなんだろうけど、わたしが引っかかったのは、そこに書かれていた文字だった。
『夢のコーヒー。至福のひとときに浸れるコーヒー』。スローガンみたいに見えるけど、わたしには、ただのスローガンには思えなかった。
わたしは木製のテーブルの近くに停まっていたコーヒーの屋台を見に行った。他にお客さんは一人もいなくて、それが本当かどうか判断するのは難しかった。
カウンターの横に置かれた椅子に腰かけた。屋台の中では、お店の人がグラスを洗っていた。顔は見えなかったけれど、なかなかかっこいい人だと思った。真っ白な髪がふわりと束になっていて、体つきも健康的に見える。肌の色は白く、少し不思議な感じの青白さだったけれど、それがまたよく似合っていた。
「おや……いつから座ってたんだい、お嬢さん。ごめんね、グラス洗ってたから。少し待っててね」
彼が振り向いて、気さくに声をかけてくれた。そしてわたしは、彼の顔をはっきりと見た。
顔立ちは、ものすごくかっこよかった。もう好きな人がいるわたしでさえ、彼には惹きつけられるものを感じた。少女漫画の主人公を思わせるような顔立ち。鋭いけれど優しさを感じさせる瞳。よく見ると、映画に出てくる吸血鬼みたいだとも思った。
「こんにちは……」
あれ、なんで自分から挨拶しちゃったんだろう。
「うん? ああ、こんにちは。今日は何にしようか、お嬢ちゃん」
さっきは「お嬢さん」、今度は「お嬢ちゃん」……あれ変わってないか。
「ええと……コーヒー?」
「おいおい……何でそこに疑問符がつくんだい。それに、飲めるのかい? 見たところ、お姫様はまだ子供みたいだけど」
お姫様って何よ、それ。わたしのこと? でもこの人、ボケ方が西尾くんみたいに上手いなあ。
「その……ええと……」
彼はわたしの方に顔を近づけてきて、あごに手を添えてきた。
「じゃあこうしよっか……ガンッ!!!!!」
「先日は女子高生、今日は小学生。あなたって本当に危険な男ね」
そして、店主はどこからともなく現れた女の人に、頭を殴られて気を失った。その人は、何でもできそうな雰囲気を漂わせていた。
黒目のない、白目だけのような瞳が、彼女が何か不思議な人であることをより際立たせていた。
「大丈夫だった?」
その女性は心配そうに聞いてきたけれど、表情はまるで別物だった。
「……はい」
「はぁ……こいつはいつもこんな感じなの。ごめんね。お詫びに何かご馳走するわ。何がいい?」
「ええと……アイスココアを」
「はいはい、アイスココアね……多夕タン、氷ちょうだい」
「はーい」
そして、もう一人子供が現れた。わたしと同じくらいの年齢。でも……うーん、男の子か女の子か分からない。すごく甘い顔立ちで、綺麗な少年、って感じ。
でも「多夕」って男の子の名前だけど、自分のことを女の子っぽく言うのね。ちょっと混乱するな。
「それで、こんなところで何してるの? ずいぶん可愛い格好してるじゃない」
「今日は友達に呼ばれて遊びに来たんです。でも早く来すぎちゃって」
「ふうん……」
「それで、彼は大丈夫なんですか?」
わたしは床に倒れている店主を指さした。
「ああ、そのうち起きるわよ。さっきはちょっとバカやったからね。こいつ、女の子を見ると我を忘れるタイプなの」
言い終わると、その女性は店主の背中を愛情たっぷりに踏みつけた。しかも本人はどこか嬉しそうだった。聞くまでもなく、店主は足の下で幸せそうな笑みを浮かべて寝ていた。
女の子を見ると我を忘れる、か。西尾くんもそういうところあるなあ。男の人って狼みたいなものだって言うけど、本当かもしれない。
「ココアは……甘めにする?」
「はい、少し甘めでお願いします」
「あなた……この店主さんの奥さんなんですか?」
「うーん、違うわよ。こんな変な顔した男と付き合うわけないでしょ……あ、名前言ってなかったわね。灯花よ」
聞いてて何だか気の毒になってきた。
「じゃあ、お二人はどういう関係なんですか? すごく仲良さそうですけど」
「お嬢ちゃん……他人の関係を全部『恋愛』に結びつけて考えるのは、ちょっとナンセンスよ」
「そうなんですか」
「まあ……わたしたちの関係は、ご主人様とメイド、みたいな感じかしらね」
「ご主人様?」
今の時代にもそういうのがあるんだ。
「わたし、メイドとして働いてるの。こいつのメイド。黒い服を着たお手伝いさん、知ってる?」
「え……メイドさんなんですか」
予想外だったけれど、彼女のイメージにはぴったりだった。
「驚いた?」
「少し。映画の中だけの職業だと思ってました」
「でも実際にあるのよ。しかも、あなたの目の前にね……はい」
わたしは彼女の素早くて見事なココアの作り方を見つめていた。そしてすぐに、アイスココアが出来上がった。
わたしはひと口、先に飲んでみた。
「甘い……」
「あら……甘すぎた? じゃあ何か足しましょうか」
「いいえ、ちょうどいい甘さです」
「そう、ありがとう」
ココアの甘さと氷の冷たさが混ざり合って、不思議なくらいまろやかな味だった。すごく美味しくて、五つ星をあげたいくらい。
「実は、あの人が淹れたら、あなた震えが止まらなくなって飲み続けられなくなってたかもしれないわよ」
「震える、ですか……なんだかそれ、ちょっと大げさに聞こえますね」
