第24話 タネル村でのひととき
街道は歩きやすかった。
踏み固められた土の道が草原の中を真っ直ぐに伸びていて、轍の跡がくっきり残っている。
荷馬車のゆっくりと転がる音、馬の蹄の音、草を踏む足音が重なって、
妙に心地よいリズムを刻んでいた。
アクロスとリーネは荷馬車の少し後ろを歩いている。
クロが先行し、フレスが頭上を緩やかに旋回していた。
「あんた達は北の山脈手前の集落から来た、と言ってたな」
オルガが御者台から声をかけてきた。手綱を握りながら、振り返らずに話している。
「ああ」
「あのあたりは最近、魔物の出が増えてると聞いた。行き来する商人から話を聞くんだが、何か変わったことはなかったか?」
「……そうだな。魔物は確かに多くなったと思うよ」
「魔王が討たれてから、北の情勢がかなり不安定になってるって話はあちこちで聞く。詳しいことは行ったことがないからわしにはわからんがね。
ただ商売をしてると、肌でそういう変化を感じるんだ。半年前と今とじゃ、道の空気も違う」
オルガは苦い顔で話す。
「道の空気、か」
「旅をする人間の目の色が違う。急いでる人間が増えた。腰の剣に手をかけたまま歩く旅人も増えた」
オルガが少し間を置いた。
「魔族を見たって騒ぎも、このあたりでも今年に入って何度かあったな」
リーネの足が一瞬だけ止まった。
アクロスだけがそれに気づいた。
「……魔族、怖い話ですね」
リーネが落ち着いた声で言った。変身した焦げ茶の瞳は、穏やかな旅人のままだ。
「本当に、魔族は怖いのかな」
カイが荷台の端に腰かけながら言った。
「俺はたまに思うんですよ。魔族ってほんとに全員が怖い生き物なのかって。
話だけが大きくなってる気がするんですよね」
「若いな、お前は」
ミラが短く言った。
「でもその考えが間違いだとは言い切れない」
それ以上ミラは続けなかった。だがその一言が、否定ではないことはわかった。
オルガが手綱を少し引いた。
「まあ、わしみたいな行商人は何を売るにも信頼が全てだ。
人間だろうが何だろうが、まともな取引をしてくれる相手なら文句はない。
ただ今の時代、そう言える人間の方が少ないのが辛いところだね」
「そうだな…」
アクロスが静かに返した。
フレスが頭上でぴぃと鳴いた。問題なし、という合図だ。
街道は続いていく。
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村が近づいてきたのは、双昼を少し過ぎた頃だった。
前方の丘の向こうに、屋根のいくつかが見え始めた。
アクロスはその手前で足を少し速めて、オルガの荷馬車に並んだ。
「オルガさん、少し相談があるんだが、聞いてくれるか?」
「どうしたんだ?」
「俺たちは今、手持ちに金がない」
オルガが御者台から振り向いた。驚いた顔ではなく、聞いてやろうという顔だ。
「北からの旅で使い切った。グラザで素材を売るつもりだったんだが、それまでは文無しなんだ。村でひと晩世話になるなら、その前に少しでも換金したいんだが…」
「魔物の素材か?」
「魔核や毛皮を持ってる。それとリーネが薬草も持ってる」
オルガが少し考えた。
「薬草ならわしでも買える。行商で薬草を扱うこともあるから、見せてもらおうか。
ただ、魔核や毛皮はグラザのギルドに持ち込む方が値がつくぞ。
わしには素材の細かい良し悪しまでは鑑定できないからな」
「わかった。とりあえず、薬草を見てもらえるか」
「リーネ、ちょっと来てくれ」
リーネがすぐ隣に来た。
「オルガさんに薬草だけでも買ってもらおうと思ってな。見せてくれ」
「それは助かるわね」
リーネが腰の革筒に手を当てた。
オルガは荷馬車を止めた。
リーネが革筒を一つずつ開けて、中身をオルガに見せた。
オルガは商人の目で一つずつ手に取って確かめた。
「……熱冷まし、止血草、炎茸の粉末か。どれもちゃんと乾燥してる。質もいいな」
「父が薬師でしたから」
「そうか。……炎茸の粉末は傷の化膿止めに使える。グラザの薬師に持ち込めばいい値がつくが、わしでも引き取れる」
「いくらですか?」
