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第36話 初めての集団行動

アクロスが目を覚ました時、まだ外は暗かった。


白晨の少し前。夜明けは、まだもう少し先だ。


毛布から上半身を起こして、天井を見上げる。

木の梁が薄暗がりの中に浮かんでいる。


体も心も軽い。昨夜はよく眠れたようだ。

リーネの言葉で安心できたからだろうか。


クロが足元で耳をぴくりと動かした。

起きたか、と言いたげに紫の目がこちらを見る。


「おはようクロ。ちゃんと起きたよ」


そして納戸の扉も開いた。


リーネはもう身支度を終えていた。


三つ編みを結び直して、杖を手に持っている。


「おはよう。早いな」


「おはよう。今日は出発の日だもの」


リーネも緊張しているのだろうか。

今日からは人間たちと組んで動くことになる。


リーネにとって初めての経験だろう。


「リーネ。今日からは複数で寝泊まりする外泊になる」


俺たちには他人と寝泊まりすることも大きなリスクになる。


「そうね。変身魔法よね。

朝は倍がけにして、夜は寝る前にもう一度かける?」


「そうだ。野営中も俺たち二人は交代で寝よう。

あと寝る時も、できるだけ離れないようにしよう」


万が一があってはいけない。


「うん。あなたの魔力消費は大丈夫そう?」


「大丈夫さ。ちゃんと飯食って寝たら問題ない」


「今回は変身魔法をかけ直す時も変身は解かない。そのまま上書き更新する。

万が一にでも誰かに見られるのは避けたい。我慢してくれるか?」


「わかってる。変身魔法をかける時の光も見られないように、上手くやりましょう」


「そうだな。タイミングはまた決めよう。

あと……変身魔法で魔力を使うし、俺の飯、多くしてくれよな」


「そうね……そうしましょうか。

魔力を少しでも回復してもらわないとね」


おっ。言ってみるもんだな。とアクロスは思った。


クロとフレスが「そろそろ行こうぜ」と言わんばかりに声を上げた。


「そうね。集合に遅れちゃうわ」


「それじゃ、変身をしっかりかけて出発するか」


アクロスは変身魔法を一日以上持つように自分と、

リーネにしっかりとかけた。


そして二人と二匹は家を出た。


---


外に出ると白晨の光が屋根の向こうに滲み始めていた。


エリザのパン屋の煙突から白い煙が上がっている。

もう竈に火が入っている。


「おはよう、二人とも今日は早いね!」


エリザがにこにこしながら店先に出てきた。

ふくよかな腕に今日も粉がついている。


「今日はこんなに早くからお出かけ?

