第3章:解決不可能な小説の中の殺人事件 I
◆◇◆
夏はまだ終わらない。一体いつ終わるのだろう。今日、我が家に届いた新聞は、ここ数日ずっとそんな見出しを掲げていた。夏になってから、僕はいつも朝寝坊な母より先に起きるようにしている。それは、この新聞を一時的に自分のものにするためだ。僕はテレビを見るより、世の中のニュースを読む方が好きなのだ。
アナログ人間と言われても構わない。だが僕自身、聞くことより読むことの方が得意なのだ。きっと昔、母が大の読書家だったせいだろう。それで僕にもこの習慣が積み重なって、今のようになったのだと思う。
ニュースを半分ほど読んだところで、時計に目をやった。すると、そろそろ母を起こさなければならない時間だった。
「母さん……起きてください」
「うーん……ちょっと……あとちょっとだけ」
「行かないと……母さん、困ることになると思いますよ」
「大丈夫……もう少し寝てから……」
はぁ……
「八時ですよ母さん……間に合うんですか?」
「間に合う……間に合うわけないでしょ!!!!! もう遅刻するじゃない!!!!! ぎゃあああ」
母は慌てて飛び起きた拍子に、ベッドから転げ落ちてしまった。
実を言うと……嘘をついた。本当は七時半だった。でもこうでもしないと、この三十歳のおばさんは簡単には起きてくれないのだ。
毎日こんな調子だけれど。
「ほらほら……何ぼーっとしてるんですか……早く着替えて。朝ごはんは外で食べればいいですから」
「うーん……先に出てってくれる? 着替えるから」
「親子でしょう……恥ずかしがることないじゃないですか。それに見ていないと、また寝てしまいますよ」
「こんな時によくそんなこと言えるわね。後ろ向いてなさい」
「はいはい、母上様」
「終わったわよ。達くん……髪をやってちょうだい」
「今日はどんな髪型にしましょうか? 三つ編み、それともカールにしますか?」
「普通でいいわ……あまり派手にしないで」
「じゃあ今日は懇親会には行かないんですね」
「うん……今日は仕事が終わったらまっすぐ帰るつもり。毎日お酒を飲んでばかりもいられないから」
僕は言われた通り、母の髪を結ってやった。
「そうですよね……母さんも三十代に入ったんですし、毎日お酒を飲むのはちょっとどうかと思いますよ」
「はいはい三十代よ、三十代でーす」
「でも不思議なんですよね……三十歳なのに、母さんはまだ綺麗で可愛いままで。まるで女子大生みたいですよ。違いますか?」
「その、頭を叩いてから撫でるみたいな言い方、もう毎日聞き飽きたわよ。たまには違うネタにしてよ」
「冗談じゃないですよ……母さんは本当に綺麗です。そうじゃなければ、父さんが惚れるはずないじゃないですか」
「口が上手いんだから……そのお世辞を、女の子を口説くのに使いなさいよ。まずは一人でいいから」
「そんなにはっきり言われると、僕もつらいですよ」
そうだよな。僕が女の子を口説けたことなんて、一度もないのだから。
「よし……できました。どうですか?」
「うーん……本当に綺麗ね。ありがとう」
母は鏡台の前から立ち上がった。
「じゃあ行ってくるわね」
「いってらっしゃい。ご飯食べるの忘れないでくださいよ」
「うん……忘れないわよ」
「ああ、そうそう……若い男性社員を狙いたい気持ちは分かりますけど、自分は可愛い髪をしてもらって行くって忘れないでくださいよ」
「ちょっ!!…… ば……別に狙ってなんかないわよ! 行ってきます!!!」
そう……僕の母は、また恋をしようとしている。今、父はもうとっくに亡くなっている。母は僕と一緒に暮らせる新しい家族を作りたいと思っているのだ。
僕自身も、それを喜んで応援している。
今日は日曜日。だから僕には、いつも通り特にすることがない。今日はまったくの暇な一日だ。昨日の散髪事件のあと、今日こそはちゃんと遊びに出かけたいと思っていた。昨日は事件を調べてばかりで、遊べなかったから。
でも、どこに遊びに行けばいいだろう。休みの日とはいえ、いや休みの日だからこそ、人が多い場所ばかりになる。一人で行ったら迷子になるかもしれない。
うーん……じゃあ、友達を誘ってみようかな。うん、それがいい。誘おう。そう思って、僕はスマホを取り出し、誰か遊びに行きたい人がいないか、友達に個人メッセージを送ってみることにした。
(ねえねえ、シャーロットちゃん……今日、僕と遊びに行かない?)
(えっ……ごめんなさい。今日はお父さんが東京でゴルフと仕事の話に連れて行ってくれるんです。だから今日は空いてなくて)
(そ……そうなんだ……)
一人目、失敗か。じゃあ、
(九奈ちゃーん、遊びに行かない?)
(誰ですか? ……すみません、変質者さん。ストーカー行為をやめないなら、警察に通報しますよ。セクハラと十三歳以下の児童への性的暴行の容疑で)
(ちょっ!!! これ僕だよ! 遊びに誘っただけだよ!!!!)
