グロリアの夢
グロリアはレイを破壊した。悲嘆に暮れるグロリアの前にリッカードが現れたが…。
グロリアはギルバート教会から外に出た。夜の冷えた風が体にこたえる。グロリアはレイのバラバラになった体を入れた袋を背に担ぎ、辺りを見渡した。おそらくアンドロイドの信号が一つ途絶えたことを不審に思った人間たちはこの場に飛んでくるだろう。管理されたアンドロイドには必ず信号発信器が埋め込まれている。
アンドロイドの信号が一つ急に途絶えたとなれば、近くにいる管理会社の人間が確認をとりにくる。それはフローベルかもしれない。グロリアが沈んだ面持ちで三位一体広場を歩いていると、前からリッカードが歩いてくるのが見えた。「リク」とグロリアが呼びかけると彼は顔を上げた。リッカードが小突いていた石がグロリアのつま先にぶつかった。
リッカードは言った。「久しぶりだな。レイは…」グロリアは背中に担いでいた袋をリッカードに見せるように掲げた。レイは死んだ。私が殺したのだ。そう言わんばかりにグロリアはリッカードの目を見た。
リッカードは「そうか」と呟くとグロリアの手からレイの残骸を引ったくった。リッカードは表情を一つも動かさずに近づいた後、若干口元を綻ばせて言った。「僕が捨てておこう」
リッカードは私がレイを殺したことに何も感じていないのだろうか。それはたとえば、復讐を考えたりしないのだろうか。リッカードは何をしにギルバート教会付近をうろついているのか。私たちがここで会ったのは偶然だ。リッカードはレイと共に来なかった。彼らはしっかりとした関係性ではなかった。互いに影響しあわない関係性だったのだ。リッカードはレイと居ても得はなく損もなかった。それはレイも同様だったろう。アンドロイドは損得勘定が得意なのだから、彼らの分断に驚きはない。グロリアが驚いたのは僕が捨てる、と彼が言ったことだ。彼のどんな思いがその言葉に込められているのかを知りたいと思うがそれを聞いたところで、期待した答えを得られはしないだろう。リッカードが背中を向け、無言で立ち去ろうとしたのでグロリアは早足で彼の横に並んで言った。「どこに行くの?」
リッカードは苛立ちを込めた口調で言った。「アパート前のゴミ捨て場だよ」グロリアは思い出していた。フローベルとリクと三人でペストの市民公園に行き、リクと話したとき私と彼は敬語だった。あの時、市民公園で起きた殺人事件の調査も兼ねて私たちは訪れていたわけだが、結局殺されたのはアンドロイドではなくアメーバだった。アメーバが死んだとなればその報道を規制するのは当たり前だ。出生記録に載っていないから調べればその人物が人間かアンドロイドかは分かるし、そのどちらでもないとすればアメーバだと断定される。であれば彼らはアメーバの存在を否定していないのだろうか。だがそういうことになる。
もう深夜だ。リッカードが呟いた。「どうしてレイを殺したんだ?」抑揚のない声音を響かせる彼の顔は見えない。見れたとしても表情に変化はないだろう、とグロリアは思った。レイを壊した理由をリクが聞くことにどんな答えを期待しているのだろうか。リクはアンドロイドだ。そんなことは気にしないはずだ。しかし彼は他のアンドロイドとは一風変わった感じを覚える。だから今もこうして私は彼と接しているのだろう。時々私が何のために今何をしているのか分からなくなることがある。どうして私はリクと並んで歩いているのだろう。グロリアはレイを殺した理由を思い出そうとしたが思い出せず、適当なことを言った。
「レイはアンドロイドらしすぎたの。まるで個性がなかった。アンドロイドと言えばこうだと言えるアンドロイドだったわ。サンプルとしてはいいサンプルね」リッカードはただ一言「そうか」と言った。何処かから若者のはしゃぎ騒ぐ声が聞こえる。
リッカードの住むアパートまでまだ時間があると思ったグロリアは以前-それはかなり昔だったように思う-見た「夢」のことをリッカードに語りたいという衝動に駆られた。
夢を見て起きたとき、すぐに手元にあった電子手帳に書き留めたものだ。そこに私はいたが、私よりもフローベルとパットの物語と言った方が適当かもしれない。私はなぜ二人しか出てこない夢を見たのだろうか。
町を見て回る、というどうにも具体性の欠けた言葉にフローベルは先ゆくグロリアの背中を追いかけることしかできなかった。
