ビースト街
俺達はゲートをくぐって幻界に入った。そこは以前海香を助けるために入った場所とは別の場所であの時とは違う景色が視界に入ってきた。そこは背の高い木々が生い茂る森の中でとても涼しい風を体全体で感じることが出来てとても気持ちいい。
背の高い木々が生い茂っているために飛ぶことは出来ないので、俺達は仕方なく歩いて西の海に向かう事にした。森の中では時々不思議な生物の鳴き声が聞こえてきたり、背後から気配を感じたりと中々落ち着くことが出来ずに最初森に入った時に感じた心地の良い涼しさは、少しずつ時間が経っていくにつれ気持ちが悪い寒気に変わっていった。
俺が感じた気配は周囲の風の動きや向きを感じる事が出来る蒼井さんも気づいているようで常に周りを気にしているようだ。海香と姉ちゃんは気付いてないらしいのだが、それでもいつでも戦闘出来るように気を緩めたりはしていない。でもミリアだけは空気を読まずに鼻歌を歌っていた。
その後約二時間程歩くと森を抜けた。ボルクの話だともう見える所には西の海近くの西地区の町が見えてくるはずらしい。でもあたりを見回してみてもそれっぽいものは視界に入ってくることはなく、見えるのは砂漠ばかりだ。
「本当にこの近くにあるのか?」
「のはずなんだがな…もう少し先か?」
俺が誰にでもなく呟いた言葉にボルクが反応してくれた。ボルクはここに来るのはかなり久しぶりらしく、他の幻獣達もこのあたりには来たことがなく勿論俺達人間は来たことがない。なので今頼りになるのはボルクの遠い記憶だけということになる。ボルクの話によると西の海に隣接する形で幻界で一二を争う荒れている西地区の町―――通称ビースト街―――があるらしい。
これから先は砂漠で見通しが良い為、俺達は飛んで移動することにした。
結果から言ってボルクの記憶は間違ってなかった。でも到着した場所には街なんてものはなくて、恐らく街があったであろうと予測が出来る無残にも全壊している家の数々があった。
「…どういうことだ……?」
何とかボルクだけがそう呟いたけど俺は元々のこの町を知らないせいもあるのだが廃村ってこんな感じなんだろうな、と失礼なことを思っていた。
「ドラゴン達に潰されました……」
後ろから弱弱しい声が聞こえて全員が振り向くとそこには黄緑色をしたブヨブヨの物体があった。
「スライムのポーです…」
落ちているがれきを避けながらズルズルとこっちに這う音と共にその声も聞こえてくる。
「さっきの話詳しく聞かせてくれる?」
海香がしゃがんで落ち着いた口調で投げかけた質問にスライムは少し間をあけてから話し出した。
「……大体一週間くらい前にドラゴンが二体もこの町に来たんです」
―――ちょっと待て、ドラゴンが二体ってのはおかしくないか? だって前にルイから聞いた話だとドラゴンは今六頭しかいなくて、アスガルトは竜王側につき、その竜王は現在閉じ込められている。それにフウリ―というドラゴンとスイレインというドラゴンは現在行方不明で、ボルクは俺達と共に行動しててギアはアリエスと共に行動している。つまり今ドラゴン単体で動けるのはアスガルト一頭のみということになる。正確に言えばボルクとギアもパートナーから離れて行動する事が出来るがボルクは俺のもとを離れてないし、ギアだって同じだろう。以上の事から考えてみても行方不明のフウリ―とスイレインの二体が同時にこの場所に来た、という線が一番強そうだ。でもそれもこの中では、ってだけで実際はその線もかなり細い。
「その二体の特徴とかわかるか?」
ボルクも俺と同じ疑問を持ったようでポーに質問した。
「えっと……一体は冷たい水色の鱗をしていて目つきが鋭かったのを覚えてます」
一体はアスガルトで間違いなさそうだ。俺は他のドラゴンはギア以外見たこと無いけど、以前ボルクから「俺達兄弟とキングはそれぞれ違う色の鱗をしている」と聞いたことがある。
