#11 「想像をはるかに超えたおバカね」とメスゴリラが口を動かし始めた
「想像をはるかに超えたおバカね」とメスゴリラが口を動かし始めた。
「聞いてた話が大分オブラートだったことからあなたの元カノがどれだけ優しかったのかがよくわかるモノローグだわ」と性の悪い女同士にあったであろう話の具合など今のオレにはどうでも良いくらいに過去の真っ黒なリアルの地獄を永遠にさまようかのような恐怖の予感とその余韻がまだ残っていた。
実際に経験したことのある悪夢のような出来事がいつ終わるともわからないままに蘇るとかいう精神を破壊するフィクションの奥義でも喰らったような気分だった。
過去に消えたはずの記憶の断片がまるでた現実と見間違えるほどの解像度の世界の中に自分がいたことを今になって初めて立ち戻れているのを実感している傍らで「それにしてもそのコンビニの男は達観しすぎてるわね…」と頭痛の種女はブツブツと一人感想会を進行させていた。
その間のオレは脳が焼き切れるとでも言えば良いのか、脳内の切り裂かれた部分からジワジワト出血しているかのようなストレスが単なる頭痛とは別の痛みというか不快感に苛まれていた。
「ねぇ、聞いてる?そのコンビニ店員とその後何度か会ったりしたの?」
「しないよ、するわけないだろ…わざわざまた深夜に抜け出して、”あのときはお世話になりました”みたいなことできるわけないだろ、無事無罪放免にはしてもらえたけど思い出したくもない出来事の当時のナンバーワンなのくらいわかれよ」と言いながら、あの日のことを当たり前に覗かれている前提からの”わかれよ”には我ながら意味不明で、ある種の押し付け気味な自らの都合に甘えを感じずにはいられなかった。
ていうか、ホントにもう無理なんだが…
だってそうだろう?
ただ心を読まれるだけじゃなくて、その読みとった心の動きから過去の出来事の回想まで丸ごとログになったと思われる情報として知られてしまうとかあり得ないあまりの恥ずかしさとか、筒抜け続ける秘密なき関係とか怖すぎなんだよ…
山で会う熊より厄介すぎるくらいに対人間の天敵的行動してんのをわかってんのかな、コイツ…
「大丈夫、さっきも言ったけど、このメガネが見えるのも機能するのもキミだけなんだ今のところ」と彼女は言った。
「あ、そうなんだ、てっきりオレ以外の心も丸見えなんだと思って心配してたとこなんだよ」
「いやいや、キミ、今金輪際ウチと会いたくないくらいには不信感を抱いてて、早くこの場から消え去りくらいにはもう無理って思ってるのが丸見えなんですけど…」
「何度でも言うけど、そのくらいのストレスってことをまずわかってください、マジで引いてます」
「ごめん、でもそう思われるのを承知でこうして話を打ち明けてるんだ」
「だろうな、そこまで無配慮じゃないこともそれなりにわかってるから邪険にはできないんだよ」
「甘えさせてもらってます」
「そこは信じてるからな、下手するとお好み焼きデラックスにビールにタクシー代まで請求するからな」
「じゃあ、たとえどんなことがあったとしても目を背けない覚悟があるってことね」
「いや、そういう意味では…」
「でも、ウチらの扱っている知識はキミがキミの過去や人生をどう考えるかの示唆や指針に影響を与えるだけの価値をこのメガネのテクノロジーをはじめ、死生観すら変わってしまうくらいの情報を提供できるっていう自信はあるんだ」
「だったらもっとサクサクいけないのかな、オレまだそのメガネのこと、何にもわかんないんだけど…」
「じゃあ、もっとウチのことを信頼してサクサク話をさせなさいよ」
「それも一理あるな」
「でしょ?例えばこのコンビニの男はもしかしたらキミにとってのグリゴリなのかもしれないねって話とか」
「グリゴリですか?」
「そ、グリゴリって言ってもわかんないよね」
「インペルダウン編に出てきた兵隊みたいなやつのことじゃない?」
「あれはブルーゴリラのブルゴリね、惜しい」
「じゃあ、あれだ、グリゴリだけにグリーンゴリラじゃね?」
「うーん、それヤマダ君に座布団持ってかれるやつだわ、ほぼパクリだし」
「えー?グリゴリってなんか聞いたことあんだよな、グレムリンって映画に出てこなかった?」
「あー、なんかそんな映画、昔あったね、ウチはよく知らないけどグリゴリとは関係ないと思う」
