表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ミステリー好き女官の死に戻り事件簿  作者:


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
9/10

第9話 鳴るはずの鈴

鈴は、鳴るためにある。


鳴らない鈴は、飾りより悪い。

助けを呼べると思わせて、助けを呼べないからだ。


呉菲(ウー・フェイ)皇帝寝所(こうていしんじょ)の見取りを、小さな木札で机に並べた。


「皇帝陛下が異変を感じた時、この紐を引けば主鈴(しゅれい)が鳴ります。音は控えの間に届き、控えの女官が医官府(いかんふ)へ知らせ、武官が通路を開けます」


鈴鈴(リンリン)は紐を想像しただけで震えた。


「引けば助けが来るんだよね?」


「正しく人が配置されていれば」


呉菲(ウー・フェイ)の言い方に、鈴鈴(リンリン)の顔がさらに青くなる。


「正しくないと?」


「鳴っても聞く者がいません」


小桃(シャオタオ)は木札を見た。


皇帝寝所(こうていしんじょ)

控えの間。

医官府(いかんふ)への道。

予備通路。

東控え(ひがしひかえ)

西棟(にしとう)へ曲がる古い道。


全部が、床の上で小さな形になっている。


「予備手順は?」


主鈴(しゅれい)が不通の場合、東控え(ひがしひかえ)副鈴(ふくれい)を使います。さらに、東控え(ひがしひかえ)の女官がいない場合は、外廊下の武官が直接医官府(いかんふ)へ走る決まりです」


「つまり、鈴は紐だけでは鳴らない」


呉菲(ウー・フェイ)は頷いた。


「聞く者、走る者、道を開ける者、医官を呼ぶ者。どれか一つ欠ければ、鈴は鳴っても死にます」


小桃(シャオタオ)は少しだけ目を丸くした。


呉菲(ウー・フェイ)、今のはかなり怖い名言です」


「名言ではありません。規則の説明です」


「規則はたまに人を脅しますね」


「脅しているのは状況です」


鈴鈴(リンリン)が西側の木札を指差した。


西棟(にしとう)にも鈴があるの?」


呉菲(ウー・フェイ)は少し沈黙した。


「記録上は、数年前から休止扱いです」


「どうして?」


「そこに人がいないからです」


小桃(シャオタオ)は指を止めた。


いない。


西棟(にしとう)への配膳(はいぜん)記録はない。

だが車輪跡はあった。

西棟(にしとう)の呼び鈴は休止。

理由は、そこに人がいないから。


後宮では、人がいないことにも手順があるらしい。

便利な嘘だ。


「鈴が鳴らないなら、誰が最初に気づくのですか」


「本来は控えの女官です。ですが、控えの女官が配置変更で外されれば、誰も気づきません」


東控え(ひがしひかえ)も?」


東控え(ひがしひかえ)も、配置札(はいちふだ)一つで空にできます。正式命令なら、誰も疑いません」


「正式命令で人を空にする。嫌な言い方ですね」


「嫌な事実です」


小桃(シャオタオ)は机の上の札を見つめた。


呉菲(ウー・フェイ)が、杯の札に指を置く。


毒見役(どくみやく)は、毒を怖がっていませんでした」


次に、香炉(こうろ)の札。


「香が変わります」


戸の札。


寝所(しんじょ)の戸は、完全には閉まりません」


医官府(いかんふ)へ続く通路の札。


「医官への道は、遠回りになります」


呉菲(ウー・フェイ)の指が、配置札(はいちふだ)の端で止まった。


「警備配置には、高亮(ガオ・リャン)様の名があります」


宋青(ソン・チン)が残していった処方控え(しょほうひかえ)を、小桃(シャオタオ)は思い出す。


薬湯(やくとう)の処方は、香と合わない」


呉菲(ウー・フェイ)は小さく頷き、黒い薬箱の札に触れた。


救命薬箱(きゅうめいやくばこ)の封は、新しすぎます」


さらに、紐の描かれた札。


「呼び鈴には、主手順と予備手順があります」


最後に、西棟(にしとう)の札。


西棟(にしとう)の鈴は、いない人のために休止しています」


鈴鈴(リンリン)が両腕を抱いた。


「一つずつだと、小さいのに」


「小さいから見逃されます」


小桃(シャオタオ)は倒れかけた木札の列を見た。


どれも、少しずつ傾いている。

けれど傾く先は、同じだった。


小桃(シャオタオ)は低く言った。


「毒で殺すのではなく、助かる手順を一つずつ殺す」


鈴鈴(リンリン)が震えた。


「言い方が怖い」


「内容が怖いので、言い方が追いついただけです」


呉菲(ウー・フェイ)は黙っていた。


規則に詳しい呉菲(ウー・フェイ)だからこそ、その言葉の重さが分かるのだろう。

手順は守るためにある。

それを逆に壊されたら、守られていると思った人間から死ぬ。


鈴鈴(リンリン)が小さく言った。


「じゃあ、毒は?」


「まだ分かりません」


小桃(シャオタオ)は正直に答えた。


「でも、毒だけでは足りない。毒で全部説明できるなら、ここまで鈴や道や薬箱を触る必要がありません」


呉菲(ウー・フェイ)が木札を一つ倒した。


主鈴(しゅれい)


もう一つ倒す。


東控え(ひがしひかえ)


