#14 ジオゲイザーとタペストリー
正直、『インナーゲイザー』の方が良いとすら思っていた。
彼の言うインナーには人間の内面である精神全体に及んだ響きがあると感じたからだ。
わたしたちがソウルという名称を採用したのにも相応にして深淵で壮大な理由はある。
ソウルはわたしたちの扱うトライアードタペストリーの”境界”、あるいは結び目の役割を担っている。
ソウルを日本語に直すと”心魄”で、わたしたちの”見えないけど確かに存在している”という認識として当たり前に存在しながら、注意深くよく観察しないとつい蔑ろにしてしまうかのような心の曖昧さを人間の精神の姿として生命化させている現象をわたしたちの心魄、ソウルとして取り出すことに成功した。
その成功をもとに生命と魂の世界を垣間見ることのできるデバイスをわたしたちは『ソウルゲイザー』と名付けた。
最初に人間のソウルを取り出すことに成功したのは二つの啓示が示したつながりからだった。
つまり、わたしの祖父は啓示を受けることのできる預言者だったということになる。
一つ目の啓示を受けた『死海文書』の洞窟でわたしの祖父は不可視の聖痕を刻印されたという。
聖痕とは手足にキリストの受難時の傷が現れるという症例があるとされているが、祖父の語るキリストとは人間イエスとしてのキリストのことではなく、あの磔を境に地球に降臨することとなった神キリストが残したとされる刻印のことを祖父は不可視の聖痕と呼んで、わたしたち家族にその伝説的な邂逅の詳細を残してくれている。
当時祖父は海外でエネルギー開発事業に携わっていた。
採掘事業の開発やエネルギーの取引を円滑にするため中東に滞在している最中でのことだった。
祖父の滞在していたヨルダンにある死海は死海トランスフォームと呼ばれるかなり多様な地質断層が折り重なる特殊な鉱床として有名で、その上死海そのものが数千年から数万年の間出口のない閉鎖湖であり続けた関係から、その周辺はカリウムやマグネシウムの含んだ鉱物がとても豊富な巨大な天然鉱物濃縮層となっていた。
その調査にあたっている過程で死海のクムラン洞窟で『死海文書』と呼ばれる書物が注目されていて、国に通じている考古学者及び宗教関係者から死海周辺の採掘調査とその開発に待ったがかかるようになり、困った祖父たちは改めて採掘開発の価値を提示すべく再度調査の申請を行うことでフィールドワークを実際に行っていた時のことだった。
それは無数にある一つの死海のほとりの洞窟で起こった。
すでに調査がされていることから取り立てて新しい発見もあるはずもないことから安全が保障され、祖父はただ再度考古学的な価値がないこととこの洞窟一帯がどれだけ鉱物資源を含んだ価値のある土地なのかの、地質的な実態を提出するためだけにまるで散歩でもするような気分でクムランの洞窟を訪れていたとき、洞窟全体が白とも金色とも言える神々しい半透明な光に覆われている場所に出た。
その先では洞窟全体の光から触手のような糸となった何かが収束して掛け軸のようなものになろうとしているのに祖父は立ち会ったという。
それが祖父の言う不可視の聖痕”タペストリー”ということとなる。
そして、やがてその触手は祖父の視界の中でどんどん収束を重ねて、まるで太陽のような発色を伴った掛け軸となって不思議な存在感を祖父の目の前で強めていき、なんとなく危険な感じはしないことを直感していると、その直感そのものが祖父をいつの間にか走馬灯のような世界に立たせていて、そこでは一瞬にして膨大な人類と地球と宇宙の記憶に触れることとなったと祖父は語っている。
だがしかし、金白の見せられた膨大な記憶そのものは洞窟の糸が切れた時にはすでに祖父にはなかった。
なぜ太陽のような糸が切れたのかはもちろん、なぜ自分にそのような機会がおとずれたのかもわからないまま夢から醒めた時のように何かがあったのか、なかったのかもわからないくらい奇麗さっぱり、洞窟が洞窟であった一瞬前の出来事と今とが何かが違うようでいて何も違わない普段からよく知る地続きの時間の中に失われたように消え去っていた。
