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【オーバーラップWEB小説大賞受賞】魔物領のはしっこで、飯屋はじめます  作者: もちのき


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てりやきサンドイッチをみんなで

オーバーラップWEB小説大賞を受賞しました。読んでくださる読者の皆様のおかげです。これからも、優しくこの物語を見守ってくださると幸いです。

https://over-lap.co.jp/narou/narou-award11/

 朝の空気はまだ冷たく、森の端には薄い靄が残っていた。


 かまどの前にしゃがみ込み、火の魔法石をひとつ転がした。ほんのり温かな空気が漂い、ほっと息を吐く。


「よし」


 その声に反応して、テントの入口から白い毛玉が顔を出す。


「くぅん?」


「おはよう、シロ。今日は朝飯の前に、仕込みだな」


 シロは眠そうに目をしばたたかせたあと、のそりと近づいてきて、ユウの膝に鼻先を押しつけた。ひんやりと湿った鼻先がユウの膝を濡らす。


 ユウが水を汲み、鍋に水を張ろうとした、そのときだった。


 森の奥から、重い気配が近づいてくる。


 枝を踏む音。土を踏みしめる低い響き。隠れる気のない、堂々とした足取り。


「……グラードさんか」


 ユウが顔を上げると、木々の間から白い巨体が現れた。


 朝の薄明かりの中でも、グラードの毛並みはよく目立つ。


「人間」


「おはようございます。朝早いですね」


「お前もだろう」


 グラードはそう言って鼻を鳴らし、勢いよく首を振ると、空中から赤いものがどさりとユウの調理台の上に落ちる。


 丸く、つやがあり、深い赤色をした実だった。


 ユウは一瞬、言葉を失った。


 いや、空中から物が出てきたのにも驚いたが、それよりも。


「……トマト?」


 思わず口をついて出た名前に、グラードが片耳を動かす。


「そういう名なのか?」


「いや、その……俺の知ってる食べ物に、すごく似てるんです」


 ひとつ手に取る。


 手のひらに収まる、ほどよい大きさ。表面はつるりとしていて、押すと少しだけ弾力がある。見れば見るほど、前の世界で見慣れていたあの食材にしか見えなかった。


「どこで見つけたんです?」


「森の奥だ。少し前まで、瘴気が濃くて、草木の育ちも悪かった場所に生えていた」


 グラードの声はいつも通り低いが、その中にわずかに考え込むような響きが混じっていた。


「あの辺りに、こういう実がなることは今までなかった」


 ユウは赤い実を見つめた。


「……最近までなかったものが、急に」


「おそらく、お前の飯の影響だろう」


 グラードは、森の奥をちらりと振り返った。


「お前の飯を食った獣どもの腹からも、前ほど棘のような瘴気を感じなくなった。あの実があったのは、その先だ」


「……俺は、食べやすく調理してるだけなんですけどね」


「森の匂いが変わるなら、大したものだ。少なくとも、知っている中ではそれを成し遂げたものはいない」


 グラードはそう言って、赤い実をひとつ、鼻先で転がした。


「で、これは食えるのか」


「まずは確かめます」


 ユウが小刀を取り出し、実を半分に割る。中から現れたみずみずしい果肉と種を見て、やはりそうだと確信した。


 小さく切って口に入れる。


 青っぽい香り、ほどよい酸味、そのあとに追いかけてくる甘さ。


「いける。かなりうまいですね、これ。フルーツトマトにも匹敵するんじゃないかな」


「そうか」


「……照り焼きに合うな」


「なんだそれは」


「おいしい肉です」


 即答すると、グラードは小さく鼻を鳴らした。


「肉か。いいな、ちょうど腹が減っていた。なら、今日の飯はそれで決まりだな。また後で来る」


 グラードが去った後、トマスとミーナを村へ呼びに行き、昼前には森の端へ戻ってきた。


 かまどの前に立つと、トマスは満足そうに目を細める。


「ちゃんと使われてますね」


「おかげさまで。今日は、そのお礼です」


 ミーナも、かまどの口を覗き込んで笑った。


「匂いだけで期待できますね」


 その足もとで、シロがふんすと胸を張る。

 まるでここは自分の縄張りだと言いたげな顔だ。


 そこへ、木の上から小さな影が飛び降りてきた。


「きた!」


 ミツだ。


 蜂蜜色の縞しっぽをふくらませ、当然のような顔で調理台に前足をかける。


「ミツも、ごはん!」


「お前はまず挨拶しろ」


「した! きた!」


 すると、シロがすかさず「わふっ」と前に出た。


 ユウの足もとにぴたりと張り付き、ミツをじっと見る。目が完全に、また来たのかこいつと言っている。


 ミツはそんなシロを見て、にやっとしたようにひげを揺らした。


「しろ、またくっついてる」


「わふっ!」


「くっつきむし!」


