競売からの救済
「―――ッ―――」
ガタンと強い衝撃がして目が覚めた。手足を動かしてみるがロープできつく縛られているためピクリとも動かない。何とか首だけ動かして周りを見てみても、クリーム色の布が視界に入るだけで他は何も見えない。
何でこんな状況になったんだっけな―――?
確かアンナさんの屋敷で幻獣の子供たちと一緒にご飯を食べた後に部屋で体を拭いて、それから寝て……朝早くに起きちゃってまだ誰も起きてないからトイレ行ってから……そこからの記憶がない。多分ベッドに入ったんだと思うんだけど、だとしたら何でこんな状況になったんだろう……?
今頃竜樹達は「海香がいなくなった!」って騒いでくれてるかな? それともまだ誰も起きてないかな。
「ここはどこだろう……?」
何故か自分でもびっくりするくらい落ち着いていた。
「あら、起きましたか」
袋の外からそう声がした。私はその声に聞き覚えがあった。
「アンナ…さん…?」
「正解です! よくわかりましたね」
するとずっとガタガタと揺れていた私の乗っていたものの動きが止まった。
「今どういう状況なの?」
「だいぶアバウトですね。あとまだ他の二人は起きてないので静かにしてもらっていいですか」
私は勿論従う気などなどなく、アンナが私たちに何かをしたのは明らかなので私は少し強気に出た。
「そんなことはいいから私に何をしたの!?」
「……そうですね、私はあなたがトイレに行って寝ぼけてる時にちょこっと強く殴って気絶させました。そんで袋に詰めて今ショップに向かってるところです」
「ショップ?」
「幻獣職業生活安定所、通称奴隷ショップのことです」
そう言われて私は一瞬思考が停止した。てことは私はこれから奴隷になるのか?私だけではない、一緒にいると言っていた幻獣の子供たちも。奴隷。つまり死ぬまで人間扱いされないってこと、しかも人間でなく幻獣達にだ。
そう思った瞬間に私はとても怖くなった。
まだ十六でやりたいことや行きたいとこだってたくさんあるのに。フラスちゃんやソラスちゃんと一緒にもっと魔法を使ってみたかった、まだお互い知らないことも沢山あるのに。
かづや蒼井さんともっとお話ししたかった。蒼井さんは優しくていつもカッコよくておまけにあんな美人な奥さんまでいて、ついでにお金持ちで。そんな蒼井さんに憧れの気持ちは少なからずにあった。かづは本当のお姉さんみたいで優しくて一緒にいてとても楽しかった。
竜樹は――――――とても大事な人。一緒にいると心が安らぐ、話していると心が温かくなるような気がする。
それにボルテックスにカイエンにリフ、アリエスにフェインにギアやルイ、まだ会ったこと無いけどルイの彼女のミーナやフェインの家族たち。
みんなと仲良く一緒に笑い合いたかった。
「あ……」
頬に僅かに涙が流れた感触があった。手が縛られているためにその涙を手で拭うことが出来ない。布の袋に涙がしみていく。
「みんな……」
自分の声がかすれているのが分かる。
「多分今頃皆さんあなたがいなくなったことに気づいて大騒ぎでもしてるんじゃないんですかー?」
アンナは嫌味っぽくそう言ってへっへっへと汚く笑った。
「なんでアンナさんは―――アンナは奴隷を攫うようなことをしてるの?」
私はアンナを敵だと認めてかすれた声で強めに言った。でも返ってきたのは呆れたような言葉だった
「なんでって…そのくらい分からないものですかね……ニンゲンというものはニブイ生き物なんですね」
袋の中に私はいる為アンナの顔を見ることは出来ないが、絶対に得意げで憎たらしい顔をしているに違いない。
「金ですよ、金。あれだけの子供を育てるにはお金がたりないんですよ。だから仕方なく非合法な手段を取らざるを得ないんです」
ウソだ、そんなのただのでまかせだってわかっている。お金が目的なのは確かだろうけど多分半分くらいウソだ。
「本当は?」
「ひどいですね、半分は本当ですよ」
やっぱり……私の思った通りだった。
「理由は……お金もそうですけど、まぁ趣味みたいなものですね」
趣味だって……?他人の人生を奪って苦しませることが趣味だなんて許せない。でもそれ以上に自分の人生がこんな奴の趣味で潰されることが怖くて、そして許せなかった。
「……ここ…どこ」
私の右隣から声が聞こえた。
「ほら、あなたが騒ぐから起きてしまったじゃないですか」
