#12 目を閉じた私は風邪をひいたときに見る夢に似た世界にいた
目を閉じた私は風邪をひいたときに見る夢に似た世界にいた。
高熱を出すとよく見るその夢は不思議というより終わりを感じさせるものだった。
まるで太陽に突き進んでいくかのようにも見えるし、一つの星が爆発したかのようでもあった。
とにかく何かの中心から強い光が放射されている様子を眺めていると同時に落ちていくかのような…
その過程を決して穏やかに観察することは難しかったが、その世界そのものの現象が過度に熱かったり、激しかったり、苦しかったりの不具合を提供してくることはなく、オレはただその夢を夢としていつ終わるとも知れない光る中心へと進んでいくことで迫っていく感じを星や宇宙の”終わり”として感じている内にやがてまどろむままに目が醒めていく。
そんな夢にも似た世界のまんまの視界が私の目の前に広がっていた。
私は意識の片隅でオレがジェラルミン質のケースの横穴に手を突っ込んで、目を閉じたままほぼほぼ停止状態に等しくしているのを目の前に、強い光が放射しているその中心に向かっている自分がいることを改めて確認すると、夢とは思えないそのシチュエーションに”これは本当に大丈夫なのか…”という感情が目の前のその光に存在しているのだけど、どこか他人事のような感じでその心の動きを私は見ていた。
それは明らかに自分の心だと思っていたものが自分の外にある、という感じだった。
そりゃそうだ、自分だと思っていたシチュエーションとその心が目の前の光の中にあるのだから…
でも、不思議なのは”外にある”という実感がありながらもその外にあるものは自分の心であるという認識と実感が伴っている。
ただ自分が光の中にいるのだという理解とは別のなんとも言えない不思議な感覚だった。
その感覚は、その心を外に感じている自分が何者なのかを考えた時に私はどこにもいなくて、どこにでもいる、みたいな感じだった。
目で見るという拠点もない代わりにどこからでも見ることができ、あらゆる存在を感知することができる。
その軸みたいなものとして存在しているのがどうやらあの光のようで、それがなぜだかはわからないけど、あの光とそこに浮かび上がっている映像とどこにでもいる私とが同一の体のようなものとしてリンクし、それ全体で自分の心だと感じている何かであることだけは直観的に理解できた。
つまり、あの光の放射そのものがオレの心で私はその放射光の届く範囲をテリトリーとした、いわば空間であり目であり考える何かとして、私は今空間そのものに溶けている何者かとなって自分の心である光に向かって落ちている。
でも、所在なき所在を漂いながらも私はどこにでも存在している、という感じだけが私にはあった。
その全感知型の意識のおかげで私はその光の放射線内に惑星のようなボールのような何かを見つけることができた。
その天体のような何かに意識を近づけるとラグビーボールそっくりな青白くぼんやりと光る何かがそこにはあった。
まるで墓場によく出ると噂される人魂によく似たラグビーボールサイズの天体はぼんやりと青白く発光しながら極を軸に目で確認できるくらいのテンポで回転しているのが見て取れた。
そのことから、ラグビーボール型の天体の表面がまるで月のように無骨でゴツゴツとしているデザインをしているのを私は余すことなく確認することができた。
私の意識はもはやそのラグビーボールの得体にしか興味がなかった。
その分析を目的とした手でつかもうとすると、まるで磁石の同極が反発し合うようにぬるりぬるりと巧みに私の興味である意識の触手を回避し、決してその手で触れることができない正体不明の存在として私の空間において異物認定のまま青白い光を灯し続けている。
それでも私の興味関心は今、あの巨大な光よりも私の掌握している空間の異物であるラグビーボールサイズの天体なのか人魂なのか何なのかの判別の付かない存在のことで頭がいっぱいだった。
