時間
「ただいま」
一週間経って、蒼井さんが帰ってきた。
心なしか、以前よりも元気が満ちているような表情をしていた。やっぱり蒼井さんに休んでもらって正解だった。
「ゆっくり休めたか?」
「大丈夫だよ」
アリエスの問いには蒼井さんが笑顔で答えた。
「皆の方はなにもなかった?」
「大丈夫でしたよ」
今度の蒼井さんの問いにはポーが答えた。
俺達は一通り蒼井さんと話した後に、空港から出て海香の家にバスで戻った。
「お帰りなさい」
海香の家に帰るとリビングには見たこともない幻獣がいた。
何故幻獣か分かったかと言うと、身長や体格などは人間の女性と大差ないが短い黒い髪の生えた小さい頭からは人間では絶対に生えていない物が生えていたからだ。それは先が矢印のように尖った二本の触覚である。
「誰だお前は!!」
俺は声を張って戦闘態勢をとる。同じく蒼井さんや姉ちゃん、海香も戦闘態勢をとる。リフもフラスもソラスもそれぞれのパートナーの中に即座に入っていった。
「私はキング様の側近の一人、デビルのワインです。今日は戦いに来たのではなくキング様の伝言を届けに参りました」
「本当か?」
蒼井さんが風斧をワインの首元に突き付ける。
「それにもし戦っても私一人ではあなた方に敵いません。だからその物騒な物をしまってもらえないでしょうか」
蒼井さんが視線をわずかばかり俺の方に向けたので、俺は蒼井さんの方を見ながら小さく首を縦に振った。
蒼井さんは少し間をおいてから、数歩後ろに下がり風斧をしまった。
「ありがとうございます。ではこちらを……」
ワインは胸のところのポケットから二つ折りにされた手のひらほどの大きさの紙を取り出して蒼井さんに渡す。
俺達は蒼井さんのもとに集まり、蒼井さんは受け取った紙を丁寧に開いたが、そこには何も書いていない。
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
思わず全員が黙ってしまう。
数秒してヴォンという小さな音と共に紙の上に小さな立体映像が現れる。それは黒く、ドラゴンの形をしていた。
「キングだ……」
姉ちゃんが小さく呟いた。言われるまでもなく全員がそうだと理解できている。
『……久しぶりだな、人間ども』
キングの映像が喋り出した。
『今何をしている? 特訓か? それとも飯でも食べているか? まぁなんでもいい。この間お前らと戦って気づいた、お前達を倒すことが俺の求める世界を作る事につながるということにな。お前達はそのくらいの大きな力を持っている、自覚があるかは知らねぇけどな』
全員が黙って聞き入っている。誰一人喋ることなく。
『……前置きはこのくらいにしてそろそろ本題だ。そうだな…大体五ヶ月か、五ヶ月あればお前達の誰かが俺に片膝つかせる程度の実力をつけられるだろう。だから決戦は五ヶ月後に竜王の城でだ。……勘違いがないように言っておくが別にお前達の事をなめているわけではない。だからこちらも竜王軍の全勢力をもってお前達を迎え撃つ。…なにか不満か質問でもあるならそこにいるワインにでも言ってくれ』
キングの立体映像はそう一方的に話した後にヴォンと音をたてて消え、蒼井さんの手には白い紙があるだけとなった。
「というわけです。何かありますか?」
ワインは蒼井さんの手から少し強引に紙を取ると、それをビリビリと破いてから部屋の隅にあったゴミ箱に捨てた。
そういうとこはしっかりしてるんだな、と思いつつも俺は特に質問もないので黙っておく。
「あぁ、そうです。キング様からはこちらの戦力は一切公開しないとのことです」
まぁ当然だよな。
「五ヶ月か…十分だ。今度は絶対にやられないぞ!」
蒼井さんは左手で拳を作り、右手でそれを受け止める。
「特に問題はない。帰ってキングにそう伝えてくれ」
「了解しました、ボルテックス様。私は本当は以前のようにみんなで仕事がしたいです、戦いなんてせずに」
「済まないな、ワイン。ただこれだけは譲れないんだ。お前には昔から迷惑かけるな」
「本当ですよ、なら約束してください。ボルテックス様は勿論、キング様が勝っても平和な世界を作ると」
