三十話:巨人、仮説、暴力
Ru-liを通してセンターホールへ飛び出したボーディの視界は、異様な光景を映し出していた。岩回廊の至る所に、深く抉れた跡が残っている。ここから辛うじて見える『スイレン』近くの岸壁から、自分達の居場所である『アイリス』まで、やや不規則ではあるが真っ直ぐと。それだけでなく、どうやら螺旋状の通路にも被害が出ていた。落下防止用の太い鉄柵がぐにゃりと変形している。奴は余程の質量を持った存在らしい。モニター越しにその惨状を見ていたこの場の人間達も、ざわつける余裕が無いらしい。
ヤツの発する音が聞こえない。もうハルジオンに向かったってのかよ。
全速力で上へと向かい、地面に残る足跡を飛び越え、ようやく戦場跡に戻って来る――が。
「……どこだ。どこにいる?」
ハルジオンは静まり返っていた。正確には、奴が先程発していた様々な音は今も聞こえている。だが洞穴の広さが悪い意味で音を反響させている為、特定が困難だった。姿は相変わらず見えない。足跡は入口のすぐ近くまでで消えているが、その真上を飛んでみても何かに当たる感覚が無かった。
―—消えた。
違う。そんな事はあり得ない。考えろ。いくら禁忌だろうと、物理法則を無視した巨大な兵器が存在するはずが無い。どこだ、どこだ、探せ。機動力は恐らくこちらの方が上だ。必ず追い付いているんだ。Ru-liのスキャン範囲に引っ掛からず、あの図体でも身を隠せる場所——。
その時、僅かに砂利が降った。
「——上かッ!」
視界を天井に向ける。何も映っていないその天井に。
見慣れない"赤"が、煌々と輝いていた。
『——やはり、こちらを認識していましたね』
男の声だった。けれど感情は籠っていない、淡々と告げる冷ややかな声。
姿は見えない筈なのに、その影だけが落下する。地響き、それから土埃が舞う。赤色の単眼だけが、一切ブレることなくこちらを覗いていた。
『自然由来のものでは無い事を認識していましたが、成程。半人工生命体……恐らく役割は観測ドローンのような物ですね。どなたか存じ上げませんが――見ているのでしょう?』
仮想キーボードを叩く手が震えて動かない。何が三メートルだ。
この光が眼だとすれば、八メートル上を飛んでいる自分が、どうして見下ろされている。
『邪魔をしないのであればそこに居て構いません。これから第四世代のアンドロイドが集まる事は既に把握しています。これを扱っている者に問います。首は動かせますか?イエスなら縦に。ノーならドローンで回転して下さい』
すぐさまRu-liの首を縦に動かした。奴との物理的距離は数キロ離れている筈なのに、心臓を鷲掴みにされている気分だ。コントロールセンターをハッキング出来る機械が、たかだかドローンの逆探知が出来ないなんて思えない。今、自分達は見逃されているに過ぎない。
冷たい声の巨人はその赤い単眼の光を消した。
『結構。巻き込まれたくないなら、もう少し離れる事を推奨します。これより戦闘プロトコル実行開始。殲滅対象、第四世代型自律式AI。優先行動。第一バリケードの形成、実行』
金属のひしゃげる音がした。ハッと我に返ったボーディは、未だ震える手でRu-liの視界を回す。音の正体は、リンクス達に襲い掛かって大破した、焼け焦げた護送トラックの残骸だ。それはパラパラと破片を落としながら、いともたやすく宙に浮きあがり、やがて風を切りながら、入口のある向こう側へと飛んでいく。
遥か遠くで銃声が鳴る。散々見慣れたはずの曳光弾の光が、天井や岩肌目掛けて飛んでいく。統制の取れていないその軌道は、向こうに居た何かがパニックに陥っている事を容易に想像させた。
『第二行動の選定……パルス榴弾における全敵戦力の無力化。左腕ハンガーシステムの解除、並びに左腕部との接続完了。電磁モーター出力調整。充填完了まで三秒……完了——SHOT』
大砲のような重苦しい轟音。続いて、先程トラックが落下したと思われる地点で何かが破裂した。ここからでも見える青いプラズマの輝きはあまりに非現実的で、地中を貫通した稲妻が天罰を与えているようだ。数秒続いたドーム型の閃光が止まった時、ハルジオンにはもうただひとつの銃声も聞こえない。
……今、何をしたんだ?何が起きた?