「炎茸の粉末、この量なら銅貨十五枚。止血草も中量あるから、銅貨八枚。
熱冷ましは標準的なものだから銅貨五枚。合わせて銅貨二十八枚というところだ」
「……妥当な値だと思うわ」
リーネが横でアクロスに小声で言った。
「それでお願いします」
「よし!少し待っててくれ。今払うからな」
オルガが荷台の木箱を開けて、革の小袋を取り出した。
中から銅貨を数えて、リーネの掌に乗せた。
銅貨二十八枚。
リーネの掌の上で、小さな金属の音がした。
「ありがとうございます。助かりました」
「そんな大層な礼はいらんよ。お互い商売さ。正直に相談してくれてよかった。
知らずに村に入って君らが後で困ってたら、わしも後味が悪いからな」
オルガが笑いながら手綱を取り直した。
「さあ、行こうか!タネル村の村長は気のいい男だぞ!」
村はもう、すぐそこだ。
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しばらく進むと、村の入口が見えた。
男が一人、立っている。荷馬車を待っていたようだ。
五十代後半。額に深い皺、日焼けした大きな手。村長格の人物だろう。
「オルガさん! いつもより遅かったな。心配していたところだ」
オルガを見て手を振っている。アクロス達にも気づいたようだ。
「おや、後ろの方々は? 見ない顔だね」
「旅の方たちでな。車輪が壊れて往生してたところを助けてもらったんだ。
今日一日、世話になれるか?」
「そうかそうか。問題ないよ。さ、入ってくれ」
おおらかな歓迎だった。
村人たちがのんびりと手を振ってくる。
子供が何人かクロを見つけて駆け寄ってきた。
「わあ! 黒い狼だ!!」
「触っていい?」
「いいぞ。優しく触ってくれよ」
(クロ、すまんな)
クロが振り返ってアクロスを見て頷いた。
それからゆっくり子供たちの方に向き直り、地面に伏せた。
「……クロ、優しいわね」
リーネが小さく言った。
子供たちがきゃあきゃあ言いながらクロの毛皮に顔を埋めていた。
クロは尻尾をゆっくり振りながら、大人のような顔で受け止めていた。
フレスは子供たちに気づかれると騒ぎになりそうだったので、
リーネが先に木の枝に隠れておくように誘導した。
広場に荷馬車が止まると、オルガが御者台から降りた。
「すまないな。荷下ろし、手伝ってくれるか?」
「もちろんだ」
アクロスとカイで荷台の木箱と布袋を降ろしていく。
箱の重みがずしりと来る。中身は金属道具と調味料らしく、
がちゃがちゃと音がした。
リーネとミラはオルガが取引を行う農家の庭まで、荷を運び込む手伝いをした。
村の農家が次々と出てきて、オルガと挨拶を交わす。
なじみの顔ぶれらしく、声が弾んでいた。
「今回は塩は多めに入ってるか?」
「ああ。要望通り多めに持ってきた。鉄の鎌も二本な」
「助かる。こっちは麦と干し芋を用意してある」
取引は早かった。オルガが手際よく品物を確認し、農家が穀物の袋を荷馬車に積み込んでいく。
アクロスはその様子を見ながら荷運びを続けた。
行商というのは、こういうものか。村と町、それぞれの生活を繋ぐ大事な仕事だな。
「あんた、手際がいいな」
農家の年配の男が声をかけてきた。
「少し似たような仕事を、昔してたことがあるんだ」
「そうか、旅人さんもいろいろ大変だな」
男が笑った。
荷下ろしと積み込みが全部終わると、オルガが一息ついた。
「二人ともありがとうな! 助かったよ。本当に」
「俺達にも手伝えることがあってよかったよ」
「さぁ、食堂で飯にしようか! わしのおごりだ。たくさん食おう!」
「いや、それは……」
「荷馬車の車輪を直してもらって、荷下ろしまで手伝ってもらった。
そのくらいは当然だ。受け取ってくれ」
オルガの声に迷いがなかった。
アクロスはリーネを見た。リーネが小さく頷いた。
「……ありがたい。いただこう」
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食堂といっても、民家の一室に長机が三本置いてあるだけのものだ。
だが、その机の上に出てきたものを見て、アクロスは少し固まった。
