第七話 夕闇の対峙 ― 本間佐一郎 ―
夕陽が山の端に沈みかけ、里の影が長く伸びていた。
雪ノ丈が家の近くまで戻ったとき、道の向こうにひとりの男が立っていた。
旅装の裾を風に揺らし、無言のままこちらを見ている。
「……野橋雪ノ丈だな」
その声に、雪ノ丈は立ち止まった。
「そうだけど……あんたは、確か本間とか言ったか」
本間はゆっくりと歩み寄った。
「お主に、聞きたいことがある」
「悪いな。家に帰るところなんだが」
本間の瞳は笑っていなかった。
「――広住秋ノ進を斬ったのは、お主か」
雪ノ丈は少し眉を寄せ、息を吐いた。
「……いや、違うと言ったら、信じてくれるのか?」
「いや。信じられぬだろう」
短いやり取りの間に、風が通り抜けた。
竹林がざわめき、どこかで犬が吠えた。
「なぜ、俺が下手人だと?」
本間は淡々と答えた。
「広住は、草太郎殿を斬ってから江戸へ逃げた。だが、仇討ちを恐れていたらしい。
それでな、討たれたと聞いて、この村で聞き込みをした。
数日姿を見せなかった者が一人だけいた――お主だ。
その条件に合うのは、野橋雪ノ丈しかおらぬ」
雪ノ丈は目を細めた。
「……だったら、どうするつもりだ」
本間は静かに答えた。
「お主を――斬る」
「ふん。あんな男の仇討ちなんて、価値があるのか?」
本間の目が一瞬だけ揺れた。
「価値はない。だが、広住は私の部下だった。
上は怒り、藩の面目を汚したと、私に責を問うている。
このままでは切腹を命ぜられるだろう。
ならば、その前に下手人を討って、恥を晴らす――それが私の務めだ」
雪ノ丈は苦笑した。
「結局、自分のためか」
「そうだ。己の名を汚したまま死ぬのは、武士の恥だ」
雪ノ丈は少しの間、目を閉じた。
「このことを知っているのは、お前だけか」
「私しか知らぬ」
「なら、手合わせを受けよう。……どのみち、生かしては帰せん」
夜の帳が降り始めた。
両者の手が、静かに刀の柄にかかる。
風が止まり、鳥の声も消えた。
次の瞬間、月明かりに二つの刃が閃いた――。




