四話:アイ
「なーんであたしだけ報告書と反省文なんだよ」
『当たり前だ馬鹿。定期報告の遅延。単独行動。それからバンの傷。全部お前だろうが』
鋭い視線が突き刺さる。こちらの報告に文句があるらしいが、知った事か。人の気も知らないで飛び出して、自業自得だ。後部座席に腰かけたまま、外に視線を移す。
最下層から第三地区までは搬送用エレベーターでおおよそ十分。リンクスはと言えば、電波が回復するなり義父にこってりと絞られていた。
膝の上で眠る少女は、相変わらず穏やかに寝息を立てている。包んでいる毛布のおかげか、当初よりも僅かに人肌の温度を思い出してきたようだ。
今この瞬間も、自分は夢の中にいるんじゃないか。あの機械は……思い出したくない。〈アルバトロス〉のせいだ。クソっ。
「あーあ、頑固親父め。働き損だぜ」
ハンドルに足を乗せながら、リンクスは実に不満げだった。
「……何で一人で飛び出したんだよ。こうなるって分かってたじゃん」
「お嬢が素っ裸だったからに決まってるだろ」
「馬鹿にしてんの?」
「じゃあ毛布の中見てみろよ」
そう言われて、見るつもりは無い。
無いが……心なしか、毛布越しの華奢な骨格がいやにはっきりと感じた。
「……いい」
「初心ちゃんが」
本当に口が減らない女だ。のんきに鼻歌なんか楽しんで。
あの時、あの山の上で何を思ったのか。少なくとも、彼女なりに最大の警戒はしていたと思う。彼女を前にして逃げたいと感じる事は今まで無かった。今でこそ軽口を叩いているけれど、どこかで確信している自分もいる。リンクスも、あの場できっと、何かを感じていたんだ。
そんな心を見透かされたのか、「おい」、とぶっきらぼうな声がひとつ。
「親父には報告した。この後は第二自警団の連中が向かうらしい。今日のはただの人命救助だ。全部忘れて、さっさと寝ちまえ」
「……ん」
ずるいヤツ。自分の事は何も言わないくせに、こっちの事はお見通し。リンクスも、トーマンも。
エレベーターのチェーンが甲高い音を上げる。もうそろそろ終着点。車のエンジンがかかる直前に、小さく、けれどはっきりと空気の漏れる音がした。膝の上で丸まった少女の眼がうっすらと開いている。
「ボーディ」
「えっ!?またいきなり……!あっ、と、お、おはよう……ございます」
ぶっ、と吹き出す運転手。蹴とばしてやりたい。
「……」
「あの……寒く、ない?」
反応は無かった。意識が回復しきっていないのか、はたまた困惑しているのか。医者ではない自分には判断がつけられない。いや、医者でもこれは診断出来ない気がした。バカデカい冷凍庫から出てきた、と言って誰が信じるものか。
「……え、り……」
「エリ……?え、と……それが名前?」
「なま、え……あい……」
「アイ?」
「あい……えり、おら……」
何気なく置いていたボーディの手を、少女は握る。
脳裏に浮かんだのは、屑山の中の、あの手。
「……これ……あった、かい……ね……」
体力を使い切ったのか、少女は再び眠りにつく。
壊れてしまいそうなのに、繋がれたその手だけは、離れる気がしなかった。
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