スープ。
澄んだ黄金色のスープ。根菜と豆が入っていて、表面に脂の膜が薄く張っている。
パンが二切れ。焼きたてではないが、ふっくらしている。
それから、鳥の焼き物が一皿。ハーブの香りがする。
「……ちゃんとした飯だ」
思わず呟いた。
リーネが無言でスープの匂いを嗅いだ。目が細くなった。
「……いただきます」
スープをひと口。
「っ……」
温かい。ちゃんと出汁が出ている。
根菜の甘みと豆のほくほくした食感。
そして塩の加減が絶妙だ。
「……あぁ、うまいな…」
アクロスはしみじみ言う。
「ほんとうに、ね…」
リーネが静かな声で返した。
二人とも、しばらく黙って食べた。
森での生活は楽しかったし、リーネの料理は本当にうまかった。
だがそれとは別に、温かい飯を、屋根の下で、椅子に座って机で食べる。
こういう、あたりまえの幸せというものはなんだか久しぶりだと思った。
胸に染みる。
「……なんか、泣けてくるな」
「うるさいな。泣かないで食べなさいよ」
「泣けてくるだけで、本当には泣いてないよ」
「はいはい、ちょっと目が赤いわよ」
「埃が目に入ったのかな」
「そうね」
そう言ったリーネの目も少し光っていた。
オルガがパンを齧りながら、楽しそうに二人を見ていた。
「仲いいなぁ、あんたたち。夫婦かい?」
「まぁ、そうだな」
アクロスはオルガの問いに乗った。
「ち、違うでしょ! 急に何言ってるの!」
リーネがわたわたする。
スープがちょっとこぼれた。
「そうだっけ? まあ似たようなもんだろ」
アクロスは気にせずスープを口に運ぶ。
「意味がわからないわ…」
リーネがじとっとした目でアクロスを睨む。
オルガが「わははっ」と声を出して笑った。カイも笑い、ミラも口元だけ動かした。
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幸福感に包まれた静かな食後。
オルガが食堂の主人と何か話しているのが聞こえてきた。
「……温かい湯も用意できるか?」
「ああ、大丈夫だよ」
「旅の者を連れてきてるんだがね。長旅で疲れてそうなんだ。頼めるか?」
主人がアクロスたちをちらりと見て、頷いた。
「もちろんさ。桶と布は裏に出しておく」
「……オルガさん」
リーネが立ち上がった。
「ありがとうございます」
声が少し硬かった。感情を押さえている時のリーネの声だ。
「なんの。旅は助け合いってやつだよ」
オルガが笑った。
「それに」
少し声のトーンが変わった。
「行商してるとな、見れば大体わかるんだよ。あんたたちは変な人間じゃない。
それに助けてもらったのはこっちだしな」
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二人で食事を済まして裏に行くと、石造りの小屋があった。
正確には風呂というほどのものではない。
石の床に湯を張った大きな桶が二つ。湯浴び用の小さな桶もある。
木の仕切りで奥と手前が区切られている。
「リーネ、変身どうする?」
「いや、解くのはさすがにまずいでしょ」
二人はこそこそと小声で会話する。
「一応、確認だが……服は脱ぐなよ」
「わかってるわよ」
リーネが少し顔を赤くした。
「私達の変身は簡単に解けるようなものじゃないだろうけど、服の変身は別。
脱いだら服の変身は解けてしまう可能性があるでしょう」
「……まあ、そうだな」
全裸になって思い切り湯を浴びたい気持ちではあるが。仕方ない。
一時の快楽の為に暴挙に出るわけにはいかない。
「本当の風呂は、グラザに着いてからの楽しみにしとこう…」
「そうしましょう…」
リーネが奥、アクロスは手前で仕切りの中に入った。
アクロスはそっと湯桶に手を入れてみる。
「ふわぁ…」
思わず変な声が出るくらい、湯はちょうどいい温かさだった。
くそ、やっぱり全身に浴びたい衝動が止められそうにない。
しかしリスクがでかすぎる。だが、このままでは悔しすぎる。
もう、服のままでも構わねえ。とりあえず、全身に浴びてやる。
桶で湯を掬い、思いっきり全身に浴びた。