なんだか二人ともキリッとしてるわね」


「おはようエリザさん、ちょっと仕事で遠出するの。

二、三日は帰らないかも」


「あらぁ、気をつけるんだよ。旦那さん、しっかり奥さんを守ってね」


「任せてくれ。リーネにはケガひとつさせないよ」


アクロスは、パン屋との会話にも気合が入ってしまった。


「あららぁ、旦那さん、かっこいいわね!」


エリザは頬を赤らめている。


「もう……何言ってるのよ……」


だがリーネはため息をついていた。


エリザから、白パンと黒パンを三つずつ買った。

白パンは朝食。黒パンは道中の昼飯用だ。


「はい、アクロス。あなたは二つね」


「やったぁ!さすがリーネさんだ!」


今日も、食べながら大通りを歩く。

これが出かける時の朝の定番になりそうだ。


焼きたてのパンの甘さが、まだ覚醒しきっていない体に染みた。


早朝の東通りは静かだ。

まだ店を開ける前の職人たちが、あくびをしながら水を汲んでいる。


クロとフレスもパンを食べる。

二人と二匹で頬を膨らませながらギルドへ向けて歩く。


---


早朝のギルドの前には、かなりの人が集まっていた。


ざっと十人ほど。

武装した冒険者たちが、朝の冷たい空気の中で息を白くしながら

それぞれの支度をしている。


斧を肩に担いだ大きな男がこちらを見ている。


「おう! アクロス!来たな!」


マルコだ。


マルコの背はアクロスより頭ひとつぶん高く、肩幅もがっしりとしている。

厚手の革鎧は既製品では入らないのか、革が継ぎ足されていた。


赤ら顔の丸い顔。小さな垂れ目に太い眉。幅広い鼻と大きな口。

顎には無精髭が中途半端に残っている。

濃い茶色の短髪は、あちこち跳ねていた。


ベルトから、薄茶のシャツの裾が少し覗いている。

肘まで捲り上げた袖。丈夫な麻の作業ズボン。


体格は、岩のような大男だ。

だが顔つきは、どこか人懐っこい大型犬を思わせた。


初対面の時に言葉を交わした時間はわずかなのに、

もう連れのような雰囲気で挨拶してくる。


こういうやつは絶対いいやつと決まってる。


マルコは笑っているが、目の下に隈がある。

緊張して眠れなかったのだろうか。


意外に小心者なのかもしれない。


「よお、マルコ。お前も早いな」


「俺、緊張して寝れなくてさ……夜中にここに来ちまった。

皆が来る間に斧の刃を三回も研ぎ直したよ……」


やはり体格の割には小心者だった。


マルコは言いながらも、クロに目を落とした。


「お前のその犬……いや、狼か。いい目だなぁ」


クロはアクロスの足元に座って、

周囲の冒険者たちを一人ずつ観察していた。


鼻がひくひく動いている。匂いで全員を記憶しているのだろう。


「かっこいいだろ」


クロがマルコの方を向いて、ふんと鼻を鳴らした。

品定めしている顔だった。


「……なんか値踏みされてる気がするんだが」


「気のせいだよ」


気のせいじゃない。


クロは味方と判断した人間には尻尾を振るが、

まだ判断中の相手には鼻を鳴らす。


マルコは今、審査中なのだ。


アクロスはマルコの隈を見て言う。


「マルコは繊細なんだな」


「まぁな……体の割に小心者ってよく言われるんだ」


マルコが頭を掻いた。

やっぱ言われるんだ。とアクロスは心の中で笑った。


マルコの斧は、両手持ちの幅広型だった。

体の割に繊細そうだし、道具は大事にしそうだ。


「緊張するなら、今のうちに思いっきり緊張したほうがいい」


「そうか、緊張してないって言ったら嘘だもんな。

群れの魔物を相手にするのは初めてなんだ。

……お前は緊張してるのか?」


「俺もちゃんと緊張してるさ」


「え、マジで?」


「マジだよ」


「……なんか安心した。お前、初めて見た時から堂々としてるから、

俺だけビビってんのかと思ってた」


「平気な顔をしてるだけで、中身は普通にびびってるよ」


マルコがふっと笑った。

少しだけ肩の力が抜けたように見えた。


「なあ、アクロス」


「ん」


「怖い時ってどうしてる?」


「マルコ。怖くても動けるかどうかが大事なんだ。怖いままでいいんだよ。

怖いけど、ちゃんと動けるやつが一番、信用できる」


「なるほどなぁ!それ、いい言葉だな。お前、やっぱいいやつだな!」


「お前もな、マルコ!」


朝の冷たい空気の中でおっさん二人は、がはは、と笑い合っていた。


---


おっさん二人が親しげにトークしてる頃、

リーネにはレナが寄ってきていた。


「おはよう、リーネ!」


レナが駆けてきた。


弓を背負って、矢筒を腰に。

服装はインナーに革ジャケット。

すらっとしたパンツスタイル。


いつもの格好だが、髪は後ろで一つに結んでいた。


「昨日の夜、弦を新しいのに張り替えたの。

おろしたてよ。気合い入ってるでしょ!」


「うん、すごく気合い入ってる。髪も素敵ね」


「ありがとう!ね、リーネの隣歩いていい?