アンナの嫌そうな声が響いた。
「あなたとのつまらないお話も飽きてきたのでそろそろ向かいますか」
アンナのその声と共にずっと私の入っている袋がガタンと音をたてて動き出した。恐らく台車か何かに乗せられているのだろう。さっきからずっとさっきの子の不安そうな声が聞こえてくる。なので少し落ち着きを取り戻した私は隣の私と同じ状況になっているであろう幻獣の子供に小声で話しかけてみることにした。
「あなた、名前は?」
「だ…誰?」
その子の声は明らかに震えていた。
「あの屋敷にこの間来た人間の海香。あなたあの屋敷の子でしょ?」
その言葉の後に少し間が空いた。
「う…うん、私はエルフのリア。まだ剣はあんま使えないんだ……」
少し震えた声で思いの外しっかりと自己紹介してくれた。私よりも大人っぽいのかもしれない。
「手足は動かせる?」
「無理、しっかりと縛られてる」
「剣は持ってる?」
「……ない」
私は大きく深呼吸をした。何か逃げ出せるように策を考えないと、と思ってまだ恐怖が残る心を落ち着かせて脱出策を考えてみるが何も思い浮かばない。
「あぁそうそう、人間のあなたは初めてですよね、ここは既に幻界ですよ。でももうしっかりと幻界の日を見ることはないと思いますよ。だって奴隷になるんですから。あーでももしかしたら飼い主が外を散歩させてくれるかも知れないですね」
アンナがペラペラと喋るがそんな言葉は私の耳には入ってこなかった。ずっと脱出策を考えているからだ。でも何も思い浮かばずにただ時間だけが過ぎていって、少しづつだが確実に私の心の余裕はなくなっていく。
そして急に台車の動きが止まった。
「あ、アンナさん! 今日も商品を持ってきてくれたんですか? 三つ……ですか」
すると少し高めの聞いたこと無い、男女の区別があまりつかないような声が聞こえてきた。
「はい、今日はレアものを持ってきましたよ、何だと思います?」
次にアンナの声が聞こえてきた。恐らくレアものとは私だろうとは思ったがそんな事よりも今は脱出策を考えねば。
「レアものですか……?」
「なんと! ニンゲンですよ!」
「ニ…ニンゲンですか!? 性別は?」
「メスですよ。いくらで売れます?」
「そうですね…しっかりと見てみないと分からないですけど最低でも八千万オルは下らないでしょうね」
「八千万!?」
アンナともう一人のやり取りが聞こえてから台車はまた動き出した。私とリアは黙ってそれを聞いていた。
すると突然体が起こされて袋が開いて明るくて白い光が視界に入ってきた。私はあまりの眩しさに目を一瞬閉じてしまったが少しづつ目を開けてあたりを見回してみる。そこで一番最初に視界に入ってきたのは殺風景なコンクリートを打ち付けただけのような壁と天井だった。
「人間のお姉ちゃん」
声がした方を振り向くとおっとりとした顔で肩までの短いグリーン寄りの黄緑色の髪をした女の子がいた。
「ここ……どこ…?」
「どれ……」
ここまで言って私は本当のことを言っていいのか迷った。ここは奴隷ショップと告げるということは、今の私たちの状況から考えて「私たちはこれから奴隷になるんです」と告げるも同然。私だって冷静に考えてるフリをしてるけど内心今すぐに走ってでも逃げ出したいくらいに怖い。でもだからと言って気の利いた代わりの言葉なんて出てこなくて結局そのまま言葉にしてしまった。
「奴隷ショップ…だと思う…」
そう言った瞬間、リアのきれいで今にも泣きだしそうだった顔は糸が切れたようにぐしゃぐしゃに崩れて泣き出してしまった。
「お話し終わった?」
私はその声に驚いて何とか動いた首をその声がした左側に向けた。
そこには妖艶な美女のような姿をした、背中から小悪魔のような羽を生やして小さな二本の角を生やした露出の高い恰好をした人らしき者がいた。かなり顔が近い。
「あ…あんた誰?」
私は顔をそっちに向けたまま、少し震えた声で出来る限り強気に言った。
「あたし奴隷ショップ(ここ)の支配人のライナっていうの。よろしくね、商品さん」
そう言って私が入っていた袋を取って全身を嘗め回すように見てきた。時々指でつつかれるのだが少し強く、私は顔をゆがめてしまった。
「ふーん…結構きれいだね。ニンゲンてだけでも相当高く売れるのにメスでしかもここまできれいだと―――惚れ惚れするわね。年は……十五~二十ってとこで新品と……」
