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第7話 魔力の温度


北へ向かって歩き始めて、しばらく経った。


リーネはアクロスの肩に体重を預けながら、片足を引きずっている。

褐色の腕が肩に回り、銀白の髪が何度も首筋にかかる。


距離が、近い。


……紳士であれ。強くあれ。美女の髪撫でごときで心を乱すな。


煩悩を振り払い、歩調を合わせる。


リーネは小柄だが骨格はしっかりしている。だが見た目より重くもない。


逃亡生活で消耗しきった体は限界も近そうだ。


「大丈夫か。少し休むか?」


「……まだ歩ける」


「無理すんな。足、怪我してんだから」


「平気――」


言い終わる前に、リーネの膝が、折れた。


しっかり支えた。うん。今のはなかなか紳士だ。


銀白の頭がアクロスの胸元に落ちる。


体が完全に脱力している。


「おい!大丈夫か!」


「……ごめん。ちょっと、だけ」


「ちょっとじゃねえだろ。しばらく休むぞ」


リーネを大木の根元に降ろした。


顔色が悪い。唇が乾いている。頬がこけている。

足首の腫れも引いていない。


クロが心配そうにリーネの顔を覗き込み、鼻で手を突いた。


(クロ、水を頼む)

無声指示。


クロが小川の方角に走り出した。


そしてアクロスは考えた。


---


ここはついに、アレを使うときだな。定番魔法。

治癒魔法だ。作れるか?


