第5章 : 海
◆◇◆
「一番遅く着いた奴は童貞な!!」
「そんなこと大声で言わないでよ!!」
みんなで顔を合わせたあと……翌日、私たちは海に遊びに行くことになった……。
今日もまた、みんなで顔を合わせる日……でも今回は……オーストラリアから輸入された、真っ白で美しい砂浜での話だ……。
「うおー!!」
女子たちは大人たちに少し離れたところから見守られながら、楽しそうに次々と海に飛び込んでいった……。
僕はというと?……まあ、正直に言うと僕だって泳ぎたかったんだけど……。
「はぁ……なんていうか……来た甲斐があったよなあ、な?」
砂浜から双眼鏡を構えた僕は、隣に座っている真司くんとヒロくんに話しかけた……浩太くんもお菓子を食べながら一緒に座っていた……。
「そうだよな……彩葉ちゃんたち、新しい水着買ったって聞いたし」
「そう?……お前らは誰の水着が一番可愛いと思う?」
まあ……「男子」ってやつは、こういう話題が好きなものだ……。
真司くんが陽気に聞いてくると、僕とヒロくんは同時に答えた……。
「清美!」
「彩葉ちゃん!」
意見が合わなかったので、すぐに言い合いになった……。
「何言ってんだよ!!……清美の水着が一番決まってるだろ!!」
「お前こそ見る目ないな、西尾くん……彩葉ちゃんの水色のフリルの水着が一番可愛いに決まってるだろ!!」
「はあ!?……清美の白いスカート付きの水着のほうが上だろ!!」
僕たち二人は頭を突き合わせた……真司くんは大笑いしながら、僕たち二人の姿を写真に撮っていた……。
「「真司くん! 決めて! 誰の水着が一番可愛いか!!」」
決められないなら、第三者に判定してもらうしかない……。
「うーん……」
真司くんは双眼鏡を女子たちのほうへ向けて、しばらく考え込んだ……。
「僕は、九依奈ちゃんとシャルちゃんの水着が一番可愛いと思うな……」
「「一人だけ選べって言ったのに!!」」
僕たち二人はすぐに真司くんの体を揺さぶった……。
「もう、やめてよ二人とも……あの二人はクラスの美人グループにいるじゃないか……あっ……そういえば理紗ちゃんの水着も、衣乃ちゃんの水着も可愛かったよ……」
「「一人しか選べないって言ってるだろ!! もう四人目じゃないか!!」」
僕たち二人は、お菓子を食べている浩太くんのほうを向いた……。
「いや……僕、そういうのには興味ないから……」
こいつ……こんな風に逃げるつもりか!?
「……でも、よく考えたら……灯夏さんの水着なら、気になるかな……」
「「僕たちのグループから選べよ!!」」
僕たちは思いっきり叫んだ……周りに人が多かったから、幸いそれほど問題にはならなかった……。
「もう、お前ら……浩太くんの言ってることにも一理あるだろ……」
「よう……」
そのとき、悠真さんがグラスを片手に、ふらりと僕たちのほうへやってきて、ビーチチェアに座った……。
一緒にいたのは、少し危なそうな雰囲気の若い男性――確か郁郎さんだったっけ?……お店の従業員である加藤さんの彼氏らしい。
僕たち四人は、思わず目を離せずに彼を見つめてしまった……。
理由は単純だ……この二人、体型が最高すぎる……まさに少女漫画から飛び出してきたようなイケメン、間違いなくそういう感じだった……。
特に悠真さんは、服を着ているときは色白で儚げな美形青年って感じなのに……脱いだ瞬間、筋肉がものすごく綺麗に割れていて……。
僕たち四人は、彼の体と自分の体を交互に見比べてしまった……。
「ああいう体になりたいなあ……」
「ははは、西尾くん、面白いこと言うね……もしかしたら、郁郎くんの親友とすごく気が合うかもよ……」
悠真さんはそう言いながら、いつもの調子で、からかうように郁郎さんの脇腹を肘でつついた……。
