八話:キミがクル
『ピー!ジョーキョーハアクシマス!スキャニング!カイセキ!スタート!ピー!』
床に転がっているロボットは呆気にとられたこちらの事などお構いなしに、首をぐるぐる回転させ始めた。
恐らくだが、これでも機能面は正常に働いている。リンクスに取り付けを義務図けられたスキャニング機能……ガレージのデータベースと照合し、廃品回収時に部品の使用可否を判断するものだ。
言いたいことは色々とある。何故動いたのか。
設定した言語力はどうしたんだ。
今スキャニングしてどうする。
すっかり緊張の糸を解かれたリンクスも銃を収め、今となっては頭を掻くしか出来なかった。それはボーディも同じである。喜ぶべきか、分からない。
何より、これは再調整をしていいんだろうか。
兎に角、コミュニケーションを取らない事には始まらない。戦闘行動に係わるプログラムは何ひとつ入れてないのだから心配はいらないだろうが……。
「あー……こんにちは?」
回っていた首がこちらを向いて止まる。少しだけビクリとしてしまったが、この短期間でロボットやコンピューターから散々嫌な気持ちにさせられていたからか、気持ち悪さは無かった。
『オハヨウ!コンニチハ!コンバンハ!』
「⋯⋯はぁ。気分はどうよ」
『ニュージェネレーション!』
再び腕を振り回しながら、ロボットはバタバタと暴れ出す。埃と粉塵が舞って仕方ない。どうかそろそろ止めてくれないだろうか。
「ほら見ろリンクス!動いたじゃねぇか!やっぱすごいぞお前ら!」
「動かせたと動いたは別モンなの。正直良い気分じゃねぇよ。誰だか知らねぇけど、勝手に手出しやがって……」
「まぁお前の夢でもあり、ボーディとの傑作品でもあったからな。そう思うのも無理ないか。なぁ、お前さん。名前は何て言うんだ?」
『ナマ、エ……?』
「おー、そうだボーディ。名前考えてやったのかよ」
忘れていた。そもそも動いているなどこちらも想定外だったのだ。かつてないほどに頭をフル稼働させながら、尚かつ迅速に導き出さなければならない。
ボーディは知っている。そこにいるリンクスという女が、かつて第三地区に住み着いていた迷いネコ達に『ゲンコツ』だの『カリアゲ』だのと言った名前を付けていた事を。だから今回は自分にも考えさせて貰えないかと提案をしたのだ。
ちなみに恐ろしいのはリンクスだけではない。今ロボットを優しく抱えながら起こしている筋肉男も、自身が管理している植物に『バルクローズ』だの『マスキュラスミント』だの書かれた立札を刺していた。初めて植物に同情し、手を合わせもした。
そんな奴らの前で考えてないなどと言ったら後の惨状が目に浮かぶ。何よりリンクスも感じているだろうが、彼は自分達で組み上げた初めての存在。名前は今後呼び続けるものになるのだから、ここはやはり科学的かつ知的なものにしてやりたいのだ。
それが親……かは分からないが、少なくとも生産者の責任だろう。
「そうだね……消えかかっていたけど、彼のコアに書かれていたのが多分本来の型番だと思う。"The 1st. gen multi frame body Ver. proto Blick-1"……だから――」
「長ぇ。ブリキ」
「はぁっ!?」
『ブリキ!ナマエ、ブリキ!トーロク!』
「ちょっ、と……!」
恐れていた事が現実になった。名図けられた方も意気揚々と登録を始めてしまったが、その決断力の速さというか従順さというか、とにかく自分で組んだプログラムをこれほどまでに恨めしいと思った事は無い。
「わははっ、ブリキか!確かにぽいもんな、お前!よろしくな!」
「いくらなんでも適当すぎるって!君も怒っていいんだぞ!」
『オコル!ンガー!』
「あ?可愛いだろ」
『カワイイ!カワイイ!』
リンクスに目を向けると、いつかのように前髪の向こうでにやにやと小憎たらしく笑っていた……畜生。
「おーしブリキ。こうなっちまった以上は仕方ない。これからあたしらでアンタの面倒を見ていってやるよ。とりあえず簡単な動作チェックからだ。サーバー繋いでやるから、さっきのスキャン機能使ってあたし達の名前を確認してみな。先ずあそこの筋肉野郎だ」
「えっ」
『ンガ!スキャン、スタートー!』
眼の色が白熱電球から青色に変わる。その青の直線はやがて扇形に広がって見せ、トーマンの足先から頭のてっぺんまでのデータをゆっくり収集し始めた。この時のデータはブリキの記憶域に一時保管されるが、一度サーバーにさえ繋いでしまえばサーバー内の情報とすり合わせを行い繰り返し学習していく筈だ。
当面の間はあまり人前へ出さずにコツコツ学んでもらうしかないが、そこは仕方ない。根本的に違う技術だとは言え、ブリキを禁忌と重ねて恐れる人間も出てきてしまいかねないのだから。