外に出ると気分がいくらか落ち着いた。グロリアも同感だった。空にはぽっかりと穴があいたみたいに水色の空間があった。穴を塞ごうとするかのように雲が周りに集まっている。台風の目のようだった。町の空気の流れに異常はない。フローベルは台風の目のなかにいた。
嵐の前の静けさとは最も恐ろしい状況だとフローベルは思った。輪のなかに入ってしまえば何をすることもままならない。台風の目から出ないようにしようとしても人間の力では台風の速さについていけない。ただ危急存亡の未来に墜ちていくのを待っていることしか・・・。
途中パットとすれ違った。パットは両手に提げたビニール袋をグロリアに示してみせた。グロリアは彼女の姿を目にとめるとお互い近づいていき、数秒二人で話をした後フローベルとパットをおいて帰って行った。あとに残ったのはフローベルとパットだけだった。
「グロリアからご挨拶させてもらっていると思いますが改めて。パットです。よろしくお願いします」
「こちらこそよろしくお願いします。フローベルです」
(あれ? グロリアさんどこに行ったんだろう? おれに何も言付けずに放っていくなんてマナーがなっていないんじゃないか)
「なにか飲みたいものありますか?」
「え、飲みたいものですか?・・・じゃあ水で」
「奢ったことは内緒ですよ」と軽々しくパットは言った。
パットはフローベルの側に駆け寄り、水の入ったペットボトルを手渡した。のどが潤った。
「そういえば・・・どうして見回りをするんですか?」とフローベルは不意に尋ねた。
「私たち巡回を頼まれていまして。ほら、今日は年一回あるかないかの大切な日でしょう? 警備の方が人手不足で。今日だけこの町の人口は大幅に増えて、端々まで目が行き届かなくなる。そこを補うためには町の方々で協力しなければなりません。だからこうして私たちが目を光らせている訳です」
「なるほど。そういう訳ですか」
年一回ある大切な日とは何だろう。その言葉が引っかかる。
しかしながら、大通りに見られる人の数は多い。皆の装いが派手で身なりが整っている。富裕層の連中が多くいることが一目瞭然だった。
「フローベルさんも、今日町に来た目的は皆さんと同じですか?」
「いえ、実は会いたい人がこの町にいるって聞いたんです。それでこの町まで足を運んで来たって訳です」
「無事会えると良いですね」
「そうですね。まだ連絡が取れなくて・・・どこにいるのやら検討もつきません。名前はそこそこ通っているみたいなんですが」
「その方のお名前を伺ってもかまいませんか?」
フローベルはギルバートの名を言えなかった。しばし二人の間に沈黙が流れた。
「あの、すみません。変なこと聞きました。私ずかずかとプライベートなこと・・・お詫びします」
「いえ、気を遣わないでください。不審に思うのも当然ですよ」
パットは演技に見えるほどひどく落ち込んだ。うつむいて歩く背中は縮こまっていた。
「やさしいですね」
女性は時たま女性にしか言えない言葉をはく。彼女の言葉を素直に受け止めるべきか、フローベルは迷った。
「そう言ってもらえるととても嬉しいですけど、僕よりパットさんの方が優しいですよ。見ず知らずの他人に対しここまで面倒みてくれる人はいません。とても有り難いです。パットさんには感謝しかありません」
パットはちらとフローベルを振り返った。パットは再び前を向き、柔和な瞳に戻った。
「そう思っていただけたことが私の喜びです。私はフローベルさんを一目見たときから信じていましたから。この人に私の優しさは通用する。これは計算高い性格だからじゃありませんよ。でもフローベルさんならパットが優しい人だってきっと思ってくれる。だから私は優しくした・・・つまりですね。私利私欲にまみれた汚い心が私を突き動かした」
何を言えばいいのか分からなくなった。パットが自分の弱さを語ってくれるのはそれほどフローベルを信頼しているからだ。パットの言葉に喉の奥がつまる思いがした。「パットは人の心を読めるのか」と言おうとして止めた。安易な言葉で彼女の心を傷つけてしまうのが怖かった。パットはフローベルと歩調を合わせた。
「嫌いになりましたか?」
