三話:禁忌
「ボーディ」
ハッと現実に引き戻される。いつの間に上り切っていたのか、リンクスは屑山の頂上で一点を見つめていた。その手には護身用として支給された拳銃が握られている。彼女の声が嫌に透き通って聞こえるほど、とても静かで、逃げ出したいほど張り詰めている。
「な、なに……?」
「親父に繋いでくれ――死にかけのお嬢がいるってな」
「はぁ……?」
「急げよ!」
「リンクス!」
勝手に言うだけ言って、彼女は山を滑り降りていった。
ワケが分からない。体が震える。喉の奥が、酷く乾く。
「なんッ、この……!|Ru-li!」
ボーディのカバンから、一羽のルリビタキが飛び出してきた。首にぶら下げていたゴーグルを装着し、仮想空間内のリストから大急ぎで目的の項目を探す。冗談じゃなかった。言葉足らずで単独行動。だから揉め事が起こるんだろ。
リンクスが親父と呼ぶ自警団リーダーは、定期的な会議かなんかで第二地区に居るはずだ。それは何よりも救いだった。移動距離が格段に少なく済む。
「近いところ……ダメだ、Ru-liじゃ複数のチャンネルに干渉できない。第二地区へ届かせるには上、もっと、第一地区の中継地点——ポイント六八五!行くよ、Ru-li!」
羽を強くはためかせながら鳥が飛ぶ。その瞬間、ゴーグル内の景色は風を切る。暗視モードの発動した鳥を、ボーディは仮想空間内のキーを叩きながら操作していく。廃材を超え、時たま現れる鍾乳石の合間を縫い、偽りの星々を横目に空へ向かって。
空は、遠い。それでも、飛び続ける。
数十秒ほど経ち、彼の連絡用小型端末に、腹痛で寝込んだ兄貴分からのうっとおしいほどの心配メッセージが届いた。アクセスポイントに到達したのだ。近場の岩の縁で羽休めをさせた後、彼はメッセージを一先ず無視し、リーダーへの連絡を取った。
『ボーディか。どうした』
「ダンパー!見つけたよ!生存者!リンクスが、連絡急げって言って、一人で――!」
『落ち着け。アレはいつも通りだろう。近くにいるか?』
「い、居ると思うけど……!リンクス!大丈夫かよ!」
「おー」
呆れるほど軽い返事が返ってきた。何だこれは……さっきまでの空気は、なんだったんだ。
慌てた自分だけが取り残されている気がした。
「もういいぞー。頑張ってこっちこーい」
「……報告、いい?」
『……いつもすまん』
廃材の山に足を取られながら、ボーディはダンパーに事のあらましを説明した。最下層で起きていた気温の低下事象や『死にかけのお嬢』、それから今自分が上っている、不自然に積み上げられた廃材の山。ここへ来た時に感じていた嫌な空気の正体が、ようやく実感を伴って湧き上がる。
屑山の中には、さながら鉄のマネキンと言えばいいだろうか、無機質な腕や足の部品がその多くの割合を占めていた。幾ら不法投棄が多いとはいえ、人型の部品の割合が多すぎる。お世辞にも墓場とは言えない。ここは彼等の遺棄現場だった。
強い力で握り潰された頭部。ひしゃげて穴の空いた身体。
これがいつの時代のものなのかは分からない。ただ、触れたくないと思った。今この瞬間にも引きずり込まれそうだったから。
頂上に上り詰めたとき、ボーディは言葉を失った。
「おつかれちゃん。ほれ」
下からいつもと変わらない調子でリンクスが声をかける。
その膝の上では、毛布に包まった少女が一人眠っていた。全身はよく見えない。リンクスよりも随分幼く見える彼女は、この冷気が治まらない地の底で、雪の結晶のように儚く、触れれば壊れてしまいそうだった。
違う。
そこじゃない。リンクスの腰かけている、円柱型の巨大な設備は、大きな口を開けながら未だに白くもうもうとした冷気を放っている。少女はあそこにいたのだ。流線型の美しさを保った、巨大な何か、人の理を覆しかねない物。
「禁忌……」
自然と口に出ていた。
少女を見る。
ボーディの頭の中には、あいつの言葉がこびりついていた。
――マ・マ。
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