(あら……あなただったの……変質者かと思った。ごめんね、今日は家でゴロゴロしてたい気分なの。昨日、体力をほとんど使い切っちゃって。今回はパスさせて)
(そっか……)
うぅ、九奈ちゃんもダメか……あと誰がいたっけな……あ、そうだ。
(色葉ちゃーん、今日僕と遊びに行かない?)
(………ごめんなさい、学級委員長さん……わたし……ぐぅ……)
(え……寝ながらメッセージ打てるんだ)
これはさすがにちょっとおかしいぞ。小学三年生の模範生である僕が、どうしてこうもあっさり振られてしまうのか。
女の子に振られるのは、面と向かって怒られるよりよっぽど堪える……
うーん……一人で行くしかないのか……いや、待てよ、まだ一人残っている(クラスの中身が子供のような男連中は除くとして)。ただ、その人はあまりスマホをいじらないタイプで、大抵本を読んでいる。電話をかけるしかない。
(もしもし……北原です)
「おお……僕だよ」
(西尾くん? 電話をかけてくるなんて珍しいですね)
「そうですね……なんだか恋人っぽい感じがしますね」
(恋人っぽい?)
「日々の妄想ですよ。気にしないでください。できるだけ遠くに放り投げてください」
(それで、何のご用ですか? 電話をかけてくるなんて)
「今日、あなたが暇かどうか知りたくて」
(ああ……今日は暇よ)
「何をしていたんですか?」
(本を読んでいたの……でも今はあまり読みたい気分じゃなくて……西尾くん、いいタイミングだったわね)
「そうですか……実は、今日あなたを遊びに誘おうと思っていて」
(遊び?)
「その……昨日は事件の謎解きばかりしていたので、何も遊べなかったでしょう。それで、一緒に行きませんかと思って」
(いいわよ……本を読みすぎたから、何か他のことをしたい気分だったの)
「じゃあ……どこで待ち合わせましょうか?」
(公園の広場にある時計台はどう?)
「分かりました……じゃあ、十時に会いましょう」
(うん……十時にね)
ちょっと待って……僕が、女の子とデートできるなんて。これは一体どうしたことだ。運がすごく味方してくれているじゃないか。今はちょうど八時。時計台のある広場は、ここから歩いて十五分ほどの距離だ。だから僕は、デート(?)に行く前に、新刊の本を探しに行ってみようと思った。ついでに、もしかしたら積んでいた本にも出会えるかもしれない。それを買って帰ろう。
僕は急いでシャワーを浴び、それから急いで身支度を整えた。今日は半袖シャツに半ズボン。靴は白黒のお気に入りのスニーカーを履いた。準備にはそれほど時間はかからず、あっという間に過ぎていった。
最初は歩いて行こうと思っていたが、よく考えてみると、北原さんを連れて行こうとしている場所は、僕の家からかなり遠い。だから僕は、自転車で行くことにした。
そうして僕は、この街で一番大きな本屋に着いた。街の書店だ。一番大きいと言っても、実際にはこの本屋には本を買いに来る人はあまり多くない。それよりも、勉強のために来たり、のんびりコーヒーを飲みに来たりする人の方が多い。ああ、そういえばここには、セルフサービス式のカフェもある。僕たちが小テストの勉強をするときも、よくここで待ち合わせをしたものだ。
僕がドアを押して入ると、ドアに吊るされたベルの音が鳴った。そしてその瞬間、「いらっしゃいませー」という女性店員の声が返ってきた。僕は少し頭を下げ、彼女は僕に親しげな笑顔を向けてくれた。
ふふ……これこそ、社会でマナーを守ることの見返りだ。特に女性を敬うこと。それは努力に対する報酬というものだろう。
僕は児童文学コーナーへと入っていった。この店では、有名作家ごとにコーナーが分かれているのだ。
西尾先生も、その中の一人だった。20世紀という時代の児童文学界の歴史を塗り替えた小説家。小説、映画脚本、アニメ脚本、漫画と、数多くの作品を発表している。
三十年の作家活動の中で、これまでに七十九作を発表し、シリーズ物は全九シリーズ、短編の読み切りも数多く手がけている。また、毎月新作の小説を十二ヶ月連続で発表し続けるという記録を打ち立てた作家でもある。作品名は『十二剣征服』。ただし、この記録は数日前に破られてしまった。さらに、日本の小説家の中で、世界一長い会話文を書いた作家としてギネスブックに記録されたこともある。
デビュー作は『空しき事件』シリーズ。最も有名な作品は『少年』シリーズ。現在の作品は『わたしの解読学園』。
まだ僕が読んだことのない作品もたくさんあった。中には、たった今初めて知ったものもある。僕は『少年』シリーズの続巻、『第十一巻 少年とメデューサ』を手に取った。
それと同時に、漫画版の『わたしの解読学園』も一緒に手に取った……
「あら……坊や、漫画コーナーは別の場所にあるわよぉ……それとも違うのかしら?」
その時、隣から声が聞こえてきた。
