二十九話:雪の華
初めてイザベラがその表情を崩した。
けれど、それはダンパーも、パフィも同じで。その場に居た大人達は、揃って眠るアイの方を見ながら動けずにいた。
「これで全部だよ。報告は全部、だけど……言いたい事なら、まだある。この子は兵器じゃない。今回の事は僕も手を貸したんだ。第六世代——『N.E.E.D』が何を望んでいるのかは分からないけれど。この子の居場所は、僕達に任せて欲しい」
「……それを、こちらに聞き入れろと?」
「こっちの援軍要請に応答もしなかったのに、まだ上から言えるなんて思わないで。血が繋がってなくても、家族に犠牲が出たんだ。その位、受け入れてよ」
イザベラはまだ、何も言わない。言葉をただ呑み込んでいるようだった。
「それから……報告がもうひとつ有ります。恐らく、既に地上に出ていたと思われる第四世代アンドロイドが、現在こちらに進行中との事……数にして、およそ三十」
室内がざわつく。本当に、どこまでもしつこい連中だった。しかも、ハルジオンで相手した本隊に近い数。第三地区自警団はもう限界だ。動けるものを集めたとしても、また一方的な戦いになる。
アイは、起こせない。起こすつもりは毛頭ない。彼女はきっと、第六世代と繋ごうとするだろう。そうなったらもう、本当に人間として扱われるか分からない。そうでなくても、今以上に脳へダメージを与える事になるんだ。間違いなく死んでしまう。
だから……迎え撃つには、もう。
「イザベラ。今度こそ、第二地区の力を貸して貰いたい。お前が何を考えているのかは分からないが、それは全部終わってから聞かせてくれ。今は――ここに居る連中の居場所を、俺達と守っちゃくれねぇか?頼む」
「ダンパー……」
頭を下げた夫の前に、イザベラは深呼吸して見せ、やがて観念したように、ゆっくりと言葉を漏らす。
「……止むを、得ないね。元々……そのつもりで、動いていたんだけれど……」
「えっ……?」
「話はあとだ!センターホールの隔壁を緊急閉鎖!第二地区全自警団員を緊急招集!」
「パフィ、ジェイクに連絡を回してくれ!極力負傷の少ない奴を優先的にかき集めろ!無理して出ようとする死にたがりは、ベッドに括りつけておけ!」
「ダンパー。俺も行こうかー?出られるぞー」
「トーマンはここに居ろ。リンクスとアイを頼む。それから――」
ダンパーがこちらを見る。申し訳なさそうに、それでも何かを言いたげな顔をしていて。
だから――今度は自分自身で決めたい。
「行くよ。少しでも手伝えるなら、僕はやる」
「……そうか。頼りにしてるぞ。"鳥使い"」
ダンパーと一緒に部屋を出る。手を振るトーマンに見送られながら、第二地区本部へと走り出した。
◇
第二地区内の天井には巨大な建屋が建設されている。町の中にあるエレベーターで上がれば、そこが自警団本部だった。第三地区とは違い、全体的に簡素な作りかつ、業務に必要な物資や資材だけが置かれている大ホール。横長のガラスは岩回廊に面している為、ここからセンターホールを一望出来た。
そのホールの片隅に、コントロールセンターと呼ばれる、センターホールのエレベーターや隔壁を管理する部屋がある。第二地区技術班の面々はほぼここに滞在しているらしく、あちこちで作業員たちの慌ただしい声が聞こえていた。巨大なモニターの様子を見るに、先ほど指示が出たばかりではあるが、ホールの隔壁は全て閉じられている。この仕事の速さは第三地区には真似出来ない。
「リーダー!ホールの隔壁閉鎖、及び、階層移動エレベーターの停止、完了しました!」
「回廊の住人は、各位最寄りの階層、シェルターへの誘導も終了しています!」
「分かった。助かる」
そう言ってイザベラはホールに戻っていく。ダンパーと後ろを付いていけば、いつ集まったのか、ジェイク達第三地区の生き残り部隊含め、六十人近い兵士が集まっていた。誰も彼もが軍人上がりのような威圧感を放っており、自然とダンパーの後ろに隠れてしまう。
「第二地区自警団前線部隊、狙撃部隊、並びに特殊兵装部隊。全員集合しました」
