第十話 ――白き灯 ― 生きている証 ――
やがて足を家路へと向ける。
村の灯はほとんど消え、闇の中に家の影が浮かんでいた。
戸口を開けると、灯明の明かりが洩れた。
「兄さま!」
夏絵が駆け寄ってきた。
雪ノ丈は一歩、後ずさった。
着物の袖には、赤黒い血がまだ乾いていなかった。
「来るな、夏絵…」
しかし、夏絵は止まらなかった。
そのまま雪ノ丈の胸に飛び込み、細い腕で抱きしめた。
「私は、兄さまが生きていてくれたら……それだけでいいの」
震える声だった。
雪ノ丈は何も言えなかった。
返り血のついた腕で、夏絵を抱きしめた。
その温もりが、どれほど遠くに感じていたものだったかを知った。
「……ああ、そうだな」
小さく呟くと、夏絵の髪に顔を埋めた。
血の匂いと灯の温かさが混じり合い、奇妙に現実を感じさせた。
生きている――
それだけが、今の雪ノ丈に残された確かなことだった。
――
数日後。
雪ノ丈は村外れの丘に立っていた。
手には、白い椿の花が一輪。
風に草が揺れ、前には古い墓標が並んでいた。
その一つに、「市原草太郎之墓」と刻まれている。
雪ノ丈は静かに膝をつき、花を供えた。
「……遅くなったな」
しばらくの沈黙。
鳥の声が遠くで響く。
「お前の弟子たちは、まだ弱い。……だが、悪くない剣をしていた」
小さく笑みを浮かべ、墓に手を合わせた。
そして、風が吹いた。
雪が降り始めたわけでもないのに、空気はやけに冷たかった。
雪ノ丈は立ち上がり、背を向ける。
その足跡を、草太郎の墓が静かに見送っていた。