道中長いんでしょ。おしゃべりしながらの方が足が軽くなるし」


「もちろん!」


レナがにっと笑って、リーネの横に並んだ。


フレスがリーネの肩から首を伸ばして、レナの顔をじっと見ている。


「この子、鷲? 試験の時もいたよね。すごい綺麗な銀色……」


レナが、そっと手を伸ばそうとした。


フレスがぱさりと翼を広げて威嚇した。


「きゃっ」


「ごめんなさい。この子、初対面だから警戒してるのよ」


「そっかぁ。嫌われちゃった?」


「嫌ってるんじゃなくて、まだ許可を出してないだけよ。

——―フレス、大丈夫。この人は味方よ」


ぴぃ。


フレスが翼をたたんだ。だがレナからは目を逸らさなかった。

品定めをしているのはクロと同じ。


飼い主に害をもたらすものかどうか。慎重に。


この二匹は飼い主が思っている以上に、

飼い主のことを想っている。


「仲良くしてよぉ? フレスちゃん」


ぴぃ。

返事なのか拒否なのかわからない鳴き声だった。


フレスから視線を外して、レナはリーネの杖に目を移した。


「その杖、やっぱり綺麗ね。珍しい材質よね」


「……うん、大事な杖なの。母の形見だから」


「あ、ごめんね。聞いちゃいけなかった?」


「ううん。大事なものだから、ちゃんと持って歩くことにしたの」


レナが「そっか」と頷いた。

それ以上は聞かなかった。


この距離感が、レナのいいところだと思う。

踏み込みすぎず、でも離れすぎない。


---


そして、集合時刻になった。


ギルドの扉が開いて、ゲルツが出てきた。

表情が引き締まっている。


ゲルツは集まった冒険者たちを見回した後、

ゆっくり口を開いた。


「全員、集まったな。今回の討伐隊の指揮は俺がとる。

今回の目的は北の森の魔狼の群れ討伐だ。おそらく魔力の強い影響もある。

最初の報告では十から十五頭と見ていたが、数が増えている可能性もある。

楽観視はしないでくれ。そして、統率個体が少なくとも一体は確認されている」


「参加者を確認するぞ。名前を呼ばれたら、手を上げてくれ」


順に名前が呼ばれた。


マルコ。★2。斧。手を上げる時に斧が揺れた。


レナ。★3。弓。「はーい」と軽く手を挙げる。


ドルク。★3。曲刀。


壁に寄りかかっていた男が静かに、片手を上げた。

腰にはいつもの曲刀を帯びていた。


ドルクは誰とも話さず、空気のように存在を消していた。


ドルクを見たリーネの指先がほんの一瞬だけ強張る。

その変化に、アクロスだけは気づいていた。


他にも参加者は四人いた。


アレン★2剣、ルッツ★1槍、エリー★2短剣、ゴードン★1剣。


剣と盾のアレンに、槍を持った若いルッツ。

小柄で短剣を腰にしたエリーと、剣だけの寡黙そうなゴードン。


四人とも知らない顔だった。

アレンとルッツはギルドの食堂で見たかもしれない。


エリーは若い女性だ。女性というよりは女の子といったほうがいいかもしれない。

まだ幼さの残る顔立ちだった。


エリーは一人で来たのか、不安そうに口をぎゅっと閉じている。


ゴードンは若くもおっさんでもない。一般人代表みたいな顔だ。

いっそ、モブキャラといってしまって問題ないだろう。


「アクロス、リーネ。★3。仮登録。

二人は初の合同依頼だな」


二人とも手を挙げた。


「実力は試験で見た。問題ない。

ただし集団戦の経験が浅いなら、無理はするな。自分の役割を守れ。

それだけでいい」


「了解」

「わかりました」

わふ。ぴぃ。


二匹もちゃんと返事した。


「おい……アクロス。リーネ。そいつらも数に入れていいのか?」


ゲルツは禿げ頭を撫でながら言う。


「もちろんだ、ゲルツさん。こいつらは凄いぞ」


「必ず役に立つわ」


「そりゃ、頼もしいな。よろしく頼むよ」


