#8 「そんなバカな…」とオレは感じたことのない身震いに鳥肌を立てていた
「そんなバカな…」とオレは感じたことのない身震いに鳥肌を立てていた。
「だから普通はこのメガネが何なのかの議論にすらならない」
「でもなんでオレだけ?ていうか、鳥肌ヤバ!」
「うーん、一言で言うと”相性”なんだけど、誤解を解くために一つ言っておくと、ちょうどキミが今感じているであろうその鳥肌ととても関係があることとの”相性”のことなんだ」
「鳥肌との相性ってあるの?」
「あるに決まってるでしょうに、鳥肌にもいろいろあって、一般的には寒さや恐怖、感動したとき等でそれぞれ違った意味合いがあるんだけど、このメガネが見えないことを知った時のキミの鳥肌とキミがこのメガネを見えていると知った時のウチの鳥肌にはある共通の要素があるのだよ」
「共通の鳥肌だと?」
「鳥肌の世界を共有していると言っても過言ではないかも」
「鳥肌の世界!?」
「そう、この鳥肌の類の原因世界のことをウチらはアストラル現象と呼んでるの」
「いや、鳥肌は単なる生理現象だろ、アストラルってなんだよ」
「うーん、まだわからないよね、じゃあなぜキミは鳥肌を掻き立てられたのかを考えてみて」
「鳥肌の言語化か…あまりやったことないな」
「まずメガネを知ってからの自分自身の鳥肌からはじめて順番に生理現象を遡るといい」
「なるほど、見えないはずのメガネがオレだけに見えるとかいう奇妙なことで身体の血液が急激に冷えて、からのその冷えた感じに皮膚の神経が逆立ったのを感じた脳がそれを鳥肌と呼んだ、で終了なんじゃないか?」
「じゃあ、この奇妙なメガネのことをキミが知ったことが鳥肌の原因だということだよね、つまり鳥肌の原因は生理現象以前にキミの見て感じたという精神が先に影響しているということがわかるわけだ」
「でも、その見て感じたっていうのは脳の知覚による身体の生理現象だろ?」
「そこがこのメガネの奇妙さを理解するための最初の分水嶺なんだ、見て」
そう言いながらラグビーボールは、見えないはずなのにオレには見える奇妙なメガネを外して、自らの両の指であたかも実在するメガネと同じように様々な角度から見えるように丁寧にクルクルとオレの前で周回させるのだった。
とても普通のメガネだった。
そのあまりに普通過ぎるメガネを見せられて「実は普通の人には見えないの」と言われるがままに鵜呑みにしていたが、実際に今オレ以外の人間がいないのだから、それがまだ本当かどうかはわからないのではないかと思っていると彼女はどこからかテーブルの上に鏡を取り出して置いたのだった。
そして、「どう?」とこれでもかという臨戦的な瞳でオレを見る。
したら、なんとその鏡に彼女の持つ奇妙なメガネは映っていないのだった。
オレは「マジか」となりながら、このトリッキーな手品の仕掛けを暴くべく、彼女の用意した鏡を手で取り、周囲の物を手あたり次第反射させてみるも、どれも正常にありのままをその磨かれた鏡面に投影させている。
昔、幼馴染と鏡の中の間違いで遊んだことがあったけど、あれほど難しくて面白くない遊びもなかったことを思い出させるくらいに、その鏡もまたオレたちの世界の真実をそのまま反射しているはずなのに、ラグビーボールのメガネだけがその真実の世界から除外されたかのように無いことになっていた。
「これはどういう?」とオレは新たな鳥肌と共に彼女に質問をせざるを得なかった。
すると「ウチら人間の脳は物質をただ物質として見るようにだけできているとても精巧な観測装置なんだよ」と彼女は言った。
「人間の脳が物質を見るためだけの観測装置だと?」
「そう、だから感じたり考えたりしているのは脳とは別の器官によって成されている、ってことなんだ」
「いや待て、落ち着け、まず脳が見るためだけの装置って以前に、それって眼のことだよな?眼が物を見ているだけであって、脳がその目で見たものについてをいろいろと考えてるはずで、脳が主語になって物だけを見ているっていう風にはならないんじゃないか?」
「目は脳だぞ」
「いや、眼は脳じゃないぞ」
