#7 オレは何事もなかったかのように矛盾も疑いようもない現実に帰ってきた
オレは何事もなかったかのように矛盾も疑いようもない現実に帰ってきた。
水がグラスの中で水をしていて、塵や埃が舞っていてもまるで気にならない、メガネを掛けたラグビーボールの瞳が見たこともないくらいにキラキラしている感じで「は?」となるようなことを言い出したことにワクワクしている自分が現在進行形で感じられていた。
「は?相対性理論の話しようとしてるの?なんで?」
「だって、今キミ、自分の思考が時空間を無視してることについて一生懸命考えてたでしょ」
「キモい、キモい、キモい、キモい…マジでキモいって、オマエ…」
「わかる!さすがにウチがキモいのもわかってるから、落ち着いてウチの話を聞いて!」
「嫌だよ、オマエといると根掘り葉掘り聞かれる以前に心の中がバレるのわかってて落ち着いてなんかいられるか!」
「心が見えてるわけじゃない、考えてることのログみたいなのがこのメガネを通じてわかるの」
「あのな、考えてることがわかったら、それはもう心を読んでるのと同じだよね」
「うーん、なんて言ったら良いのかな、ウチらの間での心って一部の考えよりもずっと深くて広いんだ、そうだな、順番に説明すると例えば一枚の葉っぱが一つの考えだとするでしょ?」
「ん?うん、一枚の葉っぱが考えてるのね」
「でもね、木の葉の一枚一枚が自分の考えを自分だけの力で考えてるって思うのはある意味錯覚だと思わない?」
「どういうこと?たとえ自分が一枚の木の葉だったとしても自分の考えが錯覚だって言われると元も子もなくてどうしようもないというか、自分が錯覚だとは思えません」
「だよね、でも錯覚なんだ…」
「いや、錯覚にしないでよ、だって錯覚ってことはみんな幻ってことだろ?嫌だよ、そんなの」
「ああ、これは言い方が悪かったね、なんて言えばいいのかな、目に見えてるものやその考えの全てが幻って意味じゃなくて、物の見方や考え方、根本的なロジックみたいなものの詰め込み内容のズレみたいな、コレなんて言えばいいんだろ?」
「思い違いで良いんじゃね?」とオレは言った。
「あー、そだね、じゃあそれでいこう、一枚の木の葉の思い違いの中に自分も含まれてるってことで」
「まぁ、自分の思い違いは誰にでもあるしな、そういうことならとりあえず自分が幻化するのは救えたわけだな」
「でも思い違いをしてる一枚の木の葉のことを説明の便宜上錯覚とさせてね」
「説明の便宜上だとやっぱ錯覚なんだ」
「そう、錯覚の範疇だとは思う、あとでいろいろわかるようにするから一回聞いて」
「わかったよ、お好み焼きデラックス分は聞かないとな」
「話を戻すと、ウチらの界隈で考えられてる心って、その考えを生んでる根や幹を据えた一本の木全体のことだとしてるの、だから一枚の葉っぱが自分の考えと自分の心を自分だけの物だっていう見方は錯覚だという仮説をもとに研究して、それを仮説じゃないものにした完成形がこのメガネなの」
「え?錯覚、研究、完成って、ゴキブリから一気に人間的な生命体になったみたいに言うね」
「だって、全部を説明するだなんてできるわけないじゃない」
「にしても、テンポ良すぎだって、一枚の葉っぱの立場もうないじゃん!」
「だからその誤解の誤解を解くために開発されたのがこのメガネなんだって」
「誤解の誤解って、一枚の葉っぱの考えてることと立場のことだとしたら世の中のほとんどすべてが誤解でできていることなんだが」
「キミは本当に優秀だな、その通りなんだ、この世界を理解するということはその誤解の誤解という集合体を疑いながら自分なりの理解を深めていっていったものが真実になっていった末に、それが誤解だとも知らずに誤解の誤解への需要と受容の関係を殊の外重要視しているのがこの世界の全てだなんて、よく言ってくれたね」