今のワインのセリフからは別にキングが勝ってもどっちでもいいように聞こえる。
「その言い方だと君はどっちが勝ってもいいように聞こえるんだが」
蒼井さんも同じことを思ったようだ。
「私はどっちが勝つとかよりも戦いが終わる方がいいんです。私は戦いや争いが嫌いなんです。まぁ余計な話はこのくらいにして、特に問題はないとキング様に報告させてもらいます」
ワインはそう言ってから立ち上がって玄関から出て行った。丁寧にお邪魔しました、と言って。
五ヶ月か…。長いようで多分すぐに過ぎてしまうような時間だから俺は今まで以上に特訓をして、強くなって、もう誰も傷つけないように。みんなを守れるように。
「竜樹、先に言っとく。絶対にみんなは俺が守るんだ、なんて思わないように」
「!?」
姉ちゃんは本当に読心術が使えるんじゃないのか? この間も心を読まれたし。
「私達は竜樹に守られる程弱くない。ここにいるみんなが竜樹と肩を並べて戦うことが出来るの。今までだってみんな一緒に戦ってきたでしょ?」
そうだった、俺は何を勘違いしていたんだ。みんな俺に守られる程弱くない、背中を預けることが出来る最強の仲間じゃないか。
「…あぁ、分かった」
俺はみんなの方を向いて静かにそう言った。
「ボルク、キングはどんな力を使うんだ?」
この間はキングが力を使うまでもなく俺達はやられてしまった。
「…俺達五体の兄弟の力は、炎、雷、氷、風、水だ。キングはそれの上位に位置する”黒”の力を使う。黒炎、黒雷、黒氷、黒風、黒水だ」
五つも使えてそのどれもがボルクやギアの雷や炎よりも上位のちからだと…?
「キングはその絶対的な五つの力で長きにわたり幻界の王に君臨している」
だからと言って絶対に怯んだりはしない。そのためにみんなここまで強くなって、これからも強くなる。
「相手が強大なんてことはハナからわかってたことだ。今更ビビッてんじゃねぇぞ?」
「当然だろ」
俺はフェインの方を向いて力強く答えた。
「そうとわかれば早速特訓だよ。今の私達はまだまだなんだから」
海香の言う通りだ。俺達は強くならなければ。相手は格上で数もこっちの何十倍、もしかしたら何百倍、何千倍もいるかも知れないから少しでも強くならなければ。
「ご苦労だったなワイン」
竜王の城にてたった今お使いを終え、戻ってきたワインにねぎらいの言葉をかけるのは幻界の王であるキングである。ドラゴンであるキングが腰かけることが出来る程の大きなイスの後ろに立って、窓の外の広い幻界を眺めながら。
「いえ……しかし何で人間達に五ヶ月も時間を与えたのですか? こちらの戦力を整えるのであれば十日あれば十分では?」
ワインは疑問に思っていたことをキングに聞いてみる。もしもキングが傍若無人な王であったらワインは即刻殺されてもおかしくはない。でもキングは味方や仲間の事を何よりも大事に思っていることをワインは知っている。
「そう言えばお前は戦いが嫌いだったな、戦うならさっさと終わらせたいって考えだろ」
キングはワインの方を向いて微笑みながらそう言った。
「流石ですね、心まで読めるなんて」
ワインもつられて微笑んでしまう。
「なぁに、奴らに説明した通りさ。…いや少し違うな、自分の子供の成長を見てみたいっていう親心も少しあるのかもな」
「敵…なのにですか?」
「敵である以前に可愛い息子だ」
「……そういうものでしょうか?」
「そういうものだ。お前も子供が出来ればわかる」
ワインは独り身だ。
「私はそういった事には……」
「あの人間なんてどうだ? ボルクと一緒にいた奴。殺さないでおいとくからさ」
「御冗談を」
この二体はキングが王になった時からの付き合いでお互い信頼しあっている。
「キング様」
少し渋い声と共に現れたのは一体のヒュドラだった。
「どうした?」
キングはワインとの談笑をやめて、微笑んでいた顔が一瞬にして真面目な顔つきになる。
「シンジ様がお見えになっております」
「わかった、すぐ行く」
キングがそう言うと、ワインと二体でヒュドラが来た方に向かって歩いて行った。