「大げさ? 心の奥まで届く、って言った方がいいかしら」
なんだか失恋した人みたいな言い方ね。
そういえば……お店の前の看板のことだった。
「あの……ちょっと聞いてもいいですか?」
「何?」
「上の看板に『夢のコーヒー』って書いてあったんですけど、あれは何なんですか?」
「ああ……そのまま、文字通りの意味よ。飲んだ人が夢のような幸せを感じられるコーヒー、ってことね」
「でも、コーヒーにそんなことできるんですか?」
「できるわけないでしょ」
「え……でも看板には……」
それとも、これは本当にただのお店のスローガンなのかしら。
「普通のコーヒーじゃなくて、店主のユマが自分の手で淹れたコーヒーだからこそ、あの言葉通りのことができるのよ」
え? そういうこと。つまり、店主本人が淹れるからできる、みたいな感じかな。でも、どうやってそんなことができるんだろう。わたしが読んだ限りでは、コーヒーにはカフェインが含まれていて、それはむしろ人を覚醒させる働きがあるはず。夢を見させたり眠らせたりするようなものではないはずだけど。
「すごく不思議そうな顔してるわね。コーヒーのことがそんなに気になるの?」
「なんて言えばいいかしら、コーヒーで人を夢見させることなんてできるんですか? とても信じられません」
「そうね……普通はありえない。でも、ユマにはできるのよ」
「なんだか変に持ち上げますね、ユマさんのこと」
「持ち上げてるわけじゃないわ。こいつは本当にできるのよ」
「じゃあ、どうやってやるんですか? わたし、まだ子供だからコーヒーも飲めませんし、証拠を確かめることもできません」
このタイミングで、ヒントが来るはず。
「残念だけど、わたしからヒントをあげることはできないわ。自分で見つけるしかないわね」
うっ……そういうことか。でも、ヒントがなくても、何かしらの手がかりは残っているはず。
「あなたには聞けませんけど、多夕くんに聞いてもいいですか?」
「聞いてもいいわよ、ユマの秘密のレシピについてじゃなければね」
大祐くんがわたしの代わりに答えてくれた。でも待って、コーヒーについて聞くってことは、結局それは秘密のレシピに関わることになるんじゃないかしら。どうすればいいのかな。
じゃあ、状況証拠を使うしかないわね。
「では灯花さん、このお店のスローガンが『夢』だということは、ここでコーヒーを飲んだお客さんは、幻想的な気分になるということなんでしょうか?」
「いい推理ね。でも、それが全てじゃないわ」
全てじゃない、ということは、他にも理由があるということね。
わたしは席を立って、もう一度看板を見てみた。
営業時間 6:00〜10:00
「では、徹夜を命じられた会社員の方が、朝ここに来るとしたら?」
「いるにはいるけど、少ないわ。福岡でブラック企業なんてあの一社くらいよ。しかもここから20キロも離れてる。来るのは難しいでしょうね」
「うーん……」
「さて、そろそろ降参する? ホームズさん」
「まだです。降参なんてできません」
秘密のレシピについては聞けなくても、ヒントについてなら聞いても問題ないはず。
わたしはスマホを取り出して、頼りになる助手さんに電話をかけた。
(はい……西尾です)
「西尾くん、ちょっと変なこと聞いてもいい?」
(え……いいですよ)
「起きたままの状態で人に夢を見させるには、どうすればいいと思う?」
(え……えっと、たぶん、ゆっくり話して、その人が夢見心地になるように誘導するんだと思います。バーテンダーみたいな感じで。僕もうまく説明できないんですけど)
「ううん、大丈夫。ありがとう」
「もう、だいたい見当がつきました」
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今回の事件のまとめ。
「バーテンダー、ね。いい推理だったわ。でも、友達に電話するのはちょっとずるいわね」
「ふふ」
大まかにまとめると、一番大きな手がかりは、お店のカウンターだった。ユマさんは話し好きで、よく人を観察するタイプ――たとえ、時々勘違いをするとしても。
でも、人が目覚めたばかりの時間に話しかけて、「昨日どんな夢を見た?」というような話題を振ると、年配の人ほど、だんだんと調子を合わせるように、思考の世界に入り込んでいく。あれこれ思い出しているうちに、いろんなことが頭の中に浮かんでくる。それはまるで、バーで一人お酒を飲んでいるときに、バーテンダーが話しかけてくれる、あの感じによく似ている。
「ご馳走さまでした」
わたしは灯花さんと、ようやく目を覚ましたユマさんにお礼を言って頭を下げた。
「はいはい……また来てね……北原ちゃんをいやらしい目で見るんじゃないわよ、この変態」
「灯花ちゃぁん……何もしてないでしょ」
「わたしに触らないで、この変質者」
「じゃあまたね、北原さん」
「はい、また、多夕くん」
わたしは歩き出しながら、時計台の広場にそびえ立つ時計塔を見上げた。ちょうど十時だった。
そこには、もちろん彼が、約束の時間ぴったりに来ていた。
わたしはすぐに駆け寄って、彼の自転車の後ろに乗った。そうしてわたしたちは、二人で遊びに出かけた。