「グリゴリって何なんだよ、ていうか人の思い出の登場人物からその素性を洞察するってどんな解像度でオレの心覗いてんのさ」
「言わない、言わない、グリゴリは聖書の外典に出てくる有名な堕天使のことね」
「堕天使だと!?」
「そ、ダークサイドに堕ちた天使職的存在のことを堕天使として伝説的に語られてるんだけど、ウチらはその伝説とは別の啓示を受け取っていて”人類への早すぎる高次存在の介入”として、その詳細がどういったものとして現代にまで影響を及ぼしているのかの具体的な研究を行ってるの」
「マジで?たとえば堕天使の原人類への影響って何さ?」
「うーん、一言で言うなら誘惑し合う心そのもののことかな」
「え、そんなん言うたら多かれ少なかれ人類みんな堕天使じゃん」
「そうなんだけど、なんでウチがキミをパクろうとしたけどしなかった妙なコンビニ店員がグリゴリかもって思ったのは、グリゴリは単なる悪への誘惑の象徴ではなく、人間の自我に過ぎた情報や技術を提供することでその作用に人間が人間としてどのように関わっているのかの通過儀礼としててだね、各時代の文明の栄華とその終焉の繰り返しに絶えず関与が少しトリッキーな形で人格化した存在がちらほらいて、その一人の可能性をその言葉の断片に感じられたんだよね」
「え…あの人ってそんな人だったん?」
「だって、神のルールとか人間の肉体の背後関係みたいなことを想定して万引きと警察と罪と罰を語るコンビニ店員なんてどう考えても異例の登場人物でしょ、しかもお咎めなしどころかあんたに記念品を贈呈するとかいろいろ達観しすぎてて、そのコンビニ店員あるまじき哲学から考えられるのはウチら的には人類の監視者としてのグリゴリの使者にしか見えないのだよ」
「いやぁ、確かに、すげぇ偏ってた感じはハンパなかった分だけに忘れられない出来事になったもんな」
「そう、だからキミにとっての自我の堕落を調停する役目だけでなく、その後のキミの運命の分岐をも示唆しながら今日までのキミの礎を担ってたことになるんだ、まぁそれを言うとキミが指摘したように現代の文明社会ですれ違った人すべてが該当にあたるんだけど、キミの倫理観にまで深く影響した意味での明確な通過儀礼をコンビニという夜という自然を超越した場でもって、キミのバカげた欲望を抑止する存在として宿命的にそこに用意されていたとも言えるわけだ」
「なにその、もしそのコンビニ店員と出会ってなければもっとバカげたことになってたみたいな言い方」
「実際、やってることは犯罪者ですから今後も気を付けてくださいね」
「一つわかったことがある」とオレはクッソ覗き見女に言ってやることにした。
「なにさ」
「お前は単刀直入過ぎる、特に今日、オレに、短刀突き刺しすぎ、わかるか?わかってないよな、当たり前にオレの心を覗いた部分への誹謗中傷にも似た批評してるけど、その痛みがオレにとってどんな抉られ方をしてるかとか、いくら経験が無いとはいえ分かってなさすぎる…鳳凰幻魔拳って知ってるか?」
「知らん」
「じゃあ、鏡花水月は?」
「花鳥風月じゃなくて?」
「白面の者は?」
「なにのもの?」
「イタチのツキヨミは?」
「それは知ってる、ナルトね」
「それだ、オレはイタチのツキヨミを喰らったみたいになってたの、わかる?オレの苦しみ?」
「でも、ウチはツキヨミみたいに狙って悪夢やトラウマを喚起させてるわけじゃなくて、ウチが見ているのはあくまでこのメガネが教えてくれるログだから、キミの見て感じたリアルな映像や実感はウチにはわからないのだよ」
「だったら、パクノダの原記憶が持つ真実だけを覗く能力に近いな」
「なにそれ、強いの?」
「強い、相手に触れて”何を隠しているの?”という問いかけだけでその連想から何を隠しているかが瞬時にパクノダに映像となって伝わって、その上念で作った銃弾にその読み取った記憶を誰かに打ち込むことで、自分以外とその記憶映像を共有することができるとかいう特質系の情報スペシャリストがパクノダだ」
「なるほど、ウチは映像を見ることも共有することもできないけど、ウチのメガネとの相性と照準さえ合えば直接触れなくても相手の記憶を文字情報として読み取れるって点ではそのパクなんとかより優れているわけね」
「フィクションのパクノダと比類しているだけで大分ヤバいチートスキルなんだけどな、ていうかそのメガネの相性と照準って何かわかってんの?」
「一応わかってるけど、それは言えない」
