甘い匂いと新たな風の香り
「……行ったな」
「わふっ」
その背中を見送りながら、ユウは次のぶんのスイートポテトを並べた。
「ちゃんと戻ってくるかな」
戻ってくるだろう、となんとなく思った。あの目は、もう完全に食べ物に落とされた目だったからだ。
しばらくして、がさがさと茂みが鳴る。
戻ってきたミツは、前足いっぱいに何かを抱えていた。
「これ!」
差し出してきたのは、小さな黄色い実がついた枝と、花の蜜がまだ残っていそうな花、それから半分かじったあとみたいな赤い木の実だった。
「……最後のはお前の食べかけじゃないか?」
「ちがう! ……ちょっとだけ!」
「ちょっと食べたんだな」
ミツはしっぽを揺らしながら、えへん、と胸を張る。
「でも、もってきた! えらい!」
「まあ、ちゃんと持ってきたのは偉いな」
ユウは笑い、食べかけを除いた実と花を受け取った。甘い匂いがする。たしかに、菓子を作るには使えそうだった。
「よし、じゃあおかわり一個」
「やった!」
ミツのしっぽが再びふくらむ。
その日の午後、ユウはスイートポテトをいくつか布に包んで村へ持っていった。
歩くたびにふんわりと甘い香りが漂う。
広場に着くと、子どもたちがシロを見つけて駆け寄ってきた。
「しろだ!」
「今日はなに持ってきたの?」
「今日はおやつだ」
「おやつ?」
子供達が不思議そうに顔を見合わせる。
「芋を甘くして焼いたやつだよ。ちょっと食べてみるか?」
包みを開くと、つやつやした焼き色のついたスイートポテトが並んだ。
「芋……?」
「またなんか作ったのかい?」
道具屋のじいさんまで覗き込んでくる。
「そう。ちょっと手をかけた芋です」
ユウは小さく切り分けて、まずは前に汁物をよく買ってくれた親子に渡した。
子どもが一口食べ、目を見開く。
「……あまい」
ぽつりと漏れた声は、驚きそのものだった。
もう一口かじる。今度は頬がゆるむ。
「やわらかい。おいしい」
母親も恐る恐る口に運び、しばらく黙ってから、ほう、と息を吐いた。
「芋で、こんなふうになるんですねえ……」
「甘いのに、くどくない」
「祭りの日の菓子より、好きかもしれないねえ」
そんな声があちこちから上がる。
甘いもの嫌いがいたらどうしようかと思っていたが、目尻をゆるめて微笑んでいる姿を見て、ほっと息をついた。今思うと、食べ物が嫌いなんていうのが許されたのは、現代日本がそれほどおいしいもので満たされていたからかもしれない。
ユウは、美味しそうに自分を作ったものを食べる人達を見て、胸の奥が少しだけほどけるのを感じた。
「城下の人が知ったら、欲しがりそうだね」
誰かがぽつりと呟いた。
「領主の娘さんなんか、こういうの好きそうじゃないかい?」
別の女が笑う。
「ああ、あのお嬢さんね。甘いものに目がないって話だろ。前にもお祭りの時の菓子をあげたら、えらく気に入ってたねぇ」
「領主のお嬢さんは貴族ですよね?栄養塊が好きじゃないんですか?」
王宮で見た貴族は何よりも魔力を優先して考え、回復することに専念できる栄養塊を重視していた。
「あぁ、確かにミリー様は珍しいタイプかもしれないね。ほら、ここは端っこだからっていうのもあるけど、うちの領地は見た通りだろう?」
村人の1人が村の荒れ果てた地や、森を指差す。
「財収も少ない。だから栄養塊なんて高いものそんなに買ってられないんじゃないか?」
「貴族なのに?」
王宮で見た貴族たちは、偏見も入ってるだろうがあのきらびやかな服を見て、とてもじゃないが民を気にしているようには見えなかった。自分たちを優先しそうなイメージがあったけど……。
「まぁ、ミリー様が珍しく民のことを気にしてくださってる貴族様っていうのもあるだろうな」
「でもきっときらいなんだよ!栄養塊!だって前すっっごい顔しかめながら食べてるの僕見たもん!!」
「そんな顔しかめてたのか?」
「うん!!」
「そんな貴族もいるんだな」
ユウは軽く相槌を打った。
領主の娘が甘いもの好きだろうと、今のところは遠い話だ。けれど、あの王宮の考え方が全てじゃないと知って、少しほっとした。もしかすると、その貴族の娘さんとは仲良くなれるかもしれない。まぁ、身分差もあるし相手にされない可能性の方が高いけど。
今はそれより、目の前でスイートポテトを大事そうに食べている子どもたちのほうが気になる。
「また作るの?」
小さな子が見上げてくる。
「材料があればな」
「つぎも、これ食べたい」
「じゃあ、またうまく芋が採れたら考えるよ」
広場を出るころには、布の中身はほとんど空っぽになっていた。
テントに戻ると、案の定、ミツがいた。
調理台の上で前足を揃えて座り、当然のような顔でこちらを見ている。
「……お前、まだいたのか」
「ミツ、まってた!」
「何をだ」
「つぎ!」
即答だった。
シロが「わふ」と鳴く。呆れているようなよく分からない声だ。
ユウは苦笑して、空になった布を畳んだ。
「今日はもう終わり。次はまた別のときだ」
「えー」
「えーじゃない」
ミツは不満そうにしっぽを揺らしたが、ふと、ユウが持ち帰った甘い果実に気づくと、また目をきらきらさせた。
「それも、あまい?」
「お前、本当に甘いものしか見えてないな」
「うん!」
あまりにも迷いがなくて、ユウはとうとう声を上げて笑ってしまった。
なんだか、今日は栄養塊を重視しない人がいるかもしれないと聞いたせいか、すごく晴れやかな気分だ。
今回の甘いものの話しを村人がしてくれたとして、その評判が、いつか領主の娘の耳にまで届くとしても、それはもう少し先の話だろう。
今はただ、次にどんな甘味を作るかを考えるだけで十分だった。




