第十七 滅びの果て ― 氷雨霧丸、最期の言葉 ―
滝の音が、再び響きはじめていた。
霧の向こうで月が揺れ、光が氷雨の身体を照らしている。
雪ノ丈は、斬ったままの姿で立ち尽くしていた。
刃先から、滝のしぶきが滴り落ちている。
氷雨は地に倒れながらも、まだ息があった。
胸の奥から、血ではなく、熱い息がこぼれた。
「……ああ……ようやく……見えたよ……」
雪ノ丈は何も言わず、ただその場に膝をついた。
夏絵が傍に来て、氷雨の最期を見つめている。
氷雨は苦しげに息をしながらも、かすかな笑みを浮かべた。
「僕は……こうなりたかった……本気の君に……斬られて……よかった……」
その声は、風の中で消え入りそうだった。
けれど、滝の音が一瞬、静まったように感じられた。
雪ノ丈の胸の奥が、熱く震えた。
怒りでも悲しみでもない。
ただ、言葉にならぬ感情が込み上げていた。
氷雨はゆっくりと視線を上げ、滝の上を見つめた。
「……引き際は……心得ているよ……」
小さく息を吐くと、そのまま目を閉じた。
滝の霧が彼の身体を包み、その姿は、まるで夜に溶けていくようだった。
雪ノ丈と夏絵は、何も言わなかった。
ただ、彼の最後の言葉を、胸に刻んでいた。
滝の音が戻る。
それはまるで、氷雨の魂を清めるかのように響いていた。
雪ノ丈は立ち上がり、刀を静かに納めた。
「……これでいいんだな」
風が吹いた。
霧が晴れ、空には一筋の光が差していた。
夏絵は雪ノ丈の袖を握る。
雪ノ丈はその手を包み、遠くを見つめた。
滝の音の中に、氷雨の声が微かに混じっていた。
――「君なら、未来を斬れると思っていたよ。」
雪ノ丈は小さく頷いた。
「……ああ、俺が斬る。未来を」
その言葉を最後に、滝の音だけが夜を満たした。
氷雨との死闘を制した雪ノ丈は、夏絵の手を握っていた
「兄さま…これからどうするの?」
夏絵は不安そうに雪ノ丈に聞いた
「…どんな理由でも、氷雨は…幕府の人間だから…ここにはもう居られない」
幕府の人間を斬れば、打ち首になる…例え、どんな理由であっても、免れない…
「ここにはって…村を出るのですか」
「夏絵…これが最後になるかもしれない…一緒に…来てくれないか」
「…はい、兄さまとなら、どこまでも…」
そして、雪ノ丈と夏絵は旅支度を済ませ、故郷をあとにした。
雪ノ丈と夏絵は、故郷の村を後にしていた。
振り返れば、見慣れた山と田畑が朝の光を浴びて輝いている。
もう二度と戻れないとわかっていても、その景色は胸に深く焼きついていた。
「……最後に、弘志や道場のみんなに、別れを言いたかったな」
雪ノ丈が呟くと、夏絵は首を振った。
「兄さま……仕方ないです。私たちはもう……」
「……そうだな。もう、会うことはないのだから」
雪ノ丈の声には、寂しさと決意が混じっていた。




