逃走
俺は泣きながら抱き着いてくる海香に胸を貸しながら、俺も海香を強く抱きしめた。観客席でざわざわと騒ぐ幻獣達のことは気にせずに強く、強く、離れないように。その時間は実際は十秒足らずだったのに、俺にはとても長く感じられた。
「な、何してるの! 早く捕まえなさい」
司会者らしき幻獣がさっき俺が殴った鼻のあたりを抑えながらそう言った。
すると約十人くらいのエルフがどこからともなく出てきて俺達をぐるっと囲った。海香が涙でぐしゃぐしゃになった顔をあげて俺の顔を見上げてきた。
「大丈夫だから、じっとしてて」
俺は海香の顔を見つめて優しくそう言った。海香は俺のその言葉に涙を拭ってからか細い声で「うん」と言ってから頷いた。
俺は海香を左手で自分の体に抱き寄せて、長い槍状のような電撃を出してそれをきつくつかんで俺達を囲んでいるエルフたち目がけて振り回した。その電撃は本物の槍のように斬撃を繰り出したりすることは出来ないものの、その槍が当たった相手を高電圧で少しの間感電させて動きを止めることができる。
「逃げるぞ!」
俺はそう言って海香の首輪を壊してからそう言った。
混乱している観客の幻獣達の間を縫って海香の手を引いて俺は走った。俺に続くように姉ちゃん達も走った。
「人間なんかと手を組んだってのは本当なんだな」
混乱する客席の中で落ち着いたような口調の言葉が聞こえた。その声に俺達は足を止めてしまい、声のした方を振り向く。
「ガルト……!」
ボルクが震えた声でそう言った。
「久しぶりだな」
そのガルトという幻獣は身体的な特徴はボルクと大差なく水色の冷たい色をした鱗が体中を覆っており、目つきが僅かばかりボルクより鋭い。
「ア…アスガルト…様!」
カイエンも震えた声でそう言った。確かアスガルトって言ったら竜王側についたボルクの兄弟のドラゴンで氷を扱う力を持ってるって確か言ってた。
「お前達は頭が狂ってるんじゃないのか? 母上を殺した人間なんかと手を組むなんて、母上が喜ぶとでも思ってるのか? 幻獣は俺達に絶対服従させて、人間達は皆殺しにするべきなのだ。二度とこういうことが起きないためにも!」
アスガルトはボルクを―――俺達を―――にらみつけながら強くそう言った。
「違う!」
ボルクが間髪入れずに否定の言葉を言った。
「そんな風に幻獣達を支配して、人間を皆殺しにして平和を愛した母上が喜ぶとでも思うのか!」
ボルクの全力の反論にアスガルトはフゥーとため息をついてさっきよりも静かに喋り出した。
「……死んでしまった母上の気持ちなんて本当のところは分からない。俺達にも父上にもだ。でもお互いがそれぞれ譲れない思いと考えがあるならぶつかるのは必然、言葉じゃ和解出来ないのなんて既にわかりきっていることだろう」
「わかってるさ、俺達がいずれ母上が愛した平和な世界を作る、お前達を倒してな」
ボルクはそう言って俺のことを見た。俺はそれに頷いて走り出した。みんなもそれに続くように走り出した。
「逃がさないよ、泥棒が」
俺達の前に司会者だった幻獣が立ちはだかった。
「あいつはサキュバスだ。まずいぞ、タツとは…と言うかオスとは相性が悪い……」
ボルクがサキュバスを見ながらそう言った。
相性が悪いとか関係ない。今は前に立ちふさがる者は問答無用でぶっ飛ばす! 蒼井さんが俺の前に出て、竜巻を纏った右手でサキュバスの顔を殴った。するとサキュバスはぐるぐると回転しながら後方にとんで行ってものすごい音をたてて壁に激突した。俺達はその隙にそのサキュバスの横を走り抜ける。でも通り抜けようとした時にサキュバスの「あたしに触ったわね……」という声が聞こえた。
でも俺達はそんなの気にせずに走り続けた。でも突然蒼井さんが足を止めてサキュバスの方に歩いて行った。
「ちょっとどこ行くの!?」
姉ちゃんも足を止めて蒼井さんを引き留めようとするが、蒼井さんはそんなのは意にも介さないようにサキュバスの方に向かって歩いて行く。何故か蒼井さんの目は焦点が合ってなかった。そして蒼井さんはサキュバスの横で立ち止まってこちらを向いた。
「何してるの…? 蒼井さん…?」
姉ちゃんが動揺したようにそう言った。
「私に触れたオスは皆、私の従順なしもべとなる」