 言うが早いか、ミツがぴょんと跳ねて、シロの頭の上を踏み台にしてひらりと飛んだ。


 シロは「わふ!?」と一瞬遅れて振り返り、慌てて追いかける。


 ミツはそれが面白くてたまらないらしく、調理台の脚をくるっと回って反対側へ逃げた。


「つかまえろーー!!」


「わふっ! わふっ!」


「おい、こら。調理中に走り回るな、危ない!」


 ユウが声を上げると、ミツはぴたりと止まった。

 だが止まった場所が、よりにもよってユウの背中側だったので、シロは回り込めず、悔しそうに前足で地面をかりかりする。


 ミーナが思わず吹き出す。


「仲がいいんだか悪いんだか。魔物ってこわいイメージありましたけど、シロちゃんとか見てたらそうでもないのかもしれないと思ってきました」


「ミツはたぶん、シロの反応が面白いんですよ」


 ユウは苦笑した。


 実際、ミツの目は完全にからかっているときの顔だった。


 一方のシロは、ユウのすぐそばに戻ってくると、ミツを警戒するように「うぅ…」と唸りながら座り直した。

 この図々しいやつをユウに近づけるものかという態度である。


「シロは、お前のこと、相当うっとうしく思ってるかもしれないぞ」


「えー、ミツあそんでるだけ!」


 ミツはまったく気にしていない顔で、しっぽをひらひら揺らした。


「おもしろいのに……」


「わふぅ……」


 シロは低く唸るように鳴き、さらにユウの足に体を寄せた。


 ひと段落ついたところで、小麦粉に塩と水、少量の油を加えて生地をこねる。


 ざらついていた粉が次第にまとまり、もっちりとした塊になる。休ませている間に、森猪の厚切り肉を醤油と味噌、甘みのある果実で作ったたれにくぐらせた。


 球根野菜を薄く切り、青菜をざく切りにし、トマトもくし切りにして並べていく。


 その作業の間、ミツは調理台の端からのぞき込み、シロはそのたびにじりっと牽制するように前へ出る。


「それ、なに?」


「トマト」


「あかいの、いいにおい」


 ミツが鼻をひくひくさせながら前足を伸ばした瞬間、シロが「わふっ!」と鋭く鳴いた。


 ミツの前足がぴたりと止まる。


「だめ?」


「だめに決まってるだろ。まだ作ってる途中だ」


「しろ、うるさい」


「わふっ!」


「はいはい、そこで言い合わない」


 ユウが半ば呆れながら、ミツの額を軽く指で押し戻す。

 するとシロは少し満足そうに鼻を鳴らした。


 ミツはそんなシロを見て、今度はわざとユウの足に前足をかけた。


「ミツも、ここ」


 シロの耳がぴんと立つ。


「わふぅ!」


「お前なあ……」


 完全にわざとだった。


 ミツは、シロが嫌がる位置をよく分かっていてやっている。

 シロのほうも、ユウの近くに入り込むミツを見るたびに、毛を逆立てるほどではないが、あからさまに不満そうな声を出す。


 トマスが笑いながら言った。


「森の魔物にも、相性ってあるんですね」


「相性というか……ミツが一方的に絡みにいってる感じですね」


 ユウは生地を伸ばしながら肩をすくめた。


「気になる子にいじわるする小学生みたいだ」


「あってる!」


 ミツが得意げに言い切る。


「合ってるのかよ」


 ナンをかまどの内壁に貼りつけて焼き、鉄板で森猪肉を焼き始める。


 じゅわっと音が弾け、醤油の香りと肉の脂、味噌のこくが一気に広がった。


 茶色く香ばしい焼き目がついたところでひっくり返す。ジュワッと音をたてながら、肉汁がたれと混ざり、鉄板の上でつやを増していく。


 球根野菜を入れると、たれと肉汁をどんどん吸い込み、少し焦げた香ばしい匂いが漂う。


「うわ……」


 ミーナが思わず声を漏らした。


「これは反則ですね」


「よだれが出そうだ」


 トマスが真顔で頷く。


 ミツは肉そのものより、たれの甘じょっぱい匂いとトマトの甘酸っぱい匂いに反応して、しっぽをそわそわ揺らしていた。


「茶色いの、えらい!」


「これはすごいうまいタレだからな」


 シロは逆に、完全に肉へ意識が持っていかれていて、鉄板の音がするたびに鼻と耳がぴくぴく動き、しっぽがぱたぱた跳ねる。


 そしてユウが焼き上がったナンに切れ目を入れ、中へ照り焼き肉と野菜、トマトを詰め始めたところで。


 ミツが、たれのしみた球根野菜をひとつ、前足でつまもうとした。


 その瞬間だった。


「わふっ!」


 シロが横から素早く鼻先を差し込み、ミツの前足を押しのける。


「わっ」


「順番!」


 ユウがぴしゃりと言う。


 ミツは不満そうにひげを震わせたが、シロの睨む視線が本気だったので、今度はさすがに引いた。


「しろ、ケチ」


「わふん」


 シロの返事は短かったが、明らかに「当たり前だ」という顔をしている。


 ユウは思わず笑ってしまう。


「お前ら、ほんとにかわいいな」


 照り焼きナンが完成し、まずはトマスとミーナへ渡す。


 二人がかじりつき、感心と驚きの混ざった顔を見せるあいだ、ミツとシロは足元でぴたりと並んで座っていた。