「いや、言ってない、言ってない」
「何をそんなに謙遜する必要がある、一枚の木の葉のあるべき見解への偉大な一歩に自ら踏み出そうとするその思考への姿姿は感嘆に値するものがある、もっと自分を誇っていい」
「オマエ、何か変だな」
「ん?どこがだい?」
「どこがというか、なんとなく怪しいとしか言えないんだが、何かを狙ってよいしょして忖度しようとしてるせいだけじゃない、根本的な話し方のニュアンスみたいなのがもうすでにおかしい、やっぱ、そのメガネのせいか?」
「んー、何を言ってるのか全然わからない」
「それな!その嘘をつくのが下手な誰かの下手糞な真似、ルフィかよ…」
「うーん、困ったな、なんて言えばいいんだろ」
「とりあえず、その怪しすぎるメガネを外すか、オレに貸してみろよ」
「残念ながらそれは不可能なんだ」
「何が不可能なんだよ」
「じゃあ、試しに取ってみなよ」と挑発的に彼女は自分の顔を差し出してきた。
「どういうこと?」と半ばぼやきながらオレはラグビーボールの腰かける側に回りこむ。
彼女は大人しくオレにメガネを取られるのを待っている。
もしも彼女が目を閉じてさえいれば、まるで向こうの方からキスをせがんでいるかのような雰囲気で彼女はオレに自分のしているメガネを取らせようとしているようにオレには見えた。
だからなのだろう、車の中では平気で運転中の彼女からメガネを奪おうとすることに何の躊躇もなかったのに、今こうして彼女のメガネを両の手を使って丁寧に外そうとする所作になんとなく女性のブラに手を掛けるかのようなエロスというか、慎重さというか、手際の良さが求められているかのように感じていて、やや緊張しながらオレはメガネの両ヒンジに手を掛けようとした瞬間だった。
オレは肩透かしならぬメガネ透かしをくらう。
例えるなら、有ると思ってたガラスとか椅子とか人とかに寄り掛かったら実際はなくてバランスを崩すみたいな透かし感と、有ると思ってた重さがまったくなかったボーリングの球を持ち上げようとした時に似たフワッとした感じの勢いが同時に混ざったかのような…
有ると思ってたものがない、あの動かないエスカレーターを昇っているときのような違和感のままオレは彼女の両肩をやや強めに掴んでしまうわけだが、そんなの関係ねぇとばかりにこう言った。
「これは…どういうことだ!?」とオレが彼女のメガネに触れることができない旨を問う。
「だから言ったでしょ?」
「だから、その”だから”がどういうことなのかを教えてもらってもよろしいですか?なんですり抜けるの、そのメガネ…」
「さぁ、なんででしょう?驚いてる?」
「驚いてる、っていうか震えてるよ…一応説明するとワクワクとか武者震いとかの良い興奮の方の震えじゃなくて、どっちかと言うとマジで怖い方の震えな、ちなみにお前の心を読む方の能力も後者な」
「あー、全部受け入れるよ、ホントに申し訳ないと思ってるからお好み焼きデラックスなんだ」
「もうだいぶ割に合ってないけどな」
「済まない、でもウチを助けると思って話を聞いてほしいんだ…」と珍しくしおらしくなる。
「しゃーないな、いずれにせよ、もう帰れねぇし、このまま何もわからないままなのはいろいろとあり得ないから聞くだけは聞くけど、はっきり言ってオレは何も関与できる自信がないことだけは確かだから期待はするなよな」
「おー、ありがとう!でも期待しないのはちょっと難しいかな」
「いや、なんでだよ…こんなにビビってる一般人を前にして何を期待してんだよ…ていうか何でオレなんだよ…」
「ああ、それなら単純にこのメガネは普通の人には見ることもできないんだよ」とラグビーボールは言った。




