九話:擦り合わせ
「――こんにちは」
恐ろしく流暢だった。
当たり前だと言われればそうだ。ただ昨日まで聞いていたのは、たどたどしく弱った声だったから仕方なくて。いや、そもそも。たった一人でここにいる事の方が、おかしいはずで。
ボーディは脳内が致命的に終わっていた。昨日今日の間に起きる出来事の量じゃない。最早陰謀――ヤメだ。馬鹿馬鹿しい。
寝起きのような少しの掠れは感じるが、少女の声は透き通る透明感と、どこか冷たさの残る機械的なものを感じた。
「……こっ、ん……ちわ……」
何とか声を絞り出しては見たが、彼女は眉ひとつ動かさない。それどころか、何がそんなに気になるのか、瞬きもせずに、ボーディの顔を凝視する。
人間と言う生き物にこうまで釘付けで凝視されたのは、彼の十四年の生涯において初めてである。冗談じゃない。こっちはその圧で手足がまともに動かせない、磔の気分だ。
「パフィ……?さんが、皆さんとお話したいって。お部屋に行ったんですけど誰も居なくて。そしたら……声が、聞こえたから」
「えっ……?あ、そ、そう、なんだ……何考えてんだよ」
「ごめんなさい」
「ち、ちがう、ちがう!君じゃなくて、今のはパフィに――!」
「おい。ウロウロしてんな」
彼女の後ろにジェイクが立っていた。いつもの彼とは違い、言葉の端が荒れている。声を掛けられている当の本人は、何も変わらずだ。
「お前は病人だが、同時に第三地区が保護した生き証人なんだよ。勝手に出歩かれて面倒な事に巻き込まれるとダンパーの顔が立たねぇ。さっさとそいつらとパフィの所に行け」
「ジェイクよー。女の子に言い方キツイんじゃねぇの?その子はあたしじゃねーんだぜ。それともまだ言い足りない事でもあんのかよ。なら先に聞いてやろうか?その方がお互いスッキリするだろうさ」
未だトーマンへ馬乗りになりながら、リンクスは軽い口調でジェイクにそう言った。そんなことを言われて彼が引き下がるかと言われれば……今の彼では無理なのだろう。胃がキリキリと痛む。昨日の二人の険悪な雰囲気が、嫌でも思い返される。
そんな一触即発の空気など露知らず、トーマンは腹の上の彼女ごとグンッ、と起き上がりながらケラケラ笑っていた。
「何だお前ら、存外似た者同士だな。あれか?同族顕著ってやつ!意見が食い違うのはまぁ、人間だから仕方ないさ。だからこそ、皆で良い落としどころ見つけなきゃな!」
「……第二地区の連中も来ている。寄り道しないで来い。それから――同族嫌悪だバカタレ」
そう言ってジェイクは一人歩いて行った。
「おー!覚えたぜ!それじゃあ行きますか!しかし……何してんだリンクス。そんな所でひっくり返って」
「……うっせ」
ブリキは動かない。何も喋らない。パソコンの画面は暗くなっている。
さっきまで扉の方を向いていた首は、一八〇度回転していた。鉄のお人形みたいに、じっと。
いつこちらに来たのか、少女はただ自分の前に立って手を握っている。感情の読み取れないその表情が、どうしてかブリキよりも無機質なものに見えてしまった――手は、温かい……はずなのに。
◇
「ようやく来たわね。アンタ達何処で油売って――あら」
パフィは心なしか嬉しそうに微笑んだ。原因は分かっている。自分が彼女と手を繋ぎながらやって来たのが意外だったのだろう。そう考えるとこれは嬉しそうなんじゃなく、ただ茶化しているだけな気がしてきた。
「何よボーディ、アンタやるじゃない。仲良く出来そうで良かったわ」
「……そんなのじゃない」
彼女を椅子に座らせてから、ようやく診察室内の物々しい空気に気付いてしまった。
こちらはダンパーとジェイク。それに自分とリンクスを入れた四人。トーマンは、流石にブリキ係として残してきた。
向こうは先日リンクスに殴り飛ばされたゴール。横に居るのは後発調査隊の三人だろう。そして……第二地区自警団のリーダーでダンパーの奥さん、イザベラ。
養子のリンクスとはどうにもそりが合わないらしく、早速後ろから「帰っていいか?」、と心底印象の悪い愚痴を零しているヤツがいた。頼む。今日この場でだけで良い。大人しくしていてくれ。
「じゃあ検査の結果から簡単にね。先ず年配組が気になっている事だろうけれど、この子は正真正銘のアイちゃん……アイ・バーンズちゃんね。しかも検査上の数値は間違いなく子供のそれ。この子の言葉通りなら十四歳よ」