「これを見るんだ、目は脳が外部に突き出した脳組織の一部なんだ」と彼女は人体の図鑑のようなものをどこからか用意して、スムーズに脳と目の関係がわかるページを示すと、確かに頭蓋に覆われた脳の本体と直接結びついた眼球が骸骨の二つに刳り貫かれた個所からせり出ているのを確認することができた。
「グラディウスのボスじゃん」
「なにそれ?」
「昔のシューティングゲームにさ、脳に埋め込まれた目が弱点のボスとそっくりなんだよ」
「あー、じゃあ、そのゲームの製作者たちは人間の脳と目の関連性への直観みたいなのが天然であったのかもしれないね」
「天然なんだ」
「天然だね、しかも敵のボスらしいからきっと攻撃して破壊するんでしょ?」
「まぁ、敵ですから、グラディウスのレーザーやらミサイルの集中砲火ですよ」
「だとしたら、その製作者は無意識に人間の脳がしていることへの批判的な精神があったのかもしれないし、なかったかもわからない、けどいづれにせよ、脳と結びついた目を攻撃して破壊するというアイデアがどこからかやってきたことが事実としてゲームになった、この手の創作の源泉のことをクレアオーディエンスっていうんだ」
「クレア…なんだって?」
「クレアオーディエンスね、霊的知覚による霊聴のことなんだけど、これは霊的な構造や法則の作用を受け取ることのできる霊力の段階のことなんだ」
「霊力の段階だと!?いったい何の話を始めるつもりなんだ?」
「だから、キミの言うゲームを題材にアストラル現象についての説明をしようとしているのではないか」
「あ、そうだったんだ」
「あとこのメガネの奇妙さを理解するのにも必要な話だから興味を持つといい」
「興味を持つといいってムスカ大佐かよ」
「良いツッコミ、でもラピュタの話はあとにするにしても駿氏やグラディウスとか富樫先生とかもこの世界の創作者の多くは列記とした自らのアイデアとして世に送り出しているにもかかわらず、多くが”なぜこんな設定を思いついたのか自分でも説明できない”としているの」
「ああ、聞いたことある、村上春樹も思い浮かんだことを整理して書いているだけで、なぜそれが思い浮かんでくるのか、なぜそう書けているのか自分でもわからないみたいなこと言ってて、そのことを軸にした登場人物さえ作品に出てくるからなんとなくわかるわ」
「そういうやつ、いわゆるインスピレーションなんだけど、それって単なる脳の記憶の連想ではなくて、ウチらの自我が魂に想起させている過去の生命を歩いてきた回廊の残滓を覗いて再構成したものの像、あるいはその名残のことだからウチらの間では霊的とされる高度なインスピレーションのことをクリアオーディエンスって呼んでるの」
「つまり、よくできた作品は霊能力で創られてるってこと?」
「うーんと、それはそうなんだけど、ウチらの言う霊能力ってもっとありふれてて、普通にフワッと何となく思ってついて出来ちゃってる自分だけの癖とか考えみたいなものの濃淡のほぼすべてが霊的な作用の結果のことだと視てるんだ」
「じゃあ何か?特別に優れた絵や物語じゃなくても、それはある意味その人の霊的素質を示してるってことか?」
「それも少し違うかな、霊的な素質というより霊的な役割がそれぞれにあって、そこに本質的な優劣は無いって意味で霊的作用は及んでて、ただ広い意味で自分の役割の解釈をどう行っているかの霊的理解度の階層の格差のようなものはあるってことは補足しておくね」
「ちょい、ちょい、ちょい待った、あんた、完全に専門家の口振りなんだけど、本物の霊能者の方ですか?」
「本物の霊能者かと言われればイエスだけど、キミが思ってるような専門家とは違う気がする」
「オレが思ってるのはオカルト的な感じの意味合いが強いかも、霊とか精神言うとるしな」
「まぁ、そうだよね、一応言っておくとオカルトは怪しげとか超常って意味じゃないからね」
「そうなの?」
「隠されたっていう独占的な秘儀的な意味でもいいんだけど、自然の背後にある霊的作用の法則には自然科学以上の霊的科学が隠されてて、キミらの理解できない怪しげで不可解な現象に触れた時の印象って言うのは少し厳しい言い方をするとオカルトを霊的に知覚するための思考能力がまだ発達していない段階ということを意味してるんだ」
