二話:〈アルバトロス〉
「いつから特区は冷凍庫になったんだぁ!?さみぃんだよアホンダラ!」
誰にケンカを売っているのか。デカい声があたりに反響し、至る所からリンクスの怒号がする。地獄ではないか。
「確かに、ちょっと冷えすぎだ。もう十度近くまで下がってる」
「〈アルバトロス〉も焼きが回ったかねぇ」
事の発端になったスーパーコンピューターにすら文句を垂れながら、彼女はぶるりと身震いした。あたりにはうっすらと霜が張り、廃材を踏み歩くたびにガラスが割れたような音がする。地底の霜という非現実感と、重苦しい空気が足元に纏わりつく。ここは踏み込んではならない場所だとでも言うように。
だからだろうか。
何かに足を掴まれたように「あっ」と間の抜けた声をあげながら、彼は廃材の中に迎え入れられる形で転倒する。
「よぉ坊ちゃん。お姉ちゃんが手ぇ繋いでやろうか?」
「……うるさい。いつから姉ちゃんになったんだ」
触れていた金属が、さっきよりずっと冷たくなった。冷やされる筋合いはない。踏んだり蹴ったり、先ほどまでのじんわり嫌な空気など気にならないほど、今のが遥かに居心地が悪い。
襟元を掴まれ、体を起こされる。
伸びきった樺色の髪の隙間から、ペリドットの双眸が薄笑う。
「元気な反抗期ですこと」
撫でる、と言うにはあまりにも乱暴に掻き乱され、もう何も言えなかった。たかが4歳差。どうしてこうも扱われなければならないのか。ひとしきり満足したのか、リンクスはさっさと進んでしまった。
「っ……子ども扱いすんなよな!」
これが精一杯の抵抗。振り返るでもなく片手をあげて返事をしたその後ろ姿が、やけに遠かった。
随分と長い事歩いた気がするが、振り返れば先程自分が辱めを受けた場所が目に入った。本来ならば立入禁止区域の筈だが、特例区と言うだけあって、長い時の中で多くの人間が訪れていたらしい。寄せても寄せても廃材の山は中々道を作らせてはくれない。確実に冷気の流れは山の向こうから流れてきているのだが、そこにたどり着くまでにあとどれだけの時間を要するのか。
思わず溜息が漏れる。
ふと、リンクスの言葉を思い出す。
〈アルバトロス〉は決して外さない。
ボーディは任務前、一人で〈アルバトロス〉と接触をしている。最下層は広い。対象の保護を指示されても、大雑把すぎて特定出来なかったからだ。
するとヤツは応えた。
定間隔で脈打つ光――モールス信号。
──マ・マ。
足元から虫が這い上がるような、ゾワりとした感覚が脳天まで走った。それはただのコンピューターが命を授かり、この世に産まれた瞬間。その稼働音が鼓動に聞こえる気持ちの悪さ。
そうだ、あの時、ヤツは何かを見ていた。自分では無い、何かを。
口について出たかはもう覚えていない。けれど確かに問い掛けた事だけは覚えている。
お前は何だ、と。
よろしければコメント等を頂ければ幸いです。




