#30 レムリア人の魔術と「早熟」という第三のルシファー原理
古い月の繰り返しであるレムリア紀の後期より人間は本格的に自我を芽生えさせていく。
地球は限りなく岩盤に近い状態にまで天体の密度を硬質化しようとしていた。
土星の熱エーテル、太陽の光エーテル、月の化学エーテルを濃縮させた火の霧が地球の血液と神経となることで、太陽系の惑星秩序を担っていた惑星神霊たちが霊界の意志として地球に働きかけられるようになる。
土人間として創造された「アダム」は中空を舞うクラゲのような雲のような鳥のようなエクトプラズム的な半透明な温血を内部に通わせる地球の手足としての虫や自然霊といった存在とさして変わらない。
ただ、すでに他の動物存在と圧倒的に違ったのは魂にはピトリが宿り、ピトリが活動的に蠢く感情のままに躍動するその肉体の感覚を「アダム」人間は自分のこととして知覚することができていた。
しかし、その知覚も感覚も動きも自分の意志及び自我にはまだ何一つとして反映されない。
現在でいう人間の赤ん坊と同じである。
赤ちゃんはまだ自立もできなければ、自分で考えることも、自在に動くこともできない。
でもだからと言って、その赤子に自我がない、思考もできない、運動が不可能とはならないはずだ。
では、人間としてあるべき固有権能である自我による思考や直立可能な運動能力は生まれて間もない子供時代にはどこでどうなっているのかというと、人類がそれまでの宇宙紀で獲得してきた「体」の「鞘」に納められることで、まだ開花すべきではない能力が誕生から七年ごとの肉体の成熟に応じてそれぞれの「体」は「鞘」から解放されていくのを現代の人類は約束されている。
その解放の段階を三度の人間の誕生と言うこともできる。
〇人間の三度の誕生による発達段階
0~7歳:肉体が母胎という鞘から解放されて独立する=肉体誕生
▶7歳前後に歯が生え変わることでエーテル体の鞘が解放される
8~14歳:エーテル体が鞘から解放されて生命体として独立する=エーテル体誕生
▶14歳前後に生殖器が発達することでアストラル体が鞘から解放される
15~21歳:アストラル体が鞘から解放されて魂として独立する=アストラル体誕生
▶21歳前後に感情を思考する脳が発達することで自我が鞘から解放される
※21歳以降の自我の発達に応じた霊的成熟が未来に通用する魂へと作り替えていく
この発達段階の鞘は個人差は有れど明確な境界として人間の肉体の形成には存在している。
例えば、人間の眼は母親の胎内にいる段階ですでに形成されていることから、その眼に光を当てれば胎児であってもその光を認識することは可能ではあるが、それは人間の発達ではなく阻害に該当することからやってはならない関わり方の一つなのである。
耳や口やその他の機関にしても同様である。
胎教などという早期教育の一環で生まれる以前より音楽や読み聞かせなどを積極的に行い、耳を通じた脳の早期発達を促すことによって人並外れた才能や社会への適応が優れて可能になるとされているが、これは全くの逆の顛末を招くこととなる。
老後の人間が赤子に戻ったかのように幼稚になるのを見たことがあるだろうか?