『チーン!エンザンオッケー!アナタハ 〈カブトムシ〉!』
ぶっ、と吹き出てた声は二人分。当然観測されたカブトムシ以外だった。
「ふっ……くくっ、カブ……!」
「俺虫かよぉ~……」
「ブリキ。あれはトーマン・ムカイだ。登録しとけ。呼称だが……アニキでいい」
『トーマン!アニキ!トーロク!』
「リンクスゥ……!」
「いや、やっぱツノカブトだな。ハイ次、あそこの小僧」
兄貴とツノカブトのどちらが採用されたかは知る由もないが、ボーディには初めて、少しばかりの自信があった。一体誰がプログラムを組んだと思ったのか。ロボットになってから動いたのは初めてかもしれないが、こっちは何度かチャットメッセージで簡単な対話とコミュニケーションの仕方を説明してきたのだ。
最初こそ確かに不可解な行動や言動を起こしていたが、だいぶ安定してきた今ならカブトムシほど酷いものが生まれるはずもない。
「ブリキ、僕の事は分かるよね。何度も君と対話してたんだから」
『ワカル!タイワ、ダイジナコト!スキャンスタート!』
先程と同じように青色の光が下から上がってくる。思いの外それは温かく、まじまじと見られているというよりも見守られている温かさすら覚える。
『チーン!エンザンオッケー!アナタハ 〈ダンゴムシ〉!』
「どうして……ッ!?」
「虫仲間だな兄弟」
「部屋でいっつも丸まってるからだろーよ!ダハハッ!ありゃボーディ・クルス。呼称はトモダチだ。さぁ最後だ!来いブリキ!あたしを呼んでみろ!」
『ス、キャン!スタート!』
首だけ九十度回転したブリキは流れ作業の様にプロトコルを実行する。
いけ、ブリキ。凄めの虫だぞ。
しかし数秒待っても青い光は現れず、変わりに言葉を発した。
『——リンクス』
「何でッ!?」
「スズメバチかと思ったのにな」
リンクスはただ一人、小さくガッツポーズを決め込んだ。
「こいつのコアは元々あたしの持ち物だ。名付け親もあたし。分からないわけないだろうが。お前ら虫オス共とは信頼関係が違うっつーの!ハッハァー!」
『リンクス――ハ、 〈フナムシ〉』
ガッツポーズが右ストレートに変わる瞬間を始めてみたかもしれない。バールを金属に叩きつけたような凄まじい衝撃音が響いた後、ブリキは数歩歩き、無念にも床に突っ伏した。
「どう見ても人間だろうが」
「何やってんだよバカッ!バカだとは思ってたけど、バカッ!」
「癖でさ。つい。良いよ、壊れたら直してやらぁ」
『パン、チ……キイテルー!』
「冗談言えるならもう二、三発イッとくか」
「昔、妹の図鑑を見せて貰った事を思い出したんだけど。確かに俺らとは違うよな。種が」
バカがバカを殴っている間にブリキを起こした。余程の衝撃だったのだろう。眼のライトがパチパチ点滅しているのは、人間で言う所のクラクラに近い物なのかもしれない。真正面から受けたせいで貴重な頭部パーツがベッコリと凹んでしまっていた。
「ゴメン……後でちゃんと直させるから……」
『ヘイキ!ゲンキ!トモダチ、コミュニケーション、ダイジ!』
「あれはリンクスしかやらないんだから、絶対覚えちゃ駄目だよ!」
『ンガ。トモダチ!オシゴト、オボエル!スキャン、イッパイ、スル!』
「……分かった。どうせしばらくはお留守番だからね。スキャン範囲を最大まで設定して、色んなものに触れてごらん。あっ、でも設定は書き換えてくれる?あの光が他の人に見られると面倒だから……」
『ンガ!ハンイ、ジュウゴメートル!サイレンス!トーメイ、トーメイ!スキャーン!』
声高々な宣言とは対照的に、ブリキの眼が緑色に輝きながらくるくる回る。こちらの意図は伝わってくれたようで、一切の目立った動作や光を漏らすことなく、膨大な量の情報をリンクスのパソコンに送信していく。滝のように画面の上から下へ流れていく言葉や数字はすぐに読み取れるものでは無い。自分たちにとって日常的なあれこれも、彼にとっては世界の全てが初めて見る景色なのだ。
「ボーディ~、助けてくれ~……」
「まだやってんのかよ……リンクス、いい加減——」
ふと、画面が横目に入る。
彼の胸躍る観測記録の、その一番上。
―—たすけて。
「……え?」
表示の意味が理解出来なかった。
だが、次の瞬間。
――たすけて。わからない。こわい。こわい。こわい。
ガタッ、と。鉄の身体が跳ねた。
「……ブリキ?」
応答は、無かった。
ただ――。
『——クル』
ガレージの扉が開く。
ワンピースの裾が、揺れた。
地底の底には場違いな白い髪の間から、くすんだライラックピンクが覗いていた。
よろしければコメント等頂ければ幸いです。




