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パットの切望 4

 パットとフローベルのたどり着いた目的地ミシュコルツには多数の教会がある。「とても中世的な街だわ。信じられない。ここにアメーバが管理されているというの? いえ、管理というより監視かしら。人の世で誤った行為を成してしまった人が人ではなくなってしまうようになって以来、ずっとだと思うとおぞましさを覚えるわ」パットが感想を漏らすと、フローベルは石造りの砦を見上げて言った。「ガムの示した場所はこの石造りの砦が建つ場所だ」フローベルは目を細め、訝しむように口元を歪めていた。フローベルがたまに不信感を抱く場合、パットは必ず聞く言葉があることを思いだした。パットは正面の門扉に備え付けられた監視室の壁に掘られた文字を見た。フローベルも同じ文字に注意を向けていたらしい。「ギルバート城か。ここにもギルバートの名前がある。パット、ディオーシュジュール城という名前に聞き覚えはないか?」パットは恐る恐る言った。「いいえ。ないわ」続けて紋切り型になりつつあるやりとりをした。「また例の変な夢を見たの?」

 ここ最近ずっとだ。変な夢を見るのはフローベルだけではなく、パットである私自身も同じだった。「ああ。そうだよ。ここは十三世紀に強勢を誇ったモンゴルからの襲来を防ぐために築かれたのが始まりとされるディオーシュジュール城のはずだった。すべておれの頭の中にある世界のことなんだ。でも外にある現実は違う。最近微妙な差違に気づかされることばかりだ」パットは先に進むことにした。

 中に入ると、みすぼらしい男が待っていたが、彼は手足の自由が利かないように枷で拘束されていた。隣に長身の身なりの整った礼儀正しい男が立っていた。彼らは名も名乗らずにパットとフローベルを地下へと案内した。そこは牢獄だった。罪悪人たちを放り込み閉じ込めるための小部屋がいくつも並んでいた。ひどく汚い不衛生な場所だった。説明もないまま突き進むと、出口と思われる鉄の扉が見えた。そこを開くと、牢獄全体に設置された監視カメラの映像がすべて確認できるセキュリティルームだった。二人の案内役の男は扉を閉め、セキリュティルームに入ってこなかった。椅子に腰掛けていた老人がパットとフローベルを振り返った。「さきほど君たちを案内した二人はどちらもアメーバが人間に擬態したものだ。手足を拘束されたものは、まだ服役中だが、身なりの整った者はすでに世の中人のために奉仕している立派な社会人だよ。どうだった? 人間かアメーバか見分けがつかなかっただろう」見分けがつくはずがないことは知っていた。アンドロイドでさえ外見上は人間と見分けがつかないのだ。しかし、フローベルを見ると、顔を固くし緊張の面持ちであった。もしこの場に鏡があったのなら、私も同じ顔をしていることを知れただろう。老人はパットとフローベルの反応をにやつきながら少し眺めたあと、口上を切った。「アメーバ管理会社に応援に来てくれて感謝している。何分人手不足でね。そして時間もないのだ。早速本題に入ろう。先日、ついにペストの市民公園で殺害された被害者がアメーバだとわかったのだ。われわれ人間の奮闘のおかげでね」フローベルが口を挟んだ。「アメーバを殺す方法は小型兵器を使うしかないのではないんですか?」小型兵器で殺したとなれば、記録が残り、すぐに事件の真相に気づけない事態になるのはおかしい。老人は言った。「だから小型兵器で殺されたのだ。私たちが観測できない特殊な方法でね。君だよ。フローベルという男が市民公園でアメーバを殺すために小型兵器を使ったことが分かったのだ。おそらく、フローベル二号機か三号機あたりだろう。君を誰かが壊してくれたおかげで私たちは君を認識することができた」フローベルは固唾をのんでいた口を開いて言った。「何を言っているんだ? おれは殺した覚えなんかない。第一、一号機と二号機とは何だ? まるでおれが何人もいるみたいな口調じゃないか」老人は前のめりになった姿勢を正し、椅子に深く腰を沈めて言った。「どうしてギルバートは社会の害虫どもをアメーバにするよう宣言したと思う? キリがないからさ! 一体社会に何人の同人格をもった存在がいるのか、設定したやつにしかわからない」フローベルは老人の言葉が理解できていないようだった。老人は監視モニターに視線を戻して、言った。「すべてはアンドロイドが引き起こしたものなのかもしれないと、私は思っている。技術が進歩し、人はアンドロイドを作り出した。アンドロイドは街を歩いていても人間と区別がつかない。だが、ごくまれに区別がつく時がある。そのとき、アンドロイドの中には人間の意識が宿っていない。これは文字通りの意味だよ。人間は自らの肉体ではない、第二第三の身体を手に入れることが可能になったのだ。もちろん、血の通っていない機械の身体だがね。しかし、不自由というよりむしろ自由そのものを手に入れた気分を味わえるのだ。湯水を浴びるように快楽を味わったとしても壊れないだろう。周囲の嫉妬から毎回の食事に毒の混入を疑わずに済むだろう。そうさ。死ぬとしても偽物の身体だ。勘違いする奴は大勢居るんだ。今、自分の身体が本物か偽物か分からなくなるそうだ。これは危険なことだ。何も支障はでないが、もし本物か偽物か分からなくなれば、一生、人間としてではなく、機械の身体として生きていくことになるからな。そういう奴は大抵、腕を切って皮膚を剥がす。たとえアンドロイドであっても肉体的苦痛は感じるらしい。少し切って血がでるかでないか確認するだけでいいんじゃないのか?と思うかもしれないが、自傷行為に及ぶほど狂った人間にそんな冷静な判断はできない。徹底的に絶対と言える証拠を目で見ない限り、彼らは最後まで到達しちまう。…だが人間は危険を冒すという意識を持つことなく、刺激のなくなった世界でよりよい刺激と快楽を求めて、底のない快楽の沼に足を踏み入れるのだ。フィクションやバーチャルで存分に過激なものを見、刺激を感じ取る機能が鈍ったために現実で目覚めているときぽっかりと胸に穴が空いたような空虚感が襲ってくるのだ。その穴を埋めたい一心に駆られ、再び刺激を追い求めるとき、目の前にアンドロイドに自己を植え付けることのできる装置が現れた。使い勝手はよかった。ギルバートは思ったのだろう。アンドロイドに魂を売ることのできないアメーバに遺伝子操作を施してやろうと。ここは彼女の理想の世界を支えるいわば、根元と言ってもいい」そのときばかりは遠い存在だったギルバートをずっと近くに感じられた気がした。パットは呆気にとられたフローベルを見て、私たちは話しを聞きに来たわけではないことを思いだした。そうだ。アメーバを捕らえる仕事が舞い込んでくることは身構えていたが、まさかアメーバの必要性を説かれるとは思っていなかった。パットはフローベルが二人以上存在することに何ら疑問を抱かなかった。

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