三十六話:結末
「死んだ四十六人は、全員ニューロン識別番号を持っていた。自分の満たされない気持ちの捌け口として、アイと関わっていたよ。お前やあっちの娘も、アイと関わって不調が出なかったか?そいつは第六世代に侵食されてる脳の、強い拒絶反応だ」
「……」
「説明が欲しかったんだろ。でも、これがあの子に関わる全部だと思うな。ここから先は、もう人の倫理に反したものだ。本当なら全て、あの時代で終わらせなきゃいけなかったんだよ。ボーディ……お前は知った。そのつもりで、腹を括っていた筈だ。だから……頼む」
顔の上に、ぽたり、と水滴が滴った。
「……もう……探さないで。私は、あの子の知ってるエリオラじゃない。会えるわけ、ない……アイは、私が――」
間を引き裂くように、ヌッと、手が現れた。
エリオラさんの胸倉を掴んだその手は、近くのコンテナ目掛けて、彼女の身体を投げ飛ばす。
貨物エリアに響き渡る衝撃音に混じり、馴染む声がようやく聞こえた。
「ボーディ!どこ行ってたんだお前!」
「迷子になってんじゃねーぞコラ!」
遠くから二人の声がする。
なら……誰が……?
「ごめんなさいね~、まさか他に誰かいたなんて気付かなかったわ~!あら、ボーディ、どうしたの。ひっどい顔してるわよ?」
頬に手を当てながら、オネェが笑っていた。
……どんな顔をしてるんだろうか。何か……顔のあちこちが痛いし、グズグズな気もする。
感謝の気持ちと同時に、何も言える言葉が浮かばなかった。
リンクスと、アイを抱えたトーマンがこちらにやって来て、自分の何を見てそうなったのか、その顔はあっという間に怒りに満ちていった。
二人揃ってエリオラさんに銃を向ける。
ただ、撃ち落とされる方が僅かに早かった。
咳込みながらも、彼女は再び錠剤を口に流し込んでいる。
「ちょっと?オーバードーズは見過ごせないわよ?アタシ、これでも医者なんだから」
「……」
「何も言わないのね。あ、言えないのかしら?声出したらバレちゃうんだから、それもそうよねぇ。でも、もう無理よ。関わらないなんて選択、アンタだけは選べないの」
トーマンに降ろされたアイが、黙って彼女の方を向いていた。
「……エリ、オラ?」
「……」
「……ねぇ。何で――番号が、ないの?」
露骨に眼を逸らしたエリオラさんは、その痛々しい首の傷を手で隠した。
「……首を……切った、の?私が、怖くて……会いたく、なかったから……?」
「……」
「エリオラ、私っ……」
口をパクパクさせ、アイは自分の胸をぎゅっと押さえつける。
そのまま蹲り、何も言わなくなってしまった。
或いは、何も言えないのかもしれない……自分が全ての原因だって、そう思っているから。
誰も口を挟めない。言葉が出ない。
ただ、小さく丸まったその背中に眼を向ける事しか許されない。
……こんな結末、あるかよ。
重い沈黙の中、視線を落とした先に、包帯でぐるぐる巻きの掌が映った。
何かを掴めた試しが無い、ちっぽけな手。
今まで何度もアイの手を握ってきた。
その選択すら、ただの押しつけだったかもしれない。
小さな呻き声だけを漏らす彼女に、何を言えばいい。
血が出るほど唇を噛み締めるあの人に、何をぶつければいいんだ。
分からない。
分かるわけがない。
分かってたまるか、畜生。
だったらもう――考えるより、突っ込むしかない。だろ、トーマン。
ぐっ、と目元を拭い、肺いっぱいに息を吸って……。
「リンクスッ!」
叫んだ声に、全員がこちらを向く。
名前を呼ばれた本人は、珍しくキョトンとした顔で呆けていた。
「ゴメンッ!分かんなくなった!」
「……はぁ?」
「答え、出せない!観測係なのに、もう、ダメでさ!多分眼が曇ったんだ!だから、眼、覚まさせて!リンクスの右手っ……それが一番効くんだッ!」
「……お前は本当に。良いぜー。あたしの気付け薬はオカマより優しくねぇからなぁ!歯ぁ食いしばれや小僧ッ!」
「分かっ――!」
言い切る前に鈍い音がする。卑怯だ、クソ。ニヤつきやがって。
眩暈がする。頭ばかりボコスカ殴られて……今日一日で大分馬鹿になったんじゃないか。
倒れている筈なのに、身体の浮遊感が治まらない……けど。
——選んでやったぞ。
何にも満たされないって分かってて、それでも決めたんだ。
こちとら人間だ。好きに生きられる。何が正しいかなんて知った事か。決めたから選ぶ。それだけじゃないか。
視界がようやく安定してきた頃、アイの顔が現れた。さっきまでどんな顔をしていたかは分からないけれど、困惑か呆れか、とにかく必死に言葉を選んでいるようにも見えておかしかった。
「アイ……約束、覚えてる?」
「や、く……そく?」
「怖いなら、一緒に会いに行こうって話」
「でも……」
震えているアイの手を握る。
「アイ。僕の手も、エリオラさんの手も温かいって言ってたけどさ――君の手だって、とても温かいんだ。だから、別に君は、怖くなんて無いよ」
「……ボー、ディ……」
足音がする。
やがてその主はアイの向かいに座り、そっと白い髪を撫でた。
アイは、空いた手で頭の上のそれを触り、自分の頬に当てる。
愛おしそうに、ぎゅっと押し当てていた。
「もう……冷たいよ。傷だらけの、別人の手だ」
「……でも。でも、エリオラだよ……」
「アイ。無理しなくていい」
「無理なんてしてない!エリオラ……一緒に、居よう?皆優しくて、温かい場所だから……」
「いいんだ。そこは、アイの居場所なんだから。私は――アイのお父さんと、地獄に落ちなきゃ」
お父さん――その言葉に固まった彼女の手が、振り払われた。
「……アイ。もし、いつかまた会えた時は……楽しかった思い出を教えてよ。その時はさ。前みたいに、どれだけ夜更かししてでも付き合うから。またドリスに怒られながら、二人で――……さよなら。アイ」
エリオラさんの姿が消えた。
今度は足音がしなかったけれど、気配はどこにも無い。
胸の上に頭が乗る。
服を掴む手の力は、今までよりずっと強くて……痛い。
彼女は……こんな時でも涙を流せないのか、ただ呻き声を上げながら、首を横に振り続けるだけで。
これが正しかったかどうかなんて分からない。それでも、これしかなかったと言い聞かせるしかないんだ。
やりきれないまま、彼女を抱きしめる事しか出来なかった。
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