第2章 : 女子生徒全員の髪強制カット事件
◆◇◆
夏が来ると、薄着をするのが当たり前になる。
服の価値も分からないような、ある愚かな男子小学生たちにとっては――女の子の汗でしっとりと湿った薄手の夏服の値打ちも分からないなんて――実に惜しいことだと思う。
ちなみに僕は変態でも、夏服マニアでもない。ただ、汗で湿った夏服をぼんやり眺めていたいだけだ。
夏の週末、公園で走り回っている男の子や女の子たち。汗をかくために外に出て走り回りたいとは思わない僕、西尾は、この涼しい東屋に長く座っていたいと思っていた。
土曜日、つまり今日、担任の先生は三年生全員にピクニックを予定していた。これは僕たちのクラスの恒例行事で、近づいてくる期末試験を迎えるためのものらしい。先生としては、僕たちにストレスを感じてほしくなかったのだろう、こういうリラックスできて頭を軽くするような活動を企画してくれたわけだ。
今はちょうどお昼の時間帯だった。日差しがあまり得意ではない僕は、東屋の中にじっと座っている。目の前には、クラスの子どもたちが楽しそうに遊び回っている姿しかない。砂山を作ったり、鬼ごっこをしたり、あるいは公園の遊具で遊んだりと、色々入り混じっていた。
別に僕だって遊びたくないわけじゃない。ただ、今の僕には、走り回って遊ぶことよりも魅力的なものが目の前にあるだけだ。
それが――小説『猫の伝承譚』というやつだ。
この本は、暇なときのために持ってきたのだが、実際そのとおりになった。だが、周りがあまりにうるさくて、全然集中して読めなかった。別に女子生徒たちをじっと見つめていたわけじゃないぞ。
そして遅かれ早かれ、そのとき彼女が僕のもとへ走り寄ってきた。半袖の丸首シャツの袖をたくし上げて、白く滑らかな脇の下を見せながら、あの特徴的なサロペット風のスカートを履いて、全身汗まみれになって――北原さんだった。
「西尾くん、お水を取ってきてもらえますか?」
東屋で休んでいる僕のもう一つの役目は、外で走り回っている子たちに水やタオルを渡すことだった。もし頼んでくるのが男子だったら、僕は知らんぷりをしていただろう。だが、あの縋るような瞳でお願いされて、しかも汗でびっしょりの服を着たあの姿となれば、喜んで、何の躊躇もなく応じてしまうというものだ。
「はい、これ……」僕は炭酸飲料のボトルを差し出した。
「ありがとうございます」
彼女はキャップを開けて、一気に飲み干した。それによって、あの悩ましい腕の下がすっかり見えてしまい、僕は思わず本を家に投げ捨てたくなるほどだった。
「え? 何ですか? 私の顔に何かついてます?」
見えたのか? この子には千里眼でもついているのか?
「い……いや……その……」ふと、あるアイデアが浮かんだ。漫画の主人公でさえ絶対に思いつかないような作戦だ。
「まあ……ちょっとだけついてるかな」
「本当ですか!! どこですか!!」
僕が嘘をついた途端、彼女はすぐさま顔を近づけてきた。だが……すごいな……あれだけ走り回っていたのに、まだ汗臭い気配なんてまるでない。むしろいい匂いがする。
「まあ……ここです」
僕はタオルを手に取って、彼女の可愛らしい顔をそっと拭ってやった。彼女は目を閉じて、うっとりした表情を浮かべた。
「あ……眼鏡が引っかかりました……ちょっと外しますね」僕はこのチャンスを絶対に逃すつもりはなかった。眼鏡を外そうとしている彼女の腕を掴み、そっと眼鏡を外してあげた。このシーンは間違いなくロマンチックだったと保証できる。彼女はとても純粋無垢な女の子で、「恋」という言葉の意味すら分かっていないほどだ。だから僕はよく彼女にこうしてちょっかいを出すのが好きだった。
