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【オーバーラップWEB小説大賞受賞】魔物領のはしっこで、飯屋はじめます  作者: もちのき


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30/32

森の長と、とろける卵料理

 村から戻るころには、空はすっかり夕方の色に変わっていた。


 森の端のテントへたどり着いたユウは、肩を回しながら深く息を吐く。いつもなら、鍋や油や調味料の重さで腕がじんわり痺れるところだ。けれど今日は、その疲れがずいぶん軽かった。


「……すごいな、これ」


 そう呟いて、ユウは肩から下げたマジックバッグをそっと下ろした。


 見た目は地味な革のバッグだ。けれど、中に入っている量を思えば、どう考えても見た目と重さが釣り合わない。村でもらった森鳥の卵、角豚の端肉、香草の束、残ったチーズ、調味料の瓶、ついでに小鍋までまとめて運んできたのに、身体への負担は今までとは比べものにならなかった


「持ち運びが楽って、こんなに違うんだな……」


 バッグの口を軽く撫でながら、昼間のやり取りを思い出す。


 ーーこのバックには珍しかったり使い道のない食材を入れたの。か、勘違いしないでよね、あくまで領地の発展のためなんだから。


 あのときのミリーの、やけに意地っ張りな顔が脳裏に浮かぶ。


 ユウは苦笑した。


「素直じゃないよなあ、あの人」


「きゅぅ?」


 足もとでシロが首を傾げる。


「いや、なんでもない」


 とはいえ、ありがたいのは本当だった。

 このバッグがあれば、今まで諦めるしかなかったものも、かなりどうにかなりそうだ。


 ユウはさっそくバッグの中へ手を入れ、取り出したい中身を思い出しながら、ひとつずつ取り出していった。


 丸い森鳥の卵。少し塩気の強い保存チーズ。角豚の端肉。それから元々カバンに入ってた香草の束。


 香草のスーッとした清涼感とさわやかな香りが口いっぱいに広がる。


「ローズマリーに似てるな……。よし」


 ユウは袖をまくった。


「さっきは揚げ物食べたし、もう少し腹に優しいもの作るか」


「わふっ」


 シロの尻尾がぱたりと揺れる。


 異世界にきて、なぜだか分からないが若返ったとはいえ、揚げ物続きだとさすがに胃がもたれる。森へ戻ってきた今は、もう少し軽いものが食べたい。


 卵、角豚の端肉、ローズマリー、チーズ。


 そこまで並べて、ユウの中で形が決まる。


「オムレツだな」


「くる?」


「卵をふわっとろに包む料理だ」


 シロには当然通じていない。

 だが、美味しいものと確信してるのか耳がぴんと立った。


 まずは具からだ。


 フライパンを火にかけ、細かく刻んだ角豚の端肉を落とす。

 じゅっ、と小さく音がして、すぐに脂がじわりとにじみ出た。


 その匂いが立った瞬間、シロの鼻先がぴくぴく動く。


「まだだぞ」


「きゅぅ……」


 そわそわと尻尾を振る姿がなんとも可愛らしい。


 端肉は小さいぶん火が通るのが早いため、表面がこんがりしてきたところへ、刻んだ香草を加える。


 途端に、青くてさわやかな香りがぶわっと立った。


「お、いいな」


 肉の脂っぽさに、草の青い匂いが重なって、ぐっと食欲を引っ張ってくる。そこへさらに、塩を少しとチーズを加える。


 まだ火の上なのに、熱で少しやわらいだチーズが端肉にまとわりつき、香草のあいだから濃厚な香りがのぞく。


「これだけで、パンに乗せて食いたいな……」


 独り言が漏れる。


 ずっと村で体を動かしていたせいか、ぎゅるるるっと腹がなり、ユウは初めて自分がとてもお腹が空いてたことに気づいた。


 木箱の上から、ひょこ、と小さな顔がのぞく。


「いいにおい!」


 ミツだ。


「お前、いたのか」


「いた!」