蒼井さんの顎あたりに手を添えながらそう言った。オスと相性が悪いってのはそういう事か、リフもオスだからサキュバスの能力にかかってしまっているようだ。でも俺にはそれは逃げることへの障害にはならなかった。
俺は雷銃を取り出してそのサキュバスに向かって超電磁砲を撃った。今日だけで既に二発も撃っているのに不思議と疲労を感じない。後でドッと来るのかも知れないがそんなのを今は気にしてる場合ではない。
俺が撃った超電磁砲はサキュバスの顔に直撃して、そのサキュバスは声を上げることなく気絶した。ドサッとサキュバスが倒れる音とほぼ同時に蒼井さんの目に生気が戻った。
「済まない、少しの間意識がとんでいた」
蒼井さんがそう言った後俺達は出口に向かって走り出した。そしてカーテンのようなドアをくぐって外に出た瞬間、左側から巨大な氷柱が数本ものすごい速さで俺達の方にとんできた。俺は海香を抱き寄せて右側に跳んだ。他のみんなもそれに気づいて各々避けた。
「流石だな、人間の方もかなり鍛えてるな」
攻撃がとんできた方を見ると、さっきのアスガルトがその大きな体を宙に浮かせていた。
「なんだよ、見逃してくれるんじゃなかったのか」
ボルクがそう言うとアスガルトは少し間をあけてから口を開いた。
「……そのつもりだったんだけどな、さっきのを見て気が変わった。お前達は必ず父上の最大の敵になる。だからお前達は今のうちに消しておくべきなんだ」
二体が話している間にフラスとソラスがまだ目元が赤いままの海香の中に入って行った。海香はいつの間にか二人を同時に体に入れることが出来るようになっていたみたいだ。
「逃げるぞ、今のお前達では束になっても奴には勝てない」
俺はボルクに言われるまでもなくアスガルトとの力の差を感じていた。そのために俺は翼を広げて飛び上がり、みんなと一緒に全力で敵のいない方に飛んだ。
「ドラゴンはもっと速く飛べるはずだぞ」
俺の右側から声がしてそっちを向くと余裕の表情をしたアスガルトがいた。
「!」
俺は驚いて声が出なかった。そして息つく暇もなくアスガルトの吹雪のようなブレスが俺に直撃した。驚く間もなく俺の左腕がパキパキと音をたてて凍って動かなくなってしまった。それは体温が一気に奪われそうな程冷たく、肘が曲がらない。俺は何とか動く右腕でアスガルトに向かって電撃を繰り出すもそれはパシッとはじかれた。
「……ねえぞ……」
アスガルトの方からボソッと声が聞こえたが俺はそんなのを気にせずに全力で逃げる。
「ふざけんじゃねえぞ。人間と組んだ結果がこれか、お前ら弱いよ。さっきのはまぐれか」
そう言ってアスガルトはその太い腕で俺の背中を上からたたきつけた。
「グ八ッ!!」
俺はその一撃で口から多くの血を吐いてすごい勢いで地面にたたきつけられた。それと同時にミシミシミシという音が聞こえて骨が折れた。
「うぉぉぉ!」
さっきの一撃ではっきりしない意識とかすんだ視界に見えたのは蒼井さんアスガルトに向かっていって風の刃を纏った風斧を振り下ろしている姿だった。でもそれは簡単に止められて蒼井さんは吹雪のブレスで右足を凍らされてしまって地面に墜落した。
俺の意識がだんだんと無くなっていく中、目の前に海香が来て高速で治癒をしてくれた。本当に一瞬にして体のだるさが無くなり立てるようになった。でも左腕は凍ったままで動かない。
「竜樹!」
姉ちゃんが俺の名前を読んで走ってきて抱きしめるように俺の凍った左腕を温めてくれた。すると氷は瞬く間に解けて左腕はしっかりと動くようになった。
「姉ちゃんと海香は蒼井さんを連れてきて。蒼井さんがこっちに来たのを確認したら俺がなんとか隙を作るから全力で逃げよう。あと俺が左手を高く上げたら二人とも目を閉じて。蒼井さんにも言っといて」
俺はそう言った後にアスガルトに向かって飛んで行った。
「人間の方は死んでもらってもいいけどボルクに死なれたら困るんだよね」
アスガルトはその巨大な翼で羽ばたきながらそう言った。
「大丈夫さ。俺は死なないから」
俺は無理に余裕の表情を作り出しながらそう言った。横目で姉ちゃんと海香が蒼井さんを抱え上げたのを確認しながら俺は左手を高く上げた。
「なんのつ―――!」
アスガルトの言葉は途中で遮られてあたりをまばゆい閃光が走った。俺が電撃を広範囲に放って目くらましに使ったのだ。
