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魔物領のはしっこで、飯屋はじめます  作者: もちのき


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13/15

森猪テールスープ、本日銅貨一枚

 大鍋に蓋をし、簡易の持ち手をつけて、俺は村への道を歩き始めた。


 シロはいつものように俺の足もとをちょこちょことついてくる。


「……よい、しょ」


 持ち手代わりに括りつけたロープをぐっと持ち上げた瞬間、腕にずしんとした重さがのしかかった。


「重っ……!」


「きゅぅ……?」


 心配そうに見上げてくるシロの頭を、片手でぽんと撫でる。


「いや、いい重さだよ。これくらいの量の骨スープ、そうそう作れないからな。中身が軽かったら商売にならないし」


 強がってはみたものの――数歩進んだだけで、肩と腕が文句を言い始めた。


 鍋は、2.3Lは余裕で入る大きさだ。水と肉、その全部がぎっしり詰まっている。


(……これ、鍋をもう一つ増やしたら、確実に腰いわすな)


 十数メートル進んだところで、早くも後悔の気配が顔を出した。


 道は、森の中を抜ける細い獣道みたいなものだ。

 根っこが浮き出ていたり、石が転がっていたりで、足元も不安定。


「シロ、前、確認頼む。根っこあったら『わふ』って言ってくれ」


「わふっ!」


 やる気だけは満々の返事が返ってくる。

 シロが足元をうろうろしてくれるおかげで、大きな根っこだけはなんとか避けられた。


 それでも、鍋の中身がぐらん、と揺れるたび、心臓がひやりとする。


「こぼすなよ俺……これ、今日の売り上げ全部だからな……」


「くぅ……」


 少し歩いては、近くの切り株に鍋をそっと下ろして休憩。


 また持ち上げては、数十歩進んで、今度は石の上に一度置く。


 そのたびに、腕と背中にじんわり汗が滲んでくる。


「……グラードさん、今度カートください」


 思わず空に向かってぼやく。返事は、さすがに返ってこない。


(町に行くときは、真っ先に台車か荷車買おう……マジで)


 そんなことを考えながら、なんとか森の出口が見えるあたりまで、鍋と一緒にずりずりと進んだ。


 シロは途中、鍋の横を歩いたり、俺の前に回り込んだりしながら、ずっと付き合ってくれた。


「はぁ……シロ、お前、瞬間移動の魔法とか出せない?」


「くるっ?」


「『無理』って顔だな……うん、知ってた」


 最後のあたりは、ほとんど気力だけで歩いていた。


 森を抜け、人間の柵が見えてきたときには、腕がぷるぷる震えている。


「……着いた。俺、えらい」


「きゅいっ!」


 シロがなぜか一緒に胸を張る。


 見張り台の上では、前と同じ兵士が槍を持って座っていた。


「こんにちはー」


「おお、また来たか。森の料理人さん」


 兵士が、少し嬉しそうに笑った。


「今日は何の鍋だ?」


「森猪の骨でスープを取ってきました。濃いめです。……あと、めちゃくちゃ重いです」


「森猪の……!」


 兵士の喉がごくりと鳴るのが、割と本気で聞こえた。


「村の皆さん向けに、今日は“森猪スープ屋”です。一杯銅貨一枚ってことで」


「売るのか?」


「はい。材料も手間も結構かかってるんで。ただ、栄養塊よりはだいぶ安いはずですよ」


「はは、それはありがたい。中に入れ。……鍋、運ぶの手伝おうか?」


「助かります」


 兵士が柵の扉を開けてくれて、鍋の反対側を持ってくれた。

 片側だけでも支えてもらうと、肩への負担が一気に楽になる。


(ありがてぇ……!人の優しさが骨身に染みる……)