黒い制服を着た高校生の女の子。顔立ちはなかなか綺麗な方だったが、それは普通の女子高生と同じくらいのレベルで、しかも三つ編みにした髪をしていて、綺麗なのにわざとダサく着飾っているような感じがした。おまけに、話す言葉遣いも何だか変だった。
「あの……僕は小説を読んでいるだけですけど」
「おお……読んでるんだ。小説を読む小学生なんて、生まれて初めて見たわ……それとも、もう見たことあったかしら?」
「あなたは誰ですか?」
彼女に対して失礼かもしれないが、名前を知らなければ話もできない。
「先に名乗るべきなのはあなたの方じゃないかしら……それとも私かしら?」
「文脈からすれば、先に話しかけてきた人が先に名乗るべきですよね」
「そうね……じゃあ……私の名前は病院坂。西尾先生の作品が好きなあなたに会えて嬉しいわ」
「僕は……西尾です。こちらこそよろしくお願いします、病院坂さん」
「ほう……あなた、先生と同じ名前なのね。偶然かしら……それとも狙ったのかしら?」
「僕の母が、昔先生のファンだったんです」
「昔?」
「最近、母は目がかすんできて。こんな小さい字の本を読むのも難しくなってきたんです」
「ふーん……そうね、年齢というのは読書家にとって最大の壁になるものね……それとも違うかしら?」
「それで……病院坂さんは……」
「私のことを『さん』づけで呼ばないで……お姉さんって呼べばいいわ。『さん』をつけると年寄りっぽく聞こえるもの……それとも違うかしら?」
「病院坂お姉さんは……何を探しに来たんですか?」
「今日は一、二冊買おうと思ってね。今日探していたのは『屠殺一族』シリーズの『舌千切り一族』と、『わたしの解読学園』の三巻……それとも違うかしら?」
疑問文で終わっているけれど、一体誰に問いかけているのだろう。
「『一族シリーズ』は、確かかなり入手困難になっていると思います。この店には置いていませんよ。ネットで探した方がいいと思います」
「あら……そうなの……まあね、このシリーズはかなりマニア向けだものね。本気で探すなら、あなたの言う通りネットで探すしかなさそうね……それとも違うかしら?」
また疑問文だ。
「こんな話し方でごめんなさいね。うるさいと思ってるのは分かってるのよ。でも癖になっちゃってるの……それとも私の思い違いかしら?」
僕の心を読んでいるみたいだ。この人は一体何者なんだろう。
「言ったでしょ、私は病院坂よ。何度も聞くことないじゃない……それとも聞いてなかったかしら?」
「あなた……何か分かるんですか?」
「別に分かるわけじゃないわ……ただあなたの顔を見ているだけ……それとも違うかしら?」
「つまり……相手の顔を見ただけで、何を考えているか分かるってことですか?」
「違うわよ……私はただ、あなたの仕草を見ているだけ。私が話している間、あなたはいつも話の最後の部分に引っかかっているの。その瞬間の小さな反応が、私の目に飛び込んでくるのよ……それとも私の思い違いかしら?」
まるで読心術を持っているみたいだ。
「そういえば……今日あなた、女の子とデートに行くんでしょう……それとも私の考えすぎかしら?」
!!!!!!!
「あらあら……そんなに驚かなくてもいいわよ。どうして分かったのかと聞かれたら、こんな女の子っぽい格好をしている小学生なんて、誰が見ても一目で分かるものよ……それとも違うのかしら?」
「さあ……とりあえず座って。今日は一緒に本でも読みましょうよ……それとも読みたくない?」
僕は素直に座った。
「じゃあ……聞くけど、あなたは西尾先生のどのくらいのファンなのかしら……それとも、そうでもない?」
「その……僕が先生の作品を追いかけ始めたのは、『少年と怪物』シリーズがアニメ化された頃で、それに母の個人的な好みも重なっていて。自分でも、流行に乗って小説を読み始めたのは認めます。でも読んでいるうちに、どんどん買い集めるようになって、今では家が西尾先生の作品博物館みたいになっているんです」
「じゃあ……『空しき事件シリーズと糸の上の殺人にまつわる謎の伝説』って話、聞いたことあるかしら……それとも知らないかしら?」
「少しだけ知ってます……シリーズ四冊目、作品発表順でも四番目、発売日は四月四日、増刷は四回、発売店舗は四百四十四店舗。四という死を連想させる数字にことごとく関係しているのに、本の終盤の内容は、実は死人が一人もいない話だったんですよね。殺人でもない、自殺でもない、事故なんてもってのほか。そうですよね?」
「うーん……さすがよく読んでるわね……それとも、まだまだかしら?」
「それが、どうかしたんですか?」
「その……ちょっとの間……私たちで、この謎を一緒に解いてみない?……それともやめる?」
僕はただ黙って、彼女と一緒に暇つぶしにこの謎解きに付き合うことにした……のだろうか……さて、どうだろう。