 相変わらず元気いっぱいに短い手を上にあげ、パタパタさせている。


 蜜リス型の小さな魔物は、しっぽをぶわっと膨らませながら、ユウの肩にジャンプすると鍋を覗き込んだ。


「なにこれ」


「角豚とローズマリーとチーズ」


「よくわかんないけど、うまいやつ!」


「そうだな」


 具をいったん皿へ取り出し、次は卵だ。


 森鳥の卵を数個、深皿へ割り入れる。黄身はやや濃い色で、つやがある。箸で切ると、とろりと重なって流れた。


 そこへ塩をひとつまみ。

 ふわっと仕上がるように混ぜる。


 箸を動かすたび、トットットッと気持ちいい音が響く。


「オムレツは、空気を入れるとすごくふわふわになるんだよ。本当は泡立て器とかハンドミキサーが欲しいところだけど」


「くぅん?」


「ふわっとさせたいんだ」


「ふわ……」


 言葉を真似したつもりなのか、ミツが前足を胸の前でふよっと動かす。

 シロはそんなミツをじっと見て、またちょっと不満そうにユウの足へ寄ってきた。


「お前ら、喧嘩するなよ」


「してない!」


「わふぅ」


 いつもしている側の言い分は信用ならない。


 フライパンをさっと拭き、少量の油を引く。

 熱が回ったところへ卵液を流し込むと、じゅわっとやわらかい音が立った。


 黄色い液体が丸く広がり、端からゆっくり固まり始める。


 ユウは箸で外側を少し寄せ、半熟の部分を中央へ流し込む。火加減を見ながら、何度も繰り返す。途中で角豚とチーズの塊を中央へ流し込んだ。


 卵は火を入れすぎるとすぐ固くなる。

 だからといって焦りすぎると形にならない。


「このへんだな……」


 中央が少しチーズも溶けてとろけだした頃、その上から卵をふわりとたたむ。


 つやのある黄金色の表面が、包み込んだ具材でぷっくりと膨らんだ。


「おお……」


 自分で作っておいてなんだが、ちょっとテンションが上がる。


 皿の上へ滑らせるように移すと、ふんわりとした楕円がきれいに収まった。表面はなめらかで、ところどころにほかほかとした熱の名残が光っている。


 包丁を入れる。


 すると中から、端肉と香草をまとったチーズがとろりと顔を出した。湯気と一緒に立ちのぼる香りがまた強い。


「……ワインが欲しい」


「わいん?」


 ミツが意味も分からず真似する。


「わふっ」


 シロが尻尾をぱたぱたさせる。


 そのときだった。


『また妙な匂いをさせているな』


 森の奥から、よく通る低い声が転がってきた。


 ユウが振り返ると、木々のあいだから白い巨体が現れる。


「グラードさん。来ると思ってました」


『ほう』


 グラードはゆっくり近づきながら、皿の上を見た。


『今度はずいぶん地味な見た目だな』


「地味かもしれませんが、すごく美味しいですよ」


『揚げた肉の山でもなく、どろりとした甘味でもない。柔らかそうな卵の塊だ』


「食べた瞬間口がとろけちゃうくらい美味しいですから」


 ユウは笑って、オムレツを少し切り分けた。


 シロとミツの分を先に小皿へよそう。

 シロは待ちきれない様子で足踏みし、ミツは木箱の上で身を乗り出している。


「熱いから待て」


「きゅぅぅ」


「まてない!」


「待て」


 ぴしゃりと言ってから、グラードのほうを見る。


「長のぶんもあります」


『当然だろう』


 口調はいつも通りだが、鼻先はしっかり皿の方を向いていた。


 ユウは少し大きめに切ったオムレツを、グラードの前の木皿に置く。


 グラードは一瞬だけそれを見下ろし、それから静かに口をつけた。


 表情は変わらない。


 だが、すぐに二口目を口に放り込む。


「どうです?」


 グラードはしばらく噛んでから、ゆっくり飲み込む。


『……地味な見た目の割に中々奥深い』


「それはよかった」


『卵はやわらかく、中に肉の旨味がちゃんとある。香草の匂いがさわやかで、妙な料理だ』