二匹は「任せとけ」と言うように同時にわふ、ぴい、と返事をした。


ゲルツは全体に向き直った。


「行程を確認するぞ。グラザの北門を出て街道を北上。

現場の森まではかなりある。森に着くころには日が暮れるかもしれん。

今日は森の入口付近で野営をする。森に入るのは翌朝だ」


ゲルツは一人一人の顔を見ながら話している。


「そこから森を調査。群れの位置を確認、把握してから、仕掛ける。

——―今回の依頼は日帰りじゃないぞ。最低でも一泊二日だ。

怪我人が出るなど、トラブル状況によっては二泊以上になるかもしれない。

水と保存食は最低二日分はいる。荷物の確認は今のうちにしっかりしておけ。

まぁ、足りない分は途中の集落で買い足せるがな」


全員が荷物を確認する。


アクロスの荷物は影収納にほとんど入っている。

多少目立つかもしれないが、長距離を歩くならこの方がいい。


楽だし、安全だ。


マルコが不思議そうな顔をした。


「お前なんか荷物、少なくないか?」


「俺はちょっとした便利魔法が使えてな」


「へぇ。そういえばお前、魔導士だったな。見えないよな。

おっさんが休みの日に釣りに行く時みたいな格好だもんな」


「まぁ……それは、これからもよく言われるんだろうな」


アクロスは少し悲しい気持ちになった。


---


そして全員で、北門を出た。


朝の光が草原に広がっている。

風はまだ冷たい。


北門を出た瞬間、クロの尻尾が跳ね上がり、

鼻が地面すれすれを這うように左右に振れた。


足取りが軽い。歩幅が広がっている。


フレスもリーネの肩から飛び立って、低い高度で隊列の上を旋回し始めた。

銀の翼が朝の光を受けてきらりと光る。


「おっ、飛んだぞ!」


マルコが見上げて声を上げた。


「すげぇな。鷹みたいだ」


「鷲よ。鷹じゃなくて」


リーネが訂正した。少し誇らしげだった。


フレスが一度大きく円を描いて、またリーネの肩に戻ってきた。

ぴぃ、と短く鳴く。


周囲の偵察完了。異常なし。

——―という報告だった。


他の冒険者たちは、ただ鳥が飛んで戻っただけに見えただろう。

だがアクロスとリーネには、それが偵察結果だとわかっている。


クロも同じだ。

街道の両脇の草むらを嗅ぎながら歩いているように見えるが、

実際は周囲の生物の気配を拾っている。


この二匹は、もう立派な偵察部隊だ。

見た目はペットだが、中身は忠実な兵隊だ。


ゲルツが横目でクロとフレスを見ていた。


「あの二匹、妙に賢いな。

犬にしても鳥にしても、動きが普通と違う」


「飼い主の躾けがいいんだよ」


「そりゃあ、大したもんだ」


ゲルツの目が鋭くなったが、それ以上は聞かなかった。


北に延びる街道を討伐隊は縦に長い列になって進んだ。


先頭にゲルツ。

間にはマルコとアレン、ルッツ、エリー、ゴードン。

★1、★2の冒険者たち。

後方にリーネとアクロスとレナ。

そして最後尾にドルク。


ドルクは誰の隣も歩かなかった。

常に隊列の最後尾か、少し離れた位置を保っている。


だが何度か、無意識にアクロスの背後に近づく瞬間があった。

本人は気づいていないようだった。


アクロスの背中がほんの少しだけ緊張した。


---


一行が街道を北上する途中。


レナとリーネが並んで歩いている。


「ねぇ、リーネ。あんた、弓使ったことある?」


「ないわ。私は魔法一筋だから」


「そっかぁ。あたしは逆。魔法は全然ダメ。

子供の頃から弓と鉈しか触ったことなかった」


「鉈も使うの?」


「実家が農村でね。畑仕事に鉈は必需品でしょ。

弓も最初は鳥を追い払うためだったの。

鳥が麦を食べるのを、遠くから追い払う係だった」


レナが右手を弦を引く形にして、ぴゅんと放つ真似をした。


「そのうち鳥が狼になって、狼が魔物になって。

