表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/21

第7話 否定する者

 それは、前触れもなく訪れた。

 空が、歪んだ。

 比喩ではない。雲が裂けるとか、光が落ちるとか、そういう分かりやすい現象ではなく、「空という概念」が、書き換えられる感覚。


 千聖(ちせ)は、思わず(けい)の腕を掴んだ。


「来た……」

 声が、震える。


観測者(クロノス)?」

 圭の問いに、コクっと頷く。


「ええ。“未来が収束しない原因”...言い換えれば、”未来を固定でき(犬馬場)ない要因()”を排除しにね」


 世界が、静まり返った。

 音が消える。風が止まる。色が褪せる。時間が――止まっている。

 けれど。


「……動けるな」


 圭が、低く呟いた。


「ええ」

 千聖も、確かに感じていた。

 時間の停止。空間の固定。因果の遮断。

 神の力で行使できる、あらゆる「支配」が張り巡らされているのに。


「圭、あなたは……」

「分かってる」


 圭は、千聖の前に一歩出た。


「まただ」


 空間の中央に、それはいた。

 輪郭は曖昧で、視線を合わせようとすると像が揺らぐ。存在しているはずなのに、“存在していると認識すること自体がエラーになる”。

 ――観測者(クロノス)


 未来を固定し、分岐を嫌い、例外を排除する存在。


『理解不能』


 声が、直接思考に流れ込んできた。


常野(ときの)千聖』


 名を呼ばれるだけで、神経が軋む。冷や汗が出る。鳥肌が立つ。


『お前は選択を拒否した』

「拒否したわ」


 千聖は、一歩も退かずに答えた。


「世界か、人か。そんな、くだらない二択を」

『矛盾』

『両立は不可能』

「不可能かどうかを決めるのは、あなたじゃない」

「私でもない」


 千聖が、視線を後ろに向ける。


犬馬場(いぬばば)圭』


 圭の体が、僅かに強張った。


観測不能(アンノウン)

『存在が、未来の外側にある』

「……それが、何だ」


 圭は、歯を食いしばりながら言った。


『排除対象』


 次の瞬間。

 圧倒的な“力”が、圭に向けて放たれた。

 因果そのものを断ち切る、 存在消去に近い干渉。


「――っ!」


 千聖は反射的に、時間を止めた。

 いや、止めようとした。


(止まらない……!?)


 能力が、弾かれる。

 観測者(クロノス)の干渉は、神の権限を上回っている。


「圭!」


 叫ぶ。

 圭は――立っていた。

 消えていない。

 能力が、触れたはずなのに。


『……』


 観測者(クロノス)が、初めて沈黙した。


「……おかしいだろ」


 圭が、自分の手を見つめる。


「今、確かに”消される”感覚があった」

 ゆっくりと、拳を握る。


「なのに」

 圭は、顔を上げた。


「否定した気がする」


 空気が、震えた。


「“そんな未来は存在しないんだ”って」


 その瞬間。

 圭の足元に、魔法陣が広がる。


 時間停止(ストップ)が、ひび割れた。因果固定が、崩れた。

 千聖は、息を呑んだ。


(これが……)

(圭の力……!?)


『……』


 観測者(クロノス)の輪郭が、僅かに乱れる。


『解析』

『能力名称:否定(ディナイ)


 圭は、一歩前に出る。


「俺は、未来を見れない」

「神でもない」

「ただ――」


 観測者(クロノス)を、真っ直ぐに睨み据える。


「“そうなると決めつけられた未来”を、否定する」


 千聖は、すぐに理解した。

 圭の力は、時間操作でも未来視でもない。

 結果そのものを拒否する力。


 観測者(クロノス)にとって、最も忌避すべき能力。


「圭!」

 千聖は、隣に立つ。

「一緒に!」


 観測者(クロノス)の権限を否定し、時間を巻き戻す。空間を歪める。

 圭の「否定(ディナイ)」が、千聖の能力の”結果”を固定させる。

 未来が、収束しない。

 世界が、計算不能になる。


『……理解不能』

 観測者(クロノス)の声が、初めて揺らいだ。


『神であるならば、犠牲を選べ』

「「選ばない」」


 千聖と圭の声が、重なる。


「どっちも守る」

「どちらも否定する」


 圧力が、弾けた。

 観測者(クロノス)の姿が、後退する。


『撤退』

 その言葉と共に、歪んでいた空間が、少しずつ元に戻り始める。凍りついていた時間が、軋む音を立てて解けていく。


 ――終わる。

 そう思った、その刹那。


 消えかけていた観測者(クロノス)が、ふいに動きを止めた。

 その視線が、今度は、はっきりと、圭を捉える。


 『……犬馬場圭』

 圭の肩が、わずかに揺れた。

「……何だよ」

 声音が、微妙に揺らいでいる。

『解析、完了』『理解不能要素の照合、終了』

 嫌な予感が、背筋を走る。


『結果否定できる理由』


 観測者(クロノス)の輪郭が、静かに明滅していく。


『それは――』

 一拍。世界そのものが、息を止めたような静寂。


『分類不可な生体の為』

 言葉が、落ちた。重く、逃げ場のない事実として。


「……は?」 


 圭が、掠れた声を出す。

 千聖は、言葉を失った。


『神の論理にも一致せず』『観測者(クロノス)の演算にも従わない』

『だが、どちらの影響も受ける』


 観測者(クロノス)の声に、初めて、わずかな揺らぎが混じる。


『その矛盾が』『お前を、未来から逸脱させている』


 圭は、何も言えなかった。拳を握りしめ、ただ、観測者(クロノス)を睨み返している。


『……例外』『……誤算』

 観測者(クロノス)の像が、崩れ始める。


『本来、定義されるはずだった存在』『だが――』

 その声が、微かに低くなる。


『定義できない』

『そして…非常に興味深い』


 次の瞬間。観測者(クロノス)の姿は、完全に霧散した。


『次は……』


 言葉は、最後まで形を結ばず、世界の彼方へと溶けて消えた。

 音が戻る。風が吹く。止まっていた時間が、何事もなかったかのように流れ出す。

 千聖は、その場に座り込んだ。膝が、震えていた。


「……終わった?」

 自分の声が、やけに遠く聞こえる。

「いや」

 圭の声は、意外なほど落ち着いていた。彼は、千聖の前に立ち、手を差し出す。


「始まった」


 その一言に、すべてが込められていた。

 千聖は、その手を取る。

 神と、人。

 少女と、少年。

 未来は、まだ見えない。

 でも。

 もう、誰にも決めさせない。観測者(クロノス)にも。神の論理にも。

 千聖たちが、選び続ける。

こんにちは。椎野陽葵です。「未来が視える女神様ですが、正解は選びません」を手に取っていただき、ありがとうございました!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