この人、怖くないのかな……。
「『アキト』のことは話さないでください……西尾くんがあいつに会ったら、たぶんいいようにからかわれるだけですよ」
からかわれる?……僕がですか。それにしても、アキトって人は誰なんだろう……なんとなく、遊び人みたいな性格の人な気がする……。
「まあいいや……それにしても今日はラッキーだよなあ……灯夏が水着に着替えるなんて滅多にないんだから……水着姿なんて、まさに大当たりだよ……」
悠真さんは、女子たちと海で遊んでいる灯夏さんから、一瞬も目を離さずに見つめていた……。
正直、気持ち悪いって言いたいところだけど……それを言ったら、怒られるのはきっと悠真さんだけじゃすまないだろう……。
「そういえば……さっき浩太くんが灯夏さんの水着好きって言ってたよな?……僕も好きだよ……で、郁郎さんは?」
「はあ?……なんで俺に聞くんだよ!?」
郁郎さんが声を荒げると……ちょっとチンピラっぽい雰囲気になる……。
「もう、ただの雑談だよ……」
それを聞いて、彼は少し表情を和らげた……。
「そりゃあ、加藤先輩に決まってるだろ……」
僕は双眼鏡を先輩のほうへ向けた……先輩はとても小柄で……水着は九依奈ちゃんのと同じ黒いレースだった……まあ……分かる気がする……分かる気がするよ……。
「えっ?……なんかそれってずるくない?……彼女で誤魔化してるだけじゃん……」
「そんなことないだろ……どう考えても黒レースが一番可愛いんだから……」
真剣に腕組みして言われると、反論できなくなってしまう……。
「そうですよね! 郁郎さんの気持ち、僕にはよく分かります……どう考えても、加藤さんと九依奈ちゃんの黒レースが一番可愛いですよ……」
おい! バカ真司……なんで向こう側につくんだよ!
「何言ってんだよ……どう考えても灯夏のほうがいいに決まってるだろ……」
「悠真さんの言う通りだよね……」
「違う違う違う! 水色のフリルに決まってるだろ!」
「おいこら!! 白のスカート付きだって!!」
「はあ!?……」
僕たち男どもは、大声で言い争っていた……そして、思いもよらないことが起きた……。
「んんっ!」
黒くてくせ毛の短い髪、真っ赤な目をした女の子が、僕たちの後ろで咳払いをしていた……。
九依奈ちゃんだった……。しかも、それだけじゃない……。
「あら……どうして海に入らないのかと思ってたら……」
女子たち全員が、僕たちの後ろにずらりと立っていた……。
「なんてことはない、こそこそこんなとこで盛ってただけってわけね……」
お母さん、ごめんなさい……僕は変態です……。
その後、男どもの悲鳴が、ビーチ中に鳴り響いた……。
まあいいや、そのあとはみんなで一緒に海に入った……しかもシャルちゃんのお母さん、アメリアさんまで加わって……。
◆◇◆
視点切り替え:平野真司
毎日という日は、かけがえのないものだ……だから、それを簡単に手放してはいけない……。父はフランスの有名なファッション雑誌でカメラマンの仕事に出発する前、僕にそう言っていた……。でも驚かないでほしい、僕と母を捨てて行ったわけじゃない……ただ、海外での仕事に行っただけだ……。
僕の父は、日本とフランスを行ったり来たりするカメラマンで……そこで母と出会って恋に落ちた……母はそこの有名ブランドのデザイナーの一人で、それで自然と親しくなったらしい……。小学校に入ってから知ったんだけど、母とシャルちゃんのお母さんは、昔同じ大学に通っていたそうだ……。
父は日本人で、母は日仏ハーフだ……母はフランスで生まれ育った時間のほうが長い……。
だから僕は、子どもの頃から金髪碧眼で……でも顔立ちは日本人らしいから、よく「染めてるの?」って聞かれる……。
まあ、そんなことはどうでもいい……ここからは、写真の話をしよう……。