気づいたら、追い払うだけじゃ済まなくなってた」


「……ご家族は?」


レナの足が一歩分だけ遅くなった。


「母親と弟が近くの集落にいるわ。弟はまだ十二。父親は三年前に死んだ。

畑仕事の最中に、魔物に襲われたの」


リーネが黙った。


「だからあたし、グラザに出てきたの。冒険者の方が稼げるから。

集落の仕事だけだと厳しいし、弟が大人になるまではあたしが何とかしないと」


レナの声に湿り気はなかった。事実を述べているだけの口調。

だが足元を見る目が、一瞬だけ遠くなった。


「死ぬわけにはいかないの、あたし。弟が自分で立てるようになるまでは。

——―だから強い人たちの近くにいることにしてるの。あんたたちも強いでしょ?」


レナは笑顔で明るく言った。


「ええ。任せて」


「お、頼もしいじゃん」


「あーあ、あたしもカッコいい理由で冒険者になりたかったな。

世界を救うとか、伝説の剣を探すとか。

でもね、家族の飯代のために魔物を殺す姉ちゃんも、カッコ悪くはないでしょ?」


「十分、かっこいいわよ」


リーネは優しく笑った。かっこいいと本当に思っている。


「ありがと」


レナは満足そうに前を向いた。


「レナ。帰ったら、お疲れ会しようね」


「もちろん!約束だからね」


レナが小指を出した。


リーネが一瞬きょとんとして、おずおずと自分の小指を絡ませてみた。


指切りだった。


この世界にもあるのか、と。

後ろでやりとりを見ていたアクロスは少し驚いた。


「ねぇレナ、これって何なの?」


「指切りよ。知らないの? 家族や友達と約束する時にやるのよ。

約束を破ったら針を千本飲まされるっておばあちゃんが言ってたわ」


「それって死んじゃわない?」


「そうよ。だから指切りした約束は絶対破っちゃダメなのよ」


二人が笑った。


朝の草原の風が、二人の髪を揺らしていった。


---


双昼を過ぎた頃。

昼食は各々、持ってきた食料を、歩きながら食べた。


マルコがアクロスの隣に並んだ。


「なぁ、アクロス。お前の相方——―リーネさんって、薬師なの?」


「何でそう思った?」


でかい図体の割に、鋭いやつだ。

アクロスは内心、感心していた。


「歩きながらよ、ずっと周りの草とか花とか見てるだろ。

あれ、薬草を探してると思ったのよ。目でわかった。

索敵でもない。自然を楽しんでる目でもない。目利きしてると思ったんだ」


マルコは大雑把な男のようでしっかり、人を見ていた。


飲みに行っても気が利きそうなやつだ。

マルコを飲みに誘えば、リーネも断りにくそうだな。


アクロスはマルコの観察に感心しながらも、悪だくみをしていた。


「リーネは薬師の家の出でな。薬草に詳しいんだ」


「へぇ。いい相方だな」


「……ああ。助けられてばっかだ」


「なんかお前、ほんとに迷惑かけてそうだもんな」


飲みに誘うのやめとこうかな。


マルコは笑っていたが、急に声を落として真剣な顔になる。


「なぁ。アクロス。後ろのやつ……ドルク。

あいつ、ずっとお前の後ろにいるの、気づいてるか?」


「……あぁ、気づいてる」


「なんなんだあれ。距離を取ってるかと思ったら、

いつの間にかまたお前の真後ろにいる。無意識っぽいのが余計に怖い」


「いやほんとにな。たまたまだと思いたい」


「たまたまにしちゃ、あいつの歩幅、お前の歩幅とぴったり合わせてる」


マルコが不思議そうに首を傾げた。


アクロスの胸の奥が冷たくなった。


おい、ドルク。お前ストーカーかよ。と冗談を飛ばしたいが、

結構本気で不気味だ。


あいつの体が何かを感じているのだろうか。

無意識のうちに何かを探っているのか。


警戒を決して解いてはいけない。


---


午後になった。まだ日は暮れていない。


街道の周りの景色が一面の草原から段々と雰囲気が変わってきた。


