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第16話 空間の主役

 世界は、もはや中庭ではなかった。

 空間は引き伸ばされ、上下も、奥行きも、意味を失っている。


 それでも――


 三人は、確かに立っていた。

 千聖(ちせ)(けい)海音(うみね)


 その正面で、観測者(クロノス)は完全な姿を取っていた。

 人型ですらない。無数の未来線が絡まり合い、選ばれなかった可能性と、成立した結果だけで構成された存在。

 過程は、ない。感情も、ない。


『……再観測完了』

『……排除、最適解』


 無機質な声。

 だがそこには、これまでとは明確に異なる“圧”があった。


「……本気だね」


 海音が軽く肩を回す。

 舞台袖に立つ役者のように、呼吸は落ち着いている。


「ここまで来たら、千聖ちゃん」

「大舞台だよ」


 千聖は、ゆっくりと息を整えた。


(未来視は……使えない)

(いいえ)


(使わない)


 それは、恐れではない。選択だった。


『――開始』


 観測者(クロノス)の宣告と同時に、空間そのものが牙を剥く。

 上下左右、あらゆる方向から“歪み”が生成され、三人を圧殺しようと迫る。


「千聖ちゃん!」


 海音の声が飛ぶ。


「止めるだけじゃ、足りないよ!」


 千聖は歯を食いしばる。

(分かってる……!)


 ――時間停止(ストップ)


 世界が、凍りつく。

 音が消え、光が固定され、因果が一瞬、息を止める。


 だが――

 歪みは、完全には止まらなかった。

 時間ではない。空間そのものが動いている。


『……抵抗、無意味』


 観測者(クロノス)の声が、凍結した世界に染み込む。

 その瞬間、圭が一歩、前に出た。


「……うるさい」


 感情は、ない。だが、迷いもない。


「俺は守る」


「俺も、千聖も、この世界も、俺が全部守る」


 歪みに向かって、右手を振りかざす。

 そして一言。


「否定する」


 次の瞬間。

 歪みは、消えた。

 破壊されたのではない。押し返されたのでもない。

 最初から存在しなかったかのように。

 圭の視界が、白く染まる。


(……あ)


 胸の奥で、何かが、完全に噛み合った。


(俺は)

(未来を壊してるんじゃない)

(未来が成立する前提そのものを、拒否してる)


 否定(ディナイ)は、攻撃ではない。世界に突きつける、拒絶の定義。


『……異常』

『……権限、超過』


 観測者(クロノス)の声が、初めて乱れる。

 だが、演算は止まらない。

 膨大な未来線が再構築され、歪みが、再び押し寄せる。


「ねえ!」


 海音が、はっきりと声を張った。

「千聖ちゃん!」


「“止める”って発想、もう古いよ!」


 千聖は、はっとする。


「舞台でも、スポーツでも!」


 海音は、笑っている。


「時間を止めたらさ、観客は感動しないよ」

「流れを――」


 一拍。


「握るの」


 その言葉が、千聖の中で、何かを音を立てて崩した。


(止める、じゃない)

(握る……?)


 千聖は、静かに目を閉じる。


 未来視ではない。時間停止でもない。

 世界全体を、一つの構造として感じ取る。

 時間。

 空間。

 距離。

 速度。

 それらが、初めて同じ“概念”として繋がる。


「……分かった」


 千聖が、目を開く。


「私は――」

「この場を、私のものにする」


 瞬間。

 世界が、彼女を中心に書き換わった。

 時間は、流れる。だがそれは、千聖の意思に従っている。

 空間は、歪む。だがそれは、彼女の許可を待つ。


 ――空間支配(ゼウス・エピクラト)