「……急で悪いね。先ずはこの場を借りて、言いたい事がある。ダンパー……それから、第三地区自警団。先の戦闘では、そちらに全てを押し付ける形になってしまった事。その影響で、多くの死傷者を出してしまった事。本当に……すまなかった」
イザベラは深々と頭を下げる。突然の事に、ボーディは呆気に取られていた。
「今回の指示は私の判断だ。説明は必ずすると約束したが、それでもアンタ達を見殺しにしていた事実は変わらない。責任は全て私にある。だが今回は、持てる全てを使い、共に戦場に向かおう。これは罪滅ぼしでも、許しを請うわけでもない。本来果たさなければならなかった責任を果たす戦いだ。コロニーに生きる者達の居場所を守る戦いだ。そして――愛しき者たちへ報いる為の、戦いだ」
一拍、空気が止まる。
イザベラは、ダンパーと同じ……戦争で失った一人娘からのペンダントを、固く握りしめた。
そして――。
「総員ッ!構えッ!」
『応ッ!』
「ここに『正義』は必要ないッ!ただ己の意志を弾丸とし、奴らに『人間』が何たるかを叩き込めッ!」
空砲が鳴る。
人間の怒りや悲しみ、恨みが爆発するように。
心臓の鼓動がどんどん早くなる。けれど、不思議と身体がカッと熱くなっていった。
「ボーディ、頼む」
「うん。先行するよ」
「各部隊に分かれて行動開始!配置は移動中に指示する!ハルジオンに集結後、全戦力を持って、連中を迎え撃つぞ!」
イザベラの言葉に、兵士達は行動を開始していく。第二地区自警団はダンパー率いる自分達とは違う方向性で信頼関係が確立されていた。ゴーグルを装着しながら、ボーディは先程の自分の行動に寒気がした。自分は、とんでもない相手に嚙みついたんじゃなかろうか。
「今日はずっと無理させちゃうね……もう少しお願い、Ru-li」
鞄から飛び出したルリビタキが、ヒッ、と鳴く。
そうして翼をはためかせた――その時だ。
——ドンッ……と。重苦しい砲撃音に似た、何かが轟いた。
窓の向こう。巨大な穴の、隔壁の下。
——ドンッ……次の音がした。遅れて微弱な電流のように、床に、身体に、建物に振動が起きる。
「リッ、リーダー!緊急事態発生ッ!」
コントロールセンターから飛び出してきた若い男が、情けない声を上げながら飛び出してきた。その顔には脂汗が滲んでいるが、ボーディもどうしてか、じんわりと嫌な汗が背中を伝う。
「どうした」
「コントロールセンターが、ハッキングを受けて……ッ!ホールの――センターホールの隔壁が、こじ開けられていますッ!」
「っ……急いでハッキング元を辿れッ!」
まさか――。
病室で眠る彼女の顔が浮かぶ。けれどそんなボーディの不安を嘲るように、現実は予想だにしていなかったものを突き付けてきた。
「それが……禁忌エリア……最下層『スノードロップ』から、です……」
「……何だと?」
「何かが地上に向けて、とてつもない速度で移動中なんです!大きさは推定三~五メートル!ジャミングのせいで正しく判別出来ません!第一地区『スイレン』横を通過後、真っ直ぐこちらに――ッ!」
けたたましい音と共に、ホールの窓ガラスが、散弾銃のように飛び散った。
同時に突風が吹き荒れ、虚を突かれた全自警団員が身を守るために屈まざるを得ない。
けれど――確かに聞こえた。発熱した金属が冷まされていく、空冷時のパチパチした音。噴出するエアー音。ピストンの駆動音。そして何よりも、一定間隔で崩れていく岸壁の音。
ボーディは窓に向かって走る。身を乗り出し、上を見上げる。そこに巨体なんてどこにも無い。だが……確かに岸壁が抉られるように削れている。それに細かい石の欠片が、パラパラと降り注ぐ。
――何かが、確実に居る。
「イザベラ!行くのは待って!僕とRu-liで先行する!」
「……分かった。誰でもいい!スクリーンを持ってこい!一旦ここで待機して、ボーディの視界を共有する!」
禁忌から現れた未知の何か。
死を望む花の名を関する場所から生まれたこの異変は……あの姿無き異端者と、無関係には思えなかった。
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