表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/21

第4話 女神が視た、自分の死

 それは、ほんの出来心だった。

 理由があったわけじゃない。何かに追い詰められていたわけでもない。

 ただ...(けい)と別れたあとの帰り道、胸の奥に小さな棘のような違和感が残っていた。

 無視できるほど小さくて、確かに刺さっている、まるでささくれのような感覚。

(……少しだけ)


 確かめずには、いられなかった。


(視るだけ。ほんの、少し) 


 未来視は、癖のようなものだ。危険を避けるため、失敗しないため、後悔しないため。

 千聖(ちせ)は、いつもと同じ手順で意識を沈める。世界の時間をほどき、可能性を枝分かれさせる。


 一秒後。三分後。一時間後。

 ――異常なし。

(……やっぱり、気のせいか)

 安堵しかけた、その瞬間だった。

 未来の流れが、歪んだ。

(……なに?)


 無数に分かれていたはずの可能性が、急激に異様な速さで、一本に収束していく。

 確率が、固定されていく。逃げ場を失うように。

(……やめて)


 慌てて意識を引き戻そうとする。だが、未来視は解除されない。

 違う。


(視ているんじゃない)

(見せられてるんだ)


 そう直感した瞬間、視界が反転した。

 夜。湿った空気。見覚えのある場所。

 私立慶能高校の、中庭。


(……どうして、ここ)

 未来の千聖が、そこに立っていた。いや、立ってはいない。

 倒れている。

 前方には、いくつもの黒い影。輪郭が曖昧で、存在感が薄い、何か。


(……観測者(クロノス)


 理由はない。でも、確信した。

 そして――

 千聖が、血を流して倒れていた。

(……え)


 思考が止まる。

 冷たい床。広がる銀色の髪。開いたまま動かない、紅い瞳。


(……死んでる)


 理解が、追いつかなかった。

 神の一族は、簡単には死なない。時間を巻き戻せる。危険は、事前に回避できる。

 それなのに。


(どうして……)

 未来は、さらに進む。

 中庭には千聖と、観測者(クロノス)ともう一人。


 犬馬場(いぬばば)圭。


 彼は、膝をついていた。 千聖の身体を抱きかかえるようにして、震えている。

 声は聞こえない。 それでも、分かる。


(……泣いてる)


 胸が、強く締めつけられた。

 次の瞬間、 未来視が強制的に遮断された。


「――っ!」

 気づけば、千聖はその場に膝をついて、俯いていた。心臓が、壊れたみたいに鳴っている。

 冷や汗が止まらない。


(……今のは)

 幻覚じゃない。錯覚でもない。

 ――あれはきっと、確定した未来の一つ。


(私が……死ぬ?)


 それも、圭の目の前で。

 しばらく、立ち上がれなかった。


 未来視で、他人の死を視たことは何度もある。事故、病気、事件。

 救えたことも、救えなかったこともある。

 でも――


(自分の死を視たのは……初めて)


 それが、これほど恐ろしいものだとは、知らなかった。

 家に帰っても、心は落ち着かなかった。 食事の味がしない。 会話が、頭に入らない。

 勉強にも、身が入らない。自室に戻り、ベッドに腰を下ろす。


(……圭)

 未来の中の、彼の顔が浮かぶ。 泣いていた。 必死に、私を呼んでいた。


(あんな顔……見せたくない)


 神としての使命よりも。

 一族の掟よりも。

 恐怖よりも。

 その感情が、胸を占めていく。


(私は……死ぬの?)


 未来視は、絶対じゃない。 未来は、選択で変わる。

 それが、これまでの常識だった。

 でも。


(あの未来は……違う)

 確率は、異常な速さで固定されていた。 まるで、誰かの意志で。


観測者(クロノス)……)


 彼らは言っていた。 未来を安定させたい。 誤差を排除したい、と。


(なら……)

(私の死は、安定に必要?)


 思考が、静かに冷えていく。


 

 翌日。千聖は、圭と距離を取った。

 話しかけられても、短く答える。視線が合えば、すぐ逸らす。


(巻き込みたくない)

 未来で見た、彼の涙が離れなかった。

 昼休み。圭が、強引に呼び止めた。


「……千聖」

「何?」


 声が、思ったより冷たい。


「なんか……避けてない?」


 言葉に、詰まる。

「……き、気のせいよ」


 嘘である。


「俺、何かした?」

 圭のその真剣な目に、胸が痛む。


(言えない)

(言ったら……)


 きっと彼は、止めようとする。私の死を避けるために、自分を犠牲にするかもしれない。


(そんなの……)

 その先は、出てこなかった。


 

 放課後。 千聖は祖父、常野恒一(こういち)を訪ねた。

 屋敷の静寂が、重い。


「……お祖父(じい)様」

「顔色が悪いな」


 千聖は、正直に告げた。

「未来視で……自分の死を視ました」


 空気が、凍りつく。

 恒一は、ゆっくりと目を閉じた。


「……やはり、始まったか」

「知っていたんですか?」

「予兆は、あった」


 低い声。


観測者(クロノス)は、神すら排除する。未来を固定するためならな」

「……私の死は、必要ですか」


 震える問い。


「必要かどうかではない」

「?」

「選ばされている」


 背筋が冷えた。


「千聖」

 恒一は、真っ直ぐに言う。

「お前は、分岐点にいる」

「一つは?」

「死を受け入れ、世界を安定させる未来」


 胸が、痛んだ。


「……もう一つは」

「神であることを、捨てる未来だ」


 息を呑む。


「……圭は?」

 沈黙が、答えだった。


「彼は、未来の外側に残る」

 屋敷を出たあと、夕焼けの中で立ち尽くす。


(神を、やめる)


 それは、千聖が千聖である理由を失うこと。

 未来を視る力。時間を操る力。神としての役割。

(でも……)


 圭の泣き顔が浮かぶ。


(守りたい)


 初めてだった。未来でも、運命でもなく、

 個人を、選びたいと思ったのは。



 その夜は、なかなか眠れなかった。


(死ぬか、神をやめるか)

 ……違う。

(どうして、その二つしかない?)


 誰が決めたのだろう。

 その前提そのものが、誰かの都合で作られた「正解」なのではないか。


 千聖は、起き上がる。

 未来視を.....使わない。

 視えないまま、考える。

(犠牲は必要だと教えられた)

 だとしても。


「……嫌だ」


 声に出す。

(どちらも、選ばない)


「常野千聖は、傲慢なんだ」


 分かっている。

 神の論理に反していることも。

 世界にとって危険な選択だということも。


 ...それでも。

(全部、守りたい)

 世界も、圭も。そして――千聖自身も。


「死なない」

「神も、やめない」

「圭を、未来の外側に追いやらせない」

「私の、圭の、世界の、未来を守る」


 それは、計算できない選択。

(これは、神の選択じゃない)


「今の私は、神じゃない。ただの、一人の女の子」


 その夜、千聖は未来視を使わなかった。視えない明日を、初めて受け入れられた。

 未来を視て、正解を選ぶ女神が、初めて自分の死を恐れ、それでも誰かのために、すべてを守ると決めた夜だった。

こんにちは。椎野陽葵です。「未来が視える女神様ですが、正解は選びません」を手に取っていただき、ありがとうございました!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