支配人は私のことを見たり触ったりしながらメモを取っていた。新品ってとこが気になったが今はそんなことを突っ込む余裕なんてない。
「これでどう」
支配人はそのメモを一枚ちぎってアンナにニヤッと笑って渡した。アンナはそれを見て目を見開いてコクリと小さくうなずいた。
手足を縛られて動けないが顔だけを動かして二人のやり取りを見ながら逃げる気をうかがう。でもフラスちゃんやソラスちゃんがいない今の私は本当にただの人間で、力を持っている幻獣達から逃げられる可能性なんて少ない。いやほとんどゼロなのかも知れない。でも、諦めてはいけない、諦めないで逃げてもう一度みんなに会うんだ―――
でもそんな隙は無くて私は檻に入れられてしまった、リアも一緒に。もう一つあった袋に入れられていた子は別の檻に入れられたようだ。
縄をほどこうとしても監視員のエルフがいるために堂々とやることは出来ない。
私はそのまま縄をほどこうと手を動かしてみるがピクリとも動かない。そしてどのぐらいの時間が経っただろうか、遠くからマイクで何かを話す音が聞こえてきてリアちゃんの足の縄がほどかれて、代わりに首輪をつけて檻から連れていかれた。その目には涙が溜まっていて今にもあふれ出しそうだったのだが、私はそれを見つめるだけで何も言えなかった。
そしてその後もどんどん目の前を首輪をつけられた幻獣達が連れていかれているのが見えた。そこを通るみんなに共通してるのは顔に生気がないこと。泣いていたり、青くなっていたり、といった顔をしている。多分私も同じような顔をしているのだろうか。
すると一人のエルフが檻に入ってきて足の縄を解いて、首輪がつけられた。
「歩け」
私は冷たいその声を聴いて渋々従った。ゆっくりと歩きながら誰かが―――竜樹が助けに来てくれると信じて。自分の頬に何かが流れる感触がした、いつの間にか私は泣いていたみたいだ。
「止まれ」
私の首輪の縄をひいていたエルフが起伏のない声でそう言って舞台そでで強引に止められた。そこから見えた舞台の上にはさっきの支配人がマイクらしきものを持って笑顔で喋っていた。
「さあ、皆さん! 今回の最後の品です。何だと思いますか? かなりレアものですよ」
支配人が私の縄をひいているエルフの方を一瞬チラッと見ると、エルフは縄を強引に引いて歩き出した。
「なんと! ニンゲンのメスです!」
そう言って支配人は舞台の端によけながら大きな声でそう言った。その声の後、間髪入れずに客席の方から興奮したような汚らしい大勢の大きな声が聞こえてきた。
こんな光景は漫画やアニメなんかで何回も見たことがある。自分が商品としてその場に立っていると思うと怖くて体が震える。
―――誰か…助けて―――
「さあ、レアものなので九千万オルとお値段高めのスタートです!」
涙でぼやけた視界で何とか周りを見回してみるけど竜樹達の姿などなく益々涙があふれてきた。
「はい! 一億二千万オル! おっと一億三千万出ました! 一億三千五百万! 他にいませんかー?」
涙が止まらない。自分の鼻をすする音にまぎれて支配人の妖艶な声が響いた。
「おっと、一億五千万出ました! 二億出ました! 二億です! まだ出せますかー!」
なんとなくずっと下に向けていた頭を上げると、涙でぼやけた視界の端っこの方に見たことがある人物達が視界に入った気がした。
「!」
手が縛られているので涙をぬぐうことが出来ないのでよく目を凝らしてみてみる。
その人物達五人いて、周りからの視線など関係なしにずんずんとこちらに歩いてくる。武器のようなものを構えながら。
「ちょっとお客さんお座り下さい!」
支配人が止めるのも聞かずに険しい顔をしながら舞台の上に上がった。
「降りて下さい。まだ途中なんですから」
支配人がそう言いながらその人物達の前に立ったけど、その人物達の先頭に立っている男性が電撃を纏った右の拳で支配人を殴った。すると支配人は大きく後ろに吹っ飛んで壁に激突してガラガラと崩れ落ちた。
その殴った男性は私のところに来て腕の縄を引きちぎってくれた。
「海香……助けにきたよ」
先頭に立っていた男性―――竜樹―――がそう言って凛々しい顔をしながら強く抱きしめてくれた。
「……うん」
私は自由になった腕で涙を流しながら竜樹を強く、強く抱きしめた。




