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第二話 ― 江戸ゆき ―
江戸・本所。
町人の往来の中に、木札を掲げた一軒の小屋があった。
〈口入れ屋 中村〉
雪ノ丈は暖簾をくぐった。
「へぇ、珍しいねえ。腕に覚えのありそうな若ぇのが来るとは」
奥から現れた親方が、雪ノ丈の腰の刀に目をやった。
「仕事を頼みたい」
「仕事? 斬りのかい? それとも護りのほうか」
「……人探しだ」
雪ノ丈は懐から銅貨を取り出して机に置いた。
「広住秋ノ進。旗本の倅だ。行方を知らねばならん」
親方の眉がわずかに動いた。
「広住様、ねえ……お武家の護衛で忙しいらしいぜ。井伊様んとこの屋敷に詰めてるって話だ」
「井伊……直弼か」
雪ノ丈の目が鋭くなった。
親方はその気迫に気圧されながらも、笑みを作った。
「ま、あんたみたいなのが近づくのはやめときな。あの辺りは風が変だ。血の匂いがしてる」
「風なら、俺は慣れている」
雪ノ丈は立ち上がった。
暖簾の外、江戸の風が冷たく吹いた。
往来の人々のざわめきが遠くに消えていく。
空を見上げると、薄い雲の奥に灰色の陽が沈みかけていた。
「草太郎……」
口の中で呟き、刀の柄を確かめる。
その夜、雪が降りはじめた。
翌朝、白い霜が門前に積もる。
そして――その日を、人々はのちにこう呼んだ。
桜田門外の変。