「そこは教えてくれよ、じゃないと何でオレがここに連れ来られたのかの本当の理由がわからないまま帰ることになって、お前の認識を拉致と詐欺の首謀者に改めなきゃならなくなるんだが」
「なにそれ、今のところキミのウチへの認識ってそういう感じなの?」
「当たり前だろ、だってお好み焼きは出ないし、車でどこかわからない場所に連れ来られて、もはや一人で帰ることもできないから監禁罪もすでに働いてると思ってるよ」
「え、ウソ、犯罪者じゃん、ウチ…」
「あれだけ議論してて罪の意識がないっていうなら非常に完全なサイコなんだが…」
「非常に完全なサイコってなにさ、まぁウチははっきり言ってサイキッカーなんですけど」
「いや、超能力者のサイコじゃなくて、猟奇的な方のサイコパスな」
「え、やだー、なんか普通の人の心がない狂ってる感じみたいに思われるのやだー」
「だからオレが気を付けた方が良いよってさんざん言ってんじゃん!」
「やだー、じゃあ、ちゃんとこのメガネの説明したらウチの犯罪者認定を改めなさいよね」
「ちゃんと説明してくれたらな」
「まずこのメガネはメタマテリアルっていう素材でできてます」
「メタマテリアルって何?」
「メタマテリアルっていうのは内部構造を設計して光の進み方そのものを操ることのできる人工素材のことなの」
「え???光の進み方を操る人工素材なんてあるの?」
「あるの、その構造を可能にする素材の前にはエキゾチック物質である光エーテルの結晶を抽出したタキオンを特殊なメタマテリアルに構造として固定化したものがこの見ることも触れることもできないメガネのメカニックなの」
「これがメカニックなのって言われてオレに理解できると思ったか?」
「でも、ちゃんと説明はしたでしょ?これでウチは無罪放免ね」
「待て待て待て、やり直しだ!オレは納得してないからその判決には断固抵抗するぞ、上告だ」
「えー、無理だと思うよ、だってエキゾチック物質もエーテルもタキオンもわかんないんでしょ?」
「わからんな」
「じゃあ、オゴとかマクシンも知らないよね」
「知らんな」
「キリリアン写真やバイオフォトンならわかる?」
「わからない…」
「じゃあ、なんならわかるの?」
「ごめんなさい、すみません、わたくしめがわるぅございました、あなたは完全に無罪でした、身の程をわきまえず申し訳ありませんでしたぁ…などと言うと思ったか?」
「ああ、言わないんだ、凄いね」とラグビーボールは少し嬉しそうにそう言った。
「だって、前提知識のない人間にわざわざ専門用語を利用してわからせようとしてないだろ?ダメです、それは何も説明していないのと同じことだ」
「ですよね、だからこういうものがあるから目を通してみて」
「なにこれ?」
「説明書」
「いやこれ、説明書っていう厚さじゃないっていうか単行本か図鑑?」
「いいから捲ってみて」
「捲ってみてって言われても…これも触れないんですけど…」
まさかのメガネと同じ類の代物が今度は本として目の前に存在していた。
「だよね、そこでこれを使うのだよ」とラグビーボールはさっき自分のメガネを収納していたジェラルミンのようなケースを机の上に置いて、そのケースのサイドにある横穴に手を差し込むように目と指で指示してきた。
「この中に手を入れろってか?」
「そ、早く」
「早くって言われてもちょっと怖いんですけど…」
「いいから!なんにもないから!ただキミのエーテル認証を照合させるだけで痛くも痒くもないから安心して」
「エーテル認証って聞いたこともないんだけど…」と腑に落ちない気持ちも彼女の圧で消し飛ばしてもらえたオレは黙ってジェラルミンの口の中に右手を丸ごと差し込むのだった。
「うん、それでね、良い?よく聞いて、ウチら人間は本質的にみんな時空間を超越した存在なの」
「ん?何の話だ?」
「これからちょっとだけ不思議なことが起こると思うんだけど、それが終わったらお好み焼き屋に連れて行くから頑張って」
「おー、ちゃんと約束を守ってくれるのか、オレもう半分諦めてたよ」
「ウチは詐欺師じゃなありませんから」
「でも頑張るって何?不思議なことって?何にもないんじゃないの?」
「あー、そういう意味では何にもなくない…かも?とりあえず、それで目を閉じてみて」
オレはもうすでに時間がゆっくりと流れいる状態の中で彼女の言う通りに目を閉じることを試みようとしていた。