攻撃があるなら回復もあるはずだ。

この世界にも治癒魔法の使い手は、いるだろう。


ファルティシアが与えてくれたのは「魔法を創り出す力」。

ならば、俺のイメージ次第でどうにでも創れるはずだ。実力の範囲内だが。


記憶消去の時と同じだ。

精神や肉体そのものに干渉する魔法は精密な制御が要るだろう。


傷を治す。骨を繋ぐ。炎症を抑える。

……いや、そこまで精密じゃなくていい。 ★3でできる範囲に絞ろう。


しっかり考える。


治癒とは何か。

細胞の再生を促進すること。血流を良くして炎症を引かせること。

要するに体の「治ろうとする力」を底上げすること。


自然治癒の加速。体に魔力を流し込んで、回復のプロセスを早回しにするイメージ。切れた組織を繋ぐんじゃなく、繋がるスピードを上げる。


これなら精密な設計がなくても機能するはずだ。

骨折を一瞬で治すのは無理でも、捻挫の腫れを引かせて痛みを和らげるくらいなら。


いける。


魔の創造に意識を沈める。


対象の体内に穏やかな魔力を流す。自然治癒力を活性化させる。

副作用が出ないよう、あくまで体自身の修復力を支援する方向で。

押しつけるんじゃなく、あくまで手助けだ。促進だ。


カチリ。 イメージと理屈が噛み合った。


ただし手応えが薄い。やはり簡単な魔法ではなさそうだ。

細く柔らかい糸のような回路。少しだけ温かい水が流れる感覚。


「一応できた……と思う。試してみるか」


---


クロが竹筒の容器を咥えて戻ってきた。

この子狼は日に日に賢く、気が利くようになっている。


リーネに水を飲ませてから、切り出した。


「リーネ。お前の足のケガ、少し触っていいか?」


「……何する気?」


「治療だ。たぶん」


「たぶんって何よ。こわいんだけど」


「効くかどうかわからん。でも悪化はしないと思う」


リーネが半信半疑の顔でこちらを見た。


だが選択肢がないのは本人もわかっている。

この足のままでは北への旅は体がもたない。


「……わかった。変なことしたら蹴るから」


「足首腫れてんのに、蹴っちゃうの?」


「根性で蹴るの。変態行為は許さない」


「わかってるよ…」


アクロスはリーネの左足首に両手を当てた。

腫れた肌は熱を持っている。


目を閉じ、意識を集中する。


掌から淡い紫の光が滲んだ。激しい光ではない。

蛍火のような、穏やかで温かい光。


そしてリーネの体に魔力を流し込んでいく。

優しく。押し込むのではなく、染み込ませるように。


「……んっ」

リーネが小さく声を漏らした。


「え、痛いか?」

いろんな意味でどきどきしながら聞く。


「痛くない。……なんか温かい。

足の中がじんわり温かくなって……不思議な感覚」


温かさが広がっていく。

腫れた組織に魔力が染み込み、炎症を引かせ、損傷した靱帯の修復を促進する。


ゆっくりだ。一瞬で治るわけじゃない。

だが確実に、腫れが引いていくのが指先の感触でわかった。


時間をかけてゆっくり魔力を流し続けた。

額に汗が浮く。


記憶消去、睡眠魔法に続いて、治癒魔法。


慣れない新しい魔法の連続で自分にも消耗が蓄積していくのを実感する。


「ふぅ……こんなもんか」


足から手を離した。


リーネが自分の足首を見下ろした。


深紅の瞳が見開かれる。


腫れが半分以下になっていた。赤みも引いている。


完治ではないが、少し前までの痛々しい膨らみが、明らかに小さくなっている。

恐る恐る足首を回してみる。


「……痛く、ないわ。少し違和感はあるけど……歩ける」


立ち上がった。体重をかけてみる。


顔をしかめたが、さっきのように崩れることはなかった。


「…………」


リーネがアクロスの顔を見つめた。

長い沈黙。


「完治はしてない。あと二、三日かかるとは思う。

でも、ゆっくり歩く分には、大丈夫だろう」


「……ありがとう」


リーネが、小さく頭を下げた。

その仕草が、どこか幼く見えた。


「もう少しだけ、休憩しよう。座ってろ」


「わかったわ」


---


アクロスは自分の掌を、じっと見た。


右手。ドルクの曲刀の腹を叩いた時に、裂けた傷。


深い切り傷で、血は止まってはいるがまだ塞がっていない。

痛みはまだ全然ある。


コートの裏地を裂いて巻いた布が、赤黒く染まっている。


俺もまあまあ傷だらけじゃないか。


左の二の腕の裂傷。右の掌。左の頬。

指先の、矢で切れた小さな傷。


自分の手当ては応急処置のまま放っていた。


緊張状態が解けてきたのか。

なんだか体のいろんなところが痛い気がしてきた。


「……今のやつ、自分にもかけれるかな?」


ぽつりと、呟いた。


掌の布を、ゆっくりほどく。裂けた皮膚の内側が、赤くひりついている。

自分で見ると、思った以上に深い傷だった。


仕組みは、同じはずだ。対象を自分に向けるだけ。

相手の体内に魔力を流す代わりに、自分の体内に流す。


目を閉じて、意識を集中する。


……これが、案外、難しかった。決定的に違うことがある。


他人にかける時は、対象が目の前にいる。

魔力を「外」へ出せばいい。だが自分にかける時は、出口がない。

自分の中から自分の中へ、魔力を巡らせる感覚になる。


違う。魔力を出すんじゃない。体内で練って循環させるんだ。