まあ、退屈な話かもしれないけど……語るのは得意なんだ……。
父はいつも言っていた……「過ぎていく時間を無駄にするな」って……だから僕は、大切な時間を写真として残しておきたいと思って、写真を撮ることを決めた……。
幼稚園の頃からお金を貯め始めて、おやつを我慢する日もあった……そうやって貯めたお金で、古いポラロイドカメラを一台買った……。
もちろん母はお金を出してあげると言ってくれたけど、僕は断った……ずっと、自分でお金を貯め続けた……。
五年かかって、ようやく一台買うことができた……そして初めて撮った瞬間の写真は……僕の家だった……。
父が昔教えてくれた構図の取り方を思い出しながら組み立てて……それから、どんどん写真を撮っていった……。
初めて撮った「人」は……僕の母だった……。
まだ三ヶ月しか経っていないけど、たぶんもう何千枚も撮っていると思う……。
写真を撮るとき、僕はいつも笑顔でいる……周りの時間や、人々に向かって、微笑みかけるように……。
写真は、いつも僕たちに物語を語りかけてくれる……この素敵な時間が、確かに存在したという、何よりの証拠になるんだ……。
だから僕は、周りの景色や、周りの人たちを撮ることに夢中になっていった……。
そして……僕は、二人の女の子の写真を撮ることになった……。
一見、気の強そうな、口の悪いイメージの子……でも実は、誰よりも優しい子――
芦原九依奈。
そしてもう一人……金髪の女の子……誰もが彼女に見惚れてしまう――
シャーロット・宮島。
そんな二人だから……僕は少しでも、彼女たちの時間を残しておきたいと思うようになった……。
「水買いに来たの?」
海の前の自動販売機の前で、九依奈ちゃんに声をかけられた……正直、近くで見た彼女の水着姿には、少し胸がドキドキしてしまった……。
「うん……飲み物全部飲んじゃったから、買い足しに来たんだ……九依奈ちゃんは?」
「まあ……散歩してただけ……あんたが歩いてくの見えたから、ついてきただけだよ……」
僕は自動販売機からいくつか飲み物を取り出した……。
「持てるの、それ?」
「大丈夫です……えっと……ちょっと手伝ってもらえますか?」
「あんたねえ……」
僕たちは二人で飲み物を抱えながら、あれこれ話しつつ歩いた……。
「今日、楽しいね」
「え?……うん……楽しいね。あんたたちが変な話で盛り上がってなければ、だけど……」
「ごめんなさい……」
まったく、この子……口は悪いのに、なぜか余計に申し訳ない気持ちになる……。
「ねえ真司くん……なんで写真撮るの好きなの?」
彼女が聞いてきた……。
「僕はね……大切な時間を残しておきたいからだよ……」
僕はそう答えた……。
「大切な時間……」
「うん……あのさ、知ってる? 西尾くんたちと知り合ってから、ちょうどカメラを手に入れたんだ……それと同時に、初めて友達のグループができたんだよ……だから余計に、その時間のことを、もっとたくさん残しておきたいって思うようになったんだ……」
「へえ……あんたって……意外とかっこいいこと言うんだね……前に言ったこと、撤回するよ……」
「え?」
撤回?……何のことだろう……でも聞かないほうがよさそうだ、きっといい話じゃないから……。
「そういうことだよ……それでこの前……僕は、一番時間を残しておきたいと思う人に、二人出会ったんだ……」
「へえ……気になるなあ……で、誰なの?……誰にも言わないって約束するから……」
そんなに気になるのか……そこまでしなくていいのに……。
「一人目は、シャルちゃんだよ……」
「へえ!……じゃ……じゃあ、あんたシャルちゃんに興味あるってこと?」
なんだか妙に張り切っている……普段は気の強い九依奈ちゃんの、もう一つの一面を見られてラッキーだったかもしれない……。