 時間停止の上位。神の力を凌駕した姿。


『……権限、逸脱』


 観測者(クロノス)が、初めて後退する。

 千聖は、一歩踏み出した。


「ここでは」

「あなたの未来は、成立しない…」

「――いや、」


 圭が、隣に並ぶ。


『成立させない』


 二人の言葉が、重なった。

 海音は、少し後ろで手を叩く。


「はい、クライマックス!」

「主役二人、完璧だよ!」


 無自覚な煽り。

 だがその言葉こそが、三人の役割を、未来を、確定させた。

 観測者(クロノス)は、演算を重ねる。


 だが。


 結果は、出ない。

 否定され、支配され、流れを奪われる。


『理解不能』


 崩れかけた輪郭。無数の未来線がほどけ、絡まり、消えかけている。


『……解析、不能』


 初めて、観測者(クロノス)の声に“消耗”が混じった。

 圭は、前に出る。

 否定(ディナイ)は、まだ使える。でも、これ以上は必要ないと直感していた。


「……終わりだな」


 観測者(クロノス)は、答えない。

 その代わり、空間の奥で“何か”が確かに切り離される感覚が走った。

 千聖は、即座に理解する。


(……情報を、切った)

(情報を仲間へ送る経路を、自ら遮断した)


 それは、敗北ではない。撤退でもない。

 個体(コア)としての“役割終了”。


『……』


 観測者(クロノス)の像が、さらに薄くなる。

 海音が、ぽつりと言った。


「……舞台終わりのカーテンコール前だ」

「一番、嫌な間」


 千聖は、空間支配(ゼウス・エピクラト)を維持したまま、問いかける。


「……なぜ」

「まだ戦えるのに、終わらせるの?」


 観測者(クロノス)は、しばらく沈黙した。

 やがて。


『……目的、未達』

『……だが』

『……これ以上の介入は、意味を失う』


 圭が眉をひそめる。


「意味を、失う?」


否定(ディナイ)

空間支配(ゼウス・エピクラト)

舞台共鳴(レゾナンス・ステージ)

三点同(トライコンバ)時成立(ージェンス)


 言葉が、淡々と並べられる。


『……観測不能(アンノウン)


 千聖は、静かに息を吐いた。


(……やっぱり)

(私たちは、未来の外)


 観測者(クロノス)は、未来を否定されたのではない。

 未来を作る”権利”を、千聖に、奪われたのだ。


 観測者(クロノス)の輪郭が、崩壊を始める。

 その最中。

 観測者(クロノス)は、初めて“個人”のような言葉を残した。


『常野千聖』


 名を呼ばれ、千聖の背筋が、わずかに伸びる。


『お前は』

『未来を守る神ではない』


 一瞬、胸がざわついた。


『未来を』

『正解を』

『可能性を壊すことすら、(いと)わない存在だ』


 それは、非難ではなく、ただそこにある事実だった。

 次に、観測者(クロノス)の意識が圭へ向く。


『犬馬場圭』


『否定は』

『刃ではない』

『世界の前提を、折る力だ』


『そして』

『世界を救う力だ』


 圭は、黙って聞いていた。

 否定する必要は、感じなかった。

 そして、最後に。


『潮谷田海音』


 海音は、少し驚いた顔をする。


「……私?」


『お前は』

『観測の外側で』

『流れを変える』

『最も、厄介な存在だ』


 海音は、苦笑した。


「それ、褒めてる?」


 観測者(クロノス)は、答えない。

 沈黙が続く。

 そして。

 観測者(クロノス)の像は、音もなく、霧のように消えた。



 世界が、戻る。

 風が吹き、音が戻り、時間が、一つになる。

 千聖は、その場に座り込んだ。


「……終わった?」

「うん」


 海音が、肩をすくめる。


「少なくとも、この幕はね」


 圭が、手を差し出す。


「千聖」


 その手を、千聖は取った。

 胸の奥が、また説明できない感情で満たされる。


(……分からない)

(でも)


 未来は、もう視ない。


 それでも。

 もう、誰にも決めさせない。

 舞台の上に立つのは――千聖たちだ。

こんにちは。椎野陽葵です。「未来が視える女神様ですが、正解は選びません」を手に取っていただき、ありがとうございました!

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