「ええ…そんなん言われても親にも学校でも教わってないんですけど…」
「そこなんだよ、人の才能って、誰に教わったわけでもないにもかかわらず開花したり、しなかったりで霊的素養を活かした活用をみんなそれぞれに天然で生存戦略にあててること自体に意味があって、それがカオス的に混ざり合った真っ暗な世界の中でウチらはその交差を光にそれぞれが個としての普遍的な人間性への価値を見出す必要があるんだよ」
「なんかホントに言葉の端はしに、崇高な何かが感じられるんですけどもしかして洗脳ですか?」
「大丈夫、自分で洗脳って思えている人は洗脳できないから大丈夫だと思う」
「そうなんだ、ていうか洗脳にそこまで精通してるのも怖いんですけど」
「何を今更、ウチはキミのログを見放題なのをもう忘れたのかい?」
「あ”あ”あ”、そだったぁ、コイツ、人の心を読める悪魔と契約してるんだったぁ」
「おい!誰が悪魔か!悪魔はウチらの敵だから、ウチはむしろ天使のつもりなんですけど」
「人の心読んでくるんだったら、天使も悪魔みたいなもんじゃねぇか!」
「ほう、出所を辿ればそう言えなくもないからある意味で本質をついてないとも言えなくもないかか…悪魔で天使がいいのか、天使な悪魔の方が良いのか、うーん悩むな…」
「悩むな、悩むな、とりあえず心さえ読まなければ人間として見れるから」
「あ、落ち着いてくれた?」
「は?」
「そんなに取り乱されたら大事な話もできないじゃない」
「なんだよそれ、掻き回してんの、全部オマエだろが」
「そうかもね、とりあえずさっきの霊能力を更に深堀するための話に戻そうか」
「みんな少なからず霊能力を使ってるってとこまでは理解してるつもりだよ」
「おー、話し手の立場に立てるだなんて高得点」
「そういうの良いから、さっさと崇高な話を続けて、もっとワクワクさせてくれよ」
「そうねぇ、じゃあ改めて聞くんだけど、もしもこの世界のあらゆる建造物や創作物は過去の人間生命が生きてきた感情の化石だったとしたらって聞いたらどう思う?」
「人間の感情の化石だと…」とゴクリとぞくぞくと立ち上がる深い鳥肌に逆らうことができなかった。
「期待通りの鳥肌ものでしょ?」と何もかも見透かしたかのように彼女はオレの鳥の肌をツンツンしてきた。
「めっちゃゾクッとした!なんか…ワクワクが止まらないぜ!」
「変なテンション…キミは相変わらず良いリアクションをするねぇ、愛され体質だねぇ」
「そうか?」
「そうだよ、リアクションの良い人は愛される、そうでもない人はそれなりに、ウチら人間の魂はみんな別々で目で見ることもできないけど、ちゃんと相応の因果の世界を漂っているのだよ」
「因果の世界を漂っている?魂が?」
「例えば、キミが鳥肌を示したようにウチもキミがこのメガネを見えてるってわかったときには似たような感じになった、これはウチらの生命体がある種の魂に”触れた”ことを示すシグナルやサインのようだと思ってよくて、その”触れた”場のことを魂の世界およびアストラル領域と呼んでウチらは解析を進めているの」
「魂の…世界?やっぱあんの?」
「ってなるよね、現代人は魂もアストラル体も定義できないから、心象世界のことを言ってると思ってくれていいよ」
「シンショウって、あの心象問題の心象のことだよな」
「そ、難なら心の世界でも良いんだけど、心の範囲は心象のイメージとか感情を超えた思考や意志にも及んでるからあんまり推奨したくないんだけど、理解できないことへの興味は魂には無と同じだから仕方ない、まぁでも今話してる優れた創作者たちは魂の心象世界と登場人物たちの心の部分を再構成したものを作品にしている点を評価されているわけなのだよ」
「なにそれ、その話もっと詳しく…」
「え?なんだって?」
「あ、いやだから、その…芸術家に関する心と魂と心象世界の話をもっと詳しく…」
「あんだって?もっとちゃんとはっきり大きな声で言ってくれないわかんないなぁ」
「オマエ、なんか知ってんなー」
「なんのこと?キミが野球や映研を隠れ蓑にいかがわしい漫画を描いてるってこと以外何を言ってるのかウチにはさっぱり…」
「はぁぁぁaaxaxa!!!???」




