三十五話:エリオラ・ガーネット
瞳孔の開いた瞳が見下ろしている。
首へ巻きつく指の感触に、呼吸も徐々に浅くなる。
額に、何か冷たい物が、押し付けられた。
体を動かそうとしても乗りかかられているのか、ただ足をバタつかせる位しか出来ない。
ふざけるなよドリス。何が歯を食いしばれだ。
こんなの、全然——。
「少し黙れ」
首に掛かる力が僅かに強くなる。冷ややかな声に、黙るしか出来なかった。
一度眼が消え、何か小さな駆動音がする。瞬きする間に、その姿が現れた。
若い女。酷いクマだ。
首には大きな傷もある。
短く切られたブロンズの奥で、再び真っ赤な双眸が開かれる。
これが……ようやく会えた、エリオラ・ガーネット……?
「外の連中から見える事は無い。だから安心して、イエスか、ノーで答えろ。さっきの言葉は本当か」
「っ……エリ、オラ……さん……」
「どっちだ、少年」
「ア、ンタ……何、してんだよっ!」
額の銃が口の中に突っ込まれた。
「答えてくれ。二、三人分死体が増えたって、私は構わないんだ。頼む」
淡々とそう言った彼女の眼は本気だ。安全装置はとっくに外れている。死体が誰の事を言ってるのか、嫌でも思い知らされる。首を縦に振るしかなかった。
「どっちだ」
「……ノー」
「そうか……あそこの気が強そうな怪我人からで良いな?」
「ふざけんなッ!本当だッ!」
リンクスに向けられた銃口がもう一度額に帰って来る。
ただ、今度は頭が地面に叩きつけられる勢いだった。
「少年。アイの父親の名前、誰から聞いた」
「……グレイグ・バーンズの事――」
鈍い音。
顔が横を向いていた。
視界の端に銃が見える。
鉄の塊が通り過ぎた後を追いかけて、鈍い痛みと涙がやって来た。
「……すまない。嫌いなんだ、それ。その名前だけで……あぁ、そうだ、殺してやりたい。少年は悪くない。悪いのは私。全部私なんだ。だから分かってる。聞こえてる。だから殺してやらなきゃ。違うだろ、なぁ」
くしゃくしゃの顔で、彼女は自分の顔を抑えだした。
懐から小さな入れ物を取り出し、躊躇う事無く中身の錠剤を口に放り込んでいた。
脂汗を滲ませながら、彼女はこちらへ向き直り、笑ってみせて。
「——何の、話……だった?」
「……なんだよ……アンタ……」
「……何なんだろうな……私は」
首の手がゆっくりと離れていく。
一方的な、殺意に似た圧が消えたはずなのに……消えない頬の痛みと恐怖心が、身体を起こしちゃくれない。
「……アイに……会わないの……」
「あぁ……会わない」
「何で……全部、聞こえてたんでしょ?」
「会いたくないんだ。アイには適当に伝えてくれ。エリオラは死んでいた、とでも――」
「ふざけんなよッ!」
その言葉で、嘘みたいに身体が跳ね起きた。
冗談じゃない。
我慢ならないぞ、畜生。
たとえ殺されたって文句をぶつけてやらなければ気が済まない。
「アイと一緒にこの時代に現れて!散々あの子の言葉を聞いてたクセに!自分は会いたくないから死んだって伝えろとか、勝手すぎるだろッ!あの子はアンタに謝りたがってるんだ!話ぐらい聞いてやってよ!少しだけでも、手を繋いであげてよッ!」
「——お利口さん」
「っ……!」
「ボーディ……だったな。お前の言う事は何も間違ってない。本当に、真っ直ぐで、耳が痛いよ。それだけだ。何も知らないお前は悪くない。だから私から言えるのは……知らないまま生きていけ。あの子や仲間と一緒に。私と、あの子の父親には関わるな。知ろうとするな。二度と、追いかけてくるな」
「納得できるワケ――ッ!」
言葉を遮るように、彼女の額がぶつかる。
脳が揺れてるみたいに、痛みと眩暈に襲われ、もう一度地面に倒れてしまう。
「納得は求めてないんだよ、ガキ。分からねぇかな」
「っ……」
「じゃあ何だ。第六世代を作ったのも、それを年端もいかない少女の身体に埋め込んだのも、ここに居るエリオラと、アイの父親ですって言えば納得出来るか?なぁ、おいッ!」
言葉を理解するよりも先に胸倉を掴まれ、まだ痛む額に拳が叩き込まれる。
「四十六人だ」
「……なっ……なに、がッ……!」
エリオラさんは、震える声で言った。
「アイ・バーンズが殺した人間の数だよ」
もう一度殴られた……気もする。
気づいたら伸されていて、何かを……言われた。
「厳密には暴走した第六世代だけどな。だが、あれはもう共生関係にある。AIの思考に人間が頷いた時点で、それはもう人間側の意志に他ならないんだよ。お利口なお前ならその位分かるだろ」
「……なんで、そんな……」
「あの子は他人からの愛情を欲しがり、人間の価値観と倫理観から外れようがAIの思考を受け入れた。誰からのでも。どんな痛みだとしても。愛の形だけをなぞり続けた。その渇望の果てがこれだ。あの子が人間として生きるには、もう第六世代を使わせず、何も知らないまま生きるのが良いんだよ」
「それがっ……それが、勝手な……だって……」
「あぁ、勝手だ。間違えてるか?」
言葉に詰まった。
どんな言葉で反論しようとしても、喉元まで出かかって止まる。
そんな自分に、彼女は薄ら笑いを浮かべながら聞いてきた。
「ボーディ――そんなに満たされないのが嫌なんだな」
「っ……そんなんじゃない!」
「引くに引けないんだろ?」
「違う!考えて、自分で選んだからこうしてるんだ!」
「安心しろよ。責めてもいないし馬鹿にもしない。お前は偉いよ。だからこれだけ覚えててくれ。満たされない、無力だ、空っぽ……孤独感。それは全部な」
胸元を掴まれ、グンッ、と起こされた。
「——ニューロン識別番号の典型的な症状だよ」
今度こそ……涙が溢れ出した。
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