私たち人間は生きながらにして晩年は若い頃から幼い頃へと遡り、その逆行の過程で誤った成長過程を経た各臓器器官がそのカルマを回収することで痴呆や脳梗塞等の自我で制御することのできない病に苛まれることとなるのである。
まるで折り紙を折り返して畳み合わせるかのように私たち人間の生涯は折り合いを持つのだ。
記憶や学習は歯が生え変わり、魂での活動へと移り変わっていくことでその子供の中で独立した生命体がその子の魂に相応しい形態を積極的に獲得されていくのが八歳から一四歳の過程で進行することによって、健全なアストラル体がその子の魂となって誕生してくる。
一方で、アストラル体がまだ鞘に納まっている八歳から一四歳の間にもうすでに感情があるのだからと言って、大人でも所有するのが難しいくらいの高価で派手な物品を提供してあげて喜ばせたり、もうわかるだろうことから過剰に性的なコンテンツを与えることで早い段階で男女の営みの興奮を学習させてしまったり、大人の都合で必要以上の期待をかけることで子供本来の段階的な欲望の発育を阻害させる関わりは明確な悪として認識され切っていないことの顕在が早期教育及びエリート教育と呼ばれるものである。
これがルシファー原理の持つ”自由の光”と”強い自己化”に並ぶもう一つの権能「早熟」だ。
ルシファー原理には本来あるべき到来よりも早く未来を先取りして人間に高次の力を見通す直観をその魂に好奇心という形態の感覚に働きかけることができる。
地上の人間の魂にとって未来の情報ほど心躍らせるものはないことをルシファーはよく知っている。
なぜなら、自我は前世であり、魂は現在(瞬間)であり、生命は過去であり、肉体が未来を本質としていることを多くの人間の魂は顧みることができないことを知っているからだ。
そのことから本来の音や声とは違ったインスピレーションにも似た直観の本質を洞察することのできる思考を併せ持つ人間が現在の地球紀ではそう多くもないことを把握しているルシファーは自らの原理、原則を用いた血沸き踊る感動と情熱による称賛と報酬の賛美をヴィジョンとして人間の魂に”膨大な熱”を提供し続けてきた。
その直観によって栄光を夢見た人間に過剰な自己欲求と独自性を芽生えさせることで地上の自我を強化する。
その行いの分別の中に天上の力の余地を与えることなく、自らが神であるとさえ思う自由への権能を地上の人間に先走り的に思い込ませることで、地球紀の人類に重大な遺恨と禍根と追魂というカルマの自由を次元の向こうから歴史的に残し続けてきた。
その発端が晩年のレムリアに顕現する。
月を切り離した地球はレムリアの中期から後期を経て少しずつ熱から気体へ、気体から液体、そして物質形態へとその天体の姿を現在の球体へと向けて然るべき硬質化を終えようとしていた。
この地球の硬質化とアーリマンの硬直化は一様ではない。
アーリマンによるアリマフィック原理は人間精神への固定化と秩序の閉塞化にその観念の絶対化であり、その作用は人間の生命力を媒介にして行われることから天体そのものへの直接的な物質化及び硬質化に関与しているわけではない。
むしろ、この段階的な地球の硬質化は形態の惑星神霊であるデュヤニによるものである。
形態の神霊エクスシアイが地球紀の宇宙全体を物質天体による系の総体を創造した存在であるとしたら、その個体である地球という位置惑星を創造し、管理し、運営しているのは惑星神霊のデュヤニで、こうした物質というこれまでの宇宙紀には存在しなかった非常に重たく不自由な素材を扱った創造には理由がある。
硬質化させた地上での不自由な肉体同士による「愛」の実践の土壌としての地球である。
地球紀に関わる神々がこぞって自らの殻を宇宙の硬質化秩序のために捧げたのには、もちろんアーリマンやルシファーによる遅延停滞原理との相対関係は無視できないが、それはそれとして現在の宇宙はすべて地球の人間が果たすべき進化の使命へと導くことにある。
そのためにはある種の抵抗である摩擦と困難による問題の淘汰が進化には必要悪なのである。
鳥が空を飛ぶのにも、魚が泳ぐのにも、人間が話すのにもすべて空間という抵抗環境を引き裂く力の作用が常にその存在を別の場所へと導く可能性となって働いていることをも含めて進化の触媒として無駄なく選ばれている。
