逃走
小学校一年の時、まだ今の会社に勤める前の父さんと母さんに連れられて俺と姉ちゃんは初めて水族館に連れて行ってもらった時、初めて見るイルカやアシカ、色々な魚にまだ小さかった俺達姉弟は目を輝かせてはしゃいでいたのを覚えている。最前列に座って見たイルカショーはすごい迫力で、ガラス際でくるくると回ったり、大きくジャンプをしたイルカの迫力にびっくりして、そのイルカが着水した時の水しぶきがかかってまだ暑かったその日はそれがすごく気持ちよかったのも覚えている。
あれは今でもよく思い出せる。
後は小学五年の持久走大会でみんなからバカにされるのが嫌で思いっきり走って何とか五位をとったこと。でも次の日に自転車で思いっきりコケて左足首を捻挫したこと。
小学校でいじめられていた事。中学校で孤立していた事。
楽しいことも、嬉しいことも、辛いこともいろいろあったけど全部幻獣達の都合で作られた『黒井竜樹』という人間の形をしたもののオマケで作られたもの。その黒井竜樹だって幻獣の都合で作られたモノ。
「竜樹! 竜樹! しっかりして!!」
海香の声が聞こえてきてパチンという音と共に頬に鋭い痛みを感じて頭を上げると俺と火月さんをまっすぐに見つめる海香の顔があった。隣には蒼井さんもいる。
「私の知ってる竜樹はこんなに弱い男の子じゃないよ!」
―――勝手なことを言ってくれるな、お前に俺の何が分かる。
「それと何でさっきからかづの事を火月さんなんて他人行儀で呼んでるの? 姉弟でしょ?」
―――姉弟じゃないよ、そう言う設定で作られたモノなんだよ。他人なんだよ、『黒井火月』と『黒井竜樹』は。いや、他人っていうのもおかしいか、人じゃないんだし。
「竜樹は今まで私達と会って旅したこと後悔してる?」
―――もう、構わないでくれ。
「もう構わないでくれ」
気付いた時にはそう口から出ていた。
パチィン! という鋭い音が聞こえて再び頬に痛みが走る。海香の目からは大粒の涙がポロポロと落ちてきている。自分の目からも涙が流れてきてるのにも今気づく。
―――海香、何で泣いてるの。俺は何で泣いてるの。
小学校二年の時まだ今の会社に勤める前の父さんと母さんに竜樹と私は水族館に連れて行ってもらった時、その時見たイルカショーのイルカは思ったよりも大きくて、思ったよりも高くジャンプしてて、まだ暑かったあの日は思った以上に水しぶきが気持ちよくて、すごく楽しかったのを覚えている。
竜樹は小学校の頃鱗の事でみんなからいじめられてたから、私は竜樹のお姉ちゃんなんだから弟を守らなくちゃって思って泣いている竜樹をかばってよく上級生とケンカをした。何回も何回も竜樹を守ってケンカして上級生を打ち負かしてたから、腕に羽毛があったこともあってみんな私の事を『鷹』なんて呼ぶようになって、先生にいっぱい怒られて、友達もどんどんいなくなっていった。でも私には竜樹がいるから大丈夫ってずっと思ってた。
私が小学校六年の時の持久走大会で先に走った竜樹が五位を取って私も負けられないって思って私は全力で走った。六位くらいでゴールできそうだったのにゴール直前でコケて一気に六~七人くらいに抜かれて結果、私は十三位でゴールした。母さんは十三位でもすごいよって言ってくれたけど、私は本当は竜樹と同じくらいの順位を取りたかった私はそれがすごく悔しかった。
楽しいことも、嬉しいことも、辛いことも、悔しいことも色々あったけど全部幻獣達の都合で作られた『黒井火月』という人間の形をしたもののオマケで作られたもの。その黒井火月だって幻獣の都合で作られたモノ。
「火月ちゃん! 火月ちゃんってば!」
グワングワンと肩を掴まれて激しくゆすられているのに私は気付いて顔をあげる。そこには蒼井さんの顔があった。
「今はつらいだろうけど、気をしっかり持って!」
―――そんな事言わないで。
「泣きたいなら泣いてもらって構わない。つらいのなら喋らなくてもいい」
―――なんで分かったような口をきくの?