「まあ……ちょっと気になってる」
「ふうん……じゃあ二人目は?」
「……君だよ……」
「え?……」
彼女は少し顔を赤らめて……それから慌てて、自分の照れを誤魔化すように話し始めた……。
「す……すごいじゃない……その、私みたいな人にも興味持ってくれるなんて……正直……私も、たくさん写真撮ってもらいたいって、思ってたし……」
そう言ってくれるなら、遠慮なく……。
僕は水のボトルを置いて、ポラロイドカメラのシャッターを切った……。
彼女の、油断した瞬間の表情を、また撮ることができた……正直、すごくいい瞬間だった……。
「…………」
彼女はその写真をじっと見つめていた……まるで、その写真に見惚れて、恋をしているみたいに……。
「どう?」
彼女は僕に背を向けた……それから、何かをぼそっとつぶやいた……聞き取れなかったけど……やがて彼女は振り返って、これまで誰も見たことのないような笑顔を浮かべた……。
誓って言うけど……この子が、誰かにこんな笑顔を見せたことなんて、今まで一度もなかったはずだ……。
そして、それを最初に見たのは……僕だった……。
「すごく可愛く撮れてるね……ありがとう、真司くん……」
僕は笑顔で返して、それから二人で砂浜へ戻ることにした……途中はかなり距離があったから、しばらく歩くことになった……。
「あれ?……二人とも」
その途中で、シャルちゃんに会った……。
「よう……散歩?」
「違うよ……真司くんが飲み物買いに行ったって聞いたから、手伝いに来たの……西尾くんが『俺のコーラどこ行った!』って大騒ぎしてたよ……」
彼女は西尾くんの物真似をしながら身振り手振りで話してくれた……そういうところ、やっぱり彼女らしくてすごく可愛い……。
「ねえ!……真司くん……シャルちゃんと一緒に写真撮ってみたら?」
突然、九依奈ちゃんがそう言い出した……。
「え!?……九依奈ちゃん……こ……こんなの……」
それを聞いたシャルちゃんは、すぐに体を震わせた……。
「もう、いいから……あのね、真司くんがあなたの『大切な時間』も残したいって言ってたよ……」
「A……Ah……」
シャルちゃんの顔は真っ赤になって、一瞬、目まいでも起こすんじゃないかと心配になるくらいだった……。
「く……九依奈ちゃんがそう言うなら……」
結局、僕は彼女と一緒に写真を撮ることになった……そしてこれは、僕自身がこのカメラで撮られる、初めての機会でもあった……。
「ほらほら……もっと近づいて……」
「ちょっと待って九依奈ちゃん! これ以上近づけないくらい近いよ!」
「はい、ハートのポーズ〜」
「もう!」
嫌がりながらも、シャルちゃんはちゃんとその通りにしてくれた……。
そしてカシャッ……ポラロイドカメラの音が鳴った……九依奈ちゃんがその写真を手に取って見た……。
でも、彼女は何やら様子がおかしくなった……。
「どうしたの?」
彼女は僕たち二人の後ろを振り返り……写真をじっと見比べていた……。
「これ、見てよ……」
彼女が指さした先――写真には、注意していなくても、はっきりと分かるほど目立つものが写っていた……。
僕とシャルちゃんの後ろ、フレームの端に……変なコートを着た女性の姿が写り込んでいたのだ……。
「これ……」
僕たち三人は振り返った……でも、その女性の姿は、もうどこにもなかった……。
確かにこのあたりには人が多いけれど……ほとんどの人は水着姿だ……こんな真夏に、分厚いコートを着ている人なんて、いったい誰だっていうんだろう……。
僕たち三人は顔を見合わせた……そしてすぐに、その写真を西尾くんたちのところへ持っていった……。
どうやら、僕たちの名探偵チームに、また新しい仕事ができたようだ……。