なんとかこの異物との関係性を明らかにしようとしていると青白い人魂から「あ、よかった、つながったみたいね」という聞き覚えのある声というかアナウンスというかメッセージのような文言が吹き出していた。
「なにこれ、これがウチのアストラル体なの!?やだー」とラグビーボール型の人魂は言っている。
「その声、お前…ラグビー女なのか?」と私はラグビーボール型の天体に話しかけた。
「あのさ、ずっと前から思ってたんだけど、本気でウチのことラグビーボール型の女としか思ってなかったとかマジうけるんだけど」という吹き出しが声となって青白い天体から聞こえてくる。
「ラグビーボール型の顔に宿った人格は至高だ」
「そんなん言われて喜ぶ女子、世界中探しても一人もいないから!」
「いや、お前は笑ってたぞ」
「あれは、うけてただけで喜んではないから」
「笑えていたのであれば同じようなものだ」
「まぁ、確かに、とにかく笑えればいっか」
「でも、ここはどこ?私は誰的なこの世界はまったく笑えないから説明求む」
「あー、ここね、ここはウチらの物質的な感覚と認識をすべて取っ払ったウチの家のダイニングなの」
「んーーーーー?どういうことだ?」
「たとえば、たぶんキミにも太陽のような強い光の中にさっきまでの自分の姿が確認できると思うんだ」
「いるな、時間が停まったみたいにお前の出してきた箱に手を突っ込んでる私が…ていうかよく見たらお前もあのケースの中に手を入れてないか?」
「そだよ、箱の中でウチはキミの手に触れることでこうして同時ログインできてるんだ」
「同時ログイン!?」
「そ、あのケースは通称ソウルゲイザーって言って、ケースの中にいれたもののエーテル認証をもとに対象のアストラル体を取り出して、エーテルの世界とアストラル世界のそれぞれの階層を体験することができるようにするハードデバイスのようなものね」
「ハードデバイスのようなものねって、それじゃとりあえずソウルなんちゃらに手を差し出してる私たちはソフトってこと?」
「ソウルゲイザーね、ゲイザーの意味は”見つめる”で、ソウルの理解は定義が追いつかないだろうから説明が難しいんだけど、魂による生命への理解と作用とでも言えばいいかな、だからこのソウルゲイザーは魂のままエーテルの世界を見ることを可能にしてくれるアクセス機器だと思って」
「思えない」
「だよねー、だよねー、でも大丈夫、この世界にはこういうのもあるから」
「こういうのだと?」
ラグビーボールは私の光に向かって錠剤のカプセルのようなものを放り込んだ。
〇ソウルゲイザー
エーテル世界とアストラル世界にアクセスすることのできるプラットホーム
エーテル世界とアストラル世界はそれぞれ階層が複数存在している
各階層への理解である共感と反感と均衡具合に応じた自己像の霊性が視野となる
精神的な視野の解像度を変化させた階層先で遭遇する存在との経験と選択に即した恩恵を持ち帰れる
※なお、ソウルゲイザーでの体験の記憶は無意識に保存されるが肉体の意識に反映させることはできない
「なんか説明パネルが出てきたんだけど」
「でしょ、今情報パネルをオープンにするためのツールをキミのアストラル体に通したから、これで一度認識したものの詳細情報をいつでも閲覧できるようになったんだ、開き方は簡単で興味を持った対象に意識を向けるだけだから」
「え?もしかして、新しいタイプのゲームですか?これ…」
「確かに非現実を体験できるっていう点でいえばゲームって感じかもしれないけど、どちらかというと医療機器に近いと思う」
「医療機器?どういうこと?」
「世の中にはさ、いろんな事情で脳や身体のどこかに疾患を抱えて、日々リハビリに明け暮れている人が大勢いるのさ、高齢化すればその疾患につられるように精神が衰えて、リハビリのために生きてるみたいな人たちがたくさんいるんだ」
「そうか、VR的なゲーム画面を通じて自分のイメージを投影したアバターを操作することによって楽しくリハビリできるみたいな感じか」
