三十二話:裏切りと真相
「ボーディ」
誰かにそう呼ばれた気がする。
呼ばれた声に振り向けば、ホールに大人達が戻ってきていた。ジェイクが何か言いたそうに、こちらへ歩いてくる。
「……大丈夫」
「……そうか。アイツは?」
「帰ったよ。多分、最下層に。警告の内容に変更は無いって」
「チッ……勝手な奴が」
「……僕も、そう思う」
血塗れの掌に視線を落とす。一度意識してしまえば、それは思っていたよりもずっと痛かった。いっそ夢でも見ていたんだと思わせてくれればいいのに。
「あー……なんだ。取り敢えずパフィの所に行って手当てして貰え。話はそれからにしよう」
「うん……そうする。ねぇ、ジェイク。それからダンパーに、イザベラも。その前にひとつだけ聞きたい事があるんだ」
「何だ?」
「——エリオラ・ガーネットってさ。知ってる?」
三人は顔を見合わせた。
「ガーネット……ハロルドの一人娘だね」
「ハロルド?」
「戦争で唯一人間に敵対しなかった第三世代の開発者だ。そのハロルド・ガーネットの娘が、確かそんな名前だった気がするな」
「そのエリオラがどうしたんだ?」
「アイツ……Doll-isが、急いでエリオラを探せって言ってた。僕とリンクス、トーマンは、元々その人を探してたんだよ。アイが……会いたいって言ってたから。どんな小さな情報でもいいんだ。誰か、その人の写真やデータを持ってないかな」
周りの大人達が少しだけザワついたが、残念ながらここに答えを持っている人間は居なかった。ただ――。
「ゲイルなら何か知っているんじゃないか?そういう情報網はあいつが一番詳しい筈だから」
「そうだな。ゲイル、頼む」
イザベラの声が、空しく響き渡った。
「……ゲイル?」
彼は出てこない。手も上がらない。どうにもこの場に居ないようだ。
……どうして?だって、ここには第二地区自警団の全員が居るはずなのに。本来は第四世代と戦う筈だったワケで。
ふと、イザベラの方を向く。
「……まさか」
彼女の顔は――青ざめていた。
「ダンパー、ジェイク、ボーディッ!今すぐ医療センターに戻るよッ!他の連中は第二地区内に展開ッ!ゲイル・ホーガン――あの裏切り者を、探し出せッ!」
ただならぬ雰囲気の中、誰もがその言葉に従うしかなかった。
◇
「全員無事かッ!?」
医療センターに戻ってきてすぐ、四人はアイ達のいる部屋に戻ってきた。
部屋の中は、自分達が出る前より明らかに荒れていて。
ただ……。
「愛……愛だ……愛がっ……」
床に散らばった医療機器の中で拘束された男がもぞもぞと動いていた。
「——……ゲイル」
イザベラの痛々しい小声が、室内へ溶けていった。
「おう、おかえり!こっちは万事問題無しだったぜ!」
「……トーマン。状況の報告を頼む」
「ダンパー。そいつは俺じゃなくてイザベラに聞くべきだと思うぞ。まぁ強いて言うなら、コイツが怪我人の俺らを舐め腐って、一人でアイに手を出そうとしたからこうなった。俺は銃しか撃ち落としてないぞ。後はパフィが締め落として、リンクスがボッコボコにした……で、だ」
トーマンは、ゲイルのこめかみに銃を押し当てた。
「―—もういいか?」
「待ってくれ……全部……説明する。こいつの身柄は第二地区に任せて欲しい。すまない……」
イザベラの連絡から数分もしない内に、拘束状態のゲイルは連行された。
その顔は青く腫れ上がっていたが、最後までアイの方に充血した眼を向けながら、小さく何かを呟いていた。
まるで何かに取り憑かれたように。
「さて。ちゃーんと聞かせてくれるんでしょ?」
「パフィにも迷惑かけたな。すまない……どこから話したものか……」
「おかーちゃーん。たばこちょーだーい」
「……アンタも、もう良いんだよ。そんな三門芝居しなくたって、言い訳するつもりは無い。大方ダメージ追った素振りをみせればあたしと話をする機会が出来ると踏んでたんだろう。その辺は抜かりないもんね……昔から」