イメージを、修正する。


疲れた体であったかい風呂に浸かる時のあの感覚だ。


体の芯からじんわり温かくなっていく、あの感覚。


カチリとイメージが噛み合った。


そのまま目を閉じて、集中する。


アクロスの傷口から淡い紫の光が、ぼわりと灯った。


「……うわ、なんだかじわーときたぞ」


声が、漏れた。


痛みが、すっと引いていく。


傷口の奥からじんわりと熱を持ち、そして、その熱がゆっくりと鎮まっていく。

皮膚の内側で、何かが縫い合わされていく、微かな感触。


不思議な気分だった。

しばらくじっと、体に光を流し続けた。


ゆっくりと目を開けて集中を解く。


傷口を見てみる。


掌の傷は完全には閉じなかった。

だが、赤みが引いて処置数日後のような状態。

かさぶたが張りついていて安定している。動かしてもそれほど痛みはない。


「……すごいなこれ」


自分でやったことに自分で感心した。


左の二の腕の裂傷、頬の浅い傷、指の小傷。


二の腕の傷はかさぶた状態だが、他の浅い傷はもう完治したかもしれない。

触っても痛くないし皮膚にも違和感がない。


慣れれば他人にかけるより楽だと思う。


最後に、ひとつ深く、息を吐いた。


「……はぁ。でも疲れたな」


他人にも自分にも治癒魔法をかけた。

さすがに消耗が重い。頭の芯がずしりと重く、額に汗が浮いていた。


アクロスも座り込む。


――リーネが、じっとその姿を見ていた。


深紅の瞳が、こちらを心配するかのように見ている。


「……あなた」


リーネが、ぽつりと言った。


「なんだよ」


「……その傷全部、私を助ける時にできたの…?」


アクロスは、一瞬、答えに詰まった。


まぁでも、ちょっとくらい俺だって感謝も心配もされたいし、

アピールしとくか。


「まあ、そうだな。

ドルクがやばかったからな。体中痛いよ…」


ちらりとリーネを見た。


「……ばかなの?」


「いや、ひどくない?」


なんだよ。そんな言い方するなんて。

置いてっちゃおうかな。ぷんぷん。


「ばかよ…そんなの…」


リーネの声が、少しだけ震えていた。


「私の足首なんて、ほっといたって時間が経てば治ったわ。

それより、あなたの方がずっと傷が多いじゃない。

なんで、自分のことを後回しにしたの」


あ、そっちか。不器用な優しさ系のやつだったか。


「そりゃお前の足がダメになったら、一緒に歩けねえだろ。

俺は傷の数は多いかもしれないけど歩けないほどじゃない」


「そういう問題じゃないの」


リーネが俯いた。


深紅の瞳が、焚き火のない昼の光の中でも、ほんの少し潤んでいた。


「……もう、無理しないで。あなたが先に倒れたら、私も困るから」


「……わかったよ」


素直に頷いた。悪い気は、しなかった。


「……それと、あなたね」


「なんだよ」


「魔法のこと。変身魔法に、記憶を消す魔法、紫に光る治癒魔法。

全部、見たことない魔法ばかり。一体どこでそんな魔法を覚えたの?」


「…………」


「私は、★3の魔導士よ」


リーネは言った。


「私は、八年間、魔族の学問所で魔法の種類と体系についてはそれなりに学んでる。

あなたの魔法は、色も、効果も、おかしい。杖みたいな触媒も持ってない。

まるで自分の使いやすい用に、生み出したみたいに、なにもかもが他と違う」


おぉ。鋭いな。魔導士、本職だったのか。


キリッとした顔立ちで頭も良さそうだし、勘もするどい方なのかな。


リーネは魔導士としての知識がある分、アクロスの具体的な異質さに気付いていく。


「まあ、色々あってさ。今は話せないんだよ」


「いつかは、話してくれるってことなの?」


「お前が俺を、ちゃんと信頼してくれたらな」


リーネが唇を噛んだ。不満顔。


だが追及はしなかった。


「……わかった」


---


二人と一匹はまた、歩き始めた。


リーネの足はまだ万全ではないが、肩を借りなくても歩けるようになった。

速度は遅いが、止まらない。


森の中を北へ。

街道は避け、木々の間を縫う。

クロが先行して匂いを嗅ぎ、アクロスも常に探知で周囲を警戒する。


歩きながら… よりお互いを知る為に少しずつ、話をした。


「リーネ。お前、魔導士なんだよな。★3って言ったか」


「ええ。★は生命体としての純粋な強さを表す、世界共通の指標ね。

一般的には★5で一流と呼ばれるわ」


「★5で一流、か。それで★3は?」


「一般的な魔導士並みよ。普通に戦えるってだけ」


「上はどのくらいまであるんだ」


「★6ともなれば最強に近い領域ね。

人間なら勇者、魔族なら魔王、特別な存在よ。

★7以上となれば、もう伝承の中にしか出てこないわ。古代竜とか」


フィルも、同じようなことを言っていた。


「そもそもさ、★ってどうやって決まるんだ?」


「知らないのも、不思議な話だけど……あえて聞かずに、答えてあげるわ」


「助かります」


アクロスは、素直に言った。


「魔族の場合は、魔核の鑑定でわかるわ。

魔力の扱いに長けた族長や魔導士が鑑定してくれるの。

人間は鑑定石とかギルドの規定の測定法があるって、学問所で習ったわね」


アクロスは、ふむ、と聞いていたが――


……魔核って、何だろう? 話の雰囲気的には心臓みたいなものか?

