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第13話 演者と観客

 観測者(クロノス)は、まだ“動いていない”。

 だが世界は、確実に向こう側(クロノス)の都合で組み替えられ始めていた。


 光の角度が変わる。空間の奥行きが不自然に圧縮される。

 中庭が、まるで「舞台装置」に変えられていく。


「……ああ」

 海音(うみね)が、ぽつりと声を漏らした。


「これ、完全に“本番前”の空気だ」

 千聖(ちせ)が横目で見る。


「分かるの?」

「分かるよ」


 海音は、深く息を吸った。


「照明が入る前の舞台」

「観客が息を潜めて、評価を下す直前」


「……好きじゃないんだよね」

「こういう、“観る側が絶対に正しい”って顔」

「……評価、って」

「点数つけられる感じ」


 海音は、うなずく。


 瞬間。

 空間が()()()。それと同時に、音が遠のき、視界が色褪せる。


『......排除』


 観測者(クロノス)の御登場である。


「今、いいところだったのに」

 海音は不服そうにぷう、と頬を膨らませる。

 ...観測者(クロノス)が目の前にいるというのに、マイペースすぎないだろうか。


 (けい)は、状況が飲み込めないながらも、空気の異変だけは感じ取っていた。

 海音が一歩、前に出る。

 その動きは、舞台経験者特有の“無駄のなさ”を帯びていた。


「あのね、私、芸能とスポーツの神なの」

「それと同時に、評価される世界に立つ人間」


「だから分かる」


観測者(クロノス)が、常に正しいわけじゃない)

 観測者(クロノス)の輪郭が、わずかに揺れた。

『……』

 反応。

 千聖は気づく。


(海音……)

 彼女は、未来を視ていない。因果も、分岐も知らない。

 それでも。

 観測者(クロノス)の“視線”そのものを、撹乱している。


「ねえ、(けい)くん」

「走る時ってさ」

「ゴールだけ見てると、逆に転ばない?」


「……あるな」

 圭は、思わず答える。

「視野が狭くなる」

「でしょ」


 海音は、ぱちん、と指を鳴らした。

「今、こいつ」

 観測者(クロノス)を指す。


「ゴールしか見てないよ」


「“排除”っていう結果だけを見てる」

 千聖の胸に、理解が落ちる。


(……そうか)

 未来を見る存在ほど、「過程」を軽視する。


 海音は、過程の神だ。

 努力、積み重ね、偶然、感情。舞台もスポーツも、結果だけでは成立しない。

 「練習」という過程があるからこそ、「結果」が生まれる。


『……不整合』

 観測者(クロノス)の思念が、はっきりと苛立ちを帯び始める。

『……排除』


 判断。

 次の瞬間。

 空間が、裂けた。

 地面から歪みが走り、一直線に海音へ向かう。


「……っ」

 同時に、別の歪みが圭を狙う。

 千聖の思考が、一瞬で凍りつく。

(二択)

(また……)


 神の理屈は、冷たい。

 一人しか守れない。


 未来視を使えば、“被害の少ない方”を選べる。

 だが。

 その刹那、海音が踏み込んだ。


 歪みに向かってではない。舞台の中央(センター)へ。

 足運びは正確。重心は低く、安定している。

 それは、ダンスでも、スポーツでもない、“本番でしか出ない動き(アドリブ)”だった。

「……ここ」

 海音は、床を軽く踏む。


「立ち位置、ズレてるよ」


 信じられないことに、歪みの軌道が、わずかに狂った。

(空間把握……!?)


 千聖は息を呑む。

 海音は、世界を一つのステージとして認識している。


『......誤算』

 観測者(クロノス)の声と同時に、新たな歪みが再度海音を襲う。


「ーーっ!」

 ギリギリ避けられたが、バランスを崩してしまった。


「海音!」

 手を伸ばす。しかし、届かない。

 圭が、歯を食いしばる。


「……ふざけるな」


 その感情に反応するように、彼の内側で“否定(ディナイ)”が軋む。

 だが...まだ足りない。

「……っ!」

 瞬間、千聖は決意した。

 通用するかどうかわからない、ジョーカーを使うことを。

 

 ”局所的に時間を止める”。


 そうすれば、圭の否定(ディナイ)が、届くかもしれない。

 でも。

(未来を視ないって決めたのは私なのに。時間を止めるのは未来じゃないからセーフ?)

 ーー私って、小賢しい。

 そう、思ってしまう。だが、そんなことで止まっている場合ではない。


時間停止(ストップ)

 

 ()()()()()()()スキルを発動し、時間を止める。

 完全静止。

 でも、ただ時間を止めたようには思えなかった。

 むしろ、空間を支配しているような。

 今まで観測者(クロノス)のお手玉だった時空の歪みが、こちらに身を委ねているような。

 そんな、感覚だった。

 しかし、それを千聖が操れるわけではない。


「圭!」

 力いっぱいに叫ぶ。

 圭が振り向く。

「この歪み、否定できる!」

 圭はすかさず飛び込みんだ。


否定(ディナイ)!」


 すると、歪みにパキ、とヒビが入り、砕け散った。

 千聖と圭は目を合わせた。

((いける...!))

 次は海音の周辺の歪みに狙いを定める。

時間停止(ストップ)!」

否定(ディナイ)!」

 歪みが、崩れる。

 しかし、すぐに歪みが生まれ、圭を襲う。

 間に合わない。

「うっ...」

「「くん!」」

 一瞬の油断が、命取りだった。

「きゃぁぁっ」

 海音も歪みに殴られ、倒れる。


『......選択』


 観測者(クロノス)の声と同時に、圭と海音の上に、槍のように鋭く尖った歪みが生まれる。

「っ......!」


『......選択』


 観測者(クロノス)の声は、冷たかった。

 けれど、なぜ選ばせるのだろうか。

 今ここで二人とも潰したほうが、......合理的だろうに。


『......選択』


 もう、限界だった。心が。体が。

 それでも。

 二人を守りたいと思う気持ちは変わらなかった。

 

「……常野千聖は、傲慢なんだ」


「選べと言われて」

「従うほど、出来てない」

 両手を伸ばす。

 圭へ。海音へ。

「私は」

「どっちも守る」


 その瞬間。

「......否定(ディナイ)

 圭の声が、重なった。

 完全な拒絶。

 観測者(クロノス)の輪郭が、明確に崩れた。

 微かに何かが壊れる音がした。

『……理解不能』

『……過程、過剰』

 海音は、床に膝をついたまま、肩で息をしながらにかっと笑った。

「ほらね...」

「観客...混乱してる」


 千聖は、その横顔を見て思う。


(この子……)

(戦ってる自覚、ない)


 ただ、自分の“立ち方”を貫いただけ。

 それが、観測者(クロノス)にとって最も厄介な抵抗。


 観測者(クロノス)は、後退する。

『……再観測』


 世界が、元に戻る。

 音が、風が、時間が繋がる。


 千聖は膝をついた。

 圭が駆け寄る。


「千聖!」


 その声で、胸の奥が、また熱くなる。

(……何、これ)


 海音が二人を見て、小さく息を吐いた。

「……ね」


「これ、次はもっと大きい舞台だよ」


 誰に言うでもなく。

 だがそれは、確かな予感だった。


 観測者(クロノス)は、次は本気で“演目”を用意してくる。

 観測者(クロノス)からの静かな宣戦布告だった。

こんにちは。椎野陽葵です。「未来が視える女神様ですが、正解は選びません」を手に取っていただき、ありがとうございました!

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