恐る恐ると言った体でパットは言った。だが、フローベルはパットの言葉から恐れなど感じなかった。彼女は答えを知っている。その言葉からにじみ出る思いは自信だ。
「それも好かれる計算のうちですか?」
パットとフローベルの口元には笑みがこぼれていた。
(これは皮肉に見せかけた嘘の言葉だ)
町が活気付いてきた。彼は町の賑わいに目を見張った。
「フローベルさんはどこから来たのか聞いても良いですか?」
パットは彼に尋ねた。
「きっと聞いても分からないと思いますよ。正直誰も知らないような田舎町なんです。お答えするのも恥ずかしい。けれど穏やかでいい町です」
「一度行ってみたいです」とパットは言った。それは本心ではなかったが。
「それよりもこの賑わいはどういうことなんです?」
「知らないんですか?」
パットの口調が崩れ始めた。
「・・・年一回のギルバート女王陛下主催の誕生祭ですよ。町を挙げてのお祭りです!」
「ギルバートがこの町に来るんですか?」
フローベルはちらっとパットを見た。
「ええ来ますよ。遠くからですけどお会いできます・・・もしかしてギルバート女王に謁見するためにこの町を尋ねたんですか?」
パットが尋ねるとフローベルは考え込んでいる様子だった。
「お綺麗ですか?」
「ええそれはもちろん。珍しくて綺麗な銀色の髪で・・・噂通りのお方です。お話ししたことはないんですか?」
「話せるの?」とフローベル。
「ええ・・・ああ・・・うん。話せるけど」
「どうやって?」
「今はもう話せません。以前までなら・・・」
「なぜ?」と聞いたフローベルの顔に若干の苛立ちがあった。
「分かりません! ただもう自らの足で町に来ることはなくなりました。町の人もあれは危険なんじゃないかって言い合っていて、そうしたらいつの間にか。ギルバート様が来ることを止めたことを私も良かったと思っています。ただ町の子どもたちは残念がっていました。とてもかわいがってもらっていたからですね」
「じゃあその頃は直接会って話すことができたということか」
「そうです。町中噂になっていて、至る所から女王見たさに人が集まってきて今日見たいな日が毎日続いていました。だから大抵の人はギルバート様と話したことがあるわけで。・・・フローベルは本当に話したことはないんですか?」
「ない」
「別に嫌みを言った訳じゃないんです。分かってください」
フローベルも別に怒っているわけではなかった。ただ自分をこんな適当な世界に落とし込んだギルバートを許せなかった。いくらギルバート世界が真の世界であったとしてもフローベルにとっての真の世界は元の世界なのだ。今だけはそう思える。ギルバートに会って、正してもらわなければいけない。その機会がすぐに訪れた。彼女の誕生祭というイベントという形で。
「あの方。あの方は私たちに見回りを依頼したリッカードです!」と言いながらパットは前方を指さした。フローベルの視界にも彼の姿が捉えられた。警察という出で立ちの男だった。
「パットさん! お受け頂いてありがとうございます。どうです? 順調ですか?」
「困ったときはお互い様ですよ。順調です。リッカードさんの方はどうです?」
「何も問題ありません。で・・・そちらの方は?」
リッカードはフローベルを訝しみながら見つめた。フローベルはできるだけ友好的な態度をとった。パットが代わりに答えた。
「彼はしがない哀れ者ですよ。警戒しなくて大丈夫です。引き取りにつれてきたわけではありませんから」
「そうですか」
リッカードが言った直後、フローベルは白い光を見た! 頭の中をかき乱される吐き気が彼を襲った。ぐわんぐわんと視界が歪み、ガンガンと痛みの奔流が音となって鳴り響いた! リッカードが警棒でフローベルの後頭部を殴ったのだ。何に反応しても痛みだ! パットが仲裁に入ると思っていたのだが、期待は外れた。動揺を見せない仮面がパットの顔面に張り付いていた・・・どういうことだパット。冗談だろ? リッカードの声が聞こえた。・・・こいつ・・・何のつもりで・・・。
「作戦通りだ。よくやった、パット」
グロリアとリッカードはアパート前のゴミ捨て場にたどり着いた。グロリアはそこに古雑誌が置いてあるのが見えた。エイリアン襲来で世間が騒ぎ立ち、一時期エイリアンブームが沸き起こった。その当時の雑誌だ。グロリアが古雑誌に触れると、ボロボロに崩れた。