道中にトラブルもなかったからか、早く着いたようだ。


草原の乾いた風に、湿った土と腐葉土の匂いが混ざり始める。

木々が街道の両側に増えてきた。


ゲルツが立ち止まった。


「ここから先が北の森の外縁だ。日が暮れる前に野営地を作る」


街道沿いの開けた場所を見つけて、討伐隊は足を止めた。


東に森。西に草原。

風を防げる岩場がいくつかあって、見通しもいい。


「皆で火を起こせ。交代で見張りも立てる。

明日の朝は森に入る前に、偵察を出すぞ」


全員が動き始めた。


枯れ枝を集める者。岩場の周りに荷物を降ろす者。

水を汲みに行く者。


マルコが率先して枯れ枝を抱えてきた。

太さと乾き具合を見極めて、火持ちのいい枝ばかり選んでくる。


「手際がいいな。木の選び方も的確だ」


アクロスは感心した。


マルコを見ていると★だけでは判断しきれないものがある。


「元々、俺は木こりをしてたんだ。山でずっと木を切ってた。

ここ半年は魔物が増えて、もう山には入れなくなってな……」


口を動かしながらも、マルコは手際よく木を組んでいく。


「木を切る腕力があるなら魔物も切れるだろ。そう思って冒険者になったが……

俺は小心者だからな。

斧で魔物を相手にするより、木を相手にしてる方が性に合ってるかもな……」


マルコが苦笑した。


そして綺麗な焚き火の木組みが出来ていた。


---


焚き火が安定した頃、日が傾き始めた。


金昏の光が森の木々の間に差し込んで、

長い影を地面に伸ばしている。


冒険者たちがそれぞれの場所に腰を下ろして、保存食を出し始めた。


アクロスは影収納から干し肉と硬パンと水筒を取り出した。


「お前のそれ、影からパンが出てきてんの?

わけわからんが便利でいいなぁ」


マルコが自分の大きな背嚢を見て嘆いた。


出会う人がみな、マルコみたいな反応で済ましてくれると楽なんだがなぁ。

とアクロスは思う。


「荷物が重くて肩がいてぇよ。お前は手ぶらで歩いてんのに……」


「内緒だけど、この影に入れてると食べ物も腐らないんだぜ」


「なんだよそれ。凄すぎるだろ。

なんでお前こんなとこで冒険者してんの?」


「自由を愛する男なんだよ」


アクロスとマルコは笑い合っている。


マルコにはこのまま実は俺は魔族だけどな、と言ってしまっても、

なんだそれ。すげぇじゃん。で終わりそうだ。


クロが早く肉くれよと唸っている。


クロを見たマルコは、自分の干し肉の端をちぎってクロの前に置いた。


「ほら。食えよ。お前も腹減ってるだろ」


クロが干し肉の匂いを嗅いだ。一拍、間があった。


それからぱくりと食べて、尻尾を一回だけ振った。


「おぉ!見たかアクロス!こいつ、俺の干し肉を食ってくれたぞ!」


マルコが嬉しそうに笑った。


「よかったなマルコ。クロの審査に通ったぞ」


「クロがお前の飯を食った。これはお前をいいやつと認めたってことだ」


「マジか。試されてたのか俺」


マルコがクロの頭を撫でようとした。

クロは撫でさせた。ただし三秒で頭を引いた。


「……おぉ、まだ仮合格って感じか」


「そんなところだ」


アクロスも、クロを撫でた。いつものように。

クロは満足した顔をしている。


---


パンと干し肉を食べたあと、

アクロスとリーネは少し離れた場所で、クロとフレスに指示を出していた。


声は出さない。絆の回路を通じて、意識だけで指示を送る。


(クロ。森の手前まで行って、匂いを拾ってきてくれ。

魔狼の気配がどれくらい近いか。方角と距離だけでいい。深入りするな)


クロが耳をぴくりと動かして、音もなく草の中に消えた。


(フレス。高めに上がって、森の全体像を見てきてほしい。

群れの位置までわからなくていい。谷や崖や、逃げ道になりそうな場所を把握して)