「そうそう、自分がリハビリをしているっていうのは言い換えれば自分がどれだけ不自由な状態にあるのかを思い知るための時間でもあるわけさ、でもそれが自分の肉体と結びついた仮想空間で手足を動かす、何をどのように見ているのかをモニターできるみたいな関係を患者と医師側で共有できれば、治療に向けたプロセスを前向きに進めることもできるようになるっていう方法が一部の医療機関ではすでに採用されるんだよ」
「へぇ、そりゃ画期的だな、麻酔とかレントゲンみたいなものが可能になったレベルの方法なんじゃないか?」
「そうかもね、でもウチらの研究はもっと先に行ってるんだ」
「もっとですと?」
「もっとっていうと、上か下かみたいなニュアンスが生まれちゃうんだけど、ウチらはもっと普遍的な人間の治療を目指したアプローチのための研究をおじいちゃんの代から今も続けてて、その到達点の一つがこのソウルゲイザーなんだ」
「あのさ、凄い先に行ってるはずの先端医療機器がどうしてソウルゲイザーなんていう丸っきりゲームのソフト感丸出しの残念なネーミングにしちゃったの?誰が考えたの?絶対おじいちゃん、そんな呼び方してないよね」
「ウチです」
「ですよねー、今時を語るのも烏滸がましい!まだプレステの方が先行ってるし、なにより略せないから親しみにくいし、ゲイザーなのにゴーグルじゃなくてケースなのもなんか合ってないし、他になんかもっとあったでしょ、こんな凄そうなやつ」
「なんか…いいじゃん別に」
「あとさ、ゲイザーは百歩譲って良しとして、ソウルは医療機器の標章として無しでしょ、現代の医療って神とか霊とか魂とかそういう目に見えない曖昧なオカルト的なもののことは絶対に認めないイメージ有るし、それは私たち人類のほとんどが共有していることだから、むしろソウルゲイザーをゲームじゃありません、医療機器ですっていう方が危ないと思う」
「…」
「でさ、私さ、パッと思いついたんだけど、インナーゲイザーとかどうよ、まだこの装置の詳細は全然わかってないけど、さっきからお前のやってる読心術みたいなのもこの装置とメガネの恩恵だと思うんだけど、たぶん人間の心とか精神に働きかける医療機器としての普及を目指してるんだろ?だったら”人の内面を見る”でインナーゲイザーで良くね?いやぁ我ながらのセンスにちょっと自分で自分を褒めたいよ」
「うーるさい!!」という物凄いボリュームと同時に赤いオーラのような何かがラグビーボールから噴き出す。
「なに?どうしたの?」と聞く必要もないくらいにそこにはあからさまに「ふー、ふー」と肩が上下するくらいに怒りを沸騰させた顔の私の良く知るラグビー女の輪郭がそこにはいて、そこにいる彼女は何らかの光の点を線でつないだホログラムのような人型として私の前に立ち上がっていた。
そのホログラムの発光源はどうやら先程からあった青白いラグビーボール型の月のような天体で、その天体を核にプラネタリウムのように放射された赤いレーザーが光の点で結びついて、その赤い線はまるで”こう見ろ!”とばかりに具体的な彼女型の星座のようなホログラムとなって私の前に改めて召喚されたかのように出現したのだった。
「さっきからキミの言うことを大人しく聞いてりゃ、どれも発想がつまらんの!!つまんねーんだよキミの発想は!!」と彼女は蚊取り線香のCMばりのつまらんを二度言ってきた。
「いや、詰まるつまらんの話じゃなくてさ」
「もうしゃべんな!キミ一旦しゃべるのおしまい、次ウチのターン」
「ターン性なの!?」
「うっさい!キミは基本いい奴だから親切丁寧にできるだけ優しく最初から最後までガイドしようと思ったけどやめた!」
「待て、待て、待て、それは困る、こんなよくわからん設定の世界観のゲームの中に放り込まれたまま匙投げられても困るって」
「でしょうね、でももうそう簡単に助けてなんてあげないから、せいぜいウチの機嫌を損ねたことを悔いながら足掻くといいさ、アデュー」
そう言い残してラグビーボールは真っ赤なホログラムと共に青白い人魂も消えて私はまた一人となったのだった。