「褒めてます?」


『褒めている』


 短く言い切ってから、グラードはもう一口食べた。


『それに、柔らかいからたべやすいな』


「今日はその方向で作ってますからね」


『だが、腹は満たされる』


「そうなんですよ」


 ユウも自分の分を口へ運ぶ。


 外側の卵はふわっとしていて、中は半熟に近いやわらかさがある。そこへ角豚の旨味、香草のさわやかさ、チーズの塩気とこくが重なる。


 揚げ物みたいな派手さはない。


 けれど、しっかりと味がついていてうまい。


「……うまいなあ」


 思わず漏れる。


「村でも出せるけど、これは森で食べるほうが美味しい気がする」


『なぜだ』


「なんとなくですけど」


 ユウは肩をすくめた。


「こういった自然豊かなところで、ゆっくり食べるの憧れてたんですよね。前は忙しくてキャンプや遠出すら出来なかったから」


 グラードはしばらく黙っていた。


 皿の上のオムレツを見て、それから焚き火の向こうを見た。


『……森の者どもも、最近はお前の料理を待つようになってきた』


「それはうれしいですね」


『以前なら、腹が減ればそのへんのものを噛みちぎって終わりだった』


 グラードの声音は静かだった。


『うまい、だの、また食いたい、だの、そういうことを言うやつはほとんどおらんかった』


 ミツがそこで元気よく前足を上げる。


「ミツは食べたい!」


『お前は相変わらず元気だな』


 むふっ!とミツが威張るように両手を腰にあてる。


 ユウは笑いをこらえながら、グラードのほうを見た。


「グラードさんも、前より食べるのが楽しみになったんじゃないですか?」


『……そうか?』


「そうですよ」


 グラードは少しだけ目を細めた。


 否定しきれない顔だ。


『腹を満たすだけなら、もっと早くて雑なやり方はいくらでもある』


「はい」


 そこで言葉を切る。


 大きな獣の横顔が、火の明かりを受けてやわらかく見えた。


『ユウの飯は食ったあと、しばらくその場に留まりたくなる』


 ユウは一瞬だけ黙った。


「……それだけリラックスしてもらえるのは嬉しいです」


『そうか』


 グラードは鼻を鳴らした。


 シロは自分の小皿をきれいになめ終えて、満足そうにユウの足へ寄りかかる。ミツは頬をふくらませながら、まだ少し名残惜しそうに皿をつついていた。


「もうないぞ」


「もっとたべたい」


「んー、じゃあもうちょい作るか」


「ほんと!?はやく!」


「はいはい」


 そう言いながら、ユウはちらりとマジックバッグを見た。


 ミリーから預かったばかりのそれは、調理台の端にひっそり置いてある。


 今日こうして卵も端肉もチーズも香草も、まとめて運んでこれたのは、あれのおかげだ。


 ミリーの複雑そうな顔も一緒に思い出して、また少しだけ苦笑が漏れる。


『どうした』


「いや」


 ユウは首を振った。


「次は何作ろうかなって考えてただけです」


『もう次か』


「料理人なんで」


 グラードは呆れたように見えたが、口元はほんの少しだけ緩んでいた。


『飽きぬな、お前は』


「飽きませんね」


 ユウは答えて、最後の一口を食べた。


 森の夜は相変わらず冷たい。

 けれど、テントのまわりだけは少しあたたかい。


 卵のやさしい余韻と、肉とチーズのこく。

 食べ終えたあとも、身体の真ん中に小さな火が残っているみたいだった。


 その火を囲むように、シロがいて、ミツがいて、グラードがいる。


 こんな光景を前の自分が見たら、たぶん信じないだろう。


「……悪くないな」


 ぽつりと呟くと、シロが「わふ」と短く鳴いた。


 たぶん賛成のつもりなのだろう。


 ユウは笑って、その頭をひとつ撫でた。

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