フレスがリーネの肩からふわりと飛び立って、金昏の空に溶けていった。

銀色の翼が一瞬だけ光を反射して、すぐに高度を上げて見えなくなった。


「……おぉ、すごいな、あの二匹」


ゲルツが近くに来ていた。


「偵察に出したのか。明日の朝にと思っていたが……」


「情報は早い方がいいと思ってな」


「助かる。正しい判断だ。だが、暗くなると森は危険だぞ。

あの二匹は大丈夫なのか」


「クロは夜目も鼻も効く。暗くても動ける。

フレスは空から見るだけだ。深入りはしない」


「そうか。——―お前たち、戦い方も含めて独学にしては妙に手慣れてるな。」


「お前、いくつなんだ?そこそこいってるだろ」


「四十だ……」


なぜかサバを読んでしまった。


「やっぱ、まあまあおっさんだったな!がはは」


「あんたも同じようなもんだろ!」


「まあな!俺は四十三だがな!おっさん同士仲良くしようや!がはは!」


ゲルツが豪快に笑った。


まさかのゲルツと同い年。


それにしても、おっさんばかりと仲良くなっていくな。くそ。

ファルティシアが言った通りにちゃんと世界を愛して旅してんのに……。


普通、ラノベやマンガだとポンポンかわいい女の子ばっかり出てくるのに。

なんなんだよ。


ファルティシアもその辺もうちょっと考えろよな。


アクロスは一人でいらいらしてしまった。


---


しばらくしてクロが戻ってきた。草の間から影のように現れて、

アクロスの足元に座った。


絆の回路を通じて情報が流れ込む。


魔狼の匂い。森の中、ここから北東の方角。まだまだ遠いが……

匂いの濃さから、数は多い。二十は超えていそうだ。


そして——―もう一つ。


匂いの中に、普通の魔狼とは違うものが混ざっている。

重い。濃い。クロの本能が「危ない」と告げている。


統率個体だ。


フレスも戻ってきた。リーネの肩に降りて、

甲高い声で鳴いた。


リーネがフレスの報告を聞き取る。


「森の中、北東に大きな窪地があるわ。周囲より一段低くなっていて、

木が密集している。たぶんあそこが群れの巣ね。

……それと、窪地の手前に開けた場所がある。木が少なくて見通しがきく」


「そこに誘いこめるかな」


「ええ。仕掛けるなら、窪地から引き出して

開けた場所で迎え撃つのがいいわ」


アクロスが頷いた。


「明日の朝にでもゲルツさんに報告しよう」


「そうね」


二匹の偵察のおかげで、

明日の作戦の骨格が見え始めてきた。


---


焚き火の炎が安定して、夜が森の向こうからゆっくりと

這い寄ってきた。


冒険者たちがそれぞれの場所に散って、

夜営の準備を始めている。


毛布を広げる者。武器の手入れをする者。

もう寝ている者もいる。


アクロスは焚き火の近くに座って、

明日の動きを頭の中で整理していた。


するとマルコがまた、隣に来た。


「なぁ、アクロス。お前は寝れそうか?」


「けっこう歩いたからな。ほどよく疲れてるしよく寝れると思う」


「俺、たぶん無理だわ。緊張で腹がきゅーってなってる」


「ちゃんと、飯食えてただろ」


「あぁ、ちゃんと食った。干し肉三本と硬パン二つ」


「食いすぎだろ」


「そうか?」


「マルコ。本当に緊張してたら飯は喉を通らない。

食える時にちゃんと食えるやつは強い」


マルコがぱちくりと瞬いて、それからにっと笑った。


「お前と話すとなんか安心するよな。

言ってることは、すげぇ普通なのに説得力がある」


「おっさんの言葉ってのはそういうもんだろ」


「おっさんって、お前四十なんだろ?ゲルツさんが言いふらしてたぞ」


「なんなんだ。あのおっさんは。俺の年齢言いふらして何がしたいんだ」


「ちなみに俺も四十だ。おっさん同士仲良くしようぜ!がはは!」


サバ読んだ状態ではこいつと同い年かよ。

おっさん枠多すぎだろ。


おっさんフラグばかり立っていらいらが募るアクロスだった。


野営の夜は、まだまだ続く。


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