第十六 最終の一太刀 ― 滝の音が止む刻 ―
滝の音が、夜の空気を裂いて響いていた。
霧が白く漂い、月光が水の粒を照らして銀色に光る。
雪ノ丈と氷雨は、互いを見つめていた。
どちらも、まだ一歩も動かない。
ただ、わずかに衣の裾が風に揺れる。
剣を握る手の中で、鼓動の音が聞こえるほどの静寂。
滝の流れさえ、息を潜めたようだった。
「……やはり、美しいね。」
氷雨が呟いた。
その声には、戦う者の熱も、死を恐れる気配もなかった。
雪ノ丈は答えなかった。
ただ、刀の切っ先をわずかに上げる。
氷雨も同じ動作を返す。
風が止んだ。
夜の空が、まるで水鏡のように静まった。
どちらが先に動いたのか――誰にも分からなかった。
滝の音が、一瞬だけ消えた。
そして、光が閃いた。
音もなく、二人の間を風が切り裂いた。
次の瞬間、氷雨の身体が一歩前に出た。
白い霧の中、雪ノ丈は立っていた。
滝の水が再び流れる音が戻る。
氷雨は、その場に立ったまま、ゆっくりと口を開いた。
「……ああ、ようやく……見えた。未来が……」
その声は、滝の音に溶けるように消えた。
氷雨の膝が崩れ、静かに地面に落ちた。
血の色は見えない。
ただ、水飛沫と月光が、その身を白く包んでいた。
雪ノ丈は、しばらく動けなかった。
滝の音の中に、氷雨の声がまだ残っているように思えた。
――「君なら、未来を斬れると思っていたよ」
風が吹き、霧が晴れる。
崖の上の縄が解かれ、夏絵が駆け寄ってくる。
「兄さま……!」
雪ノ丈は振り返り、弱く微笑んだ。
「……もう、大丈夫だ」
滝壺のほとりに、氷雨の身体が横たわっていた。
その顔は、まるで子供のように穏やかだった。




