第六話 ――影、門の下に――
数日後。
雪ノ丈は市原道場を訪れた。
木の看板は古び、道場の空気にはどこか寂しさが漂っていた。
迎えに出たのは、若い男だった。
「野橋殿……兄がお世話になりました。私は草助と申します」
草助――草太郎の弟だ。
面差しに兄の面影があったが、どこか線が細く、まだ若さが残っていた。
「久しぶりだな」
「兄の仇を討たれたと聞きました。……ありがとうございました」
雪ノ丈は首を横に振った。
「礼はいらん。あれは俺の務めだった」
道場では、何人かの門弟たちが竹刀を握っていた。
雪ノ丈は久しぶりに稽古に混ざり、数人と手合わせをした。
竹が打ち合う音が響くたびに、心のどこかに残っていた重みが少しだけ軽くなるようだった。
そのとき、玄関の戸が開いた。
「旅の者ですが、手合わせを願いたい」
声の主は、三十前後の侍風の男だった。
名を、本間佐一郎と名乗った。
草助は少し驚いたように男を見たが、頷いた。
「では、拙者が相手をいたします」
二人は竹刀を取り、構えた。
最初の一合で、草助の竹刀が宙を舞った。
乾いた音。
本間は動かず、ただ目だけが細く光っていた。
「お見事」
草助が頭を下げると、本間は軽く会釈し、何も言わずに去っていった。
その背中を見送りながら、雪ノ丈はどこかひっかかるものを覚えていた。
「上手いな……。だが、何かが違う」
門弟たちは口々に感嘆の声を上げていたが、雪ノ丈の胸には、冷たいざわめきが残っていた。
その男の踏み込み、竹の握り方――
それは、ただの旅人ではない。
人を斬った者の動きだった。
けれど、そのときは、誰もその意味に気づかなかった。
雪ノ丈も、まだ。
――その男が、自分を狙う刺客であることを。