「今までが作り物でもこれから思い出を積んでいけばいい」
―――そんな常套句アニメや漫画でさんざん聞いた。
「僕達と一緒にいて火月ちゃんは楽しくなかった?」
―――うるさいよ。
「うるさいよ」
無意識のうちに口からそう出ていた。
バチィンという音が聞こえて頬に痛みが走った。蒼井さんは強く強くこっちを見つめていて、その目には僅かながら涙が垂れてきていた。私の目からも次々と涙が溢れてきていることに今気づく。
―――蒼井さんが泣いてるところなんて初めて見た。
私と蒼井さんが二人の気をしっかり持たせようとしているけど二人はまともに動く事も、喋る事も出来てない。
「…海香ちゃん」
蒼井さんがやっと私に聞こえる程度の声で私を呼んだ。
「なに?」
「ここから…逃げよう」
竜樹とかづかこんな状態では言っては悪いが使い物にならない。それにまだ今の私達には二人を守って戦えるほどの実力派ない。
「賛成…だけどどうやって?」
あの三人は私たちが逃げますって言ったってはいそうですかと逃がしてくれるわけがない。それに奴らにとっては今確実に私たちを仕留められる実力があるから私達をあえて逃がすメリットなんてない。
それに私達だって逃げるとは言ったものの、二人を担いで足止めして逃げるなんて難易度が高すぎる。でも、逃げなければ私達はみんな死ぬだけだ。幸い奴らは自分たちの方が格上っていう余裕を持ってるから、もしかしたらそこに隙が出来るかもしれない。
「海香ちゃん、瞬間移動の魔法使える?」
「使える…けど、使う時に大きな隙ができちゃう」
私は特訓して何とか瞬間移動の魔法が使えるようになったのだ。
「僕が何とか隙を作るから、タイミングを見てみんなで逃げよう」
蒼井さん一人であの強さの三体を引き付けるなんてはっきり言って無理だ。難しいのではなく不可能なのだ。
「それにあと少しで心強い味方が来るから」
蒼井さんはウソを言っているようには見えない。誰だろうか、心強い味方って。
蒼井さんは私の方をチラッと見ると三体の方へ歩いて行った。話し合いで時間を稼ごうとしてるみたいだけど三体とも蒼井さんと話をしながらもこっちに注意を向けているのが分かる。
ボルクとカイエンはもしものために二人から離れない。そうしてくれるのは例え二人が作り物でもそうしてくれるのはありがたい。だって二人がいなくなったら私は困るから、本心からそう思う。
「ぐぁっ!!」
蒼井さんの苦しそうな声が聞こえた瞬間私のすぐ右側でズドォォンという激しい音がして蒼井さんが吹っ飛んでくる。ガラガラと崩れてくる瓦礫の中から蒼井さんが飛び出してくる。蒼井さんが飛び出す瞬間に少し見えたのだが蒼井さんは体中傷だらけで左目が開かない程に傷つけられている。こちらをチラッと見てから飛び出した蒼井さんのその視線は『長くは持たないから早くして』と私に訴えているようだ。
私は体勢を整えて瞬間移動のための魔法の呪文の詠唱を始める。その詠唱は約一分程かかり、私の周りが光るので戦闘中は絶対に使えない。信頼できる仲間の助けがなければ。
「そんな事だろうと思ったよ!」
アスガルトがそう言って私の方に素早く飛んでくる。
まずい! 今の状態じゃ早く動けない。
アスガルトの爪が私に向かって大きく振り下ろされた時、ボロボロで左腕を亡くした蒼井さんが私をかばって攻撃から守ってくれた。でも蒼井さんの体が大きく切り裂かれてその場に倒れこんでしまう。
「…しぶといな」
アスガルトはそう言うと蒼井さんを離れたところに蹴とばした。アスガルトは右腕を大きく振りかぶり氷を纏い、振り下ろす。
まだ詠唱が終わっていない! 殺される!!
「かはッ…!」
私は何とか後ろに半歩だけ下がる事が出来た。でも右肩あたりを切られてしまう。
苦しくて、すごく痛いけど私は詠唱を続ける。もう一度アスガルトが大きく右腕を振り上げる。私はそれを避けようとして後ろに下がるが丁度そこにあった瓦礫に引っかかり倒れてしまう。
アスガルトは二ィと笑い腕を勢いよく振り下ろす。
私は思わず目をキュッと瞑ってしまう。
でもなぜかそれは私に当たらずにアスガルトの「クッ」という声が聞こえてきた。
「大丈夫か?」
突然聞こえてきた安心できるその声は私には聞き覚えがあった。恐る恐る目を開けるとそこには―――
「皆で逃げるぞ」
アリエスとフェインがいた。
「詠唱を続けろ。もう少しだろ、逃げるぞ」
フェインのその力強い言葉に私は涙を流しながら頷く。
「はぁぁぁぁ!!!」
アリエスはそう力を込めると三体を背の高い炎で囲んだ。そのおかげで三体とも数秒だけ動きを止まる。でもその数秒で詠唱は完全に終了して私達は瞬間移動することが出来た。
「はぁはぁはぁ……」
移動してきた先は―――沖縄にある私の家だ。