でもなぜか、膨大な記憶が失われてしまった痕跡のような感覚を身体全体で覚えていることの残滓のようなものが、祖父の視界に見切れるようにはっきりと存在し、それがタペストリーとなって祖父の視界の中で記憶の断片として刻印されている。
それはほとんど驚くことも、確かめることも、疑うこともなく祖父にしか知覚できない代物なのは自明だった。
洞窟で見た白い金色のオーラの雰囲気はもはや祖父が夢の中で見た吹けば飛ぶような曖昧な印象でしかなかった。
けど、そのオーラとほぼ同じ気配を灯しながら掛け軸型にデザインされたその存在の謎を解き明かすことが祖父の使命となっていくのは言うまでもなく、この太陽のような存在感を示している掛け軸の持つ意味や構造体系を知ることができれば世間を驚かせるような発見を事業にできるかもしれない、と祖父は考えるようになる。
この時点では祖父はまだ世の俗物の一人に過ぎなかった。
なぜならまだ不可解な何かを刻印されたという事実があるだけで、祖父は自分が何をしようとしているのか、何をなすべきなのかも知らされていない、ただちょっと人より特別な何かが見えているという中学生の喜びそうな設定が自分に訪れているという実感だけがある一サラリーマンだったのだ。
その転機となったのがドイツの共同開発事業部から指名エンジニアとして招待されたときのことだった。
ヨルダンでの地下資源プロジェクトの中で祖父が最も評価されたのはヘリウムの探査で、死海の鉱床にはヘリウムが眠っていることを発見し、さらにはその採掘から濃縮して精製、液化するまでのガスの純化プラントの建設までのプランの実現に大きく貢献した人物として、祖父は人知れずその業界では相応の知名度を持った人物であったのだ。
ヘリウム原子についてを祖父の記述から掻い摘んで紹介すると、揮発性の高いヘリウムは一度失われると基本的には戻ってこない特殊な資源であると同時に、半導体や医療機器や低温工学に宇宙開発事業等では必須の要素として知られていて、未来のテクノロジーを支える希少にして貴重な資源として国家戦略にまで担える高付加価値のある分野にまで確立した功績を評価されたことを祖父は誇りに思っているようだった。
また祖父はその成果の要因が自らの視界に付与されたタペストリーにあることに感謝もしていた。
タペストリーは様々な色彩に変化する特徴を持っていた。
始めは白に近い黄色の太陽のような色をその輪郭に漂わせていたものが洞窟の外に出ると白寄りの水色となったり、別の洞窟では紫になったり、ある鉱床を訪れた時には緑色へと変化したりするのが面白かった。
どうやら周囲の環境に応じて色を変化させることから何色が何に反応しているのかを知ることができれば、その色を通じて自分の周りに何が存在しているのかがわかるというのは、様々な地質を調査する上でとても役に立つということに気づいた祖父は逐一その変化をモニターすることで本当にタペストリーが外部環境を知らせている物なのかを調べた。
すると、このタペストリーの反応はどんなレーダーよりも優れたセンサーを有していることがわかった。
例えば、ただ立ってぼんやりと空間を眺めているだけでも空気中の組成みたいなのを検知したものをタペストリーの基準に応じた色彩をグラデーションで示していたのだが、その視界を地面だけに向けると地面の表面の組成を色にしてくる。
祖父はこの視界に応じて機敏に反応するそのバリエーションと傾向を検証した。
単純に開けた場所だと空気中のあらゆる現象を対象と認知しているせいなのかほぼ白寄りの水色の色彩で安定している一方で、地面しか見えないようにしたり、一つの物及び人工物などを目の前の視界を遮るくらいに近づけて見るとその視界に応じた色彩を示した。
また洞窟や渓谷などの岩に囲われた閉ざされた場所に入ると対象が囲っている物の組成を検知する。
この組成を検知するというのはある意味、目で見えているものをある程度透過して分析する性能があるのではないかと思い、自分の眼で見えていると思うものの指向性とその深さのようなもののイメージをより具体的にした上で、地面や岩盤に亀裂を入れるかのような貫く感じで触れるとタペストリーの色彩のグラデーションもそれに応じたのだった。