だから地球の硬質化はこれまで宇宙を顕現させてきた神霊たちによる確かな正統進化の方向性にして導きの顕現にあたる。
高次元の神々が整えてきたアストラル体が自我の成熟と段階的な物質化を通して更なる進化へと向かうプロジェクトが月の分離を終えた後も順調にゆっくりとした進捗を見せていた。
レムリアのアダム人間は地球創造のための観測装置の役目も担っていた。
神々は自らの地上の眼としてアダム人間を放逐し、必要な火の力を彼らの生命力を介して行使することで地球の海に島を生じさせる火山活動を活発化させ、その熱で地球の空気を暖め、温まった空気を地球の大気として回す、といったアダム人間をまるで自然霊の一部のように、あるいはその根幹としてレムリアの人間は地球環境の火を自らの権能として扱うことを神々に代わって執行していた。
そして、その火の力は動物の生殖力をも支配することができた。
当時はまだ人間も動物も現在ほど硬質化しておらず、絶えず変形の余地を残していた人間と動物のその形態はアストラル体のリアクションやエーテル体の健康状態等で、容易にその生態を変えることであらゆる生物が激しく変化し続けるレムリアの大地に準じた適応と進化の過渡期を通過している最中だった。
その中で人間だけが動物の生殖能力に介入するという神懸かった力を「魔術」的に扱っていた。
扱っていたのは月のピトリだった。
すでに月紀において人間的活動を終えているピトリスたちは地球のアストラル存在としてデュヤニとの結びつきを強くする者がいた。
地球の形成力である形態霊のデュヤニが「火の霧」の生命力に地球創造のすべての大元となるエッセンスを青写真にした霊界のシナリオを用意し、地球のアストラル世界にてその投影を共有したピトリスはデュヤニの人間と動物の形成力をもとにした生殖という地球の創造活動に関与することができる者もいた。
月が地球の衛星として分離して以来、地球の生物が単独で生殖することのできる能力の大部分を月に持っていかれてしまうも、雌雄の生殖器官を用いて繁殖可能なための男女性が生物の間で発生する。
そのためピトリスはその雌雄分離による生態系のための準備に従事する。
高次のピトリスは動物に関与し、ソーラーピトリスについては植物の雌雄分離に関与する。
月分離以降に受肉し始めたピトリたちは月で高度な進化を果たした順に降臨した。
まずはソーラーピトリスから地球への関与を始めるも、彼らソラリスはすでにマナスをも超えるブッディ体の認識を自らとしようとしていたことからレムリア段階の人間の状態では魂への受肉も難しいため、ソラリスはレムリアの人間に将来にてマナスが受肉可能な人体構造のための萌芽だけを準備をする。
次に高次のピトリスはレムリアの人間のアストラル体を管理、運営する存在としてアストラル世界から関与する。
そのアストラル世界にはあらゆる動物種の根源的な中心が自我を有して生存しており、高次のピトリスは彼ら動物種の自我とコミュニケーションを取ることで地上の生態系の繁殖と生長のスケールを、魂の世界からその発生数とその形成の在り方を調整していたその様はまるで動物を自在に召喚するかのような「魔術」そのものであった。
そして、通常のピトリスは地上で分離することになった人間の雌雄の裏と表で一体にする。
というより、人間の魂は元々一つでその一つの魂が男性性と女性性に影響を受け、引きずられることによって自分を男、あるいは女であると認識していくことを地球の人間は一つの生涯として完結させていく。
しかし、その一生が完結までの裏側ではピトリスが人間の肉体の性別とは真逆の性別を人間のエーテル体の中で経験することによって、もとは一つであった魂の霊的統一性を保持しながら次の転性においてピトリスがエーテル体にて経験してきた霊的カルマとして価値のある要素を、肉体の死後に不死のエーテル体に刻印されたカルマを次に生まれ変わる逆の性別の肉体に成果として反映させていくこととなる。
ちなみに元月人間であるピトリスは地球に物質体を持たない。
彼らにとっての肉体という最底辺の器は地球紀の人間のエーテル体に相当する。
彼らは私たち地球人のエーテル体を介してアストラル体が一つの性別の体験ができた末に、その経験が断絶されることなく次の転性で別の性別の体験ができるよう地球の核から発せられる月軌道内からの古い月の生命力を転生のたびに持続できるよう、その肉体の記憶を死を超えて継承できるよう調整してくれているのである。