こちらの理解や疑問などは無関心な声の主は、淡々と次の『作業』に移っていく。
『第三行動の選定。ガトリング砲における敵戦力の殲滅。右腕ハンガーシステムの解除、並びに弾薬の自動装填開始。距離計算完了。目標まで五八〇メートル。角度調整及び誤差修正完了。装填完了。全シーケンスの完了を確認——SHOT』
一瞬の輝き。銃声と言うよりもドラムロールのような音をかき鳴らしたそれは、数秒続いた後に止んだ。白煙が漂う空間で、ハルジオンは再び静寂に包まれる。
巨人が立っているだろう場所にはただひとつの被害も無く、地面にはこの数秒で放たれた弾丸の成れの果てが散らばっていた。パッと見でも、それがリンクスの放ったガトリングのそれとは比較にならない程の数だ。
ボーディは何も言えなかった。ただ、身体の震えを抑えるのに精いっぱいで。自分達が犠牲を払って迎え撃った連中が、五分も経たずに制圧された。N.E.E.Dとは違う、人間相手にも十分な脅威になりえる直接的な、科学技術と言う名の『暴力』を持ってして。
この場には大人数が居るはずなのに、誰も言葉を発しない。ゴーグルのせいで周りの見えない今の彼には、酷く冷たい孤独感があった。今、この場に残されているのは自分だけなんじゃないかと思ってしまうほどに。
『作戦行動の終了。これより、帰投します。ですが――』
再び単眼に熱が灯る。
『逆探知は既に完了していますよ。ボーディ・クルス』
「っ……!」
『残念ながら顔までは分かりませんが、位置は掴んでいます。しかし、こちらに敵対意思はありません。今のところ、ですが。全ては生みの親でもある、エリオラ・ガーネットを探して聞いて下さい。あなた方の問いに回答する権限も義務も、私は持ち合わせておりませんので』
そう言うと、単眼の巨人はゆっくりとセンターホールの方へ歩き出す。後を追いかけようとすれば、奴は再びこちらを向いて続けた。
『申し訳ありません。ひとつ言い忘れていました。もし今後アイ・バーンズに危害が及ぶようなことがあった場合。或いは、彼女を交渉役として利用し、私を懐柔しようとした場合——』
沈黙。そして、赤が明滅する。
『——エリオラの命に反してでも。私はコロニーを相対する敵と見なし、制圧電磁砲を用いて全てを破壊します。どうかお忘れなきよう。それでは』
足音が今度こそ遠のいていく。
ガラスの破片が散らばっている事も忘れ、ゴーグルを外したボーディは、ただ力無く横たわるしか出来ない。
この場の誰もが、モニターに眼を合わせようとはしなかった。
「……禁忌って、何だよ……どいつもこいつも」
不貞腐れる。そんな言葉しか吐き捨てられない。今まで自分が過ごしてきた日々は何だったのか。独学ながら学んできた事は、何の役に立つ。
〈アルバトロス〉だけでは無かった。今日一日で現れた禁忌の存在は、どれもこれもが規格外の存在で、人の言葉や行動を理解し、淡々と『処理』をしていた。あれらを開発したのが、同じ人間だとは思いたくない。
大人達もようやく現実に戻ってきたようで、今後の件を話し合っているようだった。
立ち上がり、窓の外を見る。隔壁の開いたセンターホールの中心で、Ru-liが羽を忙しなくはためかせながら、こちらを見ていた。
「Ru-li、どうしたの?おいで」
こちらの言葉にも反応せず、まだ羽を動かしていた。どうしたのか。最近仕事してばかりだったから、そろそろ電力切れも近いはず。センターホールに真っ逆さま、なんて事は考えたくも無い。
「大丈夫だよ。怖い物は無いから。早くこっちに――」
『——子供でしたか』
手を伸ばせば触れられる距離に、赤い光が灯った。
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