あとは予めわかっているものの対象を貫通したときの反応をリストアップしていくだけでよかった。
酸素=白
鉄=赤
マグネシウム=緑
カルシウム=黄
カリウム=橙
ナトリウム=水色
ヘリウム=紫
水素=青白
炭素=黒
幸い、死海周辺は世界有数の低地に加えて完全に閉じた濃縮された塩湖がゆえに様々な元素結晶物の検証をフィールドで行うことができて、タペストリーの精度を確認しながらの活動はこの上なく充実したものであった末に、祖父はタペストリーが色濃いい紫を示した先にヘリウムの鉱床があることで仕事の業績とすることができたのだった。
祖父は自らに生じたタペストリーを通じて地質元素を読み取る能力のことをジオゲイザーとした。
祖父のジオゲイザーはヨーロッパの地下資源の探索でも大いに役立った。
ドイツを拠点に祖父は様々な地質検証で成果を上げ続けていた。
そんな中、ドイツ北東部のザクセン=アンハルト州の地質・鉱山局からエネルギー資源の地質図作成整備のための依頼を受けた時のことだった。
急速に工業を発展させようとしていたドイツにとって国内で産出できるものといえば天然ガスや原油を上位としながらも、低品質な褐炭までをもエネルギーとして大量に掘り出しているのがザクセン=アンハルト州で、その方針を今後どうにかすべく州内で褐炭以外の採掘が可能な地質調査の依頼だった。
そのフィールドワークを兼ねた観光ついでに足を運んだ古代ヨーロッパの遺跡で祖父は金色のサインを受け取ったのに心が湧くのを抑えるのが難しいくらいに興奮したとある。
金色は文字通り金の可能性を示すサインだからだ。
しかもグラデーションもほぼない割と濃いめの金一色の反応をジオゲイザーは示していた。
それにその金色はタペストリーだけでなく視界全体に及んでいるようだった。
その遺跡はドイツ最古の石器時代の痕跡を復元したゴセック・サークルと呼ばれるものだった。
はっきり言って、見るべきものもそこから感じられるものも何も見出すことができないくらい周囲の田園とさして変わらない価値しか見いだせない、みすぼらしい囲いでサークルを語っているだけの似非観光地と言われても仕様がない遺跡としか主観では思えなかったのだが、その地表とサークル全体の輪郭にはタペストリーの示す金色と同様の色彩がまるで儀式の文様を物語っているかのように光として立ち上がっているように感じていた。
これはとんでもない金の大鉱床だぞ、とゴクリとしながらその視界のままに地に手を置く。
そうやって発動させた貫通ジオゲイザーが見せたのは金などではなかった。
金色の光はまるで直射日光を裸眼で捉えてしまったときのような白い眩しさと共に祖父の眼には金色のススキのような草原が広がる別世界が広がっていたのだという。
別世界と言ってもただ単に美しいとか、見晴らしがよいとか、見たことが無いとかのレベルではなく、文字通りの別の違う世界にいることが一目瞭然のどこかへに自分がいることをあらゆる存在から確認することができた。
もともと祖父はドイツの片田舎の田園の中にある遺跡にいたはずなのだが、そこでは石が石としてではなく石を石として色彩にしていた結晶の作用そのものが地面となり、ススキのように見えている草木も単なる植物ではなく金色の流れをオーラとして放出し続けている感じを存在として広がり、遺跡と思われていたサークルの円環には金色の糸のようなものが漂い、その糸の収束が時折反射した時に見せるのは今ここではないいつどこの誰だかもわからない人間の営みらしき過去の映像のようなホログラムのようなもので垣間見ることができ、その空に舞っている風や空気は白を組成する流れとなって無数の生命をの可能性を見出すことのできる海のような悠久の揺らぎを呼吸が祖父の思考へと流れ込んでくる。
そんなあらゆる理解の解を求めた先は他でもないタペストリーに意識を向ける。
したら、タペストリーだったものは一人の金色の若者となって視界に見切れていた。