「もう一体は全身が漆黒といった感じの黒い鱗で水色のドラゴンより二回りくらい大きかったと思います」
「そ…それは…本当か……?」
明らかにボルクの声が震えている。
ボルクの質問にはポーはうん、と頷いた。
「うそだろ………まだ半年も経ってないぞ……」
さっきよりもボルクの声が震えている。それどころかカイエンやフラスまでもが明らかに動揺しているようにみえる。
「黒いドラゴンって―――」
「…竜王…キングだ」
海香の言葉を遮るようにボルクが言った。
竜王キング。平和な世界を作るために俺達が倒すべき最終目標。ボルク達が何とか地下牢に閉じ込めて今もその中にいるはずのドラゴン。
「ほ…他に幻獣はいたか?」
「他には…ヒュドラとか鬼とかですかね……」
ポーのその言葉にボルクはそうかと呟いた。
ボルク達は明らかに動揺していて俺にはどうすることもできない。
「ど…どうするんですか…? これから」
カイエンが姉ちゃんの腕から明らかに焦った顔を出してそう言うも誰もその質問に答えることをしない。いや、答えることが出来ないと言った方が正しいか。
「キングが復活してしまったなら、倒しに行く方がいいんじゃないの…」
蒼井さんにしては珍しく状況を読めていない発言だった。今の俺達の実力ではドラゴンはおろか、上位のS級すら倒せないのは俺ですらわかる。そんなことがいつも誰よりも状況把握が出来ている蒼井さんに分からないわけがない。
「倒すにしても今の私達の実力じゃ―――」
姉ちゃんはそこから先は口にしなかった。言われなくてもそんな事みんなわかってる。
痛いほどの沈黙が数十秒続いた時、遠くからバサァバサァという恐らく翼の羽ばたく音が聞こえてた。みんな一斉にその音がした方向に視線を向ける。そこには水色の生物と黒い色の生物がこちらに向かってきている。
―――水色の鱗をしていて目つきが鋭かった―――
―――全身が漆黒といった感じの黒い鱗で―――
さっきのポーの言葉が脳内で再生されてしまう。……嫌な予感しかしない。それはみんな感じているようでその場に緊張が走る。蒼井さんが風斧を構え、姉ちゃんがライターを取り出し海香がナイフを構えて俺は雷銃を取り出していつでも撃てるようにする。
誰かがごくりと唾液を飲み込む音が聞こえた。誰かの汗が一滴ポタリと地面に落ちる。そろそろその二体が近くまで来てもいい時間が経っているはずなのにさっきよりも少し近づいたくらいだ。数秒が数分にも数十分にも感じる。
バサァバサァという音がどんどんと近づいてきて遂にその二体が姿をはっきりと目視できる距離まで近づいてきた。
「あれは……ドラゴンじゃない…?」
フラスが僅かに呟く。確かにその二体はドラゴンのような巨体ではなく俺達人間よりも少し大きいくらいだ。それにその姿は人のようにも見えて、その背中からドラゴンに似た羽が生えているように見える。
「ドラゴニュートだ……!」
ドラゴニュートはドラゴンのような高い飛行能力を持ち、人型特有の異常なまでの高い知能(勿論人型以外にも少ないが高い知能を持つ幻獣は存在している)を持っていてほとんどが上位の実力を持つ。が、ドラゴニュートは種全体でスタミナがかなり低い。つまり持久力に欠けるという事だ。とフラスが説明してくれた。
ドラゴニュートは飛行高度を低くして俺達の前に降りてきた。
近くで見ると二体とも身長は高く軽く二百五十くらいはあると見える。水色の鱗の方は目がつりあがっていて眉毛も細く、鼻が若干高くていかにも美青年といった感じだ。でも手や足などは人よりも爬虫類のそれに近くて、鋭い爪と鱗が生えた人の手足というような表現が一番近い気がする。首筋から頬骨あたりにかけても鱗が見える。
黒い鱗の方は水色のよりも少し身長が高く、ガタイもしっかりとしている。水色のとは正反対でその顔は美青年というよりもダンディなジェントルマンと言った印象を受ける。顎には立派な髭、目元にはそこだけ場違いなような黒い眼帯をしていた。それ以外は水色のと同じような特徴をしている。
「見たこと無い顔だな、誰だお前ら」
黒い鱗の方が俺達に向かってそう言った。
「あぁ、俺はにんげ―――」
「その前にそこにいる奴も出てきてくれ」
俺の言葉を遮るようにボルクがそう言うと何もないところからすぅぅっと女性が出てきた。
「失礼、別にあなた達と敵対するつもりはない。お詫びにこちらから名乗ろう。私は魔女のキリミナ、こちらの黒いのがドラゴニュートのシニア、こちらも同じくドラゴニュートのトマト」
キリミナと名乗った魔女はとても礼儀正しく頭を下げながら紹介してくれた。彼女は背丈は同じ魔女のフラスと同じくらいでキリッとした目つきをしているが左目が金髪で隠れている。そして高くもなく低くもない鼻をしていてすべすべの肌をしている。でも胸は、言っては悪いがかなり小さくAAくらいだろうか。服はスーツのような黒いものを着ている。
俺達は各々自己紹介をした。勿論俺達が人間だと言ったら驚かれたがこういう反応されるのも慣れた気がする。というか誰も水色の鱗の方の名前が『トマト』だということに触れてはいない。いや、なんとなく触れてはいけない気がする。もしかしたら幻界にはトマトって野菜が無くてたまたま実界にある野菜の名前とかぶってしまっただけなのかもしれない。うん、きっとそうだろう。
「貴方たちはなんでここに?」
キリミナが俺達にそう聞いてくる。
「私達は彼女を故郷の西の海に送ってる所です」
姉ちゃんがキリミナにつられたのかミリアを見ながら丁寧な言葉でそう答えた。
「貴方たちは?」
姉ちゃんが本当に聞いたこと無いくらい丁寧な言葉づかいになっている。
「私達は約二週間前にここから出かけて丁度今帰ってきたところです。……それよりもどういう事ですかこれは……?」
「私達も今着いたとこなんですがこの町の住人だという彼が色々と教えてくれました」
姉ちゃんがそう言うとポーが三人にさっき俺達にしたのと同じ説明を三人にした。
「……そうですか」
キリミナはそう言って黙ってしまった。他の二人も黙ったままだ。
「とりあえず俺達もその海の方も見ておきたい。一緒に行っていいか?」
シニアがそう言ってきたのでここで断るのは不自然なので俺達はオーケーした。でもボルクから怪しいからいつでも戦闘できるようにしとけって忠告があった。
町から海まではあまり遠くなく、歩いて十五分くらいで到着した。そこはは見たこともないエメラルドグリーンの水の何とも神秘的な海だった。
俺達人間は勿論こんな色の海を見るのは初めてで俺も含めて全員言葉を失っている。
するとミリアが海香の水の空間から勢いよく飛び出してきてそのエメラルドグリーンの海にザパーンと音をたてて飛び込んだ。
「ここまで連れてきてくれてありがとう。この借りはいつか絶対返すからね」
「いいってそんなの」
俺はそう言ったがミリアの気が済まないらしく、何かさせてくれと言ってくる。
じゃあ、と何をしてもらうか考えてるとミリアが突然顔を近づけるように言ってきたので俺は素直に従った。
すると頬にプルプルの柔らかい少し湿った感触がした。俺は何をされたのか分からずミリアの顔を見つめて硬直してしまったが周りからは、特に海香の声が強く聞こえてくる。
「とりあえずこれでチャラにして! とろとろしてると私がもらっちゃうよ? 海香さん」
ミリアは小悪魔のように笑ってそう言うと海の中に潜っていってしまった。
「じゃ…じゃあ帰ろうか…」
俺は自分でもわかる程震えた声で何とかそう言った。
「……………」
「かはッ……!」
ボソッと誰かの声が聞こえたかと思うと、同時に姉ちゃんの苦しそうな声が聞こえてきた。俺がゆっくりとその声のした方に視線を向けると、シニアの左腕が姉ちゃんの胸を背中から貫いていた。