僕は再び布を彼女の顔に当てて拭った。だが今度は、僕は彼女に自分の膝の上に頭を乗せてもらった。ああ……なんだか彼女みたいな気分だ。僕はそっと冷たい布を彼女の首筋に沿わせて拭った。
「あっ!! ……あぁぁ」彼女が急に変な声を上げた。
「変な声出さないでよ!!!」
「だ……だって、あなたがそこを布で撫でるから……それで……」
言い終わると、僕はすぐに彼女の体を起こしてやった。
「うーん……そういえば、あと二週間で試験が始まりますね。勉強はしてますか? 西尾くん」
「してるよ。でも試験の二週間も前から勉強するやつなんている?」
「私です」
「あなた一人だけでしょ、それ」
一体どれほどストイックなんだ。僕なんて試験前の三日間しか勉強しないっていうのに。
「あら……勉強しないと落ちますよ。それに点数も良くないですし」
「落第点さえ取らなければいいんだよ」
「わあ……もったいないですね」
なんでそんなに残念そうな顔をするんだ。
「西尾くん!!! み……み……水……ちょうだい……」
「氷で代わりに済ませてもいい?」
「面白くないぞ……早く水持ってきなさい!!!」
僕は急いでクーラーボックスから炭酸水を取り出して九依奈ちゃんに渡した。手に入れた瞬間、彼女は一気に飲み干した。
「ごくっ……ごくっ……はぁぁぁ、生き返りましたぁ」
「走って疲れたでしょう……先に座って休んでね」
ちなみに、黒板の名前の一件から、もう何日か過ぎていた。僕たちはだんだんと仲良くなっていった。
九依奈ちゃんも、次第に僕に心を開いて話してくれるようになり、僕たちは友達のように話せるようになっていた。ボケとツッコミもいつも交わしていた。
「わあ……九依奈ちゃん、髪切ったんですか? かわいい〜」
「ほんと? へへ、最初は切りたくなかったんだけど、切ったらこうやって褒めてもらえて、私もうれしいな」
そういえば、最初に会った頃、彼女は髪を長く伸ばしていたんだった。短く切ったら、ずいぶん可愛くなった。
「西尾くん……どう思う」
「え……」
「私の髪、切ったらどう? かわいい?」
そう聞かれると、ちょっと困ってしまう。普通の男の子だったら「別に可愛くないよ、ブサイクじゃん(笑)」とか言うんだろうけど、僕は世界中のどんな女の子にだって、そんな辛辣なことを言うつもりは絶対にない。
「かわいいよ……すごくかわいい。ううん、どんな髪型にしたって、君は世界で一番かわいいと思うよ」
「……ば、ばか……照れるじゃん……あんたの家こそ気持ち悪いわ」
「あれ……そうなんだ」
このネタは小学生には通じないみたいだ。小説を読みすぎてすみません。
「九依奈ちゃん……西尾くんに悪いこと言っちゃだめですよ……彼、心が弱いんですから」
ここまでくると、北原さんという方を崇め奉らなければならない気がしてきた。僕を守ってくれる女神様に違いない。
「はいはい……ごめんね、西尾くん」
全然謝ってるように聞こえない。まるで遠回しな悪口みたいだ。
「そういえば、みんな同じように髪を切ってますよね」
そうだ、そういえば、クラスの女の子たちみんな、揃いも揃って髪を短く切っていた。申し合わせて来たのだろうか?
「そうですね……私もつられて切っちゃいました」
「私はいつも短くしてるから、数に入らないですけどね」
「示し合わせて来たのかな? それにしても女子って、本当に変な示し合わせをするよね」
「いや……申し合わせた記憶はないですよ。気づいたら朝起きて、みんな切ってたって感じで」
昨日は金曜日、今日は土曜日。一体いつ切りに行ったんだ? いや、美容院なんていくつもあるけれど、全員が同時に髪を切ってもらえるものなのか?