そう言われたリンクスは、ケラケラ楽しそうに笑っている。
「ちげーよー、おかーちゃん」
その髪の間から覗く眼差しは、酷く冷たい視線だった。
「——笑わなきゃ、やってらんねぇんだよ。殺されてぇのか糞野郎」
……知らない人間に見えた。
その震えた声から絞り出された言葉と。
目尻で溜まった感情を零さないよう、必死で浮かべた痛々しい作り笑いが……戦争を体現していて。
ボーディを含めた誰もが、何も言えなかった。
「……なぁ、イザベラ」
そんな中でも、先陣を切ったのはトーマンだった。
「ちょっと考えたんだけどな。応援に来られなかったのは、ゲイルが関わってたんだろ?」
「……あぁ」
イザベラは頭を抱え、深く溜息を零す。
言葉を選ぶように、ゆっくりと、真相を語りだした。
「第二地区は……近頃宗教家の連中が活発化していてね。禁忌を崇拝し、愛こそが人間に必要だと市民を扇動している。〈We wanna be with "LOVE"!〉——それが奴らのスローガンだ」
「……あっ」
ボーディには心当たりがあった。
リンクスと〈アルバトロス〉の所へ行った日の朝。そんなニュースが流れていた筈。
「それだけなら良かったんだが……アイ・バーンズの情報が、漏れたんだ」
「何でそんな事っ!」
「もう分かる筈だよ、ボーディ。自警団員に――裏切り者が居た」
「っ……!」
「そいつを見つける前に今回の襲撃だ。ただ、不信感の残るままアンタ達の所に行くのは、リスクが大き過ぎる。有事の際は、ボーディ……アンタとその子が一緒になるとは思っていた。戦力を向かわせれば、混乱に乗じて誰かがその子をきっと奪いに行く。だから……最悪の事態だけは避けたかったんだよ」
堪える吐息を漏らしたのは、自分か、リンクスなのか。よく分からない。
ただ、やりきれなさと悔しさだけが、胸の内をぐるぐると搔き回す。傷だらけの掌が痛んだとしても、硬く拳を握りしめていた。
イザベラは、自分達の事を考えていた。全てのタイミングが悪かったんだ。
けど、そのせいで、何人死んでいった?
第三地区の仲間が。
技術班に居たリンクスの友人が。
ゲイルは連れて行かれた。なら、この憤りをどこにぶつければいい。
「なーるほどな。取り敢えず分かった」
トーマンが軽い口調で、言った。
「イザベラ。やっぱあいつ、ここで殺すべきだったろ。少なくとも俺達の留飲は下がったぜ?裏切りってのは好きじゃない。何の為の狙撃班なんだ」
「……すまない」
「——受け入れてやるよ」
「リンクス……」
「でも納得は出来ねぇ。絶対にな。それを事前に伝えてくれりゃ、こっちだって策を考えた。アンタは大事な情報を一人で隠して、そのせいで死んだ連中が居た。それだけは……忘れんじゃねぇぞッ!」
そう言って、リンクスは布団を被った。
「……悪かった。リンクス」
「で?どうすんの、そのうさんくさ~い連中は」
「今後、連中は信仰者と呼称し対応する。これ以上好きにはさせん。必ず追いつめて、ツケを払わせてやる――どんな手を使ってでもな」
「もし必要なら俺にも連絡くれよ。手加減はしてやらねぇからよ」
「頼りにさせてもらう」
イザベラは立ち上がり、部屋を後にしようとする。ベッドの上の膨らみへ、申し訳なさそうな視線を向けながら。
その時……そう言えば、と口にした。
「ここ最近、自警団以外に連中を半殺しにして回ってるヤツが居てね」
「あら、物騒。顔は割れてるの?」
「それが……連行した信仰者達が言うには――」
イザベラは小さく溜息を零す。
それは、待ち望みながらも、聞きたくなかった一言で。
「——姿の見えない異端の襲撃者、だと。気を付けな」
そう言って、今度こそ後にした。
ボーディは、無意識に、本当にぽそりと声が出た。
「……エリオラ・ガーネット」
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