この世界では常識すぎて、聞いたら変な感じになりそうだな。


魔核のことは、一旦置いておこう。


「リーネが得意な魔法は?」


「属性で言えば、氷と風。私は魔力量の力技とかより、魔力制御の方が得意かな。

体術とか剣術は、苦手ね」


「今は、魔法はまだ使えそうか?」


「今は、ほぼゼロに近い魔力切れ。丸一日あいつらから逃げ続けてて、

体力も魔力も、限界だった。

一晩休めば少しは回復するけど、万全に戻すには数日かかると思う」


「魔力って、自然に回復するのか」


「寝れば少しずつ。食べれば少し早くなる。

魔核が魔力を生成するから体力が回復すれば、魔力も戻る」


なるほど。

やはり魔核というのが、魔力の発電機で、魔族の心臓みたいなものか。

体力が燃料で、休息と栄養で燃料を補充する仕組み。


「リーネの魔核はどのくらいの大きさなんだ?」


リーネが、怪訝な顔をした。


「……聞き方が、おかしい。

魔核の大きさなんて、本人にもわからないわよ。

心臓と一体化してるのに、体の外に出したら死ぬじゃない」


「あ、そうか」


「自分の体のことも、知らないのね、本当に。

……今までどこでどうやって、生きてきたのよ」


「そんなに怒らないで……」


「怒ってはいないわ。不思議すぎて、ちょっと腹が立っただけ」


リーネがじとっとした目で、こちらを見た。


それから少し声のトーンを落として、付け加えた。


「……魔核は、魔族の命そのもの。壊されたら、死ぬ。

だから、人間に狙われる。角と一緒に闇市場で、高値で売れるの」


その声は、平坦だった。怒りも、悲しみもない。

ただ事実を、口にしている声だった。


アクロスは、何も言えなかった。


---


「リーネの集落のこと……もう少し、聞いていいか」


しばらく歩いて、アクロスが切り出した。


リーネの歩調が、わずかに遅くなった。

だが止まらなかった。


「……何が、聞きたいの」


「どんな場所だったんだ」


リーネは少し考えてから口を開いた。


「……山の中の小さな集落よ。人口は二十人くらいかしら。

山脈の谷間に、岩を削って家を作って。寒くて、冬は雪に閉ざされて。でも――」


声が、少しだけ、柔らかくなった。


「集落には温泉があったの。集落の少し奥に地脈から湧き出る温泉。

冬でもそこだけ温かくて、子供たちが遊んでた。

私もよくそこで、魔法の練習をしてた」


「温泉か! いいなぁ…」


「それと――集落の広場には、銀色の大樹が、一本立ってた」


「銀色の大樹?」


「集落の守り樹。親が生まれる前から、ずっとそこに立ってたって。

冬には銀色の葉が全部落ちて、春にまた生える。不思議な木だった」


リーネの視線が、足元の落ち葉を見ていた。


「地脈の上に立ってたの。集落はあの木を中心にあった」


「……いい場所だったんだな」


「うん」


短い、返事だった。


アクロスはそこで止めた。


銀色の大樹、か。


頭の隅でその木を想像した。

冬の雪の中、銀色の葉を全部落とした、一本の木。


そして温泉。入りてぇなぁ。命からがら歩いている今は特に強く思う。


いい場所なんだろうな。


行ったこともない場所なのに、不思議とそう思った。


---


「父が――薬師だったの。

集落の薬草を管理して、怪我や病気を治してた。

魔力は多くなかったけど、薬草や薬の知識は集落の誰にも負けなかった」


「リーネの魔法の才能は母親譲りか?」


「……ええ。母は★4の魔導士だった。集落で一番強かったって父から聞いた。

私が子供のころに、病で亡くなったけど」


「そうだったのか」


「父が母の分まで、育ててくれた。父はよく言ってたわ。

『お前の母さんは氷の花を綺麗に咲かせられた。お前もいつかできる』って」


「氷の花?」


「氷の魔法だけど、本物の花と見分けがつかないほど精巧な花を作る技術。

魔力制御が一流で、母の得意技だった。

私には……まだできない」


「まだ、ってことはいつかはできるんだろ?」


リーネが少し驚いたようにこちらを見た。

「……うん。いつか」


---


日が傾き始めた。


白い太陽が木々の間に沈みかけ、金色の太陽がそれを追う。

森の中は薄暗くなり、光る苔がぽつぽつと紫に灯り始めた。


「そろそろ野営だな」


風を防げる岩場を見つけた。

大きな岩がL字に重なり、二方向からの風を遮る。

上を木の枝が覆い、雨もある程度凌げそうだ。


「ここにしようか」


クロが早速周囲を嗅ぎ回り、安全を確認している。

探知にも異常なし。


半径百二十メートルに人型の反応はない。

ただ、獣がいくつかいる。


枯れ枝を集め、指先の火で焚き火を起こす。


