第1章:黒板に書かれた名前の謎
◆◇◆
今日はどこにでもある、何も変わったことのない一日だった。毎日がそうであるように。
だが今、この瞬間、まさに今、僕――直悦西尾、福岡県のとある小学校に通う三年生の男子児童は
ふと、あるものに気づいてしまった。
それは、僕のちょうど目の前にあった。
◆◇◆
黒板。
それは黒板だった。先生方や、学級委員長である僕と、副委員長の北原さんがいつも授業やホームルームの時間に使っているものだ。
でも待ってほしい。それは君たちからすれば、別に普通のことじゃないかと思うだろう。
だが今、僕は黒板の隅に、あることに気づいたのだ。
それは、誰かの名前らしき文字だった。
黒板に人の名前が書かれていること自体は、別におかしなことではないかもしれない。いたずらかもしれないし、あるいは先生が素行の悪い生徒をブラックリストとして書き留めたものかもしれない。
だが僕がおかしいと言ったのは――その名前が、僕の記憶では、このクラスの誰の名前でもないということだ。
そして何より奇妙なのは、誰もそれに気づかず、黒板から消されもしないままになっていること。しかも先生自身も気づいていないということだった。
僕の最初の推測は、それは幽霊か、あるいは霊を呼び寄せる呪文かもしれない、というものだった。
『花』――それが黒板に書かれていた名前だった。かなり癖のある字だったので、よく見なければ分からなかった。
疑問は次第に膨らんでいった。これはクラスのみんなに聞いてみなければならないだろう。
「あら? 西尾くん……まだ帰っていなかったんですか?」
教室のドアを開けて入ってきたのは、女子学級委員長の北原清美さんだった。ちょうどいい。
「そういえば北原さん、黒板の隅に書かれてるこの名前、気づいたことある?」僕は黒板を指さしながら彼女に尋ねた。
「うーん……気づかなかったですね。こんなところにあったんですか。それがどうかしたんですか? 西尾くん」
そら見ろ、やっぱりそうだ。
「答えは、今あなたが言った言葉の中にあるんだよ」
「誰も気づかなかった、ってことですか?」
「そう」
「うーん……確かにそうですね。人の名前が、可愛らしい字で書かれているのに、誰も気づいていないなんて」
「しかも消されてもいない」
彼女はあれを本当に字だと見ているのか? しかも可愛いだなんて。足で書いたようなこんな字を。
「先生には聞いたんですか? 他のクラスメイトには?」
「まだ」
それもそうだ。誰も気づいていないとは言ったものの、この名前に気づいた人が本当にいないとは限らない。
「ほら、そういうことです。まず何よりも先に、証人と証拠を探さないと。それが捜査の第一の鉄則です」
その鉄則、一体どこから持ってきたんだ。
「じゃあ……今夜、クラスのみんなにLINEで聞いてみるよ。もし手伝ってくれるなら、先生の方に確認してもらえる?」
「うーん……喜んで全力で協力します」
「ありがとう」
◆◇◆
僕はクラスのグループLINEに、「この黒板の隅の名前の出所を知ってる人、いる?」というメッセージを、写真を添付して送ってみた。
「知ってる」ではなく「出所」という言葉を使ったのは、そうすることで一度に色々な有益な情報が得られるだろうと思ったからだ。
それから僕は風呂に入り、ご飯を食べた。
◆◇◆
僕は目の前にあるものに、ひどく驚かされた。
それは……返ってきた返信が、「見たこともない」という文言だけだったということだ。
そして北原さんからも、あの名前を知っている先生は一人もいなかった、というメッセージが届いていた。
僕が幻を見ているだけなのだろうか? いや、もし幻ならば、北原さんまで見えるはずがない。
疑問はどんどん膨らんでいった。明日はもっと証拠を集めなければならないだろう。
◆◇◆
翌朝、僕はいつもより早く学校に着いた。あの名前のことを確かめるためだ。
ドアを開けて入ると、そこには北原さんと、もう一人の女の子がいた。確か……九依奈ちゃん、だったか。
「あら、おはようございます、西尾くん」
「おはよう、北原さん、芦原さん」僕は二人に挨拶をした。
「お……おはよう……西尾くん……」
言い終えると、九依奈ちゃんはすぐに北原さんの後ろに隠れてしまった。僕はそんなに嫌われているのだろうか?