その成果によってレムリア以降の地球紀において彼らは天使の神霊としての役目を担っていく。
そうした地球の成熟化の晩年にレムリアのアダム人間へと受肉したのが不完全なルナル・ピトリスだった。
不完のピトリスは月紀にてアストラル体を成熟させて独立した器官として形成することのできないままに月の人間段階のカルマを地球紀にまで持ち越して進化を果たしてしまった停滞遅延存在たちである。
彼らはもちろんルシファー原理の温床となる。
このルシファー原理の機能した”不完全なルナル・ピトリス”が人間の魂として介入することの意味は、彼らの魂の体験が人間の魂と切り離された立場からその成熟のために導くといった外からの指導ではなく、不完のルナリスは人間のアストラル体そのものに直接働きかけることでレムリアの大地を生きる人間と共にその肉体で限りある生命を魂で感じるという、死を体験する魂の生き地獄を一つの生涯として改めて追体験をしなければならない。
未成熟なままの魂のカルマはどうあっても自ら浄化するよう表の肉体の性別の裏で通常のピトリスが言わば留年生であり落第生としての月人間をソーラーピトリスからデュヤニに更には地球の神霊たちが人間のエーテル体より絶えず監視していた、という構造がレムリアのアダム人間の霊的支配階層であった。
ソーラーピトリス:将来のマナスに対応できる人体構造の萌芽を準備する。
高次のピトリス:アストラル世界の動物種の根源的な自我と関わり生態系の繁殖や形態を調整する。
通常のピトリス:人間の男女の肉体的な分離を超えて魂の統一性と転生を通じた経験の継承を支える。
不完全なルナル・ピトリス:成熟できなかった月紀のカルマを地球紀に持ち込み、人間の魂へ直接介入する。
そして、その支配階層の中で最も強い影響力を開花させたのがルシファー原理だった。
ルシファーは「早熟」の権能を駆使して人間の魂の領域にまだ霊界に控えていた個の自我を呼び起こす。
悪い大人の魂がまだ子供の自我の「鞘」を抜き捨てて自分で考えて行動することの意義を幼子に諭すようなことをしたのだ。
ルシファー原理による影響力は不完のピトリスを介して、直接魂をつないで人間の肉体を支配できることから高次のピトリスによる間接的なアストラルイメージよりもはるかに優位に独立的な意志を顕現させることに成功し、その意志の強度は地球の神であるデュヤニの意志をも凌駕することでルシファー原理は人間自我の一部をその魂に下降させる。
そのことで人間の魂と自我との地上世界での接近は急速に早まることとなる。
アダム人間の権能「火の力」は自然を創りかえる生命力に干渉する魂の炎だった。
その「火の力」がレムリアの神々から独立し、地上のアダム人間に宿る不完のピトリスの欲望と衝動に「火の力」を扱う意志が委ねられ、地球の自然環境は彼らの熱の匙加減によって次々とルシファーの意志が吐き出されていく。
やがて、「火の力」による衝動的な意志は「黒魔術」となる。
レムリアの人間をはじめ動物たちはまだ肉体が柔軟であるだけでなく、その肉体的な輪郭の外側にエーテル体がはみ出る形で地球環境の影響及び高次のピトリスとアストラル世界に君臨している群霊の意志のようなものが如何にしてそのエーテル体に関与することで、動物の形態が成り立っているのかを確認できるくらいにその生命の在り方への干渉が容易だった。
その容易さは生体の雌雄の分離に相まって、様々な多様性を育む前提ともなり、レムリアのピトリスは群霊との共同作業を通して進化の過程として相応しい魂と相応しくない魂との分離を人間と動物との境界として長く採用され続けてきたのだが、不完のピトリスが人間の魂に受肉することによって「火の力」の意志を神々に従うものではなく、自分のために使用する人間が現れる。
ルシファー原理による「強い自己化」の権能である。
そうやって神々の権能にも等しい「火の力」を自在に扱う自分を神のように認識するという、「自己化を強化された」レムリアのルシファー人間たちは神の真似事の究極の振る舞いとして行使し、被造物である自らが被造物を創造することで神にも並ぶ権能であることの汎用性を証明するに至る。
こうして動物から人間として創りかえられることで生まれたのが「猿」である。