思わず変な声が出た。
「……あ゛あ゛あ゛〜……」
どうしようもない声だった。だが仕方ない。
温かい湯がこれほど気持ちいいとは。
布で体をこすりながら、また湯を掬って浴びる。
髪も洗い流す。むしろ桶に顔ごと突っこんだ。
足を桶に入れて足湯もする。
仕切りの向こうから、水の音がしている。
それから、リーネの小さな息の音が聞こえた。
「……あぁ、気持ちいい…」
独り言だった。誰かに向けて言ったわけじゃない。
ただ漏れた声だった。
聞かなかったことにしておこう。
そっとしておいてやる方が、たぶんリーネのためだ。
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リーネが小屋の外に出てきた時、
アクロスは外で物陰に隠れてアクロス流生活魔法で服を乾かしていた。
二人が顔を合わせた。
「……あなた、まさか。服を着たままお湯かぶったの?」
「我慢できなかったんだ…」
「ばかじゃないの……大丈夫だった?」
「最高だったよ」
はぁ……とリーネがため息をついて呆れた。
「気持ちよすぎて、変身が解けるかと思ったぞ」
「確かに、危なかったわね」
二人は笑いながら言った。
リーネの銀白の髪が、夕暮れの光を受けて輝いていた。
いつもと同じ髪なのに湯上りだと全然違う印象になる。
「毎日風呂に入れる生活がしてぇなぁ…」
「ふふ、そうね…」
リーネが髪を束ねながら言った。
フレスが木の上からぴぃと鳴いた。クロが足元でわふ、と顔を上げた。
「お前らは川で洗うからな」
クロの尻尾が一瞬止まった。
「嫌なら洗わなくていいぞ」
尻尾がまたぱたぱた動いた。
リーネが小さく笑った。
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夕方、食堂に村人が何人か集まってきた。
行商のオルガが来るのは一カ月に一度ほどで、村人にとっては外の世界の話を聞ける貴重な機会らしかった。
酒と乾燥果物が出てきて、自然と輪になった。
アクロスとリーネもその輪の端に座って、耳を傾けた。
話題は自然と今の世情になった。
「最近は、南からの連中が増えたな」
年かさの農夫が言った。
「グラザの周りも見たことない顔がずいぶん増えた。商人やただの旅人じゃない。
何をしてるんだかわからない連中だ」
「俺も聞いたぞ」
カイが言った。
「アルセイド王国の方から流れてきてるって話。なんでも魔族の取り締まりが強化されたとかで、その余波が中央回廊にまで来てるらしい」
「魔族をかくまった人間も罰する、って布告が出たという話も聞いたな」
ミラが静かに続けた。
「物騒になってきたな」
また別の男が言う。
リーネが器を両手で包んだまま、暖炉の火を見ていた。
アクロスはその横顔を見た。
表情は変わっていない。旅人の顔のままだ。
だが指先に、少し力が入っているのがわかった。
アクロスは特に何も言わなかった。
輪の端から、ただ話を聞き続けた。
覚えておく必要があると思った。これが、この世界の今だ。
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輪が解けて、村人たちが帰り始めた頃。
オルガがアクロスの隣に座った。
「わしらはいつも村長の家に泊めてもらってるが、君たちは宿に泊まるか?」
「そうしたいな」
「一泊銅貨五枚だ。宿というか、質素な空き家みたいなものだがな」
オルガは笑いながら言った。
「ありがとう、それで十分だ」
オルガがにやりと笑った。
「今夜はゆっくり休んでくれ。明日は白晨の頃、出発する」
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夜、村の端にある空き部屋に案内してもらった。
椅子が二つ。藁布団が二つ。藁布団の間には簡単な仕切りだけ。
質素だが清潔ではある。
銅貨五枚ずつ、二人分を主人に払った。残りは銅貨十八枚。
少ないが、ないよりずっとましだ。
クロが入り口に伏せた。フレスはリーネの枕元の棚に止まった。