彼女――芦原九依奈は、一人でいることを好むタイプらしい。僕たちと似ているようで違うのは、僕と北原さんは賢すぎるがゆえに周りから近寄りがたいと思われて孤立している、二人組のようなものだということだ。
そして今日は、九依奈ちゃんの花の水替え当番の日らしかった。だが黒板の名前の事件があったせいで、僕と北原さんはいつもより早く登校していて、結果として今、三人で捜査をすることになっていた。
「それで……何か進展はありましたか?」
「うーん……それがですね」
彼女は言いながら黒板を指さしに歩いていった。九依奈ちゃんは僕にくっついたままついてきた。
「この名前ですけど、消せないわけじゃないんです。でも文字が固まってしまってるんですよ」
「誰も消さなかったからチョークがこびりついたんだね」
その推測が一番あり得そうだった。だが、
「でも……もし本当にそうだとしたら、先生に怒られませんか? 黒板をちゃんと消してないって」
「確かにそうですね……でも、長期休みの間に入ってこられたんじゃないですか」
「長期休みの間は校舎に鍵がかかってるよ。教室だからって、ドアを開けっぱなしにしておくほど間抜けじゃないと思うけど」
「もしかしたら、先生がやったのかもしれません」
「もし異動していった先生なら、あり得るかもね」僕は犯人――いや、容疑者の名前を紙に書き留めた。
「あの……」
九依奈ちゃんが、先生の質問に答えるときのように、そろそろと手を挙げた。
「もしかして……卒業していった生徒の……仕業……ということは……ありますか?」
「それは……ないと思いますよ」
そうだ、ここは三年生の教室だ。
「そうですか」
「他のクラスの子は?」僕は尋ねた。
「うちのクラスは二階で、一年生と二年生の教室の隣にあります。もし遊びに来たとしても、うちのクラスの男子たちに絶対に討たれてしまいますよ」
「討たれる、ですか!!!」
いや!! もっと可愛らしい例えはできなかったのか!!!
「冗談です」
「冗談なんだね」
九依奈ちゃんは、心底ほっとしたようにため息をついた。
「わあ……完全に頭が行き詰まっちゃいましたね」
「お二人とも……あの」
「何?」僕は聞き返したが、当人はまた北原さんの後ろに隠れてしまった。
「私は……たぶん……追悼のために書かれた文字なんじゃないかと……思います」
追悼?
「えっと……どう言えばいいんでしょう……つまり、昔……『花』という名前の生徒が一人いて……もしかしたら亡くなって……それで先生方やクラスメイトの方たちが、彼女を偲んで、その名前を書いた……ということです」
「それなら辻褄が合いますね」そう言ったのは北原さんだった。
「でも、先生が知らないことはどう説明するの?」
「そ……それは……もしかしたら、皆さん忘れてしまった……のかもしれません」
え……忘れる?
「生徒が亡くなったことを忘れるなんて、そんなことあり得るの?」
「あり得ますよ、西尾くん」
北原さんがそこから続けて話し始めた。
「西尾くんも知ってると思いますけど、時間が経つと、脳って記憶をどう扱うと思います?」
確かにそうだ。
「脳は不要になった記憶を消して、新しい記憶をそこに入れ替えるんだったよね」
「そうです……チョークの押し跡の強さから見て、もう十年以上は経ってると思いますよ」
かなり長い時間だ。でもそうだとすれば、色々なことに――いや、すべてのことに辻褄が合う。
「よかった……私も……推理、できました」
「うんうん……九依奈さんって、本当にすごい名探偵ですね」
今回の物語の結論。
黒板の隅に書かれていたあの名前は、いたずらで書かれたものではなく――友と呼べる人を偲ぶために書かれたものだった。
みなさんこんにちは…サクです…最近すごくやる気が出ていたので、予定より早く西尾シリーズの小説を書き終えました。皆さんに楽しんでいただけたら嬉しいです!この物語は全3部構成で完結する予定です。気に入っていただけたら、星評価、コメント、ブックマークをお願いします…また近いうちにお会いしましょう…