さらに一つ。


「外廊下武官」


最後に、救命薬箱(きゅうめいやくばこ)の小さな札へ触れた。


「薬」


小桃(シャオタオ)はその並びを見た。


鈴が鳴らない。

鳴っても人がいない。

人が走っても道が遠い。

道を抜けても薬が違う。


「助けを呼ぶ声が、届く前に死ぬ」


鈴鈴(リンリン)が泣きそうになった。


小桃(シャオタオ)、今の一番怖い」


「私もそう思います」


その時、低い声がした。


「何を隠している」


振り返ると、李蓮(リー・レン)が立っていた。


いつからいたのか。

相変わらず足音の少ない皇子だ。

顔は良い。

気配は悪い。

容疑者評価は、まだ消えていない。


鈴鈴(リンリン)が即座に固まった。

呉菲(ウー・フェイ)が膝を折る。

小桃(シャオタオ)も遅れて頭を下げた。


「殿下。盗み聞きですか」


「この距離でその声なら、聞こえる」


「では半分は私の責任ですね」


「全部だ」


李蓮(リー・レン)は机の木札を見た。


「何を隠している」


小桃(シャオタオ)の背筋が冷えた。


真正面から来た。


「隠し事は後宮の嗜みでは?」


「ふざけるな」


「では、少しだけ真面目にふざけます」


姚小桃(ヤオ・シャオタオ)


名を呼ばれると、逃げ道が一つ塞がる気がした。


小桃(シャオタオ)は口を開いた。


私は一度死んだ。

皇帝陛下が殺される夜を見た。

あなたも疑われる。

高亮(ガオ・リャン)が私を殺す。

毒ではない。


喉が詰まった。


見えない手が、内側から言葉を押し潰す。

息はある。

声もある。

だが、その先の言葉だけが出ない。


小桃(シャオタオ)は袖の中で拳を握った。

爪が手のひらに食い込む。


痛い。

痛みがあると、今ここにいることが分かる。


李蓮(リー・レン)が一歩近づく。


「何を隠している」


小桃(シャオタオ)は顔を上げた。


笑う。

笑え。


怖い時ほど、ふざけろ。


「言えないことを隠しています」


李蓮(リー・レン)の眉間に皺が寄った。


「答えになっていない」


「言えないので」


「なぜ言えない」


「それも言えません」


「お前は私をからかっているのか」


「半分ほど」


「残りは」


小桃(シャオタオ)は少しだけ息を吐いた。


「困っています」


その言葉は出た。

出てしまった。


李蓮(リー・レン)の表情が、ほんの少し変わった。

苛立ちの奥に、別のものが動いた気がした。


心配ではない。

まだ、そこまで甘くない。

ただ、目の前の下級女官が嘘をついていないことに、腹を立てているような顔だった。


「お前は、何を知っている」


小桃(シャオタオ)は答えられない。


代わりに木札を指した。


「知っていることではなく、見えていることなら話せます」


李蓮(リー・レン)は黙った。


「陛下が倒れた時、毒を見る者は杯を見ます。けれど、今見るべきは杯だけではありません。香、戸、薬箱、通路、鈴、人の配置。どれか一つではなく、全部が少しずつ壊れています」


「誰が」


「まだ分かりません」


これは本当だ。

今はまだ、断定できない。


総管府(そうかんふ)

高亮(ガオ・リャン)

李蓮(リー・レン)名義の香。

宋青(ソン・チン)の薬箱。

胡麗(フー・リー)の嫌がらせ。

西棟(にしとう)

休止した鈴。


線は見える。

だが中心は霧の中だ。


李蓮(リー・レン)は低く言う。


「私を疑っているのか」


「はい」


鈴鈴(リンリン)が小さく叫んだ。


呉菲(ウー・フェイ)が静かに目を閉じた。


李蓮(リー・レン)は怒らなかった。

怒る前に呆れたのかもしれない。


「堂々と言うな」


「隠すと不誠実なので」


「私に名義を使われた可能性は考えないのか」


「考えています。殿下が犯人の場合と、殿下を犯人に見せたい場合、両方です。顔が良いと選択肢が増えますね」


「顔は関係ない」


「関係ないのに印象に残る。厄介です」


李蓮(リー・レン)は深く息を吐いた。


西棟(にしとう)には近づくなと言った」


「はい」


「それも守っていないな」


「まだ近づいていません。床が近づいてきただけです」


「床は動かない」


「後宮の床は、たまに秘密を運びます」


その時だった。


廊下の向こうから、足音が走ってきた。


呉菲(ウー・フェイ)と同じ詰所の女官が、息を切らして飛び込んでくる。


呉菲(ウー・フェイ)!」


呉菲(ウー・フェイ)が立ち上がる。


「何事ですか」


女官は小桃(シャオタオ)たちを見て、李蓮(リー・レン)に気づき、慌てて膝をついた。


「も、申し訳ございません。ですが急ぎで」


「言いなさい」


李蓮(リー・レン)が短く命じた。


女官は震える声で言った。


「明日の(きさき)召し出し(めしだし)が、一日早まりました」


小桃(シャオタオ)の胸が、嫌な音を立てた。


早い。


そう言いかけただけで、喉の奥が重くなる。


小桃(シャオタオ)は拳をさらに強く握った。


準備は整っていない。

救命薬箱(きゅうめいやくばこ)は開けられない。

警備配置も完全には戻せていない。

香は変わる。

戸は閉まらない。

呼び鈴の予備手順も、確認途中だ。


暗殺の夜が、こちらの準備を待たずに近づいてくる。


李蓮(リー・レン)小桃(シャオタオ)を見る。


姚小桃(ヤオ・シャオタオ)


小桃(シャオタオ)は、笑おうとした。


今度はうまくいかなかった。


「殿下」


声がかすれる。


「今夜から、たぶん眠れません」


鈴鈴(リンリン)が泣きそうな声を出した。


呉菲(ウー・フェイ)の顔も青い。


(きさき)召し出し(めしだし)が前倒しされた。


準備が整わないまま、皇帝が倒れる夜を迎えることになる。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