これはちょっとおかしいぞ。調べてみないと。
「さて……ホームズさん、解くべき事件が発生しましたよ」僕はそう言いながら、北原さんのお尻をぽんと叩いた。彼女はびくっと飛び上がった。
「え!! 事件!? 何の事件ですか。というか、どうして私がホームズなんですか」
「今回は僕、ワトソンが依頼人です。ホームズさんに手伝ってほしいんです」
「いきなりワトソンなんですね……で、あの……どんな事件ですか? ワトソンさん?」
「私はきっと警部ですね」
「あなたは警部にはなれませんよ」
「じゃあ……何になるんですか」
「僕の右足です」
「あんたの右手の方がまだマシよ!!!」
「じゃあ……僕の心の中にいる人、ということでいいです」
「その下手くそなナンパ文句、いい加減やめなさいよ」
「はい」
そのとき、北原さんが割って入ってきた。
「じゃあ彼女は、ホームズのお兄さん、マイクロフト……ということでどうでしょうか?」
おっと……聞いてくれるとは。可愛いじゃないか。
「それでいいよ……事件を解決しに行こう!!!」
そんなに簡単に決まるものなのか。まあいいや、僕はどうでもいいけど。
「申し合わせてないですよ」
「そうですか。情報提供ありがとうございました」
もちろん、僕が誰に聞いても、みんな同じように答えた。
今回のケースは、前回と同じようなものだった。
誰もこのことに以前から気づいたことがなかった。
誰もそれを感じ取ったことがなかった。
「本当に、誰も原因を知らないんですね」
僕たち三人が、他の女子生徒たちに聞き込みをしたあとも、今回の出来事の原因を示すような情報は何も得られなかった。
「私の方も同じです……誰も知りません」
今回の「散髪事件」は、普通の事件とはかなり性質が違っていた。普通、事件が起きるときは、第三者――つまり犯人の仕業であることが多い。だが今回は、犯人もいなければ被害者もいない、謎解き型の事件だった。つまり、僕たちが答えを知りたいと思っている謎、というわけだ。
「僕たちが知りたい答えである以上、あとはもう推測するしかないですね」僕はそう言った。
「そもそも最初にこの話題を出したのはあなたじゃないですか」
「でも興味深いですよね。福岡の小学校三年生の女子生徒たちは、十二時間前までは、みんな自分の好きな髪型のままだった。それなのに、なぜ『全員』が髪を切ったのか。これは興味深い話ですよ」
これが今回の事件、散髪事件の概要だ。だから僕が最初に話題を出したというわけだ。
「夏になったから、髪を切ったんじゃないですか?」
「夏はもう何週間も前から始まってますよ。今さら切る意味なんてありますか」
それもそうだ。夏に入ってからかなり経っているのに、昨日になって髪を切るというのは、どうにも不自然だ。
「あるいは、昨日切るべきだという何かのお告げでもあったんじゃないですか」提案したのは九依奈ちゃんだった。
「お告げか……あり得なくはないけど、みんなが一斉にそう感じるものかな」
「そうですね……お告げというより、無理に言うなら、何かの広告みたいなものに影響された、という方が近いかもしれません」
「それだよね……私も自分では全然気づいてなかったんです。気づいたときにはもう髪を切りに行ってたって感じで」
まるで催眠術にでもかかったかのように、彼女はそう締めくくった。行き詰まってしまったので、僕たちはもう少しずつ原因を探っていくしかなかった。
「みんな~! お昼ご飯よ~! お昼ご飯!」
僕たちはそこで推理を中断して、他の友達のところへ集まりに行き、お昼ご飯を食べた。
この事件は、このまま終わってしまうのだろうか?
◆◇◆
お昼ご飯を食べ終えたあと、子どもたちはお菓子を買って座って食べ始めた。もちろん、学級委員長として、お皿や食べ残しを片付けなければならないのは、僕と、同じく委員長の北原さんだった。
「みんな、本当にありがとうね。先生の掃除を手伝ってくれて」帆上先生がそう言った。正直、こんな仕事をさせられるのは腹立たしくもあったが、先生がとても美しい女性だったから、僕は彼女のお願いを断る気には到底なれなかった。
「大丈夫です。学級委員長の役目みたいなものですから。手伝わなくても、どうせ僕は暇なんで」
「あら……そう言ってもらえると、先生も心が軽くなるわ。じゃあ今度、たっぷりお礼させてもらうわね」
「先生とデート、とかですか?」
「あら~~ずいぶん口が上手いのね。でも悪いけど、先生はもう結婚してるのよ」
「先生とデートするのと、先生のご主人とデートするのとは、別の話ですよ」
「でも先生の彼氏、警察官なんだけど……」
「じゃあ今度は、ご飯を奢ってください」
そのとき、手伝っていた九依奈ちゃんが割り込んできた。
「ちょっと待って……いくらなんでも、その辺で分をわきまえたほうがいいんじゃないですか」
「ごめんね、あなたを妬かせちゃって。これからは他の女性には近づかないようにするわ」
「口を縫うか、それとも別のあれを切るか、どっちがいいか選んでおいてくださいね」
