六話:衝突
通路全体に怒号が響く。
心臓が早く脈打つ。胸の中で詰まった、なんだかよく分からないものが、今にも全部口から飛び出そうだ。呼吸が、うまくできない。いつもの揉め事ならどれだけ良かったか。でも、これは違う。
「逆に聞くけど、こんな可愛い女の子が何に見えてんだよ。パフィに用がある。ここは見なかった事にしてさぁ……通してくんない?」
「リンクス。悪いが、そいつは聞いてやれねぇ。それを渡してくれ。第二地区が責任を持って預かる――」
次の瞬間、ゴールの身体は鈍い音と共に地面へと倒れこんだ。今しがた彼の眉間に拳を叩きこんだ本人は、ただ彼を見下ろしている。
「なぁ。こっちは正規の手続き踏んで、報告まで済ましてんだよ。自分らに回ってきた仕事は責任持ってやってんの。聞いたぜ?お前ら最下層に行きたくない一心で〈アルバトロス〉を無視したんだってな。最初に責任放棄して、仕事たらい回した連中が何言ってんだ。ムカつくんだよ。あたしらは下層御用達の便利屋じゃねぇ。話通したきゃスジ通せ。」
「……そういう話じゃない。金や、責任や、スジで終わる話じゃねぇんだよ」
「おーおー、勝手な事で。聞かせて貰おうか?」
「リンクス――!」
ゴールの元へ向かおうとしたリンクスは、次の瞬間、通路の壁に叩きつけられた。胸倉を掴み、ジェイクが彼女と睨み合う。その手には……銃が握られていた。
「……ってぇな。冗談じゃ済まねぇぞ」
「当たり前だ。冗談じゃねぇ。今回ばかりは尻拭い出来ねぇからな」
「誰が作ってやった銃を誰に向けてんだお前。ぶちのめす前に聞いてやる。何がそんなにご立腹だよ。あぁ?」
「あれはテロリストの娘なんだよッ!」
先程よりも強い語気で、それでいて、言葉は悲鳴にも思えた。
「何で俺達がこんな地の底に居るのかを考えたことあるか!?あれの糞親父が、機械の人形共を使って人殺しを始めたからだ!どれだけ殺されたと思ってやがる!お前の言う責任無しの下層の連中は、戦争で家や家族を失くした人間の集まりだ!それに振り回されて人生滅茶苦茶になった連中だよ!関わりたくなくて当然だろうが!」
指差すように銃口が向けられる。言葉が出ず、かと言って空気を飲み込む事も出来ない。初めて向けられた鉄の圧力に、吐き気を覚えた。
「元凶の娘が、姿形変わらずここに居るんだぞ!?それが化け物じゃなくてなんだってんだよ!これはもう戦争を知らねぇガキのお利口な理屈で判断するものじゃねぇ!お前にッ!残された側の人生が想像出来るか小娘ッ!」
「……」
リンクスは何も言わない。ただ、ジェイクの顔から眼を逸らさずに向き合っていた。
領土戦争――人間と、自律式AIを搭載したアンドロイドとの、人類史上最大最悪の負け戦。生活の多くをアンドロイドに支えられていたかつての人類は、ある日突然全てを壊された。家の中で。職場で。町の中で。父を。母を。子供を。恋人を⋯⋯奪われた。
今分かっているのは、二十八発の掃射砲が衛星軌道上から撃ち込まれた事。そして、それ以外の全てが残せなかったという事だけだ。
腕の中の少女は依然として息苦しそうに藻搔いている。ジェイクの言葉が確かなら彼女は本当に化け物なのだろう。五十年にも近い時を超えて、その姿を保ったままこの時代に現れたのだから。
……それでも。
――……これ……あった、かい……ね……。
望む事すら許されないのは、おかしいじゃないか。
「待ってよ……」
か細い声。一拍遅れて、それが自分の口から出たものだと理解した。何か言わなければならない。二人を見るのは、怖くて、目を向けられないけれど。
「……この子……生きてるんだ。何かを欲しがってる。あったかくて、まだ僕と同じ子供で……人間だよ……人間じゃなきゃおかしいだろ……!だから、あれとかそれとか、物みたいに言わないでよ……!」
情けない。震えが止まらない。自分の意見を主張するのがこんなにも恐ろしいとは思わなかった。いつものように流れに身を任せていればどんなに楽だったか。どうして自分でこんな事したのかは分からない。それでも、言いたいと思った。
「可愛いわねぇ、その子」
「うわぁっ!?」
後ろから現れた顔に驚き、少女を落としそうになる。この張り詰めた空気に一層不釣り合いな中性的で、舌に纏わりつくような声。突然現れたその男は、胡散臭い微笑みを浮かべながら声を張り上げた。
「はーいお終い!ここ病院!酒飲み、煙草、喧嘩に拳銃ってバカじゃないの!?さっさと持ち場に戻んなさいロクデナシ共!」
隣に立つ老年の男も、困った様に白い髭を触りながら、威厳溢れる声で宣言する。
「話は一先ず預かる。お互い収めて、頭を冷やせ」
「……パフィ。ダンパー……」
わっ、と涙が出そうになった。自分が思っていたよりも、安心したらしい。
さっきまで仲間だったはずの二人へと、恐る恐る視線を移す。もうお互い睨み合うようなことはしていない。していない、筈なのに。
その距離は、もう埋まらない気がした。
◇
「全く困ったものよ。元気なのはいいけれど……元気すぎるのだって考え物。そう思わない?」
反応は無い。すっかり夜の帳が降り、病室は小さな白熱電球が灯るだけ。温かみのある光に照らされた少女の顔は、それでいてまだ少しの冷たさを残している。
「今日は色々あったわねぇ。あたしもまさか、あの時代の人間を検査する事になるだなんて思わなかったわ」
検査結果の資料をいくつか捲り、一枚を取り出した。疲れ切った溜息をこぼして、パフィは少女に視線を移す。
――テロリストの娘。その事実だけは絶対に消えない事。だというのに、こうも穏やかな寝顔を浮かべられると、本当にただの子供。
「いい夢見てるかしら。明日になれば、あの子達や世話焼きのトーマンがきっとお見舞いに来る。また騒がしくなるわよ。だから今は、ゆっくり休んでね。アイ・バーンズちゃん。さて、と」
手にした資料——頭部のレントゲンを光源に張り付ける。ベッドに腰かけ、彼は口を開いた。
「——アンタの番よ。今夜は、仲良くしましょうね」
秒針の音。シャウカステンの駆動音。滴り落ちる点滴。ゆっくりと開かれた合間に見える、くすんだライラックピンクの瞳。
誰かがクスリと微笑んだ。
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