第八話 血風 ― 刃、交わる ―
風が止んだ。
月が雲の切れ間から顔を出し、二人の影を長く伸ばした。
雪ノ丈は無言のまま、刀を抜いた。
鞘走りの音が夜気を裂く。
本間も、同じように抜いた。
その動きは、まるで無駄がなかった。
(――速い)
雪ノ丈は一瞬で悟った。
本間佐一郎、ただの役人上がりではない。
間合いの取り方、踏み込みの気配、剣気の流れ……どれもが磨かれている。
剣を抜いた瞬間に、死を覚悟している者の構えだった。
互いに一歩も動かない。
草の葉が揺れ、夜虫の声が止む。
静寂が張り詰める。
本間が先に動いた。
踏み込みと同時に袈裟斬り――速い。
雪ノ丈は反射的に受け流し、刃が擦れた。火花が散った。
二合、三合。
月下に響くのは、鋼のぶつかる音だけ。
本間は的確だった。力任せではなく、相手の呼吸を読み切る剣。
だが雪ノ丈は、その剣筋の奥に、微かな“ためらい”を感じ取っていた。
(悪くない……だが、草太郎のほうが、ずっと鋭かった)
かつての親友との手合わせが脳裏をよぎる。
草太郎の一撃は、心の底から生を賭していた。
本間の剣は、死を覚悟していながらも、どこかで「理」を捨てきれぬ剣だった。
「……悪いな」
雪ノ丈は静かに息を整え、足を一歩滑らせた。
本間が刃を振り下ろす、その瞬間を狙い、半身を返す。
――閃光。
一拍遅れて、風が鳴いた。
本間の体が崩れ、夜草の上に膝をついた。
胸から、細い線のように血が流れ出す。
「見事……だ」
本間は苦笑を浮かべた。
雪ノ丈は何も言わなかった。
ただ、刀をゆっくりと下ろした。
本間は月を見上げた。
「これで……広住も、浮かばれるだろう……」
その声が途切れると、風が再び吹き抜けた。
雪ノ丈はしばらく立ち尽くし、夜空を見上げた。
「……草太郎、お前の弟子たちは、まだ弱いな」
独り言のように呟き、刀を鞘に納めた。
遠くで犬が吠え、村の灯がひとつ、またひとつ消えていった。
夜は、ただ静かに、すべてを包み込んでいた。