 シロがその横を胸を張って歩き、ようやく俺たちは村の広場へと辿り着いた。


 ◇


「こんにちはー。森猪スープ屋、開店でーす」


 広場に声をかけると、すでに何人かがこちらに気づいていた。


「あ、森の人だ」


「白いの連れてるから間違いない」


 前におかゆを食べてくれた子どもたちが、シロを見つけて駆け寄ってくる。

 シロは胸を張って尻尾を振り、「わふっ」と短く鳴いて、ちょっと得意げだ。


「今日はなに作ってくれるの?」


「お鍋?」


「スープです。ちょっと贅沢なやつ。今日は売り物だからな、ちゃんと並んで順番ね」


「買うやつだって!」


「お母さんに聞いてからだぞー」


 広場の端、前にも鍋を置かせてもらった場所に陣取り、大鍋をどんと置く。

 道具屋のじいさんと、この前の母親と子どもも、すぐに集まってきた。


「今日はまたずいぶんいい匂いがするじゃないか」


「森猪の骨スープです。肉の端っことかも一緒に煮込んでます。一杯銅貨一枚で」


「森猪……!」


 母親が目を丸くし、子どもがきらきらした目で鍋を見つめる。


 栄養塊の話を聞かされたあとだからこそ、反応の大きさがよく分かる。


「前に言っていたでしょう。“肉なんて滅多に食べられない”って」


「ああ……」


 じいさんが苦笑混じりに頷く。


「貴族様と兵士様で、いいところはほとんど持っていかれるからな。端の村まで来る頃には、骨と皮しか残っちゃいない」


「骨と皮でも、やりようによってはごちそうになりますからね」


 俺は再びコンロにかけていた鍋の蓋を開け、湯気を一気に解き放った。


 肉と骨の旨味がぎゅっと詰まった匂いが、広場に広がる。

 さっきまで冷えていた空気が、少しだけ温度を上げた気がした。


「じゃあ、まずは子どもから。最初の一杯だけは味見ってことで、ただで」


「よろしいんですか……?」


「宣伝ですから。気に入ってもらえたら、次から銅貨一枚分、ちゃんと買ってください」


 母親に頷いてもらい、子どもの椀に、スープと小さな肉を少しよそって渡した。

 ふうふうと冷ましてから、子どもが一口啜る。


「……あったかい」


 ぽつりと、そんな言葉が漏れた。


「おいしい?」


 母親が尋ねると、子どもはこくこくと何度も頷いた。


「お腹のここが、じんわりする……」


 小さな手で、自分の胸のあたりをとんとんと叩く。


 その様子を見て、周りの大人たちの表情が変わった。


「よし。じゃあ、正式に開店といきますか。森猪骨スープ、一杯銅貨一枚でーす」


「銅貨一枚なら……」


「栄養塊よりだいぶ安いな」


 じいさんが、すっと前に出て声を張った。


「おーい、飲みたい奴は列に並べ! 値段は一杯銅貨一枚でいいそうだ!」


「ほんとにいいのかい、兄ちゃん」


「食って栄養つけてもらわないと、将来の客が減りますからね」


 軽口を叩きつつ、俺は鍋の横に空の木箱を置いた。


「お金はこの箱の中に入れてください」


 持ってきた椀を総動員し、順々にスープをよそっていく。


「うわ、本当に肉が入ってる」


「森猪なんて、言うだけで贅沢だ」


「噛んでも固くない……それどころかほどけるぞ!」


 一口飲むごとに、感想がぽつぽつと漏れる。


「味はどうです?」


「濃いのに、重くないな」


 中年の男が、首をかしげながらも笑って言った。


「森猪って、もっとこう、胃にずしっと来る感じだと思ってたんだが……」


「前に少しだけ分けてもらったときは、一晩中うなされましてねえ。あれは瘴気が強かったのかしら?」


 老婆が肩をすくめる。


「こんなふうに、あとからじんわり温かくなるだけなんて、初めてだよ」


「良かったです。血抜きとか下処理をちゃんとしてあるんで、そのおかげだと思います」


「ちょっと煮ただけじゃダメなのかい?」


「骨も肉も、最初に少し焼いてから、湯を替えつつじっくり煮て……ってやると、悪いのは外に出ていくんですよ、多分」


「たぶんって言ったよ今」


 じいさんが笑う。


「でもまあ、こうして飲んでて具合が悪くならないってことは、あんたの“たぶん”は正しいってことだ」


「そうだといいですね」


 俺自身、まだこの世界の魔物肉の扱いに慣れていない。

 それでも、食べてくれた人たちの顔を見れば、正解だったのだろう。


「身体が、少し軽い気がする」


「さっきまで腰が重かったのに、ちょっと楽だよ」


「栄養塊食べても、こうはならないよなあ」


「栄養塊は、まあ……腹は膨れますけどね」


 男の一人が、少し苦笑しながら言う。


「あれ一つで銅貨がいくつも飛ぶくせに、味は砂と変わらん」


「貴族様のところには余るほどたくさんあってずるい」


 子供の口からぽろりとこぼれた言葉を、母親が慌てて制した。


「こら。そういうことは、よそでは言っちゃいけないよ」


「あ、うん……」


 空気が少しだけ重くなるのを感じて、俺はわざと明るい声を出した。


「まあ、栄養塊は栄養塊、スープはスープってことで。お腹も心も、両方満たせれば一番ですよ。――はい、次の方、一杯ね」


 そう言いながら、自分の椀にも少しだけスープを注いだ。

 一口啜る。骨の旨味の奥に、口に入れた肉がほどける瞬間。濃厚な出汁が体に染み渡る。


(……これ、二日酔いのときに飲んだら一発で効きそうだな)


