第十五話 告白 ― 過去の刃 ―
滝の音が、夜気の中で重く響いていた。
崖を伝う水が白く光り、霧がゆっくりと二人を包み込む。
氷雨霧丸は、滝壺の縁に立ち、月を見上げていた。
その横顔は、どこか懐かしささえ感じさせる穏やかさだった。
「……知りたいかい、雪ノ丈君。なぜ、君の一族が滅びたのかを」
雪ノ丈は無言で頷いた。
氷雨はしばらく口を閉ざし、落ちる水の音を聞いていた。
やがて、静かに語り始めた。
「私を拾ってくれたのは、君の曾祖父――野橋冬左衛門殿だ。あの人は慈悲深かった。だが、同時に家を守ることに囚われていた」
氷雨は目を閉じ、遠い記憶を手探りで辿るように続けた。
「君の母上が若いころ、金持ちに嫁がされそうになった。家の地位を保つためにな。それを知った君の父上は、私を含む八人と共に――一族を斬った」
雪ノ丈の胸が軋んだ。
氷雨の声は静かだったが、その静けさの底に、深い闇があった。
「その夜、野橋の屋敷は血に染まった。冬左衛門も、家人も、皆、倒れた。藩主は私たちを讃え、褒美をくれた。“正義を果たした”と……」
氷雨は小さく笑った。
その笑みは、悲しみと諦めの境目のようだった。
「――だがね、雪ノ丈君。あの夜、私は初めて人の“幸せ”を見たんだ。君の父上と母上が、血の海の中で互いを抱きしめていた。泣きもせず、怯えもせず、ただ笑っていた」
雪ノ丈の喉が鳴った。
滝の音が急に遠く感じられた。
氷雨は、かすかに目を細めた。
「私はね、あの笑顔が許せなかった。なぜ、あんな時代に……あんな絶望の中で……笑えるのか。だから、私は斬った。幸せそうな二人を」
雪ノ丈の目が見開かれた。
氷雨はそれを見て、静かに言葉を続けた。
「――だが、君と夏絵は殺せなかった。君の目の奥に、あの二人とは違う光があった。憎しみか、覚悟か……わからない。けれど、その光がいつか私を斬るかもしれないと思った。だから、生かした」
滝の音が一段と高く響く。
雪ノ丈の握る拳が震えた。
胸の奥に、燃えるような痛みが広がる。
「……お前が、俺たちの両親を……?」
「そうだよ。そして今、ようやく願いが叶う。君が私を斬ってくれるのだろう?」
氷雨はゆっくりと刀を抜いた。
刃が月光を受け、白い光を放つ。
雪ノ丈も、無言で刀を抜いた。
刃と刃の間に、滝の霧が流れ込む。
氷雨の声が、静かに響いた。
「――さあ、始めよう。
君と私の、終わりの戦いを」
滝の水しぶきが風に舞い、月が雲の合間から姿を見せた。
二つの刃が光を返し、交差する――。