 いや、正確には並んではいない。


 ミツが少しでも前に出ようとすると、シロが頭で押し返す。

 シロがユウの膝に鼻を押しつけると、ミツがその上からひょいっと前足をかける。


 完全に小競り合いである。


「お前らのぶんもあるから待てって」


 ユウが苦笑しながら、少し小さめのナンを二つ用意する。


 シロには肉多め。ミツにはトマトとたれのしみた部分を少し多めに。


「はい、シロ」


「わふっ!」


「はい、ミツ」


「やった!」


 二匹はそれぞれ受け取ったが、食べ始める前に、互いの皿をちらりと見た。


「しろ、にくおおい」


「わふ」


「ミツ、あかいのおおい」


「わふん」


 どこか勝ち誇ったようなシロの声に、ミツがむっとする。


「こうかん!」


「わふっ!」


「だめだめ。ちゃんと好みに合わせて作ったからそのまま食べろ」


 ユウが止めると、二匹はしぶしぶ自分の皿に向き直った。


 そして一口食べた瞬間、今度はそろって目を見開く。


 シロは肉のうまさに、ミツはトマトとたれのしみたナンの部分に、それぞれ夢中になった。


 食べているあいだだけは、さすがにじゃれ合いも止まる。


 ……と思ったのだが。


 先に食べ終わったのはミツだった。


 ミツは口元をぺろりと舐めると、まだ食べているシロの皿のほうへ、じりじりとにじり寄る。


 シロはすぐに気づいて、皿の前に前足をどんと置いた。


「わふっ」


「ちょっとだけ」


「わふっ!」


「けち」


「うぅぅ」


 完全にいつものやり取りだ。


 だが次の瞬間、ミツがシロのしっぽを前足でちょんと叩いて、その隙に皿の端の肉のかけらを狙った。


 シロが「わふ!?」と飛びのき、ミツがそのかけらをくわえて逃げる。


「つかまえろー!」


「きゃん! わふっ!」


 二匹が調理台のまわりをぐるりと一周する。


「こら、走るな!」


 ユウが声を上げると、ミツはぴたりと止まり、口にくわえたかけらをもぐもぐと急いで飲み込んだ。


 シロはその場で地面をかりかり掻き、全身で不満を表している。


 トマスがとうとう吹き出した。


「これは……賑やかですね」


「なんか、魔物がこんなに身近な存在になるなんて不思議な気分です」


 ミーナも笑いながら頷く。


 ユウは額を押さえつつも、口元はゆるんでいた。


「もうできたのか」


「グラードさん、いいところに」


 グラードがシュタッとどこから現れたのかいつのまにか側に佇んでいた。


「ぐ、ぐ、グラード!!?」


 トマスが口周りを茶色く汚したまま、呆然とした顔でグラードを見上げる。


「あぁ、人間か。珍しい。それより飯は」


「ちゃんと用意してますよ」


 グラード用に用意した特大のナンサンドイッチを置くと、グラードは豪快にかぶりついた。綺麗な純白の毛が茶色に汚れているのを傍目に見ていると、おそるおそるトマスとミーナが寄ってきた。


「ユウさん、グラードってあの?」


「あの神獣グラードですか??」


 トマスとミーナがこそこそとユウに聞く。


「あのっていうのは分かりませんけど、この森に住んでるグラードさんです」


「い、いつ知り合いに?」


「ちょっと前かな。さっきからどうしたんですか。トマスさん」


「どうしたもこうしたもありませんよ!!」


 トマスははっと息を飲み込むと、また、小さい声に戻っていく。


「グラードといえば、国が恐れ崇めている神獣です。この森にいるとは祖父に聞いたことはありましたけど本当とは。あ、実は祖父は昔、領主様に重用されていましてね」


 しばらくトマスが祖父自慢をしたところで、ミーナが頭を叩いた。


「いたっ!」


「話が長いです」


「ったく、仮にも上司だぞ。俺……。あ、それでですね、一目でも見ることができれば、生涯の誉とできるほどなんです。かつて、王侯貴族がグラード様と契約を結ぼうとして、姿も見せられず追い出されたとか」


「そんなにですか……」


 何かよく分からないが、自分が契約していることは言わないほうが良さそうだ。


 話を逸らすため、ふとシロとミツのほうを見る。


 ミツはすぐにまたシロのまわりをうろうろし始め、シロはユウの足元に戻ってきてこいつをなんとかしてくれと言わんばかりに鼻先を押しつけてきた。


 ユウはシロの頭を撫で、ミツには指先で軽く額を弾く。


「ほら、お前はもう少し落ち着け」


「でも、おもしろい」


「お前にとってはな」


 シロが「わふん」と、いかにも同意するように鳴いた。


 森の端のかまどのまわりには、照り焼きの香りと、焼きたてのナンの匂いと、それから小さな騒がしさが満ちていた。


 人と魔物が同じ飯を食い、同じ空間を過ごす。


 数日前まで想像もしていなかった光景なのに、今は不思議と、それが当たり前みたいに思えた。

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