 そんなことを思っていると、横からじいさんが声をかけてきた。


「兄ちゃんよ」


「はい?」


「この前の芋の汁もそうだが、今日のこれも……あんた、本当にすごいな」


「大したことはしてないですよ。俺からしたら、当たり前のことしか」


「その“当たり前”が、この辺りにはないんだよ」


 じいさんは笑って、足もとの木箱を持ち上げた。


「ほれ、今日の売り上げだ」


「え?」


 茶色い布袋がひとつ、俺の手元に差し出される。

 中を覗くと、銅貨がじゃらりと音を立てた。数枚だけだが、小さな銀貨も混じっている。


「こんなにもらっていいんですか?」


「一杯銅貨一枚ってのは、こっちも納得して出した金だ。安すぎるって言う奴もいたぐらいだぞ」


「さすがにそれは買いかぶりじゃ……」


「銀貨のほうは、“これからも商売続けてくれ”って気持ち分も入ってる」


 周りを見れば、村人たちがそれぞれ、小さく頷いていた。


「また森のほうに用事があるときでいい。ついでで構わんから、こういう鍋を一つ作ってくれないか」


「骨や端肉なら、城のほうからよく流れてくるしねえ」


「前は捨てるしかなかったけど、兄ちゃんがこうやって食べられるようにしてくれるなら、俄然話が変わる」


「……俺としても、お金をもらえるのはありがたいですし」


 俺は布袋を握り直し、軽く頭を下げた。


「分かりました。また来たときには、何かしら持ってきますよ」


「約束だぞ。森の端の料理人さん」


 じいさんがニッと笑い、シロの頭をちょんちょんと撫でた。

 シロは「わふっ」と鳴き、尻尾を振って応える。


 ◇


 鍋が空になり、片づけも済ませて、村の入口まで戻る。


「今日も、本当にありがとうございました」


 母親が深く頭を下げ、その横で子どもが「またね、しろー」と手を振る。

 シロは胸を張って「きゅぅん!」と鳴き、尻尾をぶんと振った。


 見張り台の兵士も、帰り際に軽く手を挙げる。


「また、その鍋を持ってきてくれ」


「はい。あ、忘れてた。そういえば台車とかここの村売ってますか?」


「台車?何に使うんだ?」


「今回スープを持ってくる時かなり重たくて。だから今後のために欲しいんです」


「それなら台車じゃなくてアイテムボックスの方がいいんじゃないか?」


「アイテムボックス?」


「アイテムボックス知らないのか!?これだよこれ」


 兵士が肩から下げている黒の肩掛けバッグを指さす。


「ほら、これは中級品だから結構物が入るんだぞ」


 そう言いながら、ずるりとカバンの中から剣を取り出す。


「うわっ。カバンの大きさじゃない物でも入るんですか?」


「何も知らないんだな。空間魔法かかってるから大丈夫なんだよ。といっても、制限はあるけどな。制限がないやつなんてのは国宝級になるだろうけど」


「それほしいです!!どこに売ってるんですか!?」


 思わず前のめりになると、兵士の顔が引き攣った。


「ちょっ……距離が近いって。城下町まで行ったらあるんじゃないか?」


「城下町かー。確かに調味料もどんなものがあるかみたいしな。一度行ってみることにします」


 兵士とその後いくつか言葉を交わした後、柵を抜け、森へ続く道を歩き始める。


「なあ、シロ」


「くるる?」


「今日の売り上げで、銀貨が何枚か貯まったな。この調子でいけば、そのうち金貨一枚ぐらい、どうにかなるかもしれない」


 テントをもっとましなやつに替えて、調理器具も増やして、道具だって揃えて。

 そういう未来が、少しだけ現実味を帯びて見えてくる。


「俺さ、王宮にいたときは、こういう“ありがとう”って言葉、ほとんどもらえなかったんだよな」


 効率、魔法、回復薬。

 そこに「味」や「気持ち」を挟む余地は、ほとんどなかった。


「ここに来てからのほうが、人に感謝されてる気がする。しかも、ちゃんと金まで払ってもらって」


「わふ……」


 シロが俺の足に鼻先を押しつけてくる。

 何を言っているかは分からないけど、その仕草だけで十分だ。


「……ま、難しいことは、稼ぎながら考えよう」


 村からもらった穀物の袋と、じゃらりと鳴る銅貨・銀貨の重みを確かめながら、俺は森の端のテントに向けて歩を進めた。

 冷たい瘴気の匂いが、少しだけ薄く感じられるのは、きっと気のせいじゃない。


 そんなことを思いながら、俺はシロと並んで、森の中に戻っていった。

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― 新着の感想 ―
ジュルリ…
面白いです。 調味料とか具材の補給が大変そうですけれども。
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