今度は三人のざわめきの中に、ジェイク、ゴールの溜息のような漏れ出た声が混じっている。アイと呼ばれる少女は、何も聞こえていないかのように動じてはいない。
「身体に目立った異常は無い。ただちょっと反応が鈍いのと、現実に思考が追い付いていない部分もあるわ」
「……ごめんなさい」
「気にしないの。アタシだって同じ事になったら人のこと言えないわ。ダンパー、報告書のすり合わせよろしく」
「……先ず、だ。後発組に聞きたいのが……あー……『デカい筒の冷たくてデカい機械があった』、とウチのメンバーから報告書が上がっている。これに関しては抽象的で本当に申し訳ないが、そちらの情報提供を頼む」
得意げに鼻をこするバカが一人。自分も学校には行っていないので偉そうには言えないが、ここまでの物を生み出すのは才能だろうとも思う。ダンパーに謝って欲しい。
「第二地区のゲイルです。こちらから渡した資料に合った通り、確かにそれらしきものは確認出来ましたが……リーダー」
「構わん。送ってやれ」
この場に居る全員の端末にデータが届いた。暗号化されたサーバールーム内に貼られたゲイルからの画像データは、ボーディの想像を絶するものだった。
「見ての通り――更地でした。奥に有るのがその機械かと。ただ、少女が寝られるだけのスペースは確かにありますが、それでも二メートルあるかどうか。デカい、とは程遠いです」
「穴だらけで崩れそうだったから近づくことは出来なかった。相当デカいガトリングでもぶっ放さなきゃ、ああはならねぇよ」
「っ……」
「ボーディ。リンクス。アンタらが他に見た廃材の山ってのは、どんなだい」
どんな――口にしたくない。言葉にしてしまえば、記憶のあれらは起き上がってきそうだった。ただでさえ、今起きている出来事に頭が追い付いていないというのに。説明しようとしても、口が震えるばかりで言葉が出てこない。まるで見えない手が首を締め上げているようだ。
そんな時――。
「おー。お人形さんの山だったよ」
リンクスが、ぶっきらぼうに答えた。
「色んなモンがゴロゴロ積み上がって、歩きにくいったらありゃしなかった。こいつ、あんまりにも歩きにくいもんで、ド派手にすっ転んでやんの。しかもいっちょ前に反抗期でよ」
「よ、余計な事言うなよ!しょうがないじゃんか!機械の手足に、変な形の頭とか……細かいのが多かったんだ!猿みたいに登ってたリンクスがおかしいんだろ!?」
「だってよ。これで全部開示だ」
「何——あっ」
思わず口にしていた。
しんと静まり返る室内。イザベラは何かを感じたのか、小さく息をつく。少なくとも呆れた感情ではなく、何か腹を括ったような、或いは諦めにも似た疲れたものだったと思う。
「分かった。再度調査隊を組んで探してみよう。感謝する」
「うぃ」
「えっ、いや……はい」
しっかりとしてやられた――とてつもない敗北感に襲われるが、不思議とこのニヤケ面の前では、さっきまでの怖さが薄れていた。いや、ムカつきはするが。
「その子の件は当面の間、アンタ達第三地区に任せる」
「良いんですか?」
「納得しないのが一人居るからね。別に言い分も間違いじゃない。変な事してその子の機嫌を損ねると、それこそ何が起きるか分からないんだ。同年代と触れ合っていた方がいいだろう」
「……リーダーがいいなら構いませんが」
「悪いね。そういう事だ、ダンパー。胃薬追加で頼んどきなね」
「むぅ」
どうやら話は一先ず纏まったようだ。第二地区の五人は各々部屋を出ていく。話し合いの最中、ずっと俯いていたままのアイの肩に手を置き、イザベラは言った。
「アンタはアンタの好きに生きな。きっと大丈夫」
その言葉に、初めてアイはゆっくりと頷いてみせた。命令を受けたマシーンのように、視線をあげず、ただコクリ、と。
そうしてイザベラが部屋を出ていこうとした時、ぽつりと独り言を零したヤツがいた。
「あの人形——自律式AIだろ?」
イザベラの足が止まる。娘の横で。
「——あまり……口にしてくれるなよ」
「おー、気ぃつけるわ」
アイ・バーンズ。
彼女の時間が進んだのと同時に、止まっていた筈の何かまで動き出している気がした。
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