「冗談よ……ごめんなさいね」
全然謝ってるように聞こえない。むしろ、遠回しに皮肉ってるようにしか聞こえない。
「もうやめてよ、二人とも……そんなふうに喧嘩しちゃだめだよ」北原さんが割って入った。
「お母さーん、九依奈ちゃんが先に私をいじめたのー」
「あら? よしよし、おいで……ぎゅーってしてあげる……うぅ」
「あんた、一体どこまで妄想を膨らませたら、女子にこんなちょっかいを出す計画を思いつくんだよ」
「あら……そうだったわね」よし、この辺でふざけるのはやめておこう。
「先生はどうして髪を切らないんですか?」
「うーん……どうしてかしらね」
「そうだ……なんで先生は切って……あっ!!」
どうやら気づいたようだ。
「何なの……髪を切るのが何だっていうの」
帆上先生は首をかしげて僕たちの言葉を不思議がった。そこで僕たちは、これまでの経緯を説明した。
◆◇◆
「なるほどね……つまり、みんなは、どうしてうちのクラスの女子が今日そろって髪を切ったのか、不思議に思ってるってことね」
「そうです……」
「何よそれ……そんなの、ちゃんと考えれば簡単に分かることでしょ、違う?」
「ええ!! 本当ですか、先生。先生はもう分かってるんですか、何が起きたのか」
「分かってるわよ。でも、今は秘密にしておくわね」
「ええ……何なんですか……それじゃいつまでも分からないままじゃないですか」
「だって、あなたたちは名探偵シャーロック・ホームズと、助手のワトソン、それに兄のマイクロフトなんでしょう? だったら自分たちで答えを見つけなさいよ。コナン・ドイル卿(シャーロック・ホームズの作者)に直接聞きに行くなんて、それはちょっとルール違反ってものじゃない?」
「じゃあ、せめてヒントぐらい出してくださいよ。コナン・ドイル卿なんですから。証拠やヒントを出してくれないと、話が進まないですよ」
「なかなか策士ね、ホームズさん。分かったわ、じゃあヒントは――朝6時に現れて、6時半に消える。新聞紙の右上の隅。色のついた四角い箱。そして、音よりも速く広まる情報。これがヒントよ。ああ……これは難易度星2つね、高校生レベルよ。答えにたどり着けることを期待してるわ」
言い終えると、彼女はご主人からの電話を受けるために歩いて行ってしまった(どうして僕からじゃないんだろう)。
「何よこれ、現れるとか、箱とか、色とか……わけ分かんない」九依奈ちゃんは先生のヒントにすっかり混乱していた。
「朝6時に現れて、6時半に消える……」
「新聞紙の右上の隅」
僕はベンチで居眠りしているおじいさんが持っていた新聞を取りに行って、読んでみた。
「はは」読んだ瞬間、僕は自分の推理を心底笑いたくなった。今回の話は、とんでもない意外な結末を迎えていたのだ。
僕はお腹が痛くなるほど笑ってしまった。
「何なんですか!!! 西尾くん!!! 何で笑ってるんですか!!! 何が起きたんですか!!!」
眼鏡をかけた女子学級委員長が、不思議そうにそう言った。
「一体何が起きたっていうのよ」
僕は新聞紙を二人の顔の前に突き出した。そして、結局二人とも、僕と同じように笑い出してしまったのだった。
◆◇◆
今回の物語の結論。僕のクラスの女子生徒たちが、示し合わせもしていないのに、クラス全員そろって髪を切ってしまった理由――それを、ヒントの説明と一緒にお話ししようと思う。
朝6時に現れて、6時半に消えるもの。これはテレビ番組のことだ。ちょうどコマーシャルの合間に流れるような、短い番組だった。
新聞については、あとで説明する。
色のついた四角い箱、それはテレビのことだ。
音よりも速く広まる情報――これは簡単に推測できる。インターネットのことだ。だが、この文脈で言うなら、ニュースかテレビ番組のことを指しているのだろう。
答えは新聞に書かれていた。それは、日替わりの運勢占いだったのだ。
金曜日の朝の占いには、だいたいこんなことが書かれていたらしい――「土曜日までの間に髪を切れば、試験に受かる」というような内容だ。それで子どもたちは髪を切りに行った。クラス全員が切ることになったのは、本当にただの偶然だと解釈するしかない。こういうことは、実際にたまにあるものだ。そして親たちは、朝いつもテレビでニュースを見ているものだ。
結局のところ、僕たちはこの意外な結末に、すっかり打ちのめされてしばらく呆然としてしまった。
夕方になって、僕は、あの有名なホームズくんと、その左腕であるマイクロフト(何らかの理由で目の上の腫瘍になること。)への報酬を支払うことになった。とんでもなく高いアイスクリームを買いに連れて行って、それから家へと歩いて帰った。
西尾シリーズは、アニメ『暦物語』を観て、軽いミステリーを書いてみたいと思ったのがきっかけで生まれました。実は、このシリーズはVTuberシリーズよりも数年前に書いたものなので、少しだけ改訂しました。楽しんでいただけたら嬉しいです。




