第十二話 滝のほとり ― 運命の再会 ―
夕暮れの風が、滝の音を運んでいた。
山あいに響く水の轟きが、世界のすべてを覆い隠すようだった。
野橋雪ノ丈は、その崖の上に立っていた。
眼下には白い飛沫が舞い、滝壺の水が底知れぬ闇のように渦を巻いている。
静けさなどない。
だが不思議と、その騒がしさが心を落ち着かせた。
風が吹き抜け、背の刀がわずかに鳴った。
ふと背後に気配を感じた。
振り返ると、そこに一人の男が立っていた。
浅葱色の羽織。
白い髪に近い銀灰の髷。
そして、あの穏やかな微笑み。
「……氷雨さん」
雪ノ丈が名を呼ぶと、氷雨霧丸は、まるで散歩の途中で出会った旧友にでも話しかけるように言った。
「やあ、また会ったね、雪ノ丈君」
滝の音に負けぬほど、柔らかな声だった。
「ここはね、私の好きな場所なんだ。流れ落ちる水を見ると、不思議と時の流れを思い出す。止めようとしても、誰も止められない。……幕府も、人の命も」
雪ノ丈は無言で氷雨を見つめた。
その笑顔の裏に、何か得体の知れぬ冷たさを感じた。
「君も、そう思わないか?」
「……あんたの言葉は、いつも難しい」
氷雨は軽く笑った。
「そうかもしれないね。私はね、未来が見えるんだ。けれど、その未来は、何をしても変わらない」
滝のしぶきが二人の頬を濡らした。
氷雨の瞳が、どこか遠くを見つめている。
「だから私は思った。せめて、その滅びの中で美しいものを見たいと。強者の剣、信念の心……そして、抗う人間の姿を」
雪ノ丈の胸に、わずかに痛みが走った。
その言葉が、自分に向けられていることを理解していた。
「……あんたが、草太郎を殺した黒幕なのか」
氷雨は、にこりと笑った。
「黒幕なんて呼び方は、あまり好きじゃないんだ。私はただ、導いた。必要な者たちを、必要な場所へ」
「……両親も、あんたが?」
一瞬、滝の音が遠のいたように感じた。
氷雨は目を閉じ、静かに頷いた。
「彼らはね、時代に逆らった。剣が人を救うと信じていた。私は、教えてあげたんだ――剣が人を滅ぼす未来を」
雪ノ丈は唇を噛んだ。
風が吹き、着物の裾がはためいた。
刀の柄を握る手が震えていた。
「……あんた、何がしたい」
氷雨は少しだけ首を傾げた。
「君がどうするかを、見たいだけだよ。滅びに飲まれるか、未来を斬るか。私の予知ではね――この滝の上で、君の運命が分かれる」
その言葉に、雪ノ丈は息を呑んだ。
滝の音がいっそう激しくなる。
崖の下では、泡立つ水が光を反射していた。
「……僕が斬るのは、未来なんかじゃない。あんただ」
氷雨は静かに笑った。
「いいね。そうでなくちゃ、雪ノ丈君」
空に雲が流れ、陽が沈み始める。
滝の白い光が、夕闇の中でゆらめいた。
――この場所での決断が、全ての結末を変えることになる。