リーネがそれを見ていた。


「……黒い火。やっぱり普通じゃない」


「種火だけだよ。すぐ普通の色になる」


実際、枯れ枝に移った炎は普通の橙色になった。

ぱちぱちと心地よい音が響く。


赤紫の実と、残りの鹿肉の燻製を、出した。

肉は傷み始めているが、火を通せば、まだいける。


串に刺して焼く。

脂が滴り、香ばしい匂い。


リーネに渡すと、ひと口齧って目を閉じた。


「……おいしい」


「滝で食べた実の『普通』よりは正直で嬉しいよ」


「……うるさい」


耳の先端が赤い。


---


食後。焚き火を挟んで座る。


クロがリーネの横で丸くなっている。

リーネの手がクロの毛並みに沈んでいる。


「ねえ、アクロス」


「ん」


「あなたの角、一本なのね。珍しいわ」


「そうなのか? 他の魔族は皆、二本なのか?」


アクロスは角を触った。何とも言えない感触が心地いい。


「皆というわけでもないけどね。

魔王軍には一本や三本、角が四本ある魔族もいたみたいだけど、

普通に集落で暮らす魔族は大体二本なの」


リーネも自分の角の根元を撫でた。


「ふうん」


言いながら、ちょっと触らせて欲しいなと思った。

怒られそうだから言わないけど。


「それと、あなたの魔法。さっきの治癒。あれをかけてもらった時――」


リーネが焚き火を見つめたまま言った。


「魔力の質が、すごく温かかった。魔族の魔力に、温かさは、ないわ。

普通は、そういうものではないの」


「……そうなのか」


「魔族の体系魔法は大地の魔力を使う。

地脈から魔力を引き出して、加工して、放出する。でもあなたの魔力は地脈とは関係なく……どこか別のところからきてるようにも感じる」


「……鋭いな」


「魔導士だもの。魔力に触れれば質はわかる。

それに、体に流し込まれたら嫌でもわかる」


つまりさっきの治療が、逆にアクロスの異質さを証明してしまったわけだ。


「いつか話すって言っただろ」


「……ええ。待ってあげる。でも一つだけ」


「何だ」


「あなたは敵じゃない。それは信じれる。

あの魔力が人を騙し、傷つけようとする力じゃないことはわかるの」


アクロスは少し驚いた。


「……信じてくれるのか」


「言葉は嘘をつけても、魔力は嘘をつけないの」


焚き火がぱちりと、爆ぜた。


「……ありがとな、リーネ」


「礼を言うのは私のほう。まだちゃんと、言えてなかった。

アクロス。私を、助けてくれてありがとう」


「あぁ、気にするな」


ようやく、少し素直になってくれたか。

嬉しいもんだな。


少しは信用してもらえたみたいだ。


リーネも、元々は素直な活発系だったのかもしれないな。

それだけの事があったんだ。


「……この子も、温かいわね」


リーネの膝の上で丸くなるクロを、撫でながら言った。


「そうだな…」


「集落が焼かれてから、今まで、ずっと一人だった」


呟くような声。


「誰かと火を囲むのは、久しぶり」


声がかすかに震えた。だがすぐに飲み込んだ。


アクロスは思った。


リーネは、泣かない女なんだろう。

泣けないんじゃなく、泣かないと決めている顔だ。


なんとなくわかる。


アクロスは何も言わず、実を一つ、リーネの膝の上に置いた。


「デザートだ。明日も歩くぞ」


「…………ありがとう」


リーネが実を齧り、火を見つめたまま小さく笑った。


初めて見る笑顔だった。


弱々しくて、不器用で、でも確かに――笑顔だった。


しばらくして、リーネの体がゆっくり傾いた。


クロの背中に頭を預け、目を閉じている。


寝息が聞こえ始めた。


逃亡生活の疲れが、ようやく限界に達したのだろう。


アクロスは自分のコートを脱いでリーネにかけ、焚き火の反対側に腰を下ろした。


クロが首だけ動かし、アクロスを見た。


(ありがとう。クロ)


わふ、と小さく一声。


リーネは、安心して、眠れているだろうか。

誰かのそばで眠れる夜。


アクロスは焚き火の番をしながら空を見上げた。


魔力は嘘をつかない、か。


航としての人生でも、「信じてもらえた」と感じる瞬間は何度もあった。


でもそれはいつも、時間と行動を積み上げた結果の信頼だった。


魔力の温度で信じる。


この世界にはそういう物差しもあるのか。


悪くない、世界だな。


三つの月が、ゆっくりと昇っていた。

青白い大きな月と、赤みがかった小さな月が、二つ。


そしてアクロスも、目を閉じた。


明日も北へ歩こう。

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