俺はすぐに身をひるがえして三人のもとへ飛んで行った。
「行くよ」
俺は小さな声でそう言うと蒼井さんを担いでみんなで飛んでその場を後にした。
その後、俺達は何とか雲空島のナナの旅館まで戻った。
「みんな……ありがとう」
海香が改めて俺達の方を向いて頭を下げた。
「無事でよかった」
蒼井さんが姉ちゃんに左足の氷を溶かしてもらいながらそう言った。その蒼井さんの言葉の後に何故か海香は表情が暗くなって遠慮がちに口を開いた。
「でも……他の奴隷ショップで掴まってた幻獣達は……」
「それなら問題ないよ」
「え?」
フラスの言葉に驚いたような声を出して顔をあげた海香に一人のエルフの少女が勢いよく走ってきて抱き着いてきた。
「人間のお姉ちゃん!!」
海香はその子を抱き留めた衝撃で後ろに倒れてしまったが、目を丸くして口を開いた。
「リ…リアちゃん!?」
「うん!」
「よかった無事で……」
海香はまぶたに涙を浮かべながらエルフの女の子を抱きしめていた。
「他の子は?」
海香が抱きしめてた腕を話してリアに聞いた。
「みんな逃げたよ」
「いつの間に……?」
不思議そうに俺達を見つめる海香に俺は事情を説明するために口を開いた。
「三つ首と二つ首の傭兵さんにお願いして奴隷になりそうな幻獣を助けてもらったのさ」
三つ首と二つ首の傭兵とは勿論ケルベロスとオルトロスのことで、幻界に入った後にまた会ったのだがその時に雇って、もう二人の屋敷からいなくなった子を探してもらったのだ。実際には「今回はサービスでただでいい」とケルベロスが言ったので雇ったとは言わないが。その結果ケルベロス達はあの奴隷ショップにたどり着き、俺達とは別に侵入して他の幻獣達を助けてくれたのだ。その後はケルベロス達はどこに行ったか分からずにお礼すら言えなかったわけなのだが。
勿論海香はそんなことは知らないので俺の言葉の意味を理解できてないようだった。
「皆さんよくご無事で」
ナナがそう言って羽を小刻みに震わせながら俺達がいた部屋に入ってきてそう言った。
「アンナは?」
ボルクがそう聞くとナナは首を横に振ってから口を開いた。
「わかりません。当然屋敷にはいないようですし今どこで何してるかもわかりません」
「子供たちはどうするの?」
今度は海香が聞いた。
「子供たちは私が預かろうと思ってます。幸いここは旅館で広いですし私が何とかお世話していきます」
ナナのその提案に俺は笑顔でうなずいた。
「今日はここで休んで行って下さい」
ナナがそう言ったので俺達は素直に甘えることにした。
「ウッ―――!」
俺は立ち上がって前に泊まった部屋に行こうとしたのだが、体に力が入らなくてその場に崩れてしまった。
海香が「大丈夫?」と心配そうに俺の顔を覗き込んで肩を貸してくれた。多分この疲労は超電磁砲を二発も撃った影響だろう。
俺は海香に肩を貸してもらいながら何とか部屋に戻ってベッドに横になった。海香はイスを持ってきてベッドの横に座った。
「今日はありがとう。竜樹達が助けに来てくれた時すごい嬉しかったよ」
海香が静かに喋り出した。
「うん…」
俺は相槌を打つように頷いた。
「お礼ってわけじゃないけど竜樹が動けるようになるまで私ずっとそばにいるからね。安心して休んで」
「ありがとう」
「何か飲む? とってくるよ」
「じゃあ水を頂戴」
「りょーかい」
海香はそう言った後立ち上がって部屋から出て行こうとした。でも出て行かずに、握っていたドアノブを話して俺の方にゆっくりと歩いてきた。
「今日は本当にありがとう」
海香の優しく穏やかな声が聞こえた直後に俺の顔に海香が顔を近づけてきて、頬にやわらかい感触がした。
「………きだよ」
なんて言ったのかよく聞き取れなかったのは突然キスされたことに思考が追い付いてないからなのか、それともただ単に海香の声が小さかっただけなのだろうか。
俺の思考が停止したまま数秒が、いや数分が過ぎたころに海香がコップに入った水と濡れたタオルを持ってきてくれた。俺は何とか水を飲んでから目を閉じた。海香が額に濡れタオルを乗っけてくれたのかひんやりとしててとても気持ちいい。因みに海香が戻ってきてからはお互いまともに顔を見れなかった。
俺は疲労のせいかすぐに眠ってしまった。