光る苔はない。代わりに、小さな蝋燭が一本灯っている。
アクロスとリーネは椅子を二つ近くに寄せて、座った。
「やっと、落ち着けたな」
「変身は、まだ解けそうにないな」
変身には大分慣れた。変身していること自体を忘れそうだ。
「大丈夫みたいね。今日は寝る前に変身をまたかけるんでしょ?」
「そうしよう。寝る前にかけて、結果を見る。それから朝もう一度魔法をかける。
幸いここは窓もない。鍵もかけられる。寝たら変身が解けるとしても大丈夫だ」
「私思うんだけど」
「なんだ?」
「変身魔法をかける時に魔力を多めに注いだらその分、
変身時間も延びたりしないかしら?」
「確かに、可能性はあるな。明日の朝、試してみよう」
リーネは伏し目がちに言った。
「あなたの負担が大きくなる話だけど…」
「気にするな。安心して旅ができるほうがいい」
リーネは微笑んで頷いた。
そして今度は天井を見ながら言った。
「……ね、アクロス」
「ん」
「今日の話、聞いてた?」
「あぁ、もちろん聞いてた」
「魔族をかくまった人間も罰する、って」
「まだ真偽はわからない」
「でも、あり得ない話じゃないわ」
「……そうだな」
短い沈黙。蝋燭の炎が揺れた。
「オルガさんたちは私たちを助けてくれた。普通の人間が普通に親切にしてくれた。それは嬉しかったの」
「そうだな」
「だからこそ、あの人たちに迷惑をかけるわけにはいかない。
私たちが何者かが、バレないように」
「あの人たちは仲良くなれば受け入れてくれそうな気もするが、
油断はできないよな」
「そうかもしれないけど、危険だわ。
私たちが、じゃない。あの人たちが危険になる」
「それも、そうだな…」
リーネは優しいやつだな、と思う。
今日会ったばかりの、しかも自分の集落を焼いた同じ人間だ。
自分がその立場なら、同じように言えるだろうか。
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「今日の話を聞いて、俺もリーネに聞きたいことがあるんだ」
この流れで、気になっていたことを聞いてみた。
「なに?」
「そもそも、魔族は人間のことをどう思ってるんだ?」
リーネは少し考える仕草をしたが、表情は特に変わらない。
「そうね。正直に言えば、魔族自体は人間を嫌いでも好きでもない、
っていうのが普通かな」
「意外だな」
ラノベとかの先入観もあると思うが、敵対思想で憎みあってるものだと思っていた。
「魔族は、分かりやすく言えば、エルフと感覚が近いの。長命種だし。
本来、他種族のことにはあまり関心がないのよ。人間達は寿命が短いし、私たちから見れば、世界の中の移り行く景色のひとつ。自然界の種族のひとつ。
それ以上に思うことは特になにもないの」
「そういうものだったのか……」
納得できる気もする。
人間は、いつも自分たちの都合のいいようにわかりやすい悪を創り出す。
四十三年生きた前の世界でも、それは人類の歴史が証明している。
「だから、人間を全て憎む、なんて感覚でもないの。ただ、悲しい。悔しい。
今は、そんな感覚」
「リーネ、話してくれてありがとう」
大事なことが聞けた、そういう気持ちになった。
「私も、聞いてもらえてよかったと思う」
クロの寝息が聞こえてきた。フレスももぞもぞしている。
蝋燭の炎が少し小さくなった。
「少し時間がある。変身、解除して過ごすか?」
「……そうね」
二人で目を閉じて、変身を解いた。
光の靄がふっと広がって、収まる。
魔族のリーネが、戻ってきた。
褐色の肌、深紅の瞳、銀白の髪、二本の角。
アクロスも元の姿に戻った。
青みがかった肌、魔紋、オッドアイ、一本の角。
「お帰り、リーネ」
「ええ、お帰り。アクロス」
二人で、ふっと笑った。
「俺の魔王計画の話は、生活が落ち着くまで、とりあえず後回しだな」
リーネが薄く笑った気配がした。
「急に魔王の話を出さないでよ」
「たまには思い出させておかないとな」
「忘れてないわよ…」
そして二人は魔族の姿で少しだけ語り合った。
そして、また変身魔法をかけた。
しばらくして、部屋の